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昨日28日の日記のつもりが、本日の日記なっていた、「10年後の私??」。
幸先は混とんですかしら? これが実際には10月29日(土)の日記です。 本日はヨガとトレーニングの予定。 金曜日の夕方、妹と約束したのに、朝の9時に起きられなかった寝ぼすけLizzyでした。 本が面白くて、気がついたら5時を過ぎていました。 土曜日は、思いっきり寝ぼうしたい!! 最近本の整理も始めたのですが、もう読んだものって分けた本のひとつ。 『次郎と正子』整理の時にちらっとページをめくりましたら、「読んだかしら?」という内容の部分がありました。 昨夜、再読しはじめたら、確かに読んだというところもありましたが、新しい発見もあって、またまた引きづり込まれてしまいました。 スキーの話題で、神林温泉から歩いて志賀高原の木戸池のヒュッテまで行った話など、初めに読んだときには、志賀高原にまだ疎くて、よく意味がわかりませんでしたが、なるほど~と納得できました。 たぶん1950年代のことだと思いますが、今は猿の温泉で有名な地獄谷を山のほうに持つ、神林の旅館に一泊して、そこに車を置いて志賀高原には入ったのだそうです。 神林温泉は一度行ったことがありますが、湯量も豊富で素晴らしい温泉です。長野電鉄の経営する千寿閣もすごくいい旅館です。でもそこから、歩いて志賀高原まで行けるの?っと私には思える距離です。 今は急なループ橋のかかるオリンピック道路をかなりの距離をかなり上ると、私的には志賀高原の入り口と思える、サンバレーのスキー場が見えてきます。上林温泉は、志賀高原の玄関と言うにもあまりにも遠い感じです。そこから歩いて、木戸池へ。 木戸池は、妹が高校生のころよく通ったスキー場で、蓮池からは熊の湯のほうに折れてかなりゆきます。その距離を思うと気が遠くなりそうですが、昔のスキー、本当に大変だったのですね。 この本はお嬢さんの牧山桂子さんの著作なのですが、そのころのスキーは、30分登って滑ったら1分とありましたから、今のスキーは、この当時のスキーとはまるで違いますね。スキーヤーとして、頭が下がりました。でも、私がスキーに熱中した高校生のころは、確かに講習に入ったりするとリフトは使わずに足で上っておりましたね~~!!今のだらしなさを思うと……。山スキーでもやらねばね~~と思います。 この本を再読して、志賀高原の歴史を思い、志賀高原が大切に思えてきました。 このころは丸池スキー場には、米軍のスキー場があり、立派なリフトが立っていたそうです。日本人と米軍のスキー場の整備はまるで違ったと、桂子さんは書いていました。木戸池への近道は、「幕岩」の谷の上をを滑るのが怖かったと書いていましたが、これは今のサンバレーのことですね。 1か所だけまるでわからないところがありました。 「『沓打の茶屋』までしかバスが行かない」とあるのですが、これはいまの蓮池のことでしょうか?今度、アルペンブルグの総支配人(以前の志賀山リフトの社長さんです)とお話しする話題が増えました。いろいろお尋ねしてみましょう。 本は、やっぱり場所があれば、少しはとっておきたいですね。 昨晩の読書は、遠い昔の志賀高原を思う楽しいひと時でした。 ・・・・・・・・・・・
文庫も出ていました。 私の中では、白井正子ブームは終わったはずでしたが、まだまだおもしろく、再発見もありました!
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