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野の花も日々あれこれ考える [全384件]
先日、太郎が学校に着くと、クラスのM君が膝をひどく怪我していたらしい。 聞くと、登校途中に自転車で派手に転んだのだそうだ。 M君はクラスの子たちに 「誰か裁縫道具持ってないかなぁ…。針と糸貸して欲しいんやけど。」 と、尋ねていたらしいのだが、太郎はそれを聞いてびっくりして 「ええっ?!麻酔も無いのに?それに裁縫道具の針と糸で縫ったら痛いやろ!!」 と叫んだ。 一瞬、クラスのみんなが「へ?!」という顔になり、そしてM君が申しわけなさそうに、太郎に向かって 「あ、いや、あのぉ…ズボンの膝がほら、こんなんなってしまってて…」 太郎はきょとんとして、それからやっと自分の勘違いに気がついた。 「あー、ズボンか…」 当たり前だ。 自分の膝の傷を自分で、しかもボタン付けに使うような裁縫道具で縫う高校生はいないだろう。 ブラックジャックじゃあるまいし…。 Last updated 2008年5月16日 13時49分2秒
中学生になった花子は、当初ものすごく張り切っていた。 小学校時代は勉強が飛びぬけて出来たとか、勉強が大好きだったというわけではないのだが、太郎にいろいろなアドバイスを受けて、一年間は塾に行かずに自分でしっかり勉強する計画を立てて、春休みにはぼちぼちと予習を始めていた。 だが、実際に入学してみたら、花子のクラスにはいわゆる「調子に乗りやすい男子」が多数いて、また女子も、はっきり言ってしまうと非常に行儀の悪い子たちが集まっていて、授業は4月の初めから、騒がしくてめちゃくちゃなものだった。 4月に授業参観でその様子を見たとき、私は本当にびっくりした。 先生に向かって、数人の男子が四六時中なにか大声で話しかけている。 まるで友達と雑談しているように、だ。 もちろん手を挙げて発言するものなどほとんどいない。 先生が問題を出そうとすると、その数人の男子が「あーそれの答えは○○!」と大声で言ってしまう。 そして挙句の果てには「せんせー、そんなんもう塾でやったわ!!もっと先いこ!なぁ!もっと先!!」なんて叫んでいる。 あとで花子に聞いたのだが、この先生は最初の授業の時「授業中は手を挙げての発言でなくても『意欲・感心・態度』のところでポイントをプラスしてあげます。また授業中の発言はどんなものでもポイントを付けてあげますよ」とおっしゃったらしい。 だから授業中その男子達は何度も何度も授業に関係ないことを大声で叫び、そのたびに「せんせ!今のんポイントつけてな!絶対つけろよ!!な!!」と確認する。 (その後、この先生は「月に一回ぐらいは授業中寝ていてもかまいませんよ」ともおっしゃったそうだ。騒がれるよりは寝られるほうがマシという苦肉の策か?) 目を覆いたくなるような、とはこういうことを言うのだろうと思いながら授業を眺めていた私のすぐ横で、その騒いでいる男子の保護者達が満足気に微笑んでいる。 その間、他の子供達は面白がってその様子を見ていたり、授業が進まないのを良いことに隣と大きな声でおしゃべりをしている。中にはあきれてしまって黙ってノートをとったり、ぼんやりしているだけの子もいる。 こんな参観、見たことがないと思った。 花子は目をしょぼしょぼさせながらノートをとっていた。 時折、先生が質問する気配に手を挙げてみたりしていたけれど、どれもその男子達の口々に勝手に発言する声に、段々とバカらしくなったようだった。 そんな参観から後、私は毎日花子が帰ってくると授業の様子を聞くことにした。 その数人の男子達の傍若無人な振る舞いはどんどんエスカレートし、女子の一部がその尻馬に乗り、入学わずか一ヶ月で花子のクラスの授業は完全に壊れていた。 かろうじて保健体育と少人数クラスに分かれる数学は、担当の先生が怖いということで男子達もおとなしく、きちんと授業になっているらしかった。 だが他の授業はその数人の男子の扇動で明らかに授業つぶしが始まっており、社会にいたっては先生が授業に来るのを忘れてしまうなんてことまで起こり始めた。 そして花子の席の前の女の子が、授業中ずっとうしろを向いて花子にしゃべりかけてくるので困っているらしい。 その子はクラスの行儀の悪い女子のグループにいる子で、プリントや小テストをやったりレポートを書いていると、堂々とうしろを向いて花子のものをすっかり写すらしく、花子が書いていない部分があると「ちょっと、ここ後の子のを見て書き!」とカンニングを勧めてくる始末。 花子は性格がはっきりしているので、そういうことは「イヤ。そんなんせえへん!」と断るらしいのだが、授業中ずっと後を振り向かれることにはかなりのストレスを感じている様子だった。 授業が荒れていることは、張り切って中学に入学した花子に大きな失望感を与えた。 花子は昨年ずっと太郎の受験のサポートを私と一緒にやってきたので、高校受験の厳しさをよく知っている。 そして、自分も中学に入ったら兄ちゃんみたいに頑張るのだと、楽しみにしていたのだ。 だから、毎日毎日騒がしくて馬鹿馬鹿しい授業を受けるのが、段々辛くなってきた。 連休に入る少し前から、花子は毎日ひどい頭痛を訴えるようになった。 学校に行くことはいやではないので、朝からの頭痛はほとんどないのだが、学校から帰ってきて夜寝るまで、ずっと締め付けられるような傷みがあるらしい。 私は、この状況にかなり危機感を募らせていたのだが、クラスのほかの子供達がさほど不満な様子がないことや、学年懇談会などではそのような話題がまったく出なかったこともあって、花子がちょっと気にしすぎているのかもしれないという気持ちもどこかにあった。 それで「夏休み頃まで様子を見て、それでも状況が良くならなかったら塾に行く?」と花子には話していた。 塾に行ったところで学校のクラスの状況はなにも変わらないのだが、せめて花子の学習意欲を満足させて「学校がダメでも私はちゃんと勉強している」という気持ちにさせてやりたいと思ったのだ。 とりあえず夏ごろまでによそのお母さんにも様子を聞いてみようと思っていた。 しかし、花子の頭痛は日ごとにひどくなり、私はついに花子に内緒で学校に相談の電話をかけてみた。 ちょうど担任は授業のため不在で、学年主任の年配の男性教師が電話にでた。 それはあの参観の授業をしていた先生だった。 私は一瞬躊躇ったが、手短に花子の状況と、クラスのあの状況は今後もあのままで放置されるのかと聞いてみた。 すると「お母さんのおっしゃることは良く分かります。実は担任も頭を抱えているのです。彼ら(いつも騒ぐ男子達)は小学校3年生程度のレベルの子供です。言葉遣いも非常に悪いですし、行動も極めて幼稚です。ですが、厳しく叱って萎縮させてもいけませんし…すぐには治るようなものではないので…ですが、学年担任団でもう一度よく相談をして、少しでも良くなるように努めます」とのことだった。 頭にきた。 一年生の初めからパーマを当て、茶髪にし、校則を破るのが当たり前のようにし、授業中は騒ぎまくって授業を妨害するような、一部のワルガキや行儀の悪いお嬢ちゃんを萎縮させないために、普通の子供達は我慢を強いられているのだ。 ここ数年よく聞く「吹きこぼし」って、こういう風に始まるのだとよく分かった。 太郎が入学した頃は、ちょっとした事でも学年集会でカミナリを落とされ、校則を守らない子供はいつでもこまめに注意されていた。 その甲斐あってか、太郎の学年の子供達はみなそこそこ真面目で、だが個性豊かで面白い子供達に育ち、成績も優秀だった。 そんなこともあって、花子の入学時には私は地元の公立中学を信頼しきっていた。 学年主任の無責任な言葉を聞いても、まだ完全に中学への信頼を断ち切ることが出来ずにいた。 なにより、花子の「塾に頼らずに自分で勉強したい」という気持ちを大事にしてやりたかった。 だが、連休が明けても一向に環境を良くしていこうという気配もなく、服装検査は、まるで真面目に校則を守る子供達がバカを見るようなもので、花子の学習意欲はどんどん薄れていくようだった。 授業の進んでいる教科は、先生が「どうせみんな塾で習ってるから知ってるでしょ」という態度でどんどん進められる。 また一方で、完全に子供達になめられて授業を妨害されている教科は、ほとんど進んでいなかった。 英語などは一ヶ月たってもまだアルファベットをだらだらと書いていた。 もうこれではだめだ。 こんな学校に信頼して子供を預けるなんて、もう私には出来ないと思った。 私は思い切って花子に「もう、今すぐにでも塾に入ってみる?」と聞いた。 花子はずいぶん難しい顔をして黙って考え込んでいたが「そうしようかな。だってこのままでは学校でなんて勉強にならないもん」と言った。 その場ですぐに太郎がお世話になった塾に電話をし、中途半端な時期に入学申し込みをすることになった事情を話した。 「それでは少しでも早く授業に参加できるほうが良いですね」と、さっそく次の授業の日に体験させてもらうことになった。 初めての塾で、体験とは言え2時間40分はさぞかしきつかっただろうと思ったのだが、帰ってきた花子はキラキラした目で「あっと言う間に終わっちゃった!でもまだ学校で習ってないことばっかりで、頭から煙が出たよ。」と笑った。 次の日、すぐに入学手続きをし、花子はクラス分けテストを受けた。 問題は小学校の復習とその応用だったらしいのだが、花子はあまりの緊張でさっぱり解けなかったらしい。 だが、そこから少しずつ頑張って上がっていくことを励みに、楽しんで勉強に取り組めたらいいなぁと私は思っている。 そして今夜から、花子は本格的に塾に通う。 遅れている分を取り戻すために、塾のほうもいろいろと気を配ってくださるらしいが、自宅でも出来るだけ穴埋めをしようと、昨夜は花子と二人で学習計画の練り直しをした。 新しいスケジュール帳に予定がどんどん書き込まれる。 花子はやっとやる気のみなぎった元気な顔に戻った。 今月の終わりには、学校の前期第一テストがある。 そして来月には塾の模擬テストもあり、そのすぐ後には始めて受ける英検が控えている。 しばらくは大変な日々が続くのだろうが、私は再び始まるサポートの日々をちょっと楽しみに受け止めている。 頑張れ花子! Last updated 2008年5月15日 13時12分22秒
毎日をバタバタとやり過ごしているうちに、季節がどんどん移り変わってしまい、日記に書きとめておきたかった今年の庭の花々もついつい載せ損ねてしまっている。 そこで、今年の春の我が家の庭の様子を、ちょこちょこと撮りためた写真とともに少しずつ記事にしてみようと思う。 ![]() 最近の我が家のアプローチの様子。 すでに春という雰囲気ではなく、すっかり草いきれむんむんの初夏の庭になっている。 地植えの植物というのは、主が忙しくて一向に世話をする気配を見せないような年でも、春になればちゃーんと新芽を出し、若葉を茂らせてくれるので本当にありがたい。 我が家にいらっしゃるお客さんは、このアプローチを通って中の庭にでるとみな口を揃えて必ず「うわぁ、ものすごいですね」とおっしゃる。 ものすごい、というのは決して褒めてくださっているのではなく(泣)、庭と言うよりはまるでジャングルのように様々な植物がひしめき合って、そこに普通は野原に生えているような花たちもみな市民権を得て我が物顔でいるために、一瞬「大変なことになってしまっている」という印象を表してくださるのだ。 なんのことはない、皆さん内心は「草引きぐらいこまめにやれよ」とおっしゃりたいのだと思う。 ![]() 白いエニシダが咲いている。 どうやら四季咲きらしく、花期が長いのだが花つきはあまりよくないようす。 うわーーっと咲くのを期待していたのでちょっとガッカリ。 ![]() 白い花といえば、昨年日記に載せて「珍しい」と褒めてもらえたのがこの白いハナズオウ。 今はもう花の時期は終わってしまったのだが、せっかくなので載せておこう。 この真っ白で柔らかいラインの花は、なんだか清楚な感じがしてとても気に入っている。 ![]() ![]() 殿様がもうずいぶん前に小さな苗木を植えたハクウンボクが、今年初めて花を咲かせた。 蕾は藤の花の蕾のような形をしていて「どんな花が咲くんかなぁ」とワクワクして待っていたら、こんなにかわいらしい花がたくさん咲いた。 お面が作れるくらいの大きな葉っぱからは想像も出来なかった。 下向きに咲く花は日本人の心をくすぐるらしいが、この花の形はその最たるものではないかと思う。 いい香りのするこの花にはクマバチがたくさん寄ってきて、せっせと蜜を集めている。 ![]() ハナミズキも、今年はやっと一人前に咲いた。 昔からハナミズキが好きで、この家に住み始めた頃はピンクのハナミズキの大きな木を植えていたのだが、台風で揺さぶられて根がひどく傷み、枯らしてしまった苦い経験がある。 今度は、ちょっとした茂みが足元を覆っていて、少々の風には負けそうにない。 ![]() ブルーベリーもまだまだ咲いている。 我が家には早生の種類から、比較的遅い時期になるものまでいろいろなブルーベリーがあるので、ずいぶん長い期間次々に咲くのを楽しめるのだ。 残念なことに、小粒でとてもおいしい実のなるワイルドブルーベリーは、今年は花がとても少ないようだが、それ以外はたくさんなりそうなので、今年もジャムを作るつもり。 ![]() 今、庭の面積の大部分を占領しているのは、このこぼれ種で勝手に増えたマーガレットである。 風に揺れるマーガレットは可憐なイメージがあるが、実はとんでもなく強い繁殖力をもった植物なのだ。 ![]() 数年前に「モッコウバラがもう一本欲しいね」と言って購入した一株が、今年は黄色いモッコウバラの間からぐんぐん枝を伸ばして花をつけた。 これが一面に枝を伸ばして、びっしりと花を咲かせるようになるのは何年後だろう…。 想像するだけでも嬉しくなってしまう。 今朝、家族が出かけた後で、久しぶりに庭のベンチでお茶を飲んだ。 一人でのんびり飲むお茶は、やっと少し自分のための時間ができつつあることを実感させてくれた。 庭のあちこちに目をやると、いままでどうしても追いつけなかった「季節の進む速さ」と、自分の暮らしの速度のズレを少しずつ調整できる気がした。 油断していて、ほっぺたをシマシマのやぶ蚊にやられてしまったけど、これからまた庭で過ごす時間を大切にしたいなぁ…なんて改めて思う私なのだった。 Last updated 2008年5月8日 12時52分24秒
子供達がそれぞれの新しい学校に入学して、一週間と少し。 「春になったらきっとものすごくのんびり出来るに違いない。燃えつき症候群にならないように気をつけなくちゃ!」なんて思っていた私の思惑は見事にはずれ、相変わらずバタバタした日々を送っている。 太郎はおかげさまで、無事に第一志望の県立高校へ入学を果たした。 本来ならばブログで「やったーーー!!」と大騒ぎしたかったところなのだが、県立の合格発表が花子の小学校の卒業式と重なってしまい、私は花子の晴れ姿を見に行き、合格発表は殿様が太郎に付き添う形になったため、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶようなタイミングは非常に残念ながら私にはなかったのだ。 (太郎は「一人で行く!」といったのだが、もしも万が一落っこちていたらすぐに振り込まなければならない私立への入学金と振込用紙を、太郎一人に持たせるのはあまりにも心配だったため、殿様の出番となった。) 結果的に「受験生の親の一番オイシイところ」だけを殿様に持っていかれた私は、一年間の苦労が報われた瞬間を、殿様から送られてきた太郎の呆けたようなハニカミ顔の添付されたメールを見るだけで、今ひとつ実感のわかないまま「あー、受かったんや…良かった。」とこれまたちょっとマヌケな顔で過ごしたのだった。 (ただし花子の卒業式は予想以上に感動的で、大勢のお母さん達と一緒に私もボロボロと涙した、と言うことは書き添えておきたいと思う。) ダブル卒業ダブル入学の我が家の春はこうして始まった。 花子は太郎が卒業したばかりの公立中学に、入れ替わりの形で入学した。 わずか数週間前には太郎の卒業式に出席したその同じ体育館で、真新しい制服を着て、髪を二つに結んだ花子の入学を見るのは、なんだかくすぐったくて照れくさくて、そして嬉しかった。 しかしそんな感慨に耽るのもつかの間、同じ日の昼からは太郎の入学式が待っていた。 高校の入学と言うのはこんなにも面倒なものだったかと、少しイヤになるくらいたくさんの提出書類と戦い、(県立とは言え)様々に発生する費用を支払い、緊張とワクワクの入り混じった気持ちで臨んだ太郎の入学式は、あまりにもあっけなく、味気なく、なんだかじじむさかった(笑) でも、太郎が「あそこの道を毎日登りたい」と言いながら、塾の行き返りに横目で見ていた坂を、殿と私と太郎と一緒に登った時は、やっぱり胸がいっぱいになった。 受験の朝、この坂の下まで車で送ってきて、口を真一文字に結んで登っていく太郎の背中を見たとき、私は「今日が私と太郎の親離れ・子離れの日なんだな」と実感したのだった。 息子と母親の関係は、娘とのそれとは全く違って、どこかの時点で親離れ・子離れを決めなければいけないものなのだとずっと心のどこかで思ってきた。 段々大きくなって、少しずつ距離が離れていき、いつかなにかのきっかけでポンっと子供の背中を押し出してやる時が必要なのだろうと思っていたのだ。 けれどこの一年間、私と太郎は親子と言うよりはともに戦う同志だったため、おそらくこんなに一緒に過ごすことの多い一年間は一生のうち他に無いだろうと思えるほど、(おそらく客観的に見れば「過保護のバカ親」にしか見えないほど)私はいつもいつも太郎のすぐ後ろで後方支援部隊としてスタンバイ状態だった。 だがそんな中でも、いつも心の中では「『その時』は一体いつやってくるんやろか」とタイミングを逃がさぬように気をつけていたような気がする。 そしてそれは、受験の朝、その坂の下でいきなりやってきた。 少し離れたところにも、同じように男の子を送ってきたお母さんらしき女性の姿があって、その人も私と同じように、ちょっと肩をすくめて腕組みをしたまま、坂を上っていく息子の背中を見送っていた。 おそらくあの人も私と同じような気持ちを感じていたのではないかと思う。 その少し緊張の滲む背中は、けれどもとても堂々としてたくましく頼もしく見えた。 もうここからは一人で大丈夫、そんな風に言っているように見えた。 嬉しくて、胸がいっぱいになって、それからちょっと寂しかった。 それは、ガーン!とかドーン!とかズーン!とかいう風にやってくるのではなくて、唐突に、けれど拍子抜けするくらい簡単に訪れた子離れの瞬間だった。 「なんや、いつかいつかと心配してたけど、ちゃあんと分かるようになってるんやん。」 坂の上に見えなくなった太郎の後姿に小さく手を振って、私はその時、そんな風に思っていた。 話がよそに行ってしまった。 本題に戻そう。 今回の入学式で特筆すべきは、土日もほとんど仕事をしている殿様が、なんと丸一日お休みを取って、両方に出席したことだろうと思う。 今までほとんどの行事を「忙しいから無理」といっていた殿様だったのだが、今回は「子供の成長に気持ちがついていけなくなってしまいそうだから」と、頑張ってお休みを取ったらしい。 自分の心の中での太郎や花子よりも、実際の彼らがうんと成長していることを目の当たりにして、殿様はなにか感慨深げな顔をしていた。 そしてそれは結果的に、殿様と子供達の間に、新たな関係の小さな芽を出すことになったようなのだが、それはまた別の機会に書くことにしよう。 それから一週間。 花子はさっそく新しい友達ができ、制服に慣れ、太郎のお古のジャージをしゃんと着こなし、そして重い鞄にもすぐに慣れて、毎日とても楽しそうだ。 今日は初めての数学があるのだと、とても楽しみに出かけて行った。 太郎は「持病」ともいえる心配性と気の小ささが災いして(笑)、あんなに憧れた学校の楽しさを、まだ感じる余裕はないようだ。 だが、今日から部活が始まるのだと言って、お気に入りのラケットを自転車の前カゴに入れて、ちょっと嬉しそうに出かけて行った。 母は、テニス部が太郎の期待通りに楽しめる場所であって欲しいと願うばかりである。 こうして子供達二人は新生活に突入したのだが、私といえば殿様のお弁当に加えて太郎のお弁当も毎朝作る生活が始まり、前にも増して早起きを強いられることになった。 たった二つのお弁当とはいえ、なにしろ食べ盛りの高校男子のお弁当は、メタボ対策を施した殿様のあっさりお弁当と同じと言うわけには行かず、手間のかかることこの上ない。 そして殿様の帰りが遅いことは春がやってきたところでなんの変わりも無くて…結局ラクになるどころか、時間的なバタバタ感はほとんど同じなのだった。 あーあ。 4月になったら4400とデッド・ゾーンと24を一気に借りてきて見てやる!と思っていたのになぁ。 …あ、そういえばこの前録画した「剣客商売」の新シリーズのスペシャルもまだ見てないや。 そういえば今夜は中学のPTAの役員会があるんだった。 とりあえず雨が降るまでに少しだけ庭仕事してこようっと。 Last updated 2008年4月16日 14時18分38秒
ものすごく久しぶりにブログの書き込みページを開けてみた。 前回の更新からもう数ヶ月、実はその間、ブログのページどころかパソコンの電源を入れること自体がほとんどなかったのだ。 理由は…まぁ細かいことを言うといろいろとあるのだが、長男の太郎の高校受験が迫ってきたことに合わせて、私も全力で「受験生のいる生活」を楽しみたいと思い、時間のかかるブログの書き込みやパソコン関連の作業を全面的にしばらくやめようと考えたことが大きな理由の一つであった。私はパソコンを触り始めると、様々に興味が広がってしまい、けっこうな時間を費やしていまいがちだからだ。 それとほぼ時期を同じくして、パソコンが大の苦手という殿様が「仕事でつかうソフトくらい、もう少しちゃんと扱えるようになりたい」と、我が家に一台しかないパソコンを占領することが多くなったのがもう一つの大きな理由だ。 娘の花子もちょうどパソコンを使って宿題の調べ物をしたり、趣味の関連のサイトを見る時間が増えていて、私が使える時間は激減していた。 昼間はパソコンもあいているが、その時間帯には小学校へ教えに行っている鼓笛の楽譜を書いたり、自治会のことをしたり(今年は我が家が隣組の組長なのだ)、PTAの役員の仕事をしたり、そして家事全般を片付けたりしなければならないし、なにしろ殿様のお弁当を作るために5時半に起きて、夜は10時過ぎに太郎の塾の迎えに行ってから、遅く帰ってくる殿様のご飯を準備して、片付けて…という具合で、睡眠時間は平均して3時間くらいしかないので、昼間の一人の時間には少し仮眠をとるようにしないと、車の運転がコワイ。 それでもなんとか合い間を縫ってパソコンを開けて…と考えてしまうと、どうしてもイライラが募りストレスになってしまうので、いっそ春までは使わないでおこうということにしたのだった。 …とまぁ、そんなわけで前回の更新からブツっ!と音を立てるようにブログとのかかわりを切ってしまっていたのだが、太郎の私立受験(いわゆる「滑り止め」)が無事終わり、残すは本命の県立受験のみとなって、ここらで少し、今の状況を書き留めておきたいなぁという気持ちになり、今こうして久々に「日記を書く」のページに向かっているのである。 久しぶりに書くとどうしても前置きが長くなってしまう。 太郎の受験生活も残すところあと二十日あまりとなった。 依然、親の方が「誰に似たんやろなぁ??」と訝るほどの頑張りを見せている太郎だが、ここへ来てかなりの精神的な疲労を感じているようで、特に学校にいる時間がキツイのだと毎日こぼしている。 私立受験と、県立の前期選抜(いわゆる推薦)が終了し、太郎のクラスでは現時点で三分の一くらいの子の進路が決まっているらしく、その内定者達が浮かれてザワザワと落ち着きがないため、後期選抜で受験する子供達の緊張感を削いでしまうらしいのだ。 特に3年生は学年末の定期テストもとっくに終わって成績も既に出ているので、授業を受ける意味がないと思っている子も多く、クラスの雰囲気はかなり騒がしく、だらだらしているという。 その中で必死にもがき苦しむ受験生達の姿はあまりにも気の毒で、学校としてなにか対策はできないものなのかと思う。 後期の受験をする子たちは、太郎のように志望校が前期選抜を実施していない場合と、前期の推薦でこぼれてしまった場合がほとんどだ。 これを失敗すると滑り止めの私立に行くか、私立に受かっていない場合には二次募集に出願しなくてはならない場合もある。 私立はやはりお金がかかるという意識が(中3にもなれば当然)強くあるし、二次募集なんてどんなことになるのか想像もつかなくて恐ろしい。 だからどの子供達もみんな必死なのだ。 だが音楽の先生などは「じゃあ、もう決まった子達だけで卒業式になにか一曲歌うことにしましょう」と信じられないほどの浮かれたアイデアで内定者たちを煽り、その結果休み時間にはその歌声がクラスに充満し、家庭科の先生はこの時期に「保育の授業の集大成」として、近くの保育園への保育実習を計画されていて、太郎は歯を食いしばって「4歳児が楽しめる大きなおもちゃ」を勉強の合い間にダンボールで製作して、今朝は体操服で保育園へ向かった。(太郎の中学は、部活のウインドブレーカー以外のコートやジャンパーなどの着用は認められていないので、部活を引退した3年生の体操服姿は泣けてくるほど風通しのよいジャージと言うことになる。) 県立の受験まであと二十日あまりというこの切羽詰った時期に、である。 公立の中学校はどこもこんな調子なのだろうか。 「失敗したら自分の責任です」と進路指導の熱血教師は繰り返すけれど、それならせめて、受験の一ヶ月前くらいからは受験勉強に集中できるような体制に持っていってやってほしいと思う。 だがその一方で、そういったごちゃごちゃの環境の中でも自分のペースを乱さずに淡々と努力ができることが、非常に大事な事なのかも知れないとも思う。 それこそが、受験というシステムの最大の難関かつ最大の意味なのかもしれないと。 昨日、太郎は県立高校の願書を清書した。 なんだかとても感慨深い想いで、私はその様子を眺めた。 お尻のあたりがもぞもぞするような妙な緊張感があった。 我が家に春が来るのはまだまだ先。 だが「受験生の母」も春が来たら終わるのだなあと思うと、ちょっと寂しいような気もする。 …いやいや、まとめに入るのはまだ早い。我が家は今年ダブル卒業・ダブル入学なので、太郎の卒業式や受験が終わっても小学校の卒業式、二人の入学式と母の仕事は山積みなのだ。 それが済むまで私は風邪さえひけないのだった。 頑張れ太郎。 そして、頑張れワタシ。 Last updated 2008年2月20日 11時0分19秒
バタバタの毎日に隙間を見つけて学校の先生のことをぼやいているうちに、日本の総理はビョーキになっちゃって、フラフラで敵前逃亡を決め込んでいた。 その著書を読んでも、そしてぱっと見たイメージでも『ええ氏のぼっちゃん』の首相には、派手なパフォーマンスで国民の心を鷲づかみにした型破り首相の尻拭いは、さすがに荷が重すぎたのだな、と思う。 しかし、あまりにも政策以外の不祥事が多すぎて、結局この人がやろうとしたことが国民のために良かったのかどうか、正直なところ私にはよく分からなかった。 (ただ、首相にとって大事な要素は「心臓に毛が生えていること」と「打たれ強いこと」なのだということははっきりと分かった。あと、「にっこり笑ってものごとを堂々と煙にまける」というのもけっこう大事かもしれない。) だが、昨今の政治は「国民の生活のために良い考えかどうか」ということはあまり重要ではなく、見ていて面白いということが最重要項目なのだなぁと、型破り首相がやりっぱなしていった数々の改革の結果を見ていると、そう感じずにはいられない。 首相の辞任について、マスコミは「びっくりした」「驚いた」と大騒ぎだが、国民は実際のところ、そんなに長く続くわけないよと思っていた気がする。 前首相のパフォーマンスに目が慣れてしまった国民には、安倍首相はあまり見ていて面白いものではなかったからだ。 面白くない番組はすぐにチャンネルを変えたくなるように、国民も「はやくもっと別の面白いものが見たい」と思っていたのではないか。 そう考えると、小泉チルドレンと呼ばれる大部屋の人たちは、考えが浅はか過ぎると言わざるを得ない。 国民は再放送を見たいわけではないのだ。 だが、かれらは過去にぱああぁぁぁっと派手にちやほやされた感覚を忘れられずに、また誰かに持ち上げてもらいたくて仕方ない。 自分達の政治的手腕に特別な魅力があって国会に送り込まれたわけではないと言うことを、今ひとつ分かっていないのかもしれない。 今となっては「古臭い」感が漂ってしまっているのに。 だが、麻生さんの動向は本当に面白い。 ちょっと穿った、そして極端な考えで今回の辞任劇を見てみると、麻生氏の「静かなるクーデター」のようにも見える。 そしてこのクーデターは、ある意味完全犯罪の様相を呈して成功に終わろうとしていたのだが、ここからがこの人の面白いところで「次は俺だ」という気持ちがすっかり顔に出てしまって、周りの「次は麻生氏だろうなぁ」と思っていた人々の気持ちに「ちょっと待てよ…」とブレーキをかけてしまったのだ。 そういえば、今回の一連の報道でどうしても腑に落ちないことがある。 何度もワイドショーで流された「先月撮影された首相夫人のインタビュー」である。 インタビューの中で夫人は、安倍首相の近況を聞かれ、「食欲もなくて…」とか「話をしていても上の空で…」とか「かなりしんどそうで…」というようなことを繰り返し答えている。 辞任を決めた首相が、かなりの重責に、日常生活でも普通の状態ではなかったということを切々と述べているのだ。 …だが、問題はこれが1ヶ月も前に収録されたものであることだ。 一体、夫人はなんのためにこんなインタビューを収録したのだろうか。 やめるつもりのない首相のことを、こんなふうに「弱っている」とアピールしたら、それはもう大変なことになるだろう。 ただでも揚げ足を取ろうという人々がワンサカ群がる立場なのに、「夫は心身ともに疲れています」なんてことを言うファーストレディー、見たことがない。 ひょっとしたら、一ヶ月前にはすでに「もう限界だ」という話になっていたのではないか。 いや、これが麻生氏を推す誰かの策略で、うっかりのせられて作られた映像だとすると、これはもう小説になるくらいの展開だ。 そうでないとしたら、安倍氏は「えらい夫人をもらってしまった」と、政治家として後悔すべきかもしれない。 で、そうこうしている間に、総裁選挙出馬に一番に名乗りを上げたのが額賀さんというのだから面白い。 たしかに派閥のトップということを考えると、党内では有力な位置にいたのかもしれないが、国民から見て、今この人に首相になってもらいたいと言う人はほとんどいないのではないだろうか。 なにしろ、国民にとって重要なのは「面白さ」なのだから。 あまり面白くない特番のようなドタバタ劇を見ながら、国民が「う~ん、なんだかなぁ…」という気持ちになりかけていたとき、「反麻生」の動きが伝えられる。 「へぇぇ、麻生さんのほかにも、できそうな人いるのかな?」と少し興味を持ったところに登場したのは、安倍さんとの戦いを真っ先に降りて、安倍政権に関わらなかった福田氏だから、これは俄然面白くなってきた。 安倍政権に関わらなかったということは、「おカネに汚い政治家達と役人達」の幕には登場していないわけで、なんとなく「まみれているイメージ」がない。 そして、『麻垣康三』の争いから降りる時に、非常に率直に「もう歳だし、(ちょっと悲しいシニカルな笑顔で)僕の支持率は下がってる。」と発言して、なんだか正直な飾らないイメージもできている。 私はあの時、出馬を断念したことで、この人の好感度はかなり上がったのではと思っていたのだ。 「もう歳だから」ということが、今回の「やっぱり若いのではダメなんだな」という気持ちの後で非常に安心感を与えている。 いわゆる「振り子現象」というやつだ。 あの時、この事態を読んでいて、狙って降りたのだとしたら…それもまぁ、頼もしいのかもしれない。 ちょっと怖いけど。 さあ、面白くなってきた。 いい歳をして調子に乗りすぎた感のある麻生氏と、ソフトだが、あのシニカルな笑みには必ずなにか潜ませているだろう福田氏。 自民党の進む道はどっちだろう。 Last updated 2007年9月14日 15時20分8秒
昨日、花子が学校から帰ってきて「お気に入りの消しゴムをMくんにちぎられた…」と悔しそうに言った。 事の経緯を聞いてみると、それはとても腹立たしい出来事だった。 花子が休み時間にお友達と遊んでいると、そこへMくんが走ってきてぶつかった。 Mくんは勉強もできるし、ピアノも上手らしいのだが、「心の病気を抱えている」と言われていて、授業中とつぜん「死んでやるー!!」と叫んで飛び出していったり、気に入らないことがあるとすぐにキレて、椅子や机を投げたり、暴れたりするのだそうだ。 それでその時も、自分からぶつかってきたのに、ぶつかるようなところにいた花子が気に入らないと言って、花子の机をめちゃくちゃに蹴り始めた。 Mくんは花子の机を何度も蹴り、置いてあっためがねケースを投げ、机の中から筆箱を出して消しゴムを何度も踏みつけた。 それで、花子の消しゴムは裂けたように割れ、ご丁寧にくっきりと上履きの裏のナミナミの模様までつけられたのだった。 花子はおとなしくも弱くもない、たくましくてはっきりした子供だから、そういうことを黙ってみているようなことは普通ならありえない。 はっきりと「やめて!」と言い、相手の手から自分のものを取り返しただろう。 なのになぜ、今回は黙ってやられてきたかと言うと、Mくんが暴れて誰かに危害を与えた時に、その子がMくんに何かやり返すと、担任は必ず「やり返したほうが悪い」と叱るからである。 だから、先生にも言わないのだと花子は言う。 Mくんにどういう事情があるのかは分からないが、花子の話を聞くと、Mくんが「自分は何をやっても許される」と思っているのは間違いないようだ。 自分が悪いことをしても、仕返しをすればその子が怒られるのを見ているのだから当然だろう。 だから彼は、しょっちゅう癇癪を起こしてはクラスの子を殴り、ものを投げつけ、壊し、きーーーっと奇声を上げて暴れ、挙句の果てには「死んでやるーー!」と教室を飛び出すのだ。 そして今日、担任が毎日発行している学級通信には9.11の同時多発テロについてのことが書かれていた。 そこには事件のあらましと、以前ニューヨークの爆心地に訪れた自分の感想、そして映画「ワールドトレードセンター」のネタバレが書かれており、国際紛争の悲惨さについて考えてみて欲しいと書かれていた。 その通信を子供達に読んで聞かせたあと、先生は興奮して 「このテロはアメリカの『やられたらやり返す』という考えが、戦争にまで発展させたのです。アメリカの考え方は間違ってる!あなた達にも最近、(Mくんに)やられたらやり返す行動が見られますが、先生はあなた達にアメリカのような考えの子になって欲しくないです!!」 と強く言ったのだそうだ。 ちょっと待て、と私は思う。 それは問題の本質があまりに違いすぎるだろう、と。 そのあまりにも短絡的に結び付けられた二つの事柄は、子供達にとってはただの「やられっぱなし推奨」のルールであり、理不尽以外のなにものでもない。 そして、事件の細かい背景を理解しないままにそういうことを言われた子供達は、アメリカがテロに対する仕返しさえしなければ国際紛争は起こらなかったのだという印象を持ちかねない。 また、もしもその発言に、今の日本の政権が進めるテロ特措法の扱いに反対する意図があるとしたら、それはそれで大きな問題だろう。 子供達に政治的思想の刷り込みをするのは、それが正しい・正しくないに関わらず、小学校教師のすべきことではないはずだ。 また「Mくんはテロリスト、仕返しをした子はアメリカと同じ思想」と当てはめること自体、どう考えても正しいことではない。 テロ行為は、そして病気を持つお友達が暴れて人を傷つけることは、そもそも悪くないのか?という疑問も起こってくる。 テロの恐怖や、アメリカの進む道が正しいかどうかを考えることは、子供達にとっても大切なことだと思っている。 だがそのためには、子供達に事件が起こるまでの様々な背景を、中立の立場できちんと説明する必要がある。 そしてそれは、個人的に盛り上がった気分で子供達に押し付けて良いような簡単なものではないはずだ。 子供達に社会を語ることはとても大事なことであると思うが、子供達への教育的配慮とは、こういうところでこそきちんとなされるべきなのではないのかと、改めて思う出来事だった。 最近、配慮に欠けると感じることが多い小学校の先生方の行動に、実は少しうんざりしている私なのだった。 Last updated 2007年9月12日 1時40分13秒 |一覧| |
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