010375 ランダム
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銀河に咲く花

銀河に咲く花

 ――いつまでも続くものだと思っていた――
 ――確信を持てるものはなかったけど――
 ――いつかは終わるとさえ思っていたけど――
 ――それでも、その時までは信じていたんだ――



序章 『不思議』と出会う日


「ほんとうに……また、会えるの?」

 艶やかな黒髪の少女が涙を溢しながら訊ねてくる。
 それに対する少年は、少女に泣き止んでもらおうと必死だった。

「だっ大丈夫だよ! また会えるよ……」

 言葉尻が萎んでいく。
 もう会えない。
 少年はそう実感していたからだ。
 少女だってそれは分かっているはずだ。
 だけど少年は繰り返す。
 少女を元気付けるために。

「……また、会える」

 少女が静かに頷き、涙を止める。
 そして束の間の静寂。
 本当はもっと話したい事があるのに、お互い言葉が浮かんでこない。

「ぁっ……」

 少女が搾り出すような声を出す。
 けれど声は言葉とならず宙で掻き消えた。
 そんな少女の肩に、初老の男性が手を据える。

「行こう。そろそろ時間だ」

 男に手を引かれ、少女はこの場を後にしようとした。

「待って!」

 突然、少年が呼び止めた。
 少女は男と共に振り返った。
 少年は足早に駆け寄ってきて、少女の手を取ると、何かを握らせた。
 手の中にあるものを見ると、それはペンダントだった。
 銀色の鎖に繋がれた金のリングに、青い宝石を埋め込んだものである。
 少女にはそれに見覚えがあった。
 少年の首から提げるそれと同じものだ。

「これ……」
「うん。僕と同じやつ。また会える、おまじない」

 少女の目に再び涙がこみ上げてくる。
 けど、それは先程のものと同一のものではなかった。
 今の涙は悲しみに満ちたものでなく、悲しみと希望半々の涙だった。



 それは幼い日の約束。
 その約束は、未だ果たされていない……



 春の休日。
 うららかな日差しに照らされた街中を爽やかな風が吹き抜ける。
 静かに聞こえる葉擦れの音は、まるで子守唄のようだ。更に追い討ちとして、腹の膨れた状態だとしたら、眠らないと言うのはいかがなものか。
 まさに春眠暁を覚えず、である。
 県内有数の都市、上崎市。
 その東側に位置する住宅街の更に北側、県立大宮学園高等部の空き教室の一角でも、例に違わず春眠……いや、惰眠を貪る少年がいた。
 開け放たれた窓から吹き込む風に、茶褐色の髪を揺らしながら舟をこいでいる。
 しかし、彼の安寧とした時間は終わりを告げようとしていた。

「……君。彰君、起きてください」

 落ち着いた言葉付きで覚醒を促される。
 けど、少年は抗う。

「あと、5分」

 今までにも何度も使ってきたが、その通りになったためしのない言葉を呟いた。
 いつも起こしてくれる少女にこう言えば、時間の許す限り待っていてくれるからだ。

「はい。それじゃあ、あと5分ですよ」
「ん」

 まどろみの中で生返事を返す。
 それを境に、再び深みへと潜っていく。

「――さっさと起きろっ!」

 バンッ、と言う音と共に怒鳴り声が耳を貫いた。
 深い眠りへと戻ろうとしていた意識が急浮上してくる。
 目を開け、傍らに座っていた幼馴染の少女、春日野陽菜に目をやる。

「おはよう、陽菜……」
「はい、おはようございます」

 何気ない挨拶に対して丁寧に返してくる陽菜。
 いつも自分の事を気に掛けてくれる心優しい少女だ。
 落ち着いた物腰に整った綺麗な顔立ち、スタイルだって申し分ない。学園のアイドルと言われても何の違和感を感じさせない。
 幼い頃に両親を亡くし、それ以来檜山の家に居候しているため、クラスメイトや先輩の男子生徒に睨まれても仕方がないことだ。
 閑話休題。
 もう1人、自分をその怒鳴り声で叩き起こした少年を見やる。
 きりっとした雰囲気を醸し出している少年の名は、長谷川速人。
 身長154と小柄な少年で、眼鏡の向こうにある目は普段と違って、少し吊り上がってきている。
 この少年、実は彰と陽菜の先輩しかも高等部の生徒会長である。

「おはよう、生徒会長」

 暢気に挨拶する彰に、速人は頭を抱えた。
 高等部で最も権威のある生徒に対して、1年である彰がフランクな態度を取れるのは、彰が副会長であるという事を除けば、速人の人柄が良いのといじりがいのある性格だからだろう。

「まったく……これから会議を始める予定だっただろう。顔を洗ってさっさと来い」

 速人はそう言うだけで部屋を出て行った。
 あまり怒らないでいるのは、副会長を信頼している証なのだろう。
 その副会長は、欠伸をしながらゆっくりと立ち上がって、背伸びする。
 ふと、晴れ渡った空を見上げる。

「どうか、したんですか?」

 横に並んだ陽菜が訊ねてくる。
 彰は呟くように答えた。

「夢」
「えっ?」
「夢を、見ていたんだ」
「……どんな夢ですか?」

 聞かれて、思い返してみる。
 しかし目が覚めた今では、見ていた夢に霧がかかっていて思い出すことは出来なかった。
 そのことに妙な寂しさを感じたが、

「ん~、忘れた」

 と、あっけらかんとした態度で答えて、その寂しさを払拭した。
 はぁ、と呟く陽菜の手を引く。

「ほら、さっさとしないと会長に怒られるぞ」
「は、はい!」

 妙に顔を紅くした陽菜を引き連れて、彰は生徒会室へと向かった。
 今日は来週のGWに配る生徒会公報の作成である。



 それは流れ行く日常の光景。
 いつかは終わると思っていても、いつまでも続くものと錯覚してしまうものだった。
 しかし、始まりあれば終わりは来る。
 それは夕暮れ時、日課である夕飯の買出し帰りに起こった。
 いつも通っている商店街、そこを流れ、彰を混じらせていた雑踏が、消失した。
 突然の出来事に彰は、

「え?」

 としか言えなかった。
 周囲からは人だけでなく、虫や鳥といった生物の気配も掻き消えていた。
 そんな異常な光景の中、彰は取り残されていた。
 気付けば、先程まで茜色に染まっていた空が、街が、紫色へと変化していた。
 どうなってる、と内心で自問したとき、彰を丸々覆うほどの影が生まれた。
 ……何かいる。
 背中がちりちりする。
 空気が震撼する。
 かつて鬼嶋道場に通い鍛えられた感覚が、すぐにでもここから離れなければいけないと警鐘を鳴らした。
 だけど、自分の体は後ろに振り返っていた。
 誰もいない。さっき見渡したときと同じ光景が目の前にある。しかし、影はまだ存在している。
 背中のちりちりが、全身に広がる。
 危険が迫っている。
 そう直感した時、彰は上空を仰いでいた。
 何かが振ってくる。
 その事実だけを認識し、彰はサイドステップでそれを避ける。
 何かが着地した部分が粉々に砕け散る。
 あと少し遅かったら自分も粉々だっただろうと思う。それだけで冷や汗が浮き出てきた。
 だが、それ以上に驚くことがあった。
 その何かの正体だ。
 全身を体毛で覆われ、四肢は人間の胴体を軽く上回る程大きく、顔は狼そのものであり、鋭く尖った爪と牙が鈍く輝いている。

「夢、じゃないよな?」

 試しに頬を抓ってみたら、痛みが走る。
 夢ではなく現実。それでいて信じられない状況に、檜山彰は苦笑を漏らした。



 夕暮れのビルの上に片手に杖――先には宝石の様な物が埋め込まれていて、その周りに字が刻まれている――を持った少女が一人、目の前の異常を黒と赤のヘテロクロミアで見据えている。
 その少女の指の透明な石付きの指輪に、ゆっくりと己の力を込めていく。すると、石が与えられた機能を全うし始めた。

「こちら渚。結界の前に到着したよ」
『了解。結界内には低級の使い魔が一体。現在……民間人1人を襲撃中です』
「襲撃って、その人大丈夫なの?」
『……すごいですよ。いくら低級と言っても、民間人がその攻撃を全部回避してるんですよ』

 石越しから聞こえてくる女性の声の真剣さから、そのことが事実だと裏付けていた。
 少女はその民間人の凄さに感嘆の声を漏らした。

『っと、もうすぐ刃さんが突入するので、サポートに専念してください』

 石越しの女性から報告を受け、意識を眼前の結界に集中させる。そして、石から聞こえる声の主が更に続ける。
 
『まぁ、刃さんのことですからすぐに終わらせちゃうと思いますけど』
「そうだね」

 頷き、少女は石の力を無効にすると、腰まで伸びた髪を泳がせて異常の中へと飛び込んでいった。



「ちっ!」

 顔の真横の空間が切り裂かれる。
 彰は寸でのところで獣の攻撃を回避する。
 さっきから続く一方的な攻撃から必死になって逃げ続けている。
 ただの凡人ならとっくに体を刻まれているものを、幼少から鍛えてきた身体能力で何とか死から免れていた。
 しかし、今も猛攻を続けてくる獣に対して、彰は肩で息をしている。

「一体、何がどうなってやがる!?」

 頭の中では避けつつも、この獣の正体は? 何故俺が狙われる? 何で他の人がいないんだ! などと自問自答していたが明確な答えはない。
 ただ自分がピンチだということしか分からなかった。
 ……なら、この状況をどう抜け出すかだ。
 脳内でシュミレーションしてみる。



<パターン1・攻撃してみる>

 これでも神薙流を学んでたんだ。ダメージを与えるぐらい……

「ぐおっっっっっ!!」

 そういうレベルの問題じゃない気がする。
 多分返り討ち。
 ざしゅっ!
 死亡。
 却下。



<パターン2・命乞い>

 誠意を持って話せば……

「ぐおっっっっっ!!」

 相手は謎の獣。
 聞く耳持たず。
 ざしゅっ!
 死亡。
 却下。



<パターン3・逃げ続ける>

 相手にだって限界はあるはず…… 

「ぐおっっっっっ!!」

 そんな気配なし。
 このペースだとこっちが後十五分ぐらいでばてそう。
 ざしゅっ!
 死亡。
 却下。



「希望ねぇなこんにゃろぉ!!」

 どうしようと命の危機であることを再確認しただけになったので、思わず叫んでしまった。
 その拍子に、今まで何とか攻撃を避ける事を可能にしていた集中力が切れてしまった。
 眼前に迫る死。
 だが、それが彰を切り刻むことはなかった。
 彰は道端に捨ててあった空き缶を踏んで、思いっきり転んだ。

「ぬぁっ!? っつ!」

 何とか受身を取り、心に安堵が生まれたが死はまだそこにいる。
 顔を上げると、獣が鋭い爪を持った腕を再び振り下ろそうとしていた。

「しまっ――!」

 今度こそダメかと思い、目を硬く瞑ってしまった。
 そのせいで、彰人は誰かが間に割って入ったことに気付くまで、少々時間を有するになった。



 空気を切り裂く音と共に、質量のある何かが迫ってくる。
 痛みを覚悟していたが、いつまで経っても痛みは来ない。
 ……は、ははっ、痛みを感じないまま即死、ってか?
 死んだと思ったが、肌を薙ぐ風の感触は、自分が生きている事を照明している。
 ……じゃあ、さっきのは……?
 幻か何かだったのか、と目を開けて見ると、巨大な腕を振り下ろそうとしている異形の獣がいたが、それはこっちを見ていない。

「……パターン4、か?」

 視線は、彰と獣の間に立ち、獣の腕を片手で止めている人物に向けられていた。
 全身を黒色のマントで包み、唯一露出した頭部は色黒く、無精髭を生やした大柄なグラサン男性。
 その空いた手に刃渡り2mを優に超す巨大な剣を持った男が言葉を放つ。

「こちら刃。ターゲットを捕捉した。これより、殲滅する」

 静かに告げる男の後姿が、網膜に焼き付いて離れない。
 呆然と見上げていると、あっと言う間に事は終了した。
 男の蹴りが獣の腹部にめり込んだかと思うと、物凄い勢いで獣は吹き飛んでいった。
 その結果、男が掴んでいた腕が肩先から引き千切られ、鮮血と肉片が飛び散る。
 獣の絶叫が響いたときには、男は彰の目に前にはおらず、獣のすぐそばにいた。
 そして、手にした剣を振り上げ、ゆっくりとした動作で振り下ろす。
 異形の獣がまるで豆腐か何かのように半分に切り裂かれた。
 壮絶な光景だった。
 あまりの圧倒的な力に彰は目を奪われていた。
 ふと、目を下に向けると、さっきまであった血と肉塊は光に包まれた瞬間に消え去った。
 気付けば引き裂かれた獣本体もだ。
 男がそれを確認すると、こちらに振り返った。
 その背後。
 コンクリートの地面を突き破って、巨大なムカデのようなものが飛び出してきた。

「危なっ」

 彰が叫ぶより速く、巨大ムカデは男に襲いかかった。
 しかし、男は宙に舞うことで難なく巨大ムカデの突進をかわした。

「撃てっ!」

 男の叫び声が聞こえたのも束の間、遥か遠方から飛来した光が巨大ムカデを貫いた。
 程なくして、先程の獣と同じ様に光に包まれて消えていった。
 その光景に気を取られていた彰は、自分のすぐ近くにまで来ていた男に気が付くまで時間を要した。

「あ、あんたは……」

 質問に答えは返ってこなかった。
 その代り、男の大きな手が自分の顔を覆いつくしてきた。
 瞬間。
 意識が遠のき、深い闇の中へと落ちていった。



Please go to next stage……



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