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世田谷パブリックシアターで地域の物語ワークショップ2011~2012Cコース「カラダの未来」を受講しています。 3月25日(日)に三軒茶屋にある劇場シアタートラムでその発表会があります。 まずはカラダをほぐしてからスタート。 カラダをほぐすとずっとほぐしたくなりますね。ストレッチだったり、マッサージしてみたり。 普段、動かしていないのは、イスのせいかもしれません。 畳の上にちゃぶ台で仕事をしていたら普段のカラダ習慣も変わるかも。 60年代の音楽とともにステップを踏んで遊ぶ。 大腰を使ってしっかりとステップを踏む。 スキーに夢中になっていた頃を思い出す。居候をしてまで滑っていたからね。 あの時にこの足裏の感覚と大腰筋を使えていたらもっといろいろと違ったろうなと思ったり。 そして、宿題の発表です。 1960年代を生きていた人にインタビューをする。 その内容とカラダの動きを観察するというもの。 その発表もインタビュした相手になりきって発表するというもの。 人の経験して来た話って面白いですね。 インタビューをされた人は、1960年代の記憶を掘り起こして話し、インタビュアーはインタビューした時の記憶を掘り起こして話をする。 まさしくこれは口伝の原型ですね。 こうやって記憶が伝えられて神話が作られていくようなそんなスケール感を感じました。 そして、カラダの動きには、その人の記憶が隠されているんですね。 筋肉に記憶されていることってあるんですよ。きっと。 これをダンスにできたら楽しいだろうな。 講師のたまちゃんがこれから進めていきたい方向性の話を聞く。 どうも聞いていると「これはダンスなの?」という領域にいく可能性が高い。 演劇なのかパフォーマンスなのかダンスなのか・・・ これまた日本古来からある祭りみたいな、太古の昔アフリカの大地で火を囲みながら踊っていたような、もうすごく野人的な要素を感じています。 ソフィスケイトではなくプリミティブな感じ。 洗練されているのではなく原始的な荒削りな感じ。 講師のたまちゃんがそういう人なんだろうな。野生児みたいだから・・・ 次回までにインタビューの字起こしと作品の構成を考えるというむちゃぶりの宿題。 気が向いたらやろう(笑) 地域の物語、カラダの未来という前提からすでに離れてしまっているのが面白いな。 これが戻ってくるのか戻ってこないのか。楽しみです。
いわゆるお金持ちには責任がついてくる。 自分の手元に流れてくるお金をどのように流していくかということだ。 僕が知る多くのお金持ちの人たちは、自分も豊かさを味わいながら、世のため未来の子供たちのためにお金を使っている。 どんな人にもその人にしかできない役割がある。 社会というのは不平等である。平等であれば良いものでもない。 これを多様性の役割があるのだ。 どの役割にも同じように悩みはあるのだ。 むしろお金持ちと呼ばれる人たちは、お金で解決できることは全部しているので、本質的な部分について悩んでいる人も多い。 自分自身が持っている資質、自分が持って生まれた環境、時代の流れ・・・ 自分がコントロールできることとできないこと・・・ その境目に存在意義があるのかもしれない。 │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |