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はごいたの日記 [全123件]
期日前投票が、前回に比べて5割増しだという。 こんなに盛り上がる選挙は久しぶりだ。 私も真剣に自分の2枚の票をどうするか考えている。 与党が勝つという選挙だったら、ちょっと違う。 例えば、新党日本のヤスオちゃんとか、有田さんに投票しちゃおうかな、と思う。どうせ、野党に投じた票が無駄になるなら、せめて、意思表示をしようという気持ちになるからだ。 今回は民主が圧倒的優勢と伝えられている。けど、本当にそうか。日曜日の群馬県知事選挙では自民が勝った。各党は、この結果で、かなり、締まっただろう。いい加減にして、自民党と思うので、素直に民主に投票したいのだけれど… 世論調査も「民主ひとり勝ち」。この予想は歓迎なのだが、どうしても当選して欲しくない人がいる。さくらパパだ。この人だけは国政に参加して欲しくない。この人を候補者にしたってことで、民主に票を入れたくないのが本当のところ。でも、自民が勝つのはもっといや。野党の第一党に票を入れないと、こういうときは「死に票」になる。それももったいない。 ということで、今、困っている。 地方区は迷わなくていいが、比例区をどうするか。 比例区で、これまでは「民主党の候補で、さくらパパ以外」の名前を書けばいいと思っていた。 ところが、そうしても民主全体の票を押し上げることになる。ゆえに、さくらパパの当選のチャンスを拡大することになる、と説く人がいて、ああなるほど、そうだなと思った次第。 さて、どうしませうか。今回の選挙の票は、結構重い意味を持つ。投票日当日まで、楽しみつつ迷うことにしようと思う。
初めて聴いたのは、今年のお正月、那覇市の公設市場でした。 豚の頭が並ぶ市場の空気に、不思議と溶け込んでいたモーツァルト。静かに流れていたのですが、私にとっては運命的でした。 そのときは、シマブクロ君の新作かと思い、調べると、日本のアーティストの作品と知りました。ウクレレにこれまで興味はなかったので、ファンの方には失礼かもしれませんが、こういうアルバムを日本の方が作ったということ、そういう現実に感激しています。 冒頭の「恋とはどんなものかしら」の、ほんわか、ゆるゆるとした雰囲気は、腰からへなへなと落っこちてしまうほどのやわらかさです。 朝のお食事に聴いてもよし、夜、翌日の仕事のプレッシャーを回避するためにもいいでしょう。エステでこのCDが流れていたら、気持ちよさは倍増のはずです。 ここから試聴もできます 近藤 研二『ウクレレ・モーツァルト』
私は、一番好きな食べ物は何か、と聞かれたら「イチゴ」と迷わず答えるが、妹は大嫌いだ。昔はそうじゃなかったが、ある事件をきっかけに、イチゴが嫌いになった。というより、本能で危険だと感じているように見える。 その事件は、数年前の春の日、早朝に起きた。私の家には時々、ご近所の農家がお野菜や果物をもってきてくださる。出荷できないものだけれど、新鮮だし味も文句なし。うれしくいただいている。その日は、熟してルビー色に輝く路地もののイチゴが山盛りに届いた。 妹は、いただいたばかりの魅力的なイチゴを迷うことなく、パクパクと口に運んだそうだ。新鮮な果実の味を満喫した。幸せな瞬間、ところが… イチゴを食べた後、妹は弟と喧嘩をした。その喧嘩で弟は妹の「おでこ」をパチンと弾いた。いわゆるデコピン。すると、妹の体に異変が起きたのだ。デコピンされたおでこがまず、赤くなり、その赤みは、顔全体に広がり、そして上から下へと体全体に広がった。 私は、その様子を見ていない。でも、妹の体の異変は、家に働きに来ていたパートのおばさんにも衝撃を与えていたようだ。いわく「○ら○ちゃんが、真っ赤になって病院に運ばれた!」 実際には妹は自分で病院に行ったらしいのだが、真っ赤になったってどういうこと???という感じ。本人も周囲もびっくりした妹の症状は、農薬へのアレルギー症状だったそうだ。 農家からの直送イチゴは、畑から、そのまま洗われることなくわが家に届いた。農薬たっぷりのまま。普段は少なくとも水洗いをするのだが、妹はあまりにおいしそうだったので口に入れてしまったようだ。その結果、弟にデコピンされた衝撃で、急性の症状がでてしまったのだ。内臓とか呼吸器とか、そういう深刻な症状が出なかったのは幸いだったのかもしれない。以来、妹はイチゴを好まない。私も、イチゴ狩りはちょっと怖い。 去年、パリに出かけたとき、現地の料理教室で、おいしいおいしいセップ茸(ポルチーニ)のクリーム煮を習った。日本では茸は洗わないのが普通だが、この先生は「洗剤で洗え」。え~もったいない、という顔をする私に向かって「何が使われているか、何がかかっているか分からないから」とおっしゃった。 食べ物に世界で一番こだわるフランスで、野生のキノコに、この処置を勧める。当然、ほかの野菜も、同じような処置をするように教えられた。日本でも、そういう時代がきたということか。 ▽とちおとめから基準超の農薬 http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200702010236.html
ゴルフ熱が高まり、毎週、あっちこっちで乱れ打ち。で、あらためて不愉快になるのがタバコの煙。今の日本でこれほど喫煙者にやさしいのはパチンコ屋とゴルフ場ぐらいだろう。いい加減にしてほしい。 クラブハウスのロビーは禁煙に、レストランは分煙にするべきだ。すがすがしい朝、クラブハウスに入った途端に、タバコの匂いと煙にうんざり。プレーを終えて、お風呂に入り、すっきりしたと思ったら、精算前の一服をする人のために、ロビーは紫煙で汚染されている。 女性用ロッカールームにアロマ・セラピーを取り入れたりしても、これじゃ、台無し。灰皿を撤去して、外で吸わせるのが、時代の流れだろう。ケムケムが当たり前のうちは「おっさんの遊び」からゴルフは抜け出せない。 こないだ出掛けた石岡ゴルフ倶楽部もひどかった。ここは、プロのトーナメントも開催されて、素晴らしいコースとして知られているし、本当にコースもキャディさんも素晴らしい。ところが、経営がアコーディアになって、ロビーにはクラブやらウェアなど商品であふれるようになった。そして、ソファが極端に少なくなった。そのせいでロビーは「喫煙所」状態になった。 人気のあるゴルフ場だから、精算をする際などは待たされる。このとき、タバコの煙にうんざりした。喫煙者はプレーを終え、お風呂を上がり、良い気分で一服…なのだろうが、タバコを吸わない人間にとっては、とても不愉快。だって逃げ場所がないのだもの。石岡はパブリックのコースだ。一般的な喫煙ルールを導入していただきたい。
仕事の関係もあるけれど、そうじゃなくても、結局、毎晩、朝までサッカーを見ている。4年前はスカパーの独占放送で、生中継はほとんどなかった。世界中のいい体をしたいい男たちが、走り、競り合う。必死の形相は神々しく見えることもある。いつもの「笑わせてあげますよ」みたいなバラエティを見ているより、はるかにいい。掛け値なしの真剣勝負は、どんなに高い放送権を払ってもいいなあ、と思う。 今回のテレビ中継はとっても上手だ。さすがドイツ、と思わせる。大きく引いて全体の選手の動きを見せたり、選手の競り合いを逃さず映したり。ロナウジーニョのディフェンダーを目の前にした個人技なんて、テレビならではの楽しさだ。 だけど、いい男のいい試合に水を差す、つまんない決め事をFIFAは何年か前に決めた。 ユニフォームを脱いではいけない、という決まりだ。 選手は裸を見せるのではなくて、プレーを見せるものだ、というのが言い分だったと思う。女子のワールドカップで、女子選手がブラ姿で走り回るのも「いかがなものか」という風潮につながった。だけど… ハダカ禁止は世界中の女性の楽しみを奪う、つまんない決め事だ。 ゴールを決めるという、究極に近い行為をした選手のハダカは「是非、見たい」。きっと女性ならそう思うだろう。それほどに魅力のあるものなのだ。 そうじゃなくても、1試合で3キロから5キロも体重が減ってしまうという。そういうハードな競技で鍛えられたハダカは「是非、見たい」。無駄なものがない、男性にしかない美しさがある。それに、スポーツではないけど、クラシックバレエの男性ダンサーはピチパチのタイツをはいて、女性にサービスをしているではないか。そのぐらいのサービス精神を、どうしてFIFAはもてないんだろう。 彼らの美しいハダカを見る機会は、試合終了後、ユニフォームの交換の時しかない。でも、これじゃ駄目なのだ。試合を終えた後の選手のカラダは急速になえてしまう。これじゃ、つまらない。
この映画を、お金を払ってみようとは思わない。今日、過去最大規模でダ・ヴィンチ・コードが公開されるという。小説の日本語版が発売されたとき、散々騒いだのに、何をいまさらという気もする。 小説を読んで、詳細も、結末もすべて知ってしまったら、誰かのフィルターを通した映像は、自分の心には届かない。それは、この作品に限らない。もちろん、小説や文学には映像で見たいと思う作品がいくつかあるが、ダ・ヴィンチに関しては世界中の読者のほとんどが、それぞれの心に自分なりの登場人物の姿を描いて、読書の楽しみを満喫したはずだ。そういう作品を映像にするのは、難しい。 しかも2時間半の上映時間だ。原作を読んだ人には物足りず、キリスト教に関する知識がないまま向き合うにはあまりに長い。トム・ハンクスの様子も魅力的じゃないし。ヒロインも華やかさがない(なくてもいい役どころだけど) 原作を読んだ感想は、キリスト教を取り込んだシドニー・シェルダン。私はこの人の小説が大好きだし、ほとんどの本を楽しんだ。でも、紙芝居なのだ。登場人物が出てきたところで役割がわかり、その展開を自分の予想とすり合わせながら楽しむ。ダ・ヴィンチもおんなじ。キリスト教の知識がなかったから「へえ、へえ、へえ」と思いながら読み進めたが、展開は予想通り。そう思った人は多いと思う。 映画はビデオになってから見ることになるだろうが、パリでこの小説の舞台をめぐる-というのはやってみるつもり。サンシュピルス寺院とか、散歩のひと休みだった場所が、違う意味を持つ場所だったってことが、この作品で一番の収穫。 でも、結局は、こういう騒ぎが私たちは大好きなのだ。ワールドカップの間のつなぎに、いっこぐらい映画をみたっていいかな、みたいな。
演歌歌手が巡業に来ると、着物を「これは紅白で着たんですよ」と言っていたのを覚えている。当時、小学生の私は祖母に連れて行かれた中学校の体育館で「まさかこんな田舎に紅白の衣装は着ないだろう」と思ったものだ。だけど、営業に着るには一番の衣装。今思えば、それは本当だったのかもしれないと思った。きょう、荒川静香がプロデビューというアイスショーで着たトリノ五輪の衣装も同じ。 すっかり、ぷくぷくとして「プロスケーターとして胸を張って滑りたい」と言った割には、???が並ぶ。ファンや初めて見る人なら感動するだろうが「この程度で、ワンステージ数千ドルのお金が取れるわけ?」と思った人も多いだろう。アマチュアから撤退するのは当然としても、プロデビューならもっとそれらしくコンディションを整えてほしかった。スケート連盟のごたごた、小泉首相をはじめとする「にわかファン」のお誘いもあったろうが、今後、いつまでかは知らないけど、傾いたプリンスグループを支えるのだ。ぐらぐらしたスケーティングはみっともない。
マスターズの中継を見ながら、どうして松下アナウンサーは片山を「シンゴ」(スィンゴと聞こえる)と呼ぶのだろう、と思った。 耳障りなのはもちろんだが、スポーツのちゃんとした中継は、選手の「姓」を呼ぶ。このところ、女子の種目を中心に「藍ちゃん」「愛ちゃん(卓球)」「真央ちゃん」と呼ぶ風潮があって、なんだか嫌な気持ちがするのだが、こういうアイドル系でさえ、本来の試合の場面では宮里であり、福原であり、浅田と呼ばれる。 だから、シンゴ、シンゴと連呼する松下アナウンサーの姿勢が不思議だった。 きっと、片山と親しいのだろう。普段からシンゴと呼び、本人も「中継でシンゴと呼んで結構です」と言ったのかもしれない。 だけれども、だからといって「シンゴ」と呼ぶのはいかがなものか。シンゴと呼ばれるのを聞いて視聴者は片山に親近感が沸き、片山を応援しようと思うだろうと考えているからなのか? そうだとしたら、私は、ただのアナウンサーの「おごり」だと思う。長くゴルフを取材しているのかもしれない。マスターズは20年(もっと?)らしい。片山よりも自分はゴルフを知っている、マスターズを知っていると、思っているのかもしれない。 だけど、競技を伝える側は、どんなに経験があったとしても選手に謙虚であるべきだ。選手のプレーをその場で伝える中継アナウンサーはなおさらだ。いくつもの試合を中継したとしても、新しい場での選手のプレーや心の動きは、過去のものとは同じではない。スポーツを言葉で伝える立場の人間は、どこかで選手の心を想像して、自分の心のフィルターにかけている。そうじゃなければ、中継するにも言葉にならないし、記事にするのにもまとまらない。 だから、とても怖いと思う。少なくとも、私が記事を書いていたころは、それが中学生の試合だろうと、怖かった。だから、取材した人の気持ちをどこまで伝えられたかな、と思い直していた。 そういう作業をしない人のことを「評論家」と呼ぶ。でも、アナウンサーはそれではいけないと思う。同じマスターズの中継で、レポーターに回っていた林アナウンサーは片山のことを「片山選手」と読んでいた。TBS全体が、そういう風潮なのかなと思っていたから、少しほっとした。
もうすぐ、マスターズか開幕する。チャンスがあってマスターズの仕事をしたのは2001年のこと。伊沢さんが4位に入った、あの年だ。忙しくて、毎日がとっても長かったけれど、今になっては楽しい思い出。忙しく、あたふたし、感動し、どういう風に今日のラウンドをまとめようと右往左往し、眠ったと思ったらすぐ朝で…みたいな。そういう一生懸命が「楽しい」ってことだと実感した一週間でもあった。 しごとはともかく、オーガスタというところは美しさに徹底的にこだわり、アゼリアやハナミズキが咲くのも、ぴったりトーナメントにあわせる。それだけじゃなくて、おもしろかったのは、ギャライーへのFOODの提供が、日本式の食パンサンドイッチだけだったこと。フツー、トーナメントならアメリカ、日本を問わずバーベキューコーナー(日本ならやきそば)があるけど、オーガスタでは「煙」を出したらいけないんだと聞いた。で、サンドイッチは、タマゴとかハムとかの食パンサンド’(パンの耳はない)。何より、ハンバーガーを食べなかったことをよく覚えている。今は変わったのかな? で、カフェテリアで飲み物を頼むと、ただのプラスチックカップとスーベニアカップがある。 ![]() 値段の違いは忘れたが、マーク入りのプラスチックカップ。これをたくさん重ねているオジサンもいたっけ。私もの手元にも残っている。なつかしいな。 で、この日から、私のスーベニアカップ集めが始まった。大リーグの仕事のときは結構、燃えた。
きのうは毎年楽しみにしている酒屋さん主催のお花見。浅草のお花見といえば、隅田川が有名だが、地元の方たちはちょっとだけ場所をずらして楽しむ。私も、仲間に入れていただいて、大いに飲んだ。 イベントはカップ酒の利き酒。5種類のカップ酒をちょっとずつ飲んで、あらかじめ出されていた銘柄と当てていく。鍋島、出羽桜、八海山とあとなんだっけ、とりあえず、八海山を当てることに集中したら、運よくすべて的中。出羽桜の取って置きのお酒を賞品としていただいたが、もちろんすぐにあけて、みんなで飲んじゃった。 でも、花粉症の薬を飲んで参加した花見は、ひどく酔う。眠くなるし頭はいたくなるしと体調は最低。でも、いいもん。年に一回だから。 |一覧| |
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