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玉藻

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2006.06.07
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カテゴリ:創作メモ
雲煙の宮


**主要登場人物 他**

頼元・五条殿・外記・少納言→五条(清原)頼元
宮→懐良親王【後醍醐天皇皇子】

御息所→懐良親王母【二条為道女】
少将→御息所付きの女房名
良氏→五条(清原)良氏【頼元の息】

大塔宮→護良親王【後醍醐天皇皇子:宮の兄】
足利の左馬頭→足利直義
先帝→後醍醐天皇

小龍丸→少将の姉の孤児


<物語の前に:蛇足>
時は室町初期。
鎌倉幕府の内部分裂の隙に乗じて、建武の新政を提唱し、都に王朝の昔を復活させることを夢見た後醍醐天皇だったが、その政策の限界を足利尊氏に見定められ立場は逆転。
ついに皇位を追われ、叡山から吉野へ移るといった政変がおこったころ。

都にはすでに、後醍醐天皇の力は及ばず、足利体制が敷かれつつあった。
後醍醐天皇は、一旦勢力をそがれたものの、多くの皇子を各地に分けて、足利体制に不満を持つ武士をして、都を包囲するべく時を待っていたが、知力体力を兼ね備えた大塔宮(護良親王)が北陸で足利直義に討ち取られ、またも挫折。
しかし、それでも諦めない後醍醐天皇の倒幕の思いは、まだ幼い懐良親王に向けられたのである。



雲煙の宮

出京の条(その六)



 もし宮の出京を足利の軍に見とがめられたら。
 大義名分はいくらでも付けられるだろう。人目を忍んでの旅支度の中に、宮をお加え申し上げることが、宮を拐かした罪とでもされたら。理由など問われまい。宮をお守りする役であると主張しても、聞き入れられるどころか耳も傾けられないだろう。死人に口なし。即刻討ち取られ、その首を河原に曝す身になることも覚悟の上。
 もしそうなって、宮がとらわれの身になられたら。
 百に一つの望みとして幼い宮のお命が赦されても、この都や叡山に戻されるかどうか、わかったものではない。狂乱の外記が、宮を道連れに自害したとでも言い整えれば、それはそれで事が通る時代なのだ。
 それこそ明日のない身になるのは目に見えている。
「できるだけの事は。」
 頼元もそれ以上は言えなかった。

 二年前、大塔宮が足利の左馬頭の手で葬り去られたことも、生々しい現実だった。いかに都を守る武士であろうとも、親王に手をかけるという暴挙を、すでに世間は認めている。
 皇系など思いのまま、生き死にまでその手の中に握られている。そんな世の中に、どうしても肯けないという心がずっと痛み続けたから、頼元はこの役を受けたのだった。

 湯浴みを終えた宮は、常の衣に着替えて部屋へ入ってきた。その姿を見て、頼元は少なからず驚いた。
 宮の衣と同じ緋色の水干を、小龍丸も着ていたからである。
 小龍丸は宮の御座の下手の長押の端に小さくなって座った。宮はそれを見ていながら、何も言わず頼元の方に向き直った。その目には幼いながらも高貴な血を感じさせる威厳が備わっている様に、頼元には見えた。思わず平伏して、
「宮、先帝よりの勅がございます。
 良氏が参りますので、それまで今しばらくお待ちくださいませ。」と頼元は言上し、息子の到着を待った。
 目の前に行儀良く座り、微動だにしない幼い宮の膝頭が愛おしかった。几帳の影に隠れていた少将も、何時しか席を滑り出て姿を消していた。このような人であるなら、旅の苦しさも厭わないだろうと思えるが、女の身で九国まで道連れにするには、あまりに酷というものである。
 私たちがここを引き払って、首尾良く逃げおおせたら、御息所の御所か叡山の先帝の許か、縁の寺にでも逃げ込んで尼になれば、さすがに命ばかりは取られまい。機転がきき、賢い少将のことであるからと、頼元はそれだけは心配しないのだった。
 一子の良氏が夜を縫って、この御所に辿り着き、一応の装束に改めて御前に参ったのは、それから程なかった。前から吉時だけは勘問してあるので、それに合わせてやってきたのである。頼元は、昔ながらの式次第を守ろうとする一族の振る舞いに苦笑した。

 所詮、都の官人。このようなことでしか、自分たちの姿と意義を見つめ直せない。いつしかこういう有職に関しても、廃れて口伝を受け継いで行く者はいなくなるに違いないと、思いながらも捨て去れない何かが頼元の中にあった。
「勅。」
 良氏が捧げ持つ一紙は、昨日頼元の宿所へ叡山から密かに渡された宣旨であった。
 聞き慣れた定文ではあったが、頼元にはこの儀式が最後になるかもしれないと、感慨深い。
 目の前に鎮座する宮にとって、いかほどの力になるかわからない『征西将軍』の詔。
 もし今が泰平の世で、同じように宮が何かしらの詔を受けられることがあったら。

 緩やかに流れる宣旨の趣を、頼元は思い描いた。上卿がいて、参議が参り、蔵人方官方と吉書が巡って、解文が下される。宮家に新たな番を組むため、所望の人々が詰めかけよう。
 けれど、今はその影もない。
 この宮が、晴れやかな叙任する姿を世間に知られることこそ、恐るべきことである。良氏の差し出した宣旨を見た宮は、小さく頷くとまた同じように口を一文字に閉じて、まっすぐに身をただした。例の文箱に宣を納めて、もう一度丁寧に紐を掛け錦の袋にしまうと、良氏は一行の支度を見に素早く下屋に下がっていった。
 長々しいの次第は無用。一応の手順を踏めば、さっさと出京して、まずは南の楠方の所領にたどり着かなければならない。
 これが一番の難関であった。一行は外記一家の物詣の体にして、都を抜けるまでは気を許せない。群いる足利の軍が宮の不在を知り、その異変に騒ぎ出すまでに、なんとか千早まで行き、その後は熊野から伊勢の港に移るという手はずになっている。
「宮、お支度を。」
 良氏が宣を恭しく文箱にしまい終えるのを見据えた頼元は、そういって御座の宮を促した。すでにこちらに着いている清原の一族を旅支度させ、頼元が最後に宮の旅装束を奉仕しているとき、少将が小龍丸を連れて側に参ってきた。

「五条殿、この子をお供に。
 今よりは五条殿の思い通りになさってくださいませ。もし、宮に。」
 そこまで言うと少将は一段と低い声で、
「何かございましたら。この子を代に。」と語りかけて来た。
 そうだったかと、頼元は少将を振り返った。
 同じ水干を着ている二人の少年は、見た目にはそれほど背丈も変わらないし、事情をよく知っている者でもなければ、見分けはつかないはずであった。今更ながら少将の心苦しい決断と、意志が感じられて、これがもし出家のお供であったなら、小龍丸にとってもどれほど気が楽であろうかと頼元は思った。少なくとも命の心配はいらない。小龍丸は少将から言い含められているのか、頼元の側で何も言わず宮の旅支度を見つめている。この子の知恵付きや忠義は、少将譲りなのかもしれないと思えるだけに、こんなおりには心強かった。
「宮、ようご覧じなさいませよ。この都の姿を。
 そして憶えておいてくださいませ、いつもこの少将が側にいたことを。」
 厩にまでついてきた少将はさすがに涙を袖で隠しながら、旅装束の宮に語りかけた。

 二度とこの地に戻ってこられないかもしれない。ならば、その目に焼き付けて、命の終わる時まで忘れないでいて欲しいと、切に思う少将のせっぱ詰まった息苦しさが、宮よりも頼元に響いていた。
 その声はお側についている小龍丸にも、聞こえていたのか小龍丸も振り返り、くっと背を屈めて少将を見返した。
「宮。
 宮は今から多聞天になられます。御身お大切に。」
 幼い宮は少将の涙声に、そっと振り向いたが意味がわかっていないのか、どうして少将が供をしないのかと、不思議そうな面もちであった。しかし、小龍丸が耳打ちした言葉に、顔を綻ばせて、うんと頷く姿が頼元には凛々しく見えた。

 今から、この都を後にする。
 九国は遠い。
 太宰府に辿り着けるだろうか。
 目の前には持明院の手勢が壁を成している。多分、二度と戻ってこられないだろう。ならば、戦いに荒んだ都の姿であっても、憶えておかなければ。
「なんと申し上げたのだ、あの時。」
 ぼんやりとした秋の朝が、少しずつ明けてきている。時に急がされていたけれど、頼元は気になって仕方なくて、小龍丸に問いただした。すると小龍丸は顔を赤らめて、
「多聞天は毘沙門天です。外記がついておりますから、と。」と答えた。
 毘沙門天の持ち物は三叉戟。その戟と外記をかけて答えたという機知に、頼元も思わず苦笑した。
「ならばもう一人、いなければな。二人では心淋しいであろう。」
 宮の小さな背を隠すように、頼元は小龍丸と共に袖の中にもう一度くるんだ。
 今から手探りのような旅となる。
 終わりのない旅かもしれない。否、終わりのあったほうが、恐ろしいのかもしれない。
 不確かな世に生まれ合わせたことを、歩き慣れない宮のおぼつかない姿に重ね、頼元は南に向かう自分の足許を見つめ、遠くなっていく宮の御所に別れを告げた。



>>完

>>







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Last updated  2006.06.08 00:36:13
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