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1.始めに
がばいばあちゃんが、小説・映画・テレビドラマにと大活躍している。その人気は、貧乏だが、温かいばあちゃんと昭弘少年の暮らし、周りの人たちの優しさが現代人の琴線に触れているのだろうと思う。そんな「がばいばあちゃん」の話をブログする。 2.佐賀のがばいばあちゃん 1)「佐賀のがばいばあちゃん」とは さがのがばいばあちゃんは、島田洋七の小説、及びそれを原作とした映画と漫画とテレビドラマのこと。 2)がばいとは 佐賀弁で、「がばい」とは「とっても」の意味。だから、「がばいすごか」と使う。したがって、島田さんは本来の佐賀弁の使い方を間違って伝えたのだが、今となってみると、それはそれでよいように思う。 3)小説と映画 (1)小説 少年時代を佐賀で過ごした島田洋七が、少年時代の出来事を書いた小説。いわば、彼の自伝である。 (2)映画 大人になった主人公が少年時代に帰ってきた、という設定になっている。 4)あらすじ 戦後の動乱期、夜の盛り場で働く母親は、昭広(島田洋七の本名)少年を独りで育てているが、環境の悪さを心配した母親は、佐賀のばあちゃん(昭広にとっては祖母)の家へ送ることから物語が始まる。 ばあちゃんは家が超貧乏で、苦労人だった。明るく逞しい「がばいばあちゃん」は、奇想天外なアイデア、破天荒な発言で昭広をけむに巻く。やがて、「由緒正しい貧乏」暮らしにも馴染み、 周囲の優しい人々に見守られ、すくすくと成長する。そんな昭広少年とがばいばあちゃんの8年間の暮らしが描かれている。 3.島田洋七 1)生まれ:1950年広島県 2)本名:徳永昭弘 3)職業:漫才師 4)経歴:「B&B」として漫才ブームを巻き起こす。貧しくても思いやりがあって、明るく暮らした昭和30年代の思い出を語った『佐賀のがばいばあちゃん』シリーズが好評で、同じタイトルの映画にもなり、全国で上映されている。フジテレビ系でドラマ化もされ、8月には名古屋の中日劇場の舞台が予定されている。 4.もう一度貧乏へ 島田さんが、がばいばあちゃんに触れて、一言物申す。 1)今の教育問題 ほったらかしにして、勉強せいとうるさかったり、ゲームやモノを与えてそれでいいと思ったり、なにかあれば学校が悪いとか、そんな教育じゃなかった。 しつけとか人間を作るのはやっぱり家庭だよ。 2)貧乏に戻れ 昔の親はしゃべって、しゃべりの中に知恵を与えていた。それを聞いて、子どもは「すごい知恵やな、親って大変やな、偉いな」と自然に尊敬していたような気がする。今はテレビばかり観ているから、家族が見えない。 どうすれば良いかって? そりゃ、『もう一度国ごと貧乏になればいいのよ』 そうしたら、今の教育問題だって少しは解決するんじゃない? 5.再度に バブルの当りから偉く日本は狂ってしまったように思う。時々、私自身が昭和30〜40年代の寒かった冬を思い出す。でも、家庭の温かさ、周辺地域の暖かさ、人の優しさってのがあった気がする。皆、貧乏だった。しかし、夢・希望ってものが心の中に詰まっていたように思う。あの頃を懐かしむだけでなく、時代を取り戻したいね。家庭も会社も地域社会も巻き戻しだな! <参考資料> 1)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 佐賀のがばいばあちゃん 2)&and No.131 祖母がくれたデッカイ思い出 がばいばあちゃんのDNA 第5回 子育ての教科書 島田洋七 ■シニア市場 ■ 高級品市場 ■新製品市場 ■バーゲン市場 ■楽天市場boys ■楽天市場girls ■速報!TV・新聞掲載商品 ■ギフトセンター ■楽天ラウンジ ■ 楽天マガジン ■楽天ランキング ■懸賞市場 この記事のトラックバックURL:
http://tb.plaza.rakuten.co.jp/gnetoffice/diary/200703040000/61f24/
やっぱり「がばい」です (産経Web)よりH19.03.07紹介
これほどの名作はめったにあるものではない。今更遅いといわれるかもしれないが、島田洋七『佐賀のがばいばあちゃん 』(徳間文庫)である。泉ピン子さんのテレビドラマもよかった。あまりにもできすぎたおもしろ話、感動話満載で、ほんとかなあ、と思いながらも、電車内でこらえきれずについ笑ってしまった場面は2つ。紹介してみる。 時は昭和30年代。食べるものが何もない日もあった。小学3年の洋七少年が学校から帰るなり、「ばあちゃん、腹へった!」というと、返ってきた言葉はなんと「気のせいや」。夕方なのに、そのまま2人で寝た。夜中に「やっぱり、お腹減った」とばあちゃんを揺り起こしたら、今度は「夢や」。 中学校の通知表。洋七少年は体育だけは5だったが、あとの教科は軒並み1か2。「1と2ばっかりでごめんね」というと、ばあちゃんは「大丈夫、大丈夫、足したら、5になる」と笑った。「通知表って足してもいいの?」と聞き返すと、真顔で「人生は総合力」といったのである。 ばあちゃんは明治33年(1900)生まれ。佐賀鍋島藩の乳母をつとめたという由緒ある家系である。42歳で夫と死別。掃除婦をしながら7人の子供を育てた。洋七少年と暮らし始めたときはまだ58歳だが、底抜けに楽観的で前向きで明るいのだ。91歳で大往生。 それに比べて現代の我々はなんと贅沢(ぜいたく)で卑怯(ひきょう)で小賢(こざか)しくなったことかといえば、ありふれた常套(じょうとう)句か。しかし生きるとは、優しさとは、子を育てるとはこういうことなのだ。時代が違う、というのは言い訳である。がばい(すごい)ばあちゃん。原日本人。もう不世出である。(2007.03.07 12:54:55) ■トラックバック(1)
流行の本は、まず買わない私なのだが島田洋七さんが書いてベストセラーになった「がばいばあちゃん」をなんとなく今回買ってみた。 読み始まったらこれが面白い。年代背景もそんなに離れていな(2007.03.05 17:34:49)
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