恋愛セミナー36【若菜上】第三十四帖 <若菜 上―3 わかな > あらすじ夕霧は女三宮が自分のものになっていたかもしれないと知り、心落ち着かない思いですが、 六条院での様子を見ると軽々しく幼い女房たちばかりなので、きっと本人の人柄もそうなのだろうと察します。 そんな女三宮とも仲良く、源氏からもさらに重んじられている紫の上の素晴らしさや、五年も前に見た美しい姿を思う夕霧。 雲居の雁とはうまくいっているのですが、平穏な生活に飽きたらず華やかな女性が集まっている六条院が羨ましいのでした。 柏木は女三宮への思いが最も強く、未だにあきらめることができません。 紫の上に押され、源氏にないがしろにされていると聞き憤慨する柏木。 女三宮の小侍従という女房に近づき、源氏が出家したあかつきには自分が、と思っています。 ある春の日、源氏は六条院の庭で蹴鞠をさせ、桜の花が降りしきるなか、夕霧や柏木も参加して技を競い合いました。 桜の枝を手にした夕霧が庭に続く階段に腰をおろしたので、柏木はそばに寄って女三宮のいるあたりを流し目で探します。 ふと、紐をつけた猫が飛び出して御簾を巻きあげてしまいました。 外から見える人影の中で、ひときわ高貴で美しく見えた女性に釘付けになる柏木。 気づいて御簾を下げさせた夕霧は、魂を抜き取られたような顔をしている柏木が女三宮を見たのでは、と疑います。 源氏は階段に座っている二人を呼び、皆に軽食を取らせました。 相変わらず心ここにあらずの柏木を見て、女三宮はやはり軽率な女性だと感じる夕霧。 「昔から太政大臣には蹴鞠だけはかなわなかっただけあって、柏木もたいしたものだ。」と何も知らずに褒める源氏。 その立派さに気おされてしまう柏木は、ただかしこまって応じるしかないのでした。 若い二人は同じ車に同乗して帰ります。 「源氏の君は紫の上のところばかりに行かれて女三宮はお嘆きのようですね。」との言葉を夕霧はいさめますが、 なおも女三宮が気の毒だ、といい続ける柏木。 やはり見てしまったのだ、面倒なことになったと夕霧は思い、話をそらしてしまいます。 小侍従は柏木から「遠くから見るだけで折ることもできない美しい花が恋しいのです。」という歌を受け取りました。 単なる恋の歌だろうと思う小侍従。 「あまりに熱心なので私もこのさきどんな気持ちになるかわかりませんわ。」と笑って女三宮に取り次ぎます。 「変なことを言わないで。」と何も考えずに文を見た女三宮ですが、古歌の「見ずもあらず見もせぬ人の恋しくは (全くみえないということはないが、はっきり見たのではない人が恋しいので。)」が引いてあります。 さすがの女三宮にも柏木に姿を見られてしまったことがわかりました。 「夕霧に姿を見られないように。」と源氏から注意されていたのを思い出してすっかり脅えてしまい、 返事などとてもできません。 「歌はいったいどういうことでしょう。『見ずもあらず』なんて。手の届かない花に恋しているなど、色にもお出しにならないで。」 小侍従はいつものように、自分で返事を書くのでした。 1 夕霧と女三宮 かつての婿候補 2 夕霧と紫の上 いまだ忘れず 3 柏木と女三宮 思いはつのる 若者の、危うい恋が始まります。 玉鬘に思いをかけていた柏木が、今度は源氏の正妻・女三宮へ。 夕霧も女三宮への思いを、ほんの少し残しています。 当時は帝の妃たちの住まう後宮が、若い貴族達の恋の舞台でした。 もちろん、妃本人ではなく、その周辺に集まる女房たちとのやり取りが男性たちの目当て。 機知のあるやりとりのできる女房が場所にはいつも人が集まり、賑わい、面白い遊びが繰り広げられる。 それがひいては、帝がその妃のもとにやってくるきっかけにもなっていたので、 娘を入内させている親達は争って優秀な女性を女房にした。 それが、清少納言、和泉式部、そして紫式部たち。 貴族にとっては彼女たちとと対等に渡り合い気に入ってもらえれば、主人である妃を通じて 帝にアピールできるという利点もありました。 源氏や太政大臣たる頭の中将の若き時代は帝のお膝もとも恋の舞台になっていましたが、いまは六条院が主流のよう。 六条院は源氏が狙っていたとおり、華やかな魅力ある女性たちが一堂に会するサロンであり、 男性たちが集まってくる人気スポット。 源氏は六条院というハーレムの主人、准太上天皇という位をいただいた帝に等しい存在です。 源氏は初め、娘分の玉鬘で男性たちを引き寄せました。 彼女を目当てに恋する若者が右往左往するのを喜び、自身も恋を楽しんでいた。 それが玉鬘の結婚で儚く終わり、次に求めたのが若いというよりは幼い姫宮。 ただしこちらは、正真正銘の妻で、人々の恋の対象にする気はさらさらない。 けれど、恋をもとめて六条院をうろうろするのに慣れてしまった若者達の中には、 年恰好からいっても源氏よりも自分の方が姫宮に相応しいと思う輩もいたのです。 そうはいっても、やはり源氏は恐れ多い存在。侮ることなどできようもありません。 ところが、姿を見るという強烈な体験をしたことが、柏木の運命を狂わせることになります。 蛍で玉鬘を兵部卿宮に見せた源氏は、その効果を充分過ぎる程知っていた。 その直後に偶然紫の上を夕霧に見せてしまったことも気にし続け、女三宮も見せまいと注意を怠らなかった。 逢うことが結婚さえ意味するその時代、あらわに姿を見せてしまうことは決定的な出来事なのです。 女三宮が姿を見られてしまったことに対して、夕霧と柏木の反応が分かれるのもおもしろいところ。 夕霧ははしたないとますます侮り、柏木はその美しさのみに集中して恋焦がれる。 厳密に言えば紫の上も姿を見られているのですが、普段の重んじられ方が違うせいなのか、 圧倒的な美しさのせいなのか、夕霧の評価は下がっていません。 さて、いままでも何度か出てきた女房の取次ぎの最たる存在が小侍従かもしれません。 類は共をよぶ。幼稚な主人に軽率な女房。 身分がそこそこの女性なら許されても、皇女、まして源氏の正妻としては論外。 夕霧も周りの女房たちの雰囲気をきっちり観察し、すっかり見限っています。 独立したの家を構えて雲居の雁という妻を大事に据えている夕霧からみれば、妻である女性の軽率さは罪。 留守中に他の男性に見られたら、という視点から考えると気が気ではありません。 柏木には、このとき正妻はいない上に、父の家に部屋住み。 それが夕霧の持つ視点に考えがおよんでいない理由なのでしょう。 将を射んと欲すればまず馬を射よ。 |