最終話WHITE CANVAS最終話/・・Children・・ 彩絵の式は、予想と違っていたとも言えるが、そんな気はしていたとも言いえる大きなものだった。 ちゃんとした葬儀場で行われた彼女の式にはかなりの人数が出席していた。 これは後で分かったことで、本当にどうでもいいことなのだが、彩絵の家はいわゆる名家だったらしい。 そういえば、進学組に在籍していたし、どこか上品な振る舞いをするような奴だったなと思い出す。 ただ、これも本当にどうでもいいことだが、彩絵は両親と上手くいっておらず、度々家出まがいのことをしていたらしく、その度に姉の家に泊まりこんでいたらしい。 別に仲が良かったわけでもなく、部屋を開けることが多いため貸してあげていただけのことだと、彩絵の姉と名乗る人は話してくれた。 涙を見せているのは母親だけで、父親らしい人物は途中で姿が見えなくなった。 ・・・なぜ自分は、こんなにも胸糞が悪いことを知っていて、それでもなんの感情も湧いてこないのだろう? 『彩絵ちゃんが死んだわ』 部長からそう電話がかかってきたとき、なんて返事をしたかなんて覚えてはいないが、自分はひどく冷静な声で応対していたと思う。 受話器を置いて、その言葉の意味を考えたときもなんの感情も浮かんでこなかった。 手には白い花。――彩絵らしいと、そうおもった―― 近づいてくる彩絵の顔。――綺麗だと、そうおもった―― 「あぁ、お前らしい」 白い花を投げ入れる。ただ、そんなものよりも彩絵の白さが、美しかった。 不意に、腕がつかまれた。 「―――、誠?」 誠は眉をひそめて首を振っている。 なにをしているのだろうか? 誠が掴んでいる自分の腕を見つめる。 ―――あぁ、なんだ。 自分は彩絵に触れようとして、彼女の頬に手を伸ばしていた。 誠に、大丈夫だと目を送る。 自由になった手で、触れることなく彩絵の頬を撫でた。 ―――なんて、しろい。 そのまま、彩絵の前を通り過ぎる。 「だいっ嫌い」 後ろで、赤崎さんの声が聞こえた。 自分は今、あのプレハブ小屋に立っている。 冷たい空気は彩絵と過ごしたときのままで、そこにあるもの全てが、懐かしいというよりは、遠かった。 「彩絵」 名前を、呼んでみた。その響きは辺りの隅々にまで響いていく。 当たり前のように返事はない。 ただ、そんな空間の中、なんの感情も湧いてこないのが、悲しいといえば悲しかった。 「なんでだろうな」 誰にでもない、いや、おそらくは自分に向けられた分かりきっている疑問。 なんとなく、こうなる気はしていたのだ。 彩絵は自分では助けることは出来ないし、おそらく彩絵は居なくなってしまうだろうと。 それは、確信にも似た感情で、しかし自分が気づかなかったのは、ただそう思うのを避けていただけに過ぎなかった。 隣には彩絵が居て、その横には俺が居て、部長が居て、誠が居て、赤崎さんが居る。 彩絵が笑う。 なんということもない、そんな話をしながら日々を送っていく。 彩絵はあれで意外と頑固だから、赤崎さんとの喧嘩を止めるのは専ら自分の役目で、休みの前には部長が騒動の種となる予定を持ってきて、誠が部長の暴走を止めている。 春には花見をして、夏には嫌がる彩絵を皆で無理やりに海に連れ出す。秋には部室で鍋を囲み、冬には雪でも見に行こう。 そんな騒がしい日々の中、ふと俺は彩絵が微笑んでいるのを見つけるのだ。 あぁ、それはどんなに―――――。 ―――俺は、そんな、そんな幻想を捨て去るコトが出来なかった。 「彩絵――」 今度の呟きはどこか、過去だったか、それとも未来だったかを懐かしむもの。 ただ、それでも涙は流れてはくれない。 それは、俺が受け入れている証拠なのか、それとも信じれないでいる足掻きなのか。 一歩、前に進む。 目の前には真っ暗な闇。 彩絵が残したソレは、俺を誘っているかのようだった。 闇に触れる。指が沈んでいきやしないかと期待をして、強く押し付けた。 「――え?」 ぼろり、と闇が零れた。 撫でる。 すると、闇は指の先から剥がれ、落ちていく。 俺は何かに取り付かれたように手を動かす。 ぽろり、 ぽろり、 闇が晴れていくたびに、目を覆うほどの森が姿を表していく。 そうだ、この森の奥には――― 「彩絵」 一雫の、何か暖かいものが頬を流れる。 森の奥には、笑いあっている二人の子供。 手を繋いでいるわけでもない、一緒にいるというだけの二人。 ――――ただ、彼らは笑っていた―――― 「彩絵―――」 俺は、泣いていた。 Epilogue ジャンル別一覧
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