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天猫の空小屋

天猫の空小屋

人形遊び

人形遊戯
 
 空も薄暗くなってきている。
 街は仕事を早めに終えた人々で賑わっていて、帰りを待っている家族の元へ帰る人で溢れていた。
 その日、ショウラフ・ニコルエフも例に漏れず家路を辿っていた。
 その右手には娘の誕生日プレゼントが提げられている。今年で7つ。器量が良いと評判の自慢の娘だ。
 ピアニストである自分を見て育ったせいか幼くしていくつもの賞を取っている。しかし、そんな才能云々よりも彼には「お父さんみたいになる」と言ってくれる娘が可愛くて堪らなかった。
 だからだろう、家路を歩く足もしだいに早くなっていく。
 道行く店のショウウィンドウにはニュース番組が流れていた。
 どうも最近街を涌かしている通り魔についてのようだった。手口は残忍で被害者はめった刺し。しかも発見された死体からは一部遺体が持ち去られているらしい。どう考えても愉快犯の悪質な犯行だった。
 警察も詳しい人数や現場などの情報は伏せてあるらしいが街の人は少なからず恐怖を感じている。
 そんな中、どうしようかと少し迷ったがニコルエフは愛しい娘を早く見たいがために人気の少ない路地裏の近道を通ることにした。
 右手のプレゼントが揺れる。自然と早歩きになった。
 入ってしまった後しまったなとも思ったがそこまで暗くない路地裏を一気に抜けていく。
 そして、曲がり角を少し慎重に回ったところで彼の目に奇妙なものが飛び込んだ。
 うずくまった女の子。
 角を抜けた彼のすぐ足元に小さな、娘と同じくらいだろうか、黒いゴシック調の派手なフリルで飾られた服を着た女の子が座り込んでいた。
 少し驚いたが注意するとうな垂れて見えない顔から荒い息使いが聞こえてくる。先ほどのニュースが思い出された。
「お譲ちゃん。どうしたの?どこか痛むのかい」
 まさかと思い手を差し出す。
「・・・・・・?」
 声につられて顔を上げた女の子の胸には何も外傷はなく少し安堵する。
 しかし、その女の子は驚くほどに綺麗だった。
 プラチナブロンドの髪に透き通るような碧眼。表情の乏しい顔からはそう、「生きた人形」のような印象を受けた。
 しばし見とれてしまったが先ほどの彼女を思い出し手を取ろうと腕を差し出す。
「お腹が痛いのなら病院に行ったほうがいい。立てるかい」
 女の子は自分を見上げてじっと差し出された手を見つめている。
 怖がっているのかと思って大丈夫だと言おうとしたが、その前に彼女が口を開いた。
「おじさん、綺麗な指をしてるんだね」
 
 とすん。

「―――え」
 見ると、自分の手首が地面に転がっていた。
 彼女の手には鉈。よく手入れをされているのか面白いほど簡単に腕は取れた。
「ちょ、」
 思考が追いつかず叫ぶことも出来ない。

 どすん。

 腹に鉈がめり込んだ。
 驚きのあまり痛みすら希薄な自分に女の子は笑いかけてくる。
「ほんとに綺麗な手。あぁ、そう。彼は私に私のために作った曲をこの指で弾いてくれるの」
 彼女はうっとりとした目で落ちた手首を拾い上げよく分からないことを口にする。血を舐め取る仕草が幼い外見とは違って怖ろしく妖艶だった。
「あ、あ・・・・・・」
 ようやく襲ってきた痛みも恐怖で塗りつぶされ、動かないはずの身体に逃げろと命令を下してくる。
「いいわ、おじさん。あなたの手は特別綺麗だから両方貰ってあげる」
 くすりと、ほんとうに楽しそうに笑う女の子に怖ろしいほどの目眩がして、
「うわあぁぁあ!!!!」
 残った左腕で腹から鉈を引き抜いて彼女に襲い掛かった。

「だめよ。その手は私の頬を撫でるためだけにあるのだから」

 そう言って彼女は少し怒ったように私の左手首を切り落とした。
 続けて他はいらないとばかりに肩を、足を、胸に鉈が突き刺さる。

「ふぅ、念のために二本持ってきておいて正解だったわ」

 彼女の声が薄れ行く意識の中で響き、今さらになって彼女が例の通り魔なのだと思い至った。
 死の間際それでも愛しい娘の名を呟こうとして、頭蓋骨を貫かれてニコルエフは絶命した。


 古い家屋が並ぶスラム街。それのさらに奥の下水道の地下にその部屋はあった。
 とあるマンホールから下に降りていき、汚れた用水路の縁を少し行ったところの扉の中。
 そこには一人の少女が住んでいる。
「ふふ。ほんとに綺麗な指」
 部屋の中では愛しそうに目を細める少女。その腕は先ほどのピアニストの手首を掴んでいる。
 部屋は異様な空間だった。
 あたり一面を覆うかのようなベッド。簡素な生地を積み重ねられて作られたソレは、蝋燭の炎に照らされて妖しいまでの紅のその色を変えている。
 その上、ベッドの中心には彼女が腰を下ろしている。蝋燭の揺らめきのせいか、もともと美しい彼女はどこか妖艶な甘美さを持ち合わせていた。
 彼女はその黒いフリルの塊のような服をしわがよることもかまいなしに「彼」を引き寄せた。
 部屋の中央。彼女の傍らには一人の男が横たわっている。
 二人の巣。
 そんな表現でも似合うかのごとく彼女は彼を抱き寄せた。
 一度頬にキスをした後彼の手を取る。
 彼には手首から先が存在しない。
 どうしても妥協を許されなかった部分。彼が自分を優しく撫でてくれるに相応しい綺麗な指。
 それをついに見つけれた興奮が彼女を包み込んでいる。
「ようやく、ようやく全てがそろったわ。ねぇ、聞こえているのでしょう?目が覚めたら一番に私を抱きしめてね」
 愛しい彼を抱きしめながら彼女は語る。早く完成させたいという想いとまだこのえも知れぬ高揚感に包まれていたい気持ちとが交差する。
「ん、んむ。あむっ、あぁ・・・・・・」
 我慢しきれずに彼の口へと舌を絡める。冷たくなった彼のそれは時に彼女をどうしようもないほどに打ちひしがしたが今ではその冷たさすら媚薬のように彼女の身体を駆け回る。
「ん、待っててね。もう少しで一緒になれるよ」
 幼い身体で幼いことを言う彼女はそれでも一時、この妖しい興奮を楽しむことにした。

「ふふ」
 彼女の微笑が部屋に響く。
 彼女の手には簡素な針と糸が握られていて、拙い技で彼の肉を括り付けていく。
 手首と腕を。それこそ一糸一糸を恍惚の表情で。
 そうして最後の肉を繋ぎとめた後、彼女は一人泣き叫んだ。
「どうして!!なんで!?全部、全部揃えたのに!!!?」
 がむしゃらに髪を掻き毟り叫ぶ。
 これで一緒になれるはずの自分の王子様は自分を抱きしめるどころか目を開けてくれさえしなかった。
 なにかにすがるように彼にキスをしたが眠りについた王子様が起きることはない。
「なにか、まだなにか・・・・・・」
 ふらりと立ち上がる。
 そうして暗い扉を開いて、彼女は再び外へと向かった。

「待っててね。必ず見つけてきてあげるから」



 


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