
イギリスにはこの人ありと、デヴィッド・リーンとともに並び称されたキャロル・リード、その遺作というべき「
フォロー・ミー」('72)を観る。これまで敬遠していたのはミア・ファーローが趣味ではなかったから、というに尽きるなあ。ファンには申し訳ないが、どうせなら妹のティサ・ファーロー(「
狼は天使の匂い」('72))の方やし。
しかし作品はトポルの奮闘努力のせいもあって、そこそこ観れる。やや秋風の夫婦がトポルの探偵を介入させたおかげで元のアツアツに戻れたかというようなドラマだが、なにせミア・ファーロー、肉感がまるでない上、表情にも起伏なし、せっかく沈んでいた若妻が弾まなければいけないところもまるで能面、「
華麗なるギャツビー」('74)とともに二大ミス・キャストと言っておこう。
「
屋根の上のバイオリン弾き」('71)の名演とは別人の風貌で登場するトポル、こんな尾行は素人芸とその筋には思われようが、ドラマの趣旨を体現して愛のキューピッド役をしっかり果たすが、この相手では糠に釘、としか見えないのが致命傷。幸せの予感で終わるはずも筆者にはちとミア・ファーロー相手では不幸の予感しか味わえぬ、どこまでも嫌いなものは嫌い、ヒロインたるべき華がこの女優には欠けている。その後のウッディ・アレンとの仕事もそれゆえにこそ観る気がせず、しかも別れの騒動もこれまた趣味ではない。
というわけで、キャロル・リードの最後を飾るには残念というしかないが、これをもしオードリーがやっていたならもうずーっとおしゃれで心にしみる展開となったであろうと、罪はすべてキャスティング・プロデューサーに在りと思うがどうだろう。
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