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龍安寺を後に、更にきぬかけの道を金閣寺方面に向かう。
その途中にあるのが、京都府立の「堂本印象美術館」である。道路を隔てた向かいには立命館大学のキャンパスが広がる。管理運営も立命館大学に委託されているようである。 これまで入ったことがなかったので、なんとなく興味を惹かれて入ってみた。恥ずかしながら、これまで堂本印象なる画家を知らなかった。名前を見て、堂本という人が造った印象派の美術館かと思ったが、まったく違った。これは、堂本印象という日本画家の作品を展示した美術館である。 パンフレットによれば、堂本印象は、明治43年に京都市立美術工芸学校を卒業後、西陣織の図案描きに従事していたが、大正7年に日本画家を志して京都市立絵画専門学校に入学し、大正8年に初出品した「深草」が第1回帝展に入選し、第3回展では「調鞠図」が特選、第6回展では「華厳」で帝国美術院賞を受賞している。戦後は、抽象表現の世界にも分け入り、国際的にも活躍した。昭和25年には芸術院会員となり、36年には文化勲章も受章した日本画壇の重鎮である。 写真を見ると分かるように、建物自体も斬新な外観であるが、これも堂本印象が自らデザインしたということである。 館内は、そう広くは無い。飾られているのは、当然、堂本印象の作品である。私の行ったときは、パンフレットに載っている「木華開耶姫」などの作品は展示されておらず残念であった。 とても蒸し暑い日であったが、美術館に入っている間に、運良く通り雨があり、天然の打ち水のおかげで、その後の行程が多少涼しくなった。 「堂本印象美術館」 堂本印象美術館を出ると、金閣寺に向かった。 金閣寺は正式には「鹿苑寺」と言い、臨済宗相国寺派の禅寺である。金箔を貼ってある建物は正式には舎利殿と言い、これがいわゆる「金閣」である。足利3代将軍義満の山荘北山殿が、義満の死後、夢窓国師を開山として「鹿苑寺」となった。「鹿苑寺」は、義満の法号「鹿苑院殿」から名付けられたものである。 この舎利殿は、かって国宝であったが、1950年7月2日に放火のため全焼し、1955年に再建されたものである。この金閣寺放火事件を題材にしたのが、有名な、三島由紀夫の「金閣寺」である。 私が学生の頃は、まだ金箔も貼ってなく、もっと質素なイメージであったと記憶しているが、いつの間にか金箔が貼られてキラキラになってしまった。 「金閣寺全景図」 「鹿苑寺舎利殿(金閣)」 (楽天で見つけた金閣寺グッズ) 「ジグソーパズル 風景 [新緑の金閣寺] 1000ピース」 ![]() 「天皇になろうとした将軍」(井沢元彦:小学館) 「金閣寺改版」(三島由紀夫:新潮社) 「彫金レターオープナー(ペーパーナイフ)金閣寺」 ![]() (続く)
Last updated
2006年07月20日 19時59分12秒
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