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こんな塾長でも中学のときは一所懸命勉強した。 好きなことにはよく没頭した方だが、 勉強すべきときには、自分なりに課題と向き合っていたと思う。 科目による得手不得手が極端で、 得意科目では学年トップを取りながら、 苦手な科目では目も当てられない成績だった。 英語塾には中2のときに1年間通っていたが、 中学3年間で塾なるものはそれだけで、 受験に対応してくれるいわゆる学習塾には、 一度もお世話にならなかった。 と言うか、そういうものは当時は周辺にあまり無かった。 だから中3の受験学年も、結局独学だった。 部屋にこもり、遅くまで頑張った。 「中3時代」の付録や「自由自在」などが供だった。 要点などのノートまとめをよくしていた記憶がある。 深夜に、「もう適当に寝なさいよ」と親が言いに来た。 とにかく覚えた。 書きまくった。 負けるもんかと他人以上に覚えようとした。 もの凄い量だったと思う。 風呂場にもトイレにも、暗記ものは常に携行した。 洗髪しながらも、足元のリストを執念で睨んでいた。 枕元には教材が常にあり、電気スタンドの元、 覚えるものを手にしながら、いつもまどろんでいた。 高校受験ではチャレンジで難関校にも挑戦した。 いわゆる確約なる物の存在しない、実力勝負の試験だ。 倍率も高かった。 調子に乗って2校受け、ともに撃沈した。 今のガイドを開くと偏差値が73とか74とかの高校だ。 まともに塾にも行かず、そう簡単に受かるわけもなかった。 押さえと実力に見あった高校をあと2校受けたが、 幸いそこはともに合格し、 自分の考えていた本命校に進学することになった。 あとがない受験だったが、 それでも志望校ランクは落とさなかった。 直前のラストはどんな勉強をしたのか、もうよく覚えていないが、 多分、必死だったのだろうと思う。 出身高校は、このリストに書かれている某高校。 埼玉・千葉・東京のいずれかにある(とだけ伝えておく)。 合格発表のときの何かがスーッと抜けていくような気分は、 今でも覚えている。 まだ肌寒い日、吉報を手に急いで家に帰った。 38年前のことだ。 今、自分のために頑張っている受験生たちに伝えたい。 頑張り、限界まで挑む姿は、素敵だと思う。 挑戦を継続していけば、ラインはどんどん近付いて来る。 だから自分のエネルギーが本当になくなるくらいに、 あと少しの期間、本気で体当たりして欲しいのだ。 君には教材も、塾のサポートも、 支えてくれる家族や仲間もいる。 それら背を押してくれる力を大切にして欲しい。 諦めてはいけない。 歩みを止めれば、その先にあるものはもう掴めない。 あの先にある曲がり角を曲がれば、 素敵なものが待っているかも知れない。 その期待があるから、みんな頑張っているのだ。 執念をぶつけられるのは、今だけだよ。 あと13日で高校受験も卒業になる。 最高に素敵な卒業制作を、この13日に手掛けて欲しい。 自分を研くという作品だ。 納期は14日後の午前9時。 受験会場にそいつを運ぶのは、君だ。 手を休めるな。 時間を捨てるな。 曲がり角の先には、 きっと桜が咲いているから・・・ 受験生のころの私の魂が、 そう叫んでいる気がする。 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |