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以前どこかで紹介したが、本日(2/19)タイトル通りのオペラ鑑賞に行ってきた。
鑑賞などと上から目線用語を書いたが、正しくは学習だ。 ぼくが所属する小団体からすると、『盗めるものは全て盗め』というのが本音だ。 さてこの団体、以前は『ヘングレ』等のライト系を頻繁に上演していた記憶がある。 だから、ボエームを上演すると聞いたときは違和感を持ったのだが、 プログラムで公演履歴を確認すると、記憶違いも少々あった。 さて、最も驚いたのは舞台セットの大道具。 全幕通して、時代考証がしっかりなされていて、忠実に思った。 写真等でお示しできないのが残念なのだが、ものすごく立体感があり奥行を見せていた。 アルカイックのステージにはこれまでにも弊ブログで紹介した通り、 学生時代に関西歌劇団でのバイト出演で経験があるのだが、 ステージの改装でもしない限り、実寸法ではとれるはずのない奥行に見えた。 この点については確認が必要だと思うが、遠近法を使って錯覚させているのかと思った。 また、1幕と4幕では同じ屋根裏部屋が使用されているのだが、 1幕では外の背景が雪景色、4幕では春の日差しを表現していてこだわりを見せていた。 屋根裏部屋という設定を確認できたのは、背景に外の建物の屋根を、 これまた大道具で配置していたから。 次にカレッジオペラハウスによる演奏。これは全く安心して聞けたので特に感想はない。 特筆すべきは指揮者の牧村氏。老けたなァ。学生時代にはよく怒られました。 当時はエウフォニカの常任指揮者でしたが、今ではカレッジオペラハウスですか…。(遠い目) さて本題、これより公演の感想を書きます。 ■1幕於屋根裏部屋 このオペラには前奏曲が無い。ベース系の音を皮切りに幕が開く。 だから、出演者は暗転と指揮者登場の拍手で緊張感がピークになったのではないだろうか。 前奏曲のあるオペラなら徐々に幕開きまでテンションを持って行ける。 例えば『椿姫』なら前奏曲終了後、数小節後パーティの歓声と共に幕が開く場合が多い。 だから、『助走』時間を稼ぐことができた。 ありえないことだが、自分がロドルフォだったら、幕開きの瞬間には様々な不安がよぎるところだったろう。 マルチェロがファラオ王の絵に水をかけるレチからの歌い出しは無難に進む。 次に、フォドルフォの作品をストーブで燃やす場面で、マルチェロが勢いよくマッチを投げたため、ロドルフォがキャッチできず後逸してしまったのは残念だった。 ミミ登場後まで話が飛ぶが、 『O soave funciulla』は、ロドルフォが安全策をとったのかアンサンブルを優先したのかはわからないが、 最後の“amor”3連発の3つ目はミミより下の音(おそらくA)で歌っていた。 しかし、ハモりは微妙だったと一言申し上げる。 ■2幕於カフェ・モミュス 羨ましい限りの贅沢なセットと人材。 あれほどまでに投入できる理由は何なのか知りたい。 まず合唱。子役含めて60人から出演している。 楽屋はさぞ混乱したことだろう(余計なお世話か) 話がそれるがAB両日程合わせればキャスト含め100名以上の出演者だ。 まず驚いたのは子役のしつけ。 この日の子役は宝塚少年少女合唱団の出演だが、特筆すべき統制だった。 普通、子役といえば訳分からず言われるままに動くため、 理解できていない子が理解不能な動きをするが そういうものは一切なく、整然と歌っていた。 次に、2幕最後に出る鼓笛隊のマーチング。 実際に行進しながらブラスと打楽器を弾いていた 。 演出的によくあるのかどうかは知らないが、個人的には初めて見た。 これにも演出家のこだわりを見た印象だ。 余談だが鼓笛隊の隊長がかぶっていた赤い帽子には見覚えがあった。 ガンダムで例えると中隊長機の頭部ブレードアンテナのような羽が付いている帽子。 これについても後述。 さて最も驚いたのは、マルチェロとムゼッタの重唱だ。 思いっきりガン見させてもらった。ムゼッタの足のことではない。足についても後述。 これは秀逸だった。ムゼッタという役自体に強い『灰汁(アク)』があるのだが、 衣装の色と風体、そして歌と芝居で、ロドルフォ/ミミ組との対比の強調が大きく見えた。演出家の狙いにマンマとはまったようで少々悔しい。 幕後に我慢できずムゼッタにブラボーと叫んでしまった。 さて、ムゼッタの足の話だが、ステージ上で加齢にご披露していただいたのは演出上アリなのだが、できればムゼッタの太ももとセットでウェイトレス役の女性の太ももも同時に陳列して頂けなかったろうか。それは演出上の課題としておきましょう。 ■3幕於ダンフェール門の市外との関税所前 ここもセットが秀逸で寒さの演出が十分だった。 また、センター芯から左右各5mくらいに樹木が独立して立っていた。 これはミミがロドルフォとマルチェロの話を立ち聞きするときに 隠れるために設置されたものと推測している。これにも演出家の執念が伺えた。 音楽的には、やはりここもムゼッタ。 それまでと全く別のテンポ(ワルツ)でロドルフォとミミのレチに乱入するのは、 よほどしっかり練習をしないと怖い筈だが完璧だった。 ■4幕於屋根裏部屋 途中まで省略。 ムゼッタが突然やって来て後、瀕死のミミの手ががっくりと下に落ちたところは、 観衆全員にしっかり見せながらも、わざとらしくないような芝居が必要だったため、 落としどころとしては、ばっちりだったと言える。 また、ここは泣ける場面だった。 ムゼッタがマリア様に祈るシーンでは何とも言えない悲しさが、ぼくにも十分伝わった。 ■個別の感想 ・ミミ ここまでほとんど触れていないが、全く問題を見つけられなかった。 逆に特徴も薄かったように思えたが、ムゼッタとの対比を考えると演出上故意に色を消したという認識に至った。またもともと病弱というキャラ設定もあると思う。 ・ロドルフォ これはテナーいじめのキャストとも言え、相当難しかったに違いない。 ・ムゼッタ これは文句なし。アクを出しながら嫌味を出さないバランスが秀逸だった。ただ、太ももを出すときは観客が少々喜ぶものとセットにしていただきたい。 ・マルチェッロ ムゼッタとの組み合わせが抜群に良かった。良い意味でロドルフォ/ミミの存在が霞んだことはこの迎氏の存在でしょう。少し織田裕二を意識していませんでしたか? ・最後の舞台挨拶 指揮者マッキーが老けていたこと。 衣装の下斗米さんが出てきたので、鼓笛隊の帽子は以前自分がかぶったことがあるものと確認。自分の分身が出演したようで微妙な気持ちだ。 ■総評 関西在住の歌手でここまでのレベルのものが上演されるとは思わなかった。 自分でお金を払って観た中では過去最も素晴らしい出来栄えだった。 思いのほか感動できた。 ![]() ![]() にほんブログ村 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |