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じぇらーと0927's Shopping List
じぇらーと0927の日記 [全95件]
ブログのお引っ越しをすることにしました。 こちらのサイトは今日の更新が最後となります。 リンクして下さった皆様、そして立ち寄ってお読み頂いた皆様、本当にありがとうございました。 皆様のサイトには今後もお邪魔したいと思いますのでしばらくサイトは閉鎖せず残しておこうと思います。 今後はじぇらーとのハッピーワークライフにて日々思うことを綴ってゆきます。よろしかったらお立ち寄り下さいませ。 楽天での出会いに感謝しています。
イラクで捕らえられた男性のイラク入りの理由が「自分探し」だったという報道を見た。「何もあんなところで自分探しをしなくたって」という気持ちと、「あの人はあんなにいろいろやっても自分探しができなかったんだな」という気持ちが入り交じっている。 日本ではダメ、海外で・・・ということでニュージーランドに行ったのだろうが、そこでも自分の存在価値や生きる目的を意識できなかったのだろうか。直前にあんな危険なイスラエルにも行っていたらしい。それでもわからなかったのかな。 人間は極限の状況を体験すると、自分の本質や存在価値などに気付くことがある。以前問題になった自己啓発セミナーなどはそういう体験を意図的にさせていた。 また、思い切って行動することによってまた大きな学びを得、生きる目標を見つけたりすることもある。実際、このことを題材にした書籍やセミナーは大流行。 前後者とも、冷静な状況判断や緻密な自己理解・自己分析(能力・資質等)の上でやるのは良いと思う。しかし、ただ何も考えず危険な状況に身を置いたり、能力がないのにただ「行動」に先走ることはとても危険だ。 災害のボランティアや海外青年協力隊等、人に迷惑をかけずに得難い体験をし、人の役に立つことで大きな学びを得る方法はいくらでもある。 どんどんチャレンジをして成功する人というのは、一見ただ動き回っているように見えて、実はきっちり足下も固めている。 あの人も、イスラエルに行って何か学んだものがあったのだろう。ある発展途上国にボランティアに行った知人が、「あそこに行くと人は皆平等だし、損得で動かない。人類皆友達だ」と言っていた。日本人は心が貧しくなってしまった。ああいう国で、もしかしたら、そんなことを感じたのかも知れない。 日本は自分の存在を確認できないような淋しい国になってしまったのかなあと残念に思う。今回の事件に関しては様々な意見がある。それは理解できるし同意・共感できる部分もある。しかし、やはり私は何とか救出がうまく行ってこの学びを活かして欲しいを思う。
今月、来月と新潟での仕事がある。今月の仕事はさすがに延期となったが、来月はやるらしい。 まだ時間があるので、上越新幹線の復旧動向を見ながら行き方を決めればよい。臨時の特急列車なども出るらしいので、いろいろなルートを検討している。 特急列車は5時間もかかると言う。やはり新幹線というのは速いねえ。 長時間座っているのが苦手な私にとって、一番魅力的なのが、伊丹経由で飛行機を乗り継いで行くというもの。旅費はかかるが、お客様がそれでいいと言ってくれるならそうしようと思っている。 土砂崩れで埋まっていた車の中の母子3人生存! よかった。あの斜面は凄い状況だ。出来るだけはやく全員救出されますように。 複雑な心境になるのが、イラクの人質のニュース。何とか助かる方法はないのだろうかと救出を願う反面、今イラクに旅行に行くなんて・・・という気持ちがわき起こるのも否めない。
今朝のテレビで田中真紀子さんが避難所を訪れて声をかけている様子を見た。 ひとりひとりに 「あなた、それどうしたの?(怪我をしている赤ちゃんを連れたお母さんに)」 「怖かったでしょう」 「おむつは足りている?」 「つらいわよねー」 「何かあったらうちの事務所に電話しなさいね」等々。 本当に温かい声かけ。被災者達が元気づけられている様子が伝わってくる。 数ヶ月前に新潟で研修をした時に真紀子さんのことを例に話をした。その内容はどちらかというと良い意味ではなかった。 休み時間に2人の受講生が話しかけてきた。 「真紀子さんは、政治家として優れていなくてもいいんです。あの人は本当に私達のことを考えてくれるんですよ。みんながあの人の選挙区に行きたいって思うくらい。政治家なんて誰も完璧じゃないし、多かれ少なかれ悪いことだってやっている。大事なのはどれだけ私達の気持ちをくみ取って頑張ってくれるかということなんです。真紀子さんに声をかけてもらえることがみんな嬉しいし、あの人を応援したいと思うんです」 こんなに人気があるんだと驚いた。もちろんお父さんの功績もある。だが、今日の様子を見て、真紀子さんがいかに地元の人々と「ともにいる」のかを見せつけられたような気がした。 角栄さんが人心掌握術に優れていたかは今も語り継がれるほどであるが、それは真紀子さんにもしっかり受け継がれている。ひとりひとりをその瞬間とても大切にしている。 コーチングが威力を発揮するのは、その瞬間「ともにいる」から。それを学んでから私のコーチングは大きく変化した。今もそれを追求し続けている。心の底から相手を尊敬し共感することが相手をどれだけ勇気づけ能力を発揮させるか、この威力は言葉では言い表せない。 真紀子さんの良さを発見できたと同時に、コーチングに対するモチベーションもぐっと上がった出来事だった。
セミナー中マナーモードにしていた携帯を休憩時間に見たら、伝言メモが一件。心配していた長岡在住のM子ちゃんからだ。 「M子です。元気です」それだけ録音されていた。 よかったー。朝からずっとM子ちゃんのことが気になっていた。しかし、昔は仲の良い同僚だったけれど今は年賀状だけのやりとりになっていて、被災直後の混乱時に連絡を取るのは気が引けた。数日したら電話を入れてみようか、それとも手紙がいいのだろうかと悩んでいた。 M子ちゃんが無事だったことが何よりも嬉しかったのだが、わざわざ安否を知らせてくれたことも同じくらい嬉しくてじーんと来た。「じぇらーとは心配しているだろう」きっとそう思ったに違いない。 電話をしてみた。するとのんびりした声で「じぇらーとさん、こんにちはー」と出てきた。まるで何もなかったかのようだ。 しかし、聞いてみたら、揺れはかなりひどくて棚のものはかなり落下したらしい。ライフラインは止まっていて昨晩は避難所で過ごしたとか。「お水はあるの?」と訊くと、「ジュースやなんかいろいろ買い置きがあるので大丈夫」と。 ご主人と動物病院を経営しているのだが「入院患者」は全てお返ししたというところを聞くと、やはりあれこれとても大変だった様子。 ところが、M子ちゃんは全くパニックになっていない。まるで毎日地震を経験していて慣れているかのように。信じられない落ち着き。 M子ちゃんは昔からそんな人だった。横浜にある超お嬢様短大を出て銀行に就職。美人の彼女は秘書室勤務で受付嬢だった。数年後、支店で私と同僚となった。 スピードが要求される銀行の現場で彼女はいつもマイペース。周りがどんなにあたふたしても全く巻き込まれない。でも仕事は手堅い。感情の起伏も少なくて、私はいつもM子ちゃんの存在に癒されていた。 趣味の乗馬を通じて知り合ったご主人と結婚することになったのだが、新居は長岡。横浜生まれの横浜育ちの彼女、おまけにいきなり自営業で仕事も手伝う。大丈夫なのかしら? と友人達は案じたのだが、彼女は全く心配なぞしない。実際に起こっていないことを不安に思ってバタバタするなんてことはしないのだ。 その後、赤ちゃんができた。妊娠ライフも出産も子育ても、M子ちゃんはマイペース。悩んだりする様子は全くない。「辛い」とか「大変」なんて言葉を聞いたことがなくて、「子育ては本当に素晴らしくて楽しい」という手紙が時々届いた。同じ時期に子育てにブツブツ文句を言っていた妹にその手紙を見せたこともあった。 大変な余裕だなあ・・・と思っていたら、続けてあと2人ポコポコと(そんな感じなのだ)出産。それでも全く動じる様子はない。 そして、今回。見かけは少女のようなのだが、中身は肝っ玉母さんそのもの。 「大変なときにわざわざ電話をくれてありがとう」と伝えた。するとM子ちゃんの答えはこうだった。 「避難所行っちゃうとぜんぜんやることないの。それで皆さんにお電話したの」と。恐れ入りました。 でも、実はM子ちゃんは携帯を持っていない。発信は家からだった。すごい人だ。 自分自身もM子ちゃんのように人を大切にする人間にならなければと改めて思った。
NLPのセミナーが終わりに近づいたころ、揺れた。ゆらゆらとかなり長く。地震だ、と思ったがみんながいたので安心していた。 その後久しぶりにお会いしたFさんとビールを飲み大いに盛り上がる。さてそろそろ帰ろうかとりんかい線に乗ったのが午後9時前。ところが、一駅行ったところで停車。地震の影響で電車が詰まっているとか。 へぇー、そういえばさっき地震あったわね。しばらくすれば動くだろうと目を閉じた。しばらくして目覚めたところ二駅しか進んでいない。時間は20分以上経過。 そこでしばらく停車するというのでまた寝る。その後一駅進んだところで「運転再開の見込みなし」とアナウンス。他の線に乗り換えできる駅だったので遠回りして帰った。 iモードで情報チェック。新潟が大変なことになっている。通常50分程度で帰宅できるのだがものを倍以上かかった。家に帰ってすぐテレビをつけた。こんなにひどいとは。新潟にはお仕事の関係者、長岡には友人がいる。怪我をしていないとよいのだが。友人の家は獣医さん。大丈夫だろうか。 数日後、新潟に出張する予定になっている。予定がどうなるかわからない。
今月は小4の姪っ子の誕生日だった。叔母である私、祖父母である両親は彼女にプレゼントのリクエストを尋ねていた。 しかし、「考え中」というメールが来たきり全く返答なし。妹に何を欲しがっているかを尋ねても特にないようだ。 子供の頃、誕生日やクリスマスは楽しみだった。日頃から欲しいものをリストアップしておいて、「これは誕生日、これはクリスマス」「これはパパ、これはおばあちゃん・・・」なんて割り振っていた。クリスマスが近づくとサンタさん宛に真剣に手紙を書いた。 今の子供は物欲がない。いや、ないわけではなくて、日頃から欲しいものはすぐに手に入れているので、誕生日といっても特に欲しいものがない。やっとのことで「コナンのCDが欲しい」とリクエストを聞き出した。でも、特別欲しいわけではなさそう。だから「いつでもいいよ」なんて感じ。 発展途上国の子供達はノート一冊、鉛筆一本だってなかなか手に入れることはできない。少し前に話題になった「100人の村」ではないが、経済的に恵まれた国に生まれるかそうでないかでこんなに違うのかと愕然とする。 姪っ子のこうした状況を見て、正直恐ろしくなった。こんな子供時代を経験している子供達。一生こういう生活ができるのだろうか。将来、天災や戦争、政変などで、全くモノがなく辛い時代を体験するなんてことにならなければよいのだが。 |一覧| |
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