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日本の大学を卒業してから二年間働き、アメリカへ留学。大学院へ進学、卒業、そしてシカゴにある私立小学校で一年間働きました。
今は落ち着いて(!?)働いています。時々、ふらりと旅に出るので、そんなことをブログにかいていきたいと思っています。 Life is a Journey. コペヤンの日記 [全356件]
25日の午後2時50分にインレーを出発したバスは今日の朝2時45分にバゴーに着いた。 冷房がガンガンききすぎてめちゃくちゃ寒い上にガタガタ揺れ、とても疲れたバス旅だった。 バス停の近くにある安宿で一休み。8ドルなのにエアコン付きでありがたかった。 朝8時に起き、ボロイ自転車を2ドル(高い!)で借り、バゴー観光を始めた。 朝はまだ良かったけど昼は暑すぎて、手がどんどん焼けていくのがわかった。まるでフライパンの上で焼かれているようであった。私のようにチャリでまわっている人は他に見当たらなかった。ミャンマー人観光客でさえ、バスツアーみたいなものでまわっていた。誰か教えてくれるなら、私もミャンマー人バスツアーに参加したかった・・・。 バゴー観光の中でもチャカッワイン僧院は良かった。 「どんだけ僧侶好きなの?」 と言われそうだが、大好きなのだ! ちょうどお昼の時間(10時20分)に間に合った。 ![]() 食堂には小テーブルがたくさんあり、その上にカレーやおかず、バナナなどがのっていた。僧侶はスプーンでカレーをすくっては自分の器に入れ、手でご飯とカレーを混ぜながら食べていた。基本、ごはんは地元の人からもらい、おかず等は僧院で用意するようだ。460人の僧侶が集まった。近くにいたミャンマー人が言うには、一昔前は一日約50人ほどの日本人がこの僧院に来て写真を撮っていたらしい。 「今は日本人の観光客はめっきり減った。」 と話していた。この日は日本人の私一人と、欧米系の団体が一組いただけだった。 ご飯を食べ終えると、列ごとに立ち、きれいに一列になって食堂を出て行った。この列がまた美しくてみとれてしまった。僧が一列になって歩く様はいつみても美しいと思う。 ![]() ![]() 僧侶の近くにいた、この女性にもビックリした。煉瓦をこんな風にして運ぶなんて! 最後にバゴーの写真を少し載せておこう。 ![]() シュエターリャウン寝仏 この寝仏は密林に覆われていたのだが、インド人技術者によって偶然発見されたとのこと。 足の裏まで素晴らしい。 ![]() ![]() バゴーの町並み。 とにかくゴチャゴチャ。 ![]() う~ん、今日もチャリで頑張って疲れた~。
朝6時半に宿(アクエリアス・イン)の前で坊さんの托鉢を見た。 ![]() 僧侶が一列に並んで裸足で歩く様はどうにも良い。 心が晴れるような思いだ。朝早く起きてよかった。 地元の人がしゃもじでご飯をすくっては、一人一人の僧侶が持っている器に入れてあげていた。坊さんの持つ器からは湯気が出ていた。地元の人は坊さんのために朝早く起きてご飯を炊き、出来立てアツアツのご飯を器に入れてあげるんだなあ~。 ![]() どうしてこんなに僧侶にひかれるのかわからないけど、見ていてあきなかった。 僧侶として生きる一生はどんなものかとぼんやり考えた。 話は変わるが、インレー湖ではアクエリアス・インという宿でお世話になった。 ここが最高に居心地の良い宿だったので紹介したい。 昨日の夜、ここの宿の女性オーナーに 「シャンヌードル(ミャンマーの麺食)が食べてみたいが、どこで食べられるのか?」 と聞いてみたら、今日の朝、私の朝食だけ特別にシャンヌードルにしてくれた。 ![]() 一昨日はこの宿に到着したとき、フルーツ、スナック、お茶で歓迎してくれた。 インレー湖でのアクティビティや次の旅先バゴーについての相談ものってくれた。 今日も夕方になるとフルーツとお茶を差し入れてくれた。 肝心の宿のお部屋もとっても素敵。 スタッフの人もみんな感じが良い人ばかり。 至れり尽くせりのサービスに感激した。 こんな素敵な宿が一泊朝食込で7000チャット(700円)なんて安いと思った。 いくらでも高くできるハズなのに。 宿をチェックアウトする前にオーナーが私にプレゼントをくれた。 別れの時、ちょっぴり淋しかった。 またいつかこの宿に泊まりたいと思った。 いろいろな国をまわり、いろいろな宿に泊まってきたが、 その中でもこの宿は印象に残る素敵な宿であった。 人を笑顔にしてあげられる、宿の仕事もいいな、と心から思った。 午後2時50分インレー湖発のバスに乗り、次の地バゴーに向かった。 到着は翌日朝の予定。 ![]() 緑に囲まれたアクエリアス・イン。
23日に乗合タクシーを利用してバガンからインレー湖まで移動した。 移動に8時間半かかり、25000チャット(2500円)。タクシーをシェアしたミャンマー人が豆乳や栄養ドリンクなどを私にくれた。言葉は通じないけど、やさしさが伝わってきた。 そして24日の今日はインレー湖の周りをサイクリングした。途中、インレー湖を横断するためにモーターボートも利用した。 朝のサイクリングは涼しいし、楽しめてこげた。 まず最初に向かったのは朝のマーケット。宿からこのマーケットまでチャリで1時間。 ![]() 東南アジアでよく見るマーケットと似ていた。少数民族の人もいて、なかなか面白かった。 次にインレー湖を横断しようとボート乗り場へ。 24歳のミャンマー人SOE WINさんに声をかけられる。最初は「また客引きか・・・」とぶっきら棒に相手をしていたのだが、話しているうちに彼は悪い人ではないような気がしてきた。 ボート乗り場で 「ここが僕の村だよ」 と指差す方をみたら湖の上に竹で作られた家々があった。 え?こんな湖の上に住んでいるの? なんで陸じゃなくて湖の上に住むわけ??? ![]() 基本、湖の上での移動は小さな手漕ぎの船を利用するようだ。 「僕の家においでよ」 と言われるままおじゃましてみた。 彼の家は・・・↓。 ![]() 最初、「壊れないのかな~」なんて思っていたけど、 思っていたより頑丈にできていた。 ここの家族。 ![]() 妹たちは毎日手漕ぎの船で学校にいくそうだ。 学校も湖の上なんだ~。 湖上にある学校の先生のサラリーは一か月30000チャット(3000円)だって話していた。 うわっ。3000円じゃ日本では暮らしていけないや。 SOE WINさんがお茶やスナックをくれた。 SOE WINさんの運転するモーターボートに自転車を乗せ、 インレー湖を横断した。 ボートを降りるまでに何度も 「次来るときは僕の家に来ていいからね。」 と繰り返し言われた。 なんだか優しい人すぎて、別れがちょっとさみしかった。 ボートを降りてからはまた自転車を走らせた。 午後のサイクリングはかなりバテた。暑い上にデコボコ道路。 舗装されている道路もあったが、その舗装が中途半端で基本ガタガタ。 土埃にまみれてやっとこさ宿にたどりついた。 ![]() 疲れたけど、なかなか面白いサイクリングの旅だった。
3月21日はバガンからマンダレーまでバスで移動 22日はマンダレー観光をした。 やっぱり暑かったマンダレー。でも夏のエジプトに比べればまだマシかな。 マンダレーには僧侶が勉強するパニル大学がある。チベット仏教に興味を 持って以来、僧侶の生き方に興味がある私。 もちろんパニル大学に行ってみた。 パニル大学ではこの日、運よく子供たちが出家をするセレモニーをやっていた。 ![]() 朝9時頃、子供たちはきらきらする衣装に身をつつみ、 写真を撮られていた。お昼頃に髪を剃り、坊主にするとのこと。 「出家する一大事をわかっているのだろうか」 と思うくらいワンパクで元気な子供たちだった。 出家後は別の僧院で勉強するそうだ。 ![]() セレモニーを開催するホールではご馳走がふるまわれていた。 関係者に声をかけられ 「ご飯食べていきなさい」 と言われ、断る理由もないので遠慮なくいただいた。 これがまたおいしかった。 今までのミャンマー料理の中では一番おいしかったなあ。 シンプルな料理だったが、味付けライスとチキンはとてもおいしかった。 食事後、パニル大学内を散歩した。 試しに英語で僧侶に話しかけてみると、 英語を流暢に話す僧侶が出てきた。 この僧侶、とても親切で自分の部屋に私を招いてくれ コーヒーを出してくれた。いい機会なのでパニル大学での生活を聞いてみた。 このパニル大学に受かるのは結構難しいらしい。 大学で4年間勉強した後は、ミャンマー国内でも中国国境付近、またはインド国境付近で 奉仕活動(?)のようなものをするそうだ。そこで良い行いを するよう説いてまわり、そこでの任務が終わると学位がもらえるんだと。 優秀であり、更にチャンスがあれば修士課程に進める。 修士課程ではインド、スリランカ、またはタイのいずれかの国に行って勉強できる。 私の知り合った僧侶は修士に進んで、スリランカに行きたいと話していた。 英語は大学一年生の時から勉強するとのことで、現在大学四年生の彼は英語を 上手に使いこなしていた。 朝食は朝5時半、昼食は10時半、夕食は無しとのこと。 「これも修行だよ」 という僧侶。 食べることが命の私には真似できないわ・・・。 ![]() そうこう話しているうちに時計が10時半に。 僧侶たちが一斉に食堂へ向かいだした。 歩きながらきれいに一列に並んでいく様は美しかった。 食堂にいるおばちゃんが私に 「あなたも食べていきなさいよ」 と手招きしてくれたが、お腹いっぱいだったので失礼した。 僧侶と別れてからはマンダレーの観光スポットを見てまわった。 行ったのは サダムニ・パヤー シェナンドー僧院 クドードオ・パヤー 王宮 チャウットーヂー・パヤー マンダレーヒル この中ではシェナンドー僧院と王宮がとてもよかったな。 夜は宿で日本人に会い、話に花が咲いた。 マンダレーには日本語学校が20校ほどあって、 訪問すると手厚くもてなしてくれると話していた。 YMCA日本語学校には京都大学の学生が ボランティア(だったけ?)をしているそうだ。 いろいろ情報が聞けるようなので、マンダレーに 行く方はYMCA日本語学校に行ってみるといいかもしれない。
19日ヤンゴン発の夜行バスに乗ってバガンへ。 夜行バスなんだから19日の宿代は浮くぞ~と思いきや バスは20日の早朝2時45分にバガンに着いた。 こんな時間に・・・ バスを降りてみると、外国人観光客は私一人。 「どこのホテルに行くんだ?」 とミャンマー人の客引きに囲まれた。 まず初めにピンサ・ルパ・ホテルに行くが、満室。 次にゴールデンミャンマーゲストハウスに行くが、15ドルの部屋しか空いていないという。 あと数時間しか寝ないのに、15ドルは高すぎる! 結局、客引きの連れて行ってくれた ZAR CHI WINというホテル(ピンサ・ルパとゴールデンミャンマーの間)で値段交渉をし、一泊8ドルで泊まることにした。バスが変な時間に着くものだから19日の宿泊代金まで取られた。こんなんなら、今度から移動は昼にしよう。真夜中に新しい場所に到着するのはやっぱり不安だ。 ヘトヘトに疲れていたが、少し休んで朝5時にはバガン馬車ツアーを始めた。馬車に乗るなんて初めての経験だったのでワクワクした。一人で貸し切って一日15000チャット(1500円)。日本円で考えると安い。 ![]() 6時に朝日を見た。 ![]() 馬車で13か所ほどの有名なバガンの遺跡めぐりをした。 バガンはやっぱりスゴイ。 スゴかったけど、自分はあまり遺跡に興味がないことを改めて感じた。 いや、興味がないのではなくて もう見飽きてしまったのかもしれない。 今までいろいろな国の遺跡を見てきたものだから、 似ている遺跡にはもう感動が生まれてこないのかもしれない。 そうだとするとちょっとさみしいな。 ![]() 暑期のミャンマーは非常に暑い。日中は気温が39度近くにもなる。 このうだるような暑さの中で、 遺跡の階段の上り下りがつらかった。 夜は33歳の日本人男性に会い、一緒にご飯を食べた。
旅人が 「ミャンマーは人がいい!」 と絶賛するのを何度も耳にし、ぜひ行ってみたかった。 仕事の休みを利用し、ついにあこがれのミャンマーへ。 3月18日から29日まで、11泊12日の旅である。 ヤンゴンの空港を出た途端 「すみませーん。」 の声がかかる。 日本語でタクシーの兄ちゃんが話しかけてくる。 マジで? 必ずと言ってもいいほど中国人と間違われる私が日本人だとばれている。 日本人観光客がそんなに多いのだろうか? 空港からTokyoゲストハウスまでタクシーで10ドル(若干ぼられている)。 タクシーの窓から外を眺める。 久しぶりだな、こんな光景。 インドにちょっと似ているかな。 人々の暮らしはどう見ても裕福ではない。 もちろん近代的な建物なんてない。 ムンムンと暑い感じもインドと似ている。 さあ、明日からどうしようか!?
ひたすら移動ばかりしていた旅行だったが、やっと追い求めていた暖かい地に着くことができた。あ~幸せ。今までの疲れも出て、結局今回の旅はここで終わり。 もう移動する気がおきないのだ。 (最後は飛行機乗るために夜行バスで昆明までは行ったけど、観光地としては景洪が最終地。) ここ景洪では3日間滞在。 まず景洪で目についたのがこれ。 ![]() 普通、中国の標識には中国語の上にアルファベットで読み方が書いてあるんだけど、この標識にはわけのわからない文字がある。調べてみたらこれはタイ・ルー語というらしい。確かにタイ語に形が似ている。なんか異国に来たようなそんな気分になる。 いやいや!ここは中国だぞ! ![]() 寺に行ってみた。まるでタイのお寺みたいだ。 景洪は中国でも限りなく南に位置する。ミャンマーの国境近くにあるせいもあり、もはやここは中国ではない(と言っても過言ではない)。 ![]() ヤシの木が!!! 中国の感じがしない景洪が好きになった。 あまりに暇なんで、盲人マッサージに行った。気持ちいい!(一時間 600円くらい) 暖かいだけあってかき氷も売っていた。 ![]() 食べ物に目がない私。早速買って食べた。美味い! こんな感じで、寝て食べて、マッサージしての極楽の3日間だった。 ここで食べたタイ料理も美味しかったなあ~。 特にタイカレーが最高だった!! 夜は踊りの舞台を見に行った。たいして期待していなかったら、かなり面白かった。個人的には上海の雑技団より面白かった。 ![]() というわけでこの旅も終わり。 疲れたけど、楽しかったな~。 |一覧| |