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garasa's writings [全110件]

2011.05.13楽天プロフィール Add to Google XML

言外に無量の力が籠っている
[ 連句 ]  

 みなさまへ


 ことばにならない苦しみをいま私たちの国はかかえています。

 句と句のあいだに思いをこめる連歌こそいまわたしたちがいまの
 おもいをたくせる文芸なのではないでしょうか?

 ここに私たちのグループの作品を載せます。


 賜餐: 鳥帰る         捌:谷地元瑛子
            起首 平成23年4月2日 満尾 平成23年5月6日


磯伝い弔う僧や鳥帰る               瑛子
  友を気遣う菫絵手紙              YU
画筆立て猫丸まれば時過ぎて            KK

  車椅子より見上げる笑顔            SY
夏の宿子らは汽笛に耳すまし            KS
  沙翁の舞台またも悲劇か            TT

雷鳴に抱き合うふたり月に雲            YU
  嫁入りの道新藁香り              瑛子
鼈甲の櫛並びたる店の奥              SY

  命名続々ゲームのモンスター          KK
沖縄の年始の酒盛り花談義             TT
  山々遠く道まっすぐに             KS

***

   留書            谷地元瑛子

乱世は連歌の隆盛期と重なるという。後鳥羽上皇は北条泰時により隠岐に流される。「われこそは新島守り」と荒海に名乗った偉丈夫、新古今和歌集を編纂した和歌の達人だが、それまで歌人の余技、余興にすぎなかった連歌を真剣に愛した。帝の力で有心、無心の区別を意識した本格的な姿が見えはじめる。鎌倉幕府を滅ぼしながら南北朝という混乱期を招いたのが後醍醐天皇である。彼に大臣として仕えた二条良基は理論書や準勅撰集を著し連歌を権威ある文芸とした。正式な「法楽連歌」、「堂上連歌」と平行して鎌倉末期から花の下連歌、笠着連歌という戸外型即興連歌が庶民階級に深く根をおろしていった。高位の僧侶だったという心敬ら地下の連歌師たちが都を遠く離れた関東に指導のため招かれるほどだったのである。そしてかの日野富子が引き起こす応仁の乱をのがれた身分不詳の民間人、飯尾宗祇が連歌史に大宗匠として躍り出る。そして戦国時代のはじまりである。

東日本大震災後にこの賜餐を巻いた。600~700年に一回の天災であれば中世の心敬や宗祇たちも政治不安だけでなく天変地異におののいたことがあったに違いない。「言外の意には無量の力が籠っている」*からこそ、心と心がうち融ける場で互いに譲り合って互いの句が醸す「象徴と感覚の響き合いをあじわう連歌連句」*にこそ震える心を整える力があったのではなかったろうか?


この2ヶ月間被災者にぺらぺらと質問をする記者・レポーターに憤った人は多い。誰にも分かる事がわかっていないからだ。言語化できない苦しみにある人々なのだ。テレビに出すのにちょうど良いことばを引き出せると「想定」している愚かさとおごりにはつける薬がない。私たちはいま新しい言葉を必要としている。けれどそれを生み出す事はまだ出来ていない。

瓦礫とよばれる流された生活総体、その山々を脇に軍艦色の空と海に向って読経する墨染め衣の僧侶をわたくしはうつくしいと思った。北に帰る渡り鳥たちは色鮮やかな絵手紙を運んでくれるだろうか。否、絵手紙は大津波跡の泥にまみれていたのか。「何故?」がこの賜餐のモチーフになってゆく。逃げ遅れた高齢者が見上げているのは誰の笑顔? 答えを求める心は汽笛をたどる夏のこどもたちと響き合う。そしてTTさんの沙翁が登場する。シェークスピア劇を見た事があるが、英語が難しくさっぱり分からないながら。おなじくさっぱりわからないお能より遥かに早いテンポで最終章へと雪崩打った。その急流ははっきり感じ取れる。折り返し点に良い句をいただいた。秋の折りには恋と月を詠み込み、鼈甲の亀が英語圏ではモンスターの連想を呼んだ。想像が無限に広がり連想が相手のこころに新しい命のことばとしてわきあがってくるのが連句だ。まあここでは昨今のコンピューターゲーム事情を遣り句として付けてくれたのである。賜餐では花を春の折りで詠まなければならない事はない。挙げ句の呼び出しとして冬の正花を御願いした。賜餐ではじめて新年の花が出て嬉しかった。山へのまっすぐな道が悲しみをひろい空へと放ってくれればいい---


*橋間石著「俳句史講話上巻」俳諧についてより引用




Last updated 2011.05.13 12:59:10


2010.12.15

メアリ カサット & エドガー ドガ
[ 美術/芸術 ]  

昨日ひさしぶりに美術展に行ってきました。ドガ展です。

みなとみらい駅の3番出口からですと真っ正面が
美術館の入り口になります。いままで横から
アプローチした時にくらべれば、この建物の
デザインに’ああなるほど’と思える余地というか
可能性がわたくしのなかに出てきました。

それはともかく
美術展は興味ある内容です。

アメリカ人女性画家メアリー カサットが友人であった事を知り、
またべルト モリゾーの遺児をドガが後見したこともはじめて知りました。

ドガ自身は一度も結婚しなかったようです。

絵を描いて、写真に興味をもって、視力が衰えると、手でつくる彫像を熱心につくって

ピカソと比べても、ゴッホやセザンヌに比べても知らなかった事が多かったので
アートに生きた人生に新鮮な敬意を感じたのです。

ジャポニズムの影響を受けたと言われる画面構成にカサットとの
共通点がありました。気むずかしい人柄だったことが
逆に誠実さを感じる画業につながったのかも
しれません。

ポスターになった一番の出品作である踊り子の絵は
技法的にもたいへんな
努力の結実であったことを学びました。




Last updated 2010.12.15 10:34:04

2010.12.10

斎藤祐樹投手
[ 宮沢賢治 ]  

2006年の夏、普段高校野球をまったく見ない
私と娘は画面にくぎづけになりました。

薬師如来のように
無表情で投げ続ける
少年におどろいたのです。不思議な存在でした。

昨日、北海道のファンの
こころをしっかりつかんだ事は
報道どおり。

それにつけても去年の新人、雄星投手のことを
このブログに書きました。
その後あんなにさわがれた実力が発揮できずに
調整中だそうで気になります。

斎藤投手は「不安は?」と聞かれて

「仲間の選手とうまく
人間関係を築いてゆけるかが」

と答えていました。

西武の渡辺監督、日本ハムの梨田監督、
よろしくおねがいいたします。




Last updated 2010.12.10 08:32:24

2010.12.09

華ちゃん/大磯の海
[ 霊的生活 ]  

昨日のclose up現代(NHK夜7時半)をみましたか?

難病の華ちゃんが在宅で過ごしているのです。
18才になるまでに医療は充分受けた、
もう延命治療はいらない

大好きなお父さん、お母さんと
普通に家で
過ごしたい

とはっきり、きっぱり、意思表明し、

透析も拒みます。お父さんは一日でも長く生きてほしいと
つい、入院をすすめる気持ちになるのです(親ですものだれだって。。。)
遠くから往診してくれている医師も、本人の意思を尊重しつつ
透析でむくみをとってあげたいとおもっているのです。

けれど華ちゃんはぶれません。お父さんに抗議さえしている。。。
お父さんの張り裂ける気持ちが伝わりました。

入院ではなく、家族3人で大好きな海を見に、サポートを受けて
一泊旅行、それが大磯なのです。

今夏、私たちも大磯にいったのですが、
華ちゃんの海に寄せるおもいほど
濃い時間ではなかった。

華ちゃん、皆への感謝を口にしつつ旅立つ。

亡くなりました。
透析や入院をすすめたとき、
『死んだらおわりだから』
と説得していたお父さん、

華ちゃんは亡くなっても
ちっとも終わりではなかったですね。

わたしの胸はまだ震えています。
お母さんがおっしゃるように
立派です、ありがとう、華ちゃん。
私たちを見守って下さい。

あなたはお母さん、お父さんの愛情のなかで
この世での限られた時間のすべてを生きた、
おかあさん
おとうさんの愛情が深かったからこそ
決してぶれなかった!

ご両親にに敬意を表します。




Last updated 2010.12.10 08:10:27

2010.12.04

罪なきものまず石を投げよ
[ nippon ]  

 
ひと月ほど前でしょうか、文芸春秋12月号の中刷り広告に目がいきました:『罪なきものまず石を投げよ』

わたくしの教会の神父さんが文芸春秋の愛読者なのを知っていたので、見せていただきました。
短い時間だったので熟読できたわけではないのですが、家に帰って、インターネット検索し、
『琴光喜を救う会』の存在を知りました。

以前から琴光喜への解雇処分の早さと他力士への遥かに軽い処分、それより何より、NHK会長の裁判官のような
物言いにひっかかりを感じていたので、この会の『琴光喜の処分見直しを求める嘆願書』のとりまとめを
申し出ました。わたしがこのようなことをしたのは、はじめてです。ネット社会の手軽さなのでしょうか。。。。

つよい覚悟があって、申し出たわけではなかったのですが、会の方から署名用紙同封の封書を受け取って
背筋が伸びました。こちらを気遣い、「どうぞ ご無理のないように、さまざまの意見がある一件ですので」
などなど奥ゆかしい文面でした。そして美しい手書きの文字!

私は誰に頼む心づもりもなかったのですが、新約聖書のあのシーンをよく知る教会の人々に
個人的に声をかけました。『おすもうのことはわからないので』とやんわり断られた事もありました。
奥さんが『大関という地位と結婚したのではないから大丈夫」といって琴光喜を支えていることや
小学生のときから彼の相撲をみてきたご両親の様子などをはなすと署名してくれる人が出てきました。

ここで自分の家族に嘆願書の話を向けると、

『大関という名誉ある立場であのようなことをしたことはゆるせない』

ときっぱり拒絶されたのでした。夫は長い間、琴光喜の大ファンで、勝てば喜び、負けるたびに悔しがっていたのです。私はファンでもなかったので、ここはうらぎられた思いを尊重し、すぐにひっこめました。

嬉しかったのはいま日本のカトリック教会で確かな影響力をもつある著名な神父さんが署名してくれたことでした。
『世の中は往々にしてこのような幕引きをしたがるものですよ」とつぶやいておられました。

年老いた叔母は琴光喜の人の良い顔のことを言い、『やっぱりね、そういうことなのかね』嘆願運動に賛同、『字がかけないから代書してよ」と言いました。同時に『あとでなんかへんな連絡こない?」とやや不安そう。『そんなことはない』と言えたのは担当の方との信頼関係があったからです。

ご近所の社長さんは社員からも取ってくるからと申し出てくれました。

クールな反応としては「こういう救う会的な動きはまず実を結ばないものです。どこの組織でもそうです」
というものがありました。

急遽11月30日に相撲協会に署名を持参する運びとなったそうで、わたしのはじめての署名集めはわずか2~3週間で時間切れとなりました。たった4枚の署名用紙をいそいでお送りしたのでした。


今年最後の九州場所では、野球賭博で処分を受け、十両に降格となり、そこからあがってきた力士が大活躍しましたね。

品のないセカンドバージンはいらないので、セカンドチャンスのある日本社会にしてほしいと思います。琴光喜は
きっと今度は裏切らない力士になってくれるはず!


閑話休題:名古屋市の選挙管理委員会の姿勢、見識の低さにあきれ果てております。


Last updated 2010.12.04 10:57:30

2010.12.03

ごぶさたいたしました
[ 連句 ]  

この春以来、集中してとりくみ、11年ぶりに2カ国連句の作品集を
編集、エア(国際連句協会)として出版いたしました。

いま、はじめてここに掲示板をひらき、
おしらせを載せましたので、ご覧下さいませ。

目をこすりながらパソコンに向った猛暑の日々でした。
韻文だけではオモいので、留書きを添え、どちらも
オリジナルの2カ国語でお読みいただけます。

日本の文芸で日本語の壁をこわす、私たちの
地味な反ガラパゴス化の営為を

ご堪能ください!


Last updated 2010.12.04 01:30:31

2010.02.23

回心
[ 霊的生活 ]  

昨日はキリストの弟子、聖ペトロの記念日でした。

ガリラヤ湖のほとりで何代も漁をして暮らしてきた貧しい一家から
キリストの一番弟子が出ました。ローマで迫害されていたころ
サカナのロゴ(?)がクリスチャンの印だったのを想います。

キリストのことばに従って、ふるさとを離れ、
福音を伝えるキリストと生活をともにし
各地を歩んだにもかかわらず、
肝心の時、ご受難のときがくると、
追っ手に対し、
『キリストなど知りません』
と3回も嘘を言いました。鶏が鳴くまでの短い間に3回も。

この人が第一代ローマカトリック教会の教皇です。
人間として弱い人でした。ところが、キリストの昇天後、
回心したようです。最後はキリスト以上の苦しみを志願して
さかさ十字につけられて殉教したそうです。

私は昨日のごミサのとき、海に面した障子に穴があるのに気づきました。
朝のきらめく海面からの光がそこに輝いていました。

~~欠点というのはチャーミングなものだな~~

とひとりで微笑んでしまいました。

司式してくださった神父様は,漁師だったペトロのように素朴な方でした!
   ~~~『悔い改める』はまだ足りないから食い改める
   と聞こえますね。~~~~~~ 

   ~~~『召し出し』(信者のなかから聖職者と成って一生を捧げるひとがでること)は
   めし(飯)だ!にきこえますね~~~

15才で修道院に入り、そこから中学校に通ったそうです。育ち盛りの男の子ですもの、
へんなカトリック用語より,自然な単語を思い浮かべるのはあたりまえでしょう。

ところが,この長崎出身の神父様、祈りについてお話しくださるとき変身しました。願う祈り、
感謝する祈りからさらに静かに待って,聞く祈りを語ってくださったのです。

講話の際はトマス・アクィナス作詞のグレゴリオ聖歌を美しい声で歌ってくださいました。ラテン語の
歌詞がおはなしの内容と重なるのです。内的な祈りの深さについての説明のときには 

   『鳥啼いて山、更に幽なり』

という漢詩も引用なさったのです

おもわず

 『谺して山ほととぎすほしいまま』

という久女の句を思い出しました。豊かな、ひびきのある、静かさ、大切にしたいです。

今年の復活祭は4月4日です

(移動祝祭日:毎年、春分の日の後の最初の満月を見て、最初の日曜日)



   





Last updated 2010.02.23 08:48:41

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