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今、手元に2枚の自主制作アルバムがある。ホン・ヨンウンの『熱い街』(1981年)と『雨の朝』(1985年)だ。 急に聴きたくなったので、大阪から帰ってきてほじくり返した。 ♪ 生きのびておくれよ 砂漠の子供たち ♪ 生きのびておくれよ 緑のパレスチナ ホン・ヨンウンは80年代に、こんなふうにパレスチナのことを歌っていた。 初めて行った春一番は、毎日とても楽しかった。 でも、このお祭りの最中に一度だけ頭の中が真っ白になった。 最終日の5月5日、友部正人さんが出てきて僕は御機嫌だった。 そして、友部さんの一言に耳を疑った。 「この前亡くなった、ホン・ヨンウンに捧げます」 ホン・ヨンウンが死んだ? 友部さんは「かなしみのかみ」という曲を歌った。 たぶん「悲しみの紙」なんだろうけど、「哀しみの神」かもしれない。 「カナシミのカミ」かもしれない。 ♪ 飛行機雲のような悲しみが ♪ どこまでも延びてゆく 友部さんがもう一曲、「6月の雨の夜、チルチルとミチルは」を歌って出番が終わると、僕は席は立った。 誰に聞けばいいんだろう。 結局、入り口近くでCDを売っていた人に尋ねた。 「ホン・ヨンウン、死んだんですか?」 「はい。去年の10月に。」 「病気で?」 「ええ。」 知らなかった。 ホン・ヨンウンは死んだんだ。 そういえば、2日目に出た中川五郎さんも、「ホン・ヨンウンに捧げます」と言っていた。 二人とも自主制作アルバムに文章を寄せていた人たちだ。 友部さんは演奏にも参加していた。 もう20年以上経ってしまった。 白竜が「光州シティ」を歌ったコンサートだっただろうか。 僕は模索舎の人と並んで本を売ったりしていた。 ♪ おいら トラックの 運転手だったんだ ♪ おいら トラックの 運転手だったんだ ホン・ヨンウンは丸正事件という冤罪事件のことを歌っていた。 この後、冤罪被害者の二人は名誉回復されぬまま亡くなってしまった。 鈴木一男さんの葬儀は、僕のうちの近くの市会議員さんの家でひっそりと行なわれた。 ホーム・ページを作った時、ホン・ヨンウンの歌から採った言葉を張り付けた。 最初に書いた歌詞「緑の国」から「生きのびておくれ 砂漠の子供たち」。 そこはもう半世紀以上も戦争が続いている場所だ。 復活した春一番コンサートの様子を春一番のホームページで見かけて、ホン・ヨンウンの名前があったのでとても嬉しかった。 今年はずいぶんひさしぶりにホン・ヨンウンの歌が聴ける。 それを楽しみにしていたのだ。 ホン・ヨンウンが死んだ。 [音楽]カテゴリの最新記事
yitikoさん、こんにちは♪
>敬愛していた人の思いがけない訃報はいつも辛すぎますね。 >私にとっては作家、須賀敦子さんでした。 ----- ええ、聴きに行ったつもりだったんで、ショックでした。 googleで検索してもほとんど情報のない人なので寂しいです。 LPから手製復刻CDを作らないと。 (2004.05.06 18:25:24)
こんばんは~。一番怪すぃ幻泉館ご主人様、
おかえりなさ~い。 久しぶりの日記、楽しみにしていました~♪。 ホン・ヨンウンさんのこと、なんといっていいかわかりません。きていないのでなくてもう来れなかったのですね。 でも、元気を出して、CD作ってください。 がんばれ!!(2004.05.06 19:08:28)
chappi-chappiさん、こんばんは♪
大阪とっても楽しかったです。 ありがとうございました。 暗~い日記に見えますが、楽しかったという思いでいっぱいですよ。 ぼちぼちと春一番のことを書いていきたいと思います。 まだ時差ボケみたいなものです。 (2004.05.06 21:31:08)
幻泉館 主人さん、こんばんは~。
>大阪とっても楽しかったです。 >ありがとうございました。 こちらこそありがとうございました。どっとつかれさせたのではないかと心配しておりました。 >暗~い日記に見えますが、楽しかったという思いでいっぱいですよ。 よかったです。元気ですね!!! >ぼちぼちと春一番のことを書いていきたいと思います。 >まだ時差ボケみたいなものです。 幻泉館ご主人の春一番の日記、楽しみにしています!!! (2004.05.06 22:22:16)
chappi-chappiさん、おばんです、おじんです♪
元気でっせ。 ところですっかり忘れてました。 chappiさん主催の御当地自慢大会があるじゃないですか。 いつ始めましょうか。 以下、某所にてご相談をば。 (2004.05.06 23:25:07)
おかりなさいです、ぺこり。(2004.05.06 23:44:34)
ホン・ヨンウンさんのこと 読ませていただきました。
僕は今年30歳なのでホンさんのことは復活後96年の 春一番からしか知りません。 生で聴いていちばんショックを受けた歌い手でした。 年に一回、ホンさんの歌を聴いて背筋を伸ばすことを 楽しみにしていました。 ホンさんの死はとてもショックな出来事でした。 本日木村充揮さんのライブに行きましたが 今年の春一番のラストで木村さんが歌った「ケセラ」は どうやらホンさんの詩のようです。 もしCDを制作するようなことがありましたら 是非分けてくださいませ。宜しくお願いいたします。(2004.05.13 02:42:10)
tougaさん、こんばんは♪
>本日木村充揮さんのライブに行きましたが >今年の春一番のラストで木村さんが歌った「ケセラ」は >どうやらホンさんの詩のようです。 それは存じませんでした。 ホセ・フェリシアーノが歌ってヒットした「ケ・サラ」ですが、数種類の日本語詞があるのでしょうか。 ちょっと調べてみたいと思います。 今ちょっと忙しいので、CD-Rに落とすのはだいぶ先になりそうです。 作業をしたら日記に書くと思いますので、また覗いてみてください。 (2004.05.13 03:27:16)
うっかり聞き間違えてしまいました。
ホンさんに捧げた木村さん作詞のケセラセラという歌、 というのが正解のようですみませんでした。 またちょくちょく覗かせていただきます。(2004.05.13 12:54:33)
tougaさん、こんにちは♪
>うっかり聞き間違えてしまいました。 >ホンさんに捧げた木村さん作詞のケセラセラという歌、 >というのが正解のようですみませんでした。 >またちょくちょく覗かせていただきます。 ----- なるほど、了解しました。 木村さんの詞ですね。 ところで「ケ・セラ・セラ」は別の曲でございます。 ヒッチコック監督の『知りすぎた男』で効果的に使われていました。 (2004.05.13 13:12:57)
なるほど。
ちなみに某新聞の3月にこんな記事がありました。 「ホンリファ」。14番目に名前が呼ばれた。「けんかをしているお友達を仲直りさせる優しい子でしたね」。大阪市生野区の天使の園保育園。園長が洪里和ちゃん(6)に卒園証書を手渡すと、母親の加奈さん(34)=写真中央=は、夫の遺影を強く抱きしめた。 昨年10月、夫の洪栄雄(ホンヨンウン)さんは46歳で亡くなった。在日コリアン二世のシンガー・ソングライター。18歳からギターの弾き語りを始めた。 多くの在日韓国・朝鮮人が暮らす生野区を舞台にした曲をたくさん作った。密集する町工場を歌った「段ボールの町」。「雨の朝」「負けるなよ」。運転手や大工など副業で収入を得ながら、大阪や東京のライブハウスで歌った。差別体験を織り込んだ曲は、若者らの共感を呼んだ。 日本人の加奈さんと結婚後、すぐに生まれた里和ちゃんを、栄雄さんは最初「りわ」と呼んだ。3歳になって「ハングルの読み方にしてもええか」と加奈さんに切り出した。 子どものころ、東栄雄(あずまさかお)の通名を使った。友人らにルーツを隠すため、チマ・チョゴリ姿の母親と距離をあけて歩いたことがあった。だが、10代から民族名で通した。「本名を名乗って初めて自分らしく生きられるようになった」と、それまで詳しく語らなかった心境を妻に打ち明けた。 昨夏、栄雄さんは胃がんと宣告された。面会に訪れた加奈さんに「すまんな」と繰り返し、里和ちゃん、里奈(リナ)ちゃん(3)、愉進(ユジン)君(9カ月)の3人の子の将来を気にした。 「ぼくが死んだら日本名に変えてもいいからね」。息を引き取る直前、栄雄さんはか細い声で言った。 加奈さんは「アッパ(パパ)が生きた証しを残したい」と思う。来月、里和ちゃんは「ホン・リファ」の名前で小学校に入学する (2004.05.13 15:31:38)
tougaさん、こんにちは♪
ありがとうございます。 彼は病死なのですが、でも、戦って死んでいったという感じがします。 同世代の死はつらいです。 余計なことかもしれませんが、引用の場合は「某新聞」ではない方がよろしいかと存じます。 記事でひとつひっかかるところがありました。 > 日本人の加奈さんと結婚後、すぐに生まれた里和ちゃんを、栄雄さんは最初「りわ」と呼んだ。3歳になって「ハングルの読み方にしてもええか」と加奈さんに切り出した。 ホン・ヨンウンは「ハングルの読み方」という言い方をしたのだろうかということです。 記者の意図を生かすのであれば、せめて「韓国・朝鮮語の読み方」とすべきだと思います。 NHK型の自動的な言い換えに従ったのでしょうが、なんだか納得できません。 (2004.05.13 16:29:25)
tougaさん、ありがとうございます。
書き方が朝日かなと思っていました。 こちらでは読めない記事でした。 公開情報の引用はまったく問題ないと思いますよ。 引用の範囲を越えて多すぎるという抗議を受けたら、減らせば良いでしょう。 (2004.05.13 16:53:49)
くまたん0717さん、こんばんは♪
春一番の会場で初めて知って、本当に驚きました。 もう一回生で聴いておきたかったなあと、残念です。 >知らんかった、ホンさんが死んでたとは・・・ >彼の独身時代に何回も歌いに来てもらってた。下手なギターとがなる歌い方は独特で何といっていいか・・・ ----- (2004.09.20 21:34:31) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |