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Brog Of Ropesu

Brog Of Ropesu

「寓話」と呼ばれた男  #an aside

 ~an aside~



                  天空の城




「えっ?!今からっスか?!」

世間では、そろそろランチタイムになる時間であろう、南中した日差しを浴びながら、未だ寝間着を着たままの青年は、携帯電話でその用件を聞くなり驚愕した。

「そう」

返ってくるのはただ一言、肯定を示す二文字のみ。青年とは何とも対照的な反応である。

「土日くらい勘弁してくださいよ~マジで。七面倒くせぇっスよ~。」

起き抜けの頭をボリボリ掻きながら、携帯電話を肩と耳で押さえ、懇願するように両手を合わせて頭を下げる青年。

「これは貴方にしか出来ない。」

そんな青年の願いも虚しく無機質な声の主は、話を続ける。

「内容は単純。『散策する俯瞰庭園』を発見した。貴方はこれを解体。それだけ。」

ポツポツ、と単語を並べる平坦な声。人間らしく無く、馴染みにくい口調である。

「・・・『散策する俯瞰庭園』ねぇ。あんたがそれを口にするって事は、都市伝説の類じゃ無くて実在したってワケですね。
でも、別に今じゃ無くても良いんじゃないですかねぇ?」

片眉を下げながら問う青年は、アクビをしつつ返答する。まだ寝足りない様だ。

「彼女を補足できたのは偶然。かつて、これ程までに低空領域に出現した事は皆無。駆逐するなら今。次は恐らく無い。」

「彼女?ああ、確か『美を求める余り、自らの身体を機械化しちまった女の成れの果て』って、伝承ですよね?ぶっちゃけ俺は、そこまでして生き存えたいとは思わんなぁ。
うん、でも、女と聞いちゃあ興味が出てきましたねぇ、どうも。」

ま、お仕事ならどちらにせよ、行きますがね、とヘラヘラ笑う青年。

「そう」

返ってきたのはやはり一言。だが、心なしか先程とは声の調子が違って聞こえる気がする。

「でも、相手は言わば、空に聳える要塞みたいなモンですよねぇ?どうやってそこまで行くんですか?」

再び訝しげな表情を浮かべる青年。

「既に、速達でオートパイロットシステムの図面を送った。」

「・・・なるへそ。自分で組み立てろって事ですか。ま、確かに、俺にしか出来ない任務だ。」

呆れたように溜息を吐く青年。だがその態度とは裏腹に、興味を抑えきれないと言った表情を象っていた。




電話を切るなり、枕元に置いてあるクリスマスプレゼントの包みを開ける子供のように、嬉々として郵便受けをまさぐる青年。そこには案の定、封筒があった。

「おっ!あったあったっ!うーんと・・どれどれ?」

急かすようにビリッと乱暴に封筒を開ける青年。

「・・・ご丁寧にヘリと小型自家用飛行機、二種類も送られてきてるわな。さっすがだねぇ、分っかり易いフローチャートだこと。」

中身を見るなり、イヤらしい位のにやけ顔になる。
そこに誰かが通りかかったなら有無を言わさず通報されそうな、そんな笑みである。

「さてさて、行きますか。頼むぜ?相棒。」

舐めるように図面を眺めた後、青年は近くに停めてあった中型のアメリカンバイクへと手をかける。

「―――機械仕掛けの絶対者。理歪めしその所行。最終手段の名の下に。全ての舞台を解決せしめん。」

詠うように呟くと、V-MAXと呼ばれるバイクは、見る見るウチに変形する。

「ま、こんなモンかね。」

口元を緩めた青年の、手の先には、先程までのバイクは影も形も無くなり、代わりにバイクと同等の大きさの、超小型ヘリコプターがあった。

「じゃ、出発進行さね。」

青年の自宅は広い庭を持ち、ヘリを発進させる為のスペースは十分にある。
青年はヘリに乗り込むと、同封されていた座標をコンピューターに入力し、爆音と共に離陸する。
順調にヘリは上昇していき、中空まで行ったとき、小型自家用飛行機機へと変形すると、その広い大空へと飛び立って行った。




「お、見えた見えた。しっかし、これまた想像以上だねぇ、どうも。」

数時間後、空の旅を満喫していたヘリの眼前に、とてつもなく巨大な塊が現れた。
青年は着陸の準備を進める。

まさに庭園の名を冠する通り、だだっ広い平野に小型自家用飛行機は着陸した。

「これを、解体するのかぁ、七面倒臭いねぇ、どうも。」

中世の王宮を思わせる、煌びやか、と呼ぶべき風景である。
庭師の一人や二人ひょっこり出てきてもおかしくは無い。見渡す限りいっぱいの緑。

―――ただ、芝や木々の代わりに生えるは、数多の機械。
着色された人工的な色合いは、実際の植物とは異なり、そのアンバランスさが何とも幻想的である、と同時に異質な空間を作り出す。



「ほうほう。これはこういう機構になってるのか。流石は『八人機関』の一人に数えられるだけはあるね、どうも。
どれもこれもオーパーツモノだ。マニア魂をくすぐるってヤツさね。解体するのは勿体ないな、こりゃ。」

早速、調査を開始する青年。その乱立する機械群の構造を、片っ端から頭に叩き込みながら、ときにはメモをとりながら、解体していく。




そんな具合で、解体しつつ歩を進めると、ちょうど庭の中心近くまで辿り着く。
そこには下りの階段がぽっかりと口を開けていた。

「この辺の機械の性質的にどうやらここが中枢っぽいな。ま、そろそろ日も傾き始めた事だし、惜しいけどさっさとぶっ壊しちゃいますかね、どうも。」

数十分ほど階段を下ると、青年の予想通り、目の前にちょうど人と同じくらいの大きさの細長く半透明なシリンダーが現れた。
恐らく、これがこの天空の城の動力炉であろう。
よっこらせ、と年寄り臭い掛け声を掛けながら手を翳した青年の耳に、機械の駆動音とは違う、何か、囁くような空気の伝播が届く。

「なんだなんだ?風の音か?」

周囲を一度、一週分見渡しても何も変わったモノは見受けられない。首を傾げる青年。

「私の声が聞こえますか?」

今度ははっきりと、合成音声のような言葉が聞こえる。
それと共に、後ろにある立体スクリーンの電源が入り、ホログラムの女性が現れる。
白衣を着た、妙齢の女性である。流れるような金髪に深淵を見通すようなエメラルドの瞳を持ち、顔立ちは整っている。
絶世の美女と言っても過言では無い。

「・・・おいおい。マジかよ?七面倒だなぁ、オイ。」

それを見るなり、眉間に皺を寄せつつ、頭を掻く青年。

「ああ、聞こえているのですね。私はステラ。この庭園そのモノであり、八人機関に在籍していた科学者です。」

ホログラムの動きと共に、青年の両脇にあったスピーカーから声が流れる。
ノイズ混じりであるが、透き通った声で在ることが解る。恐らくはこの女性が録音したモノであろう。
青年は、神秘的とも言えるその光景にいつしか心奪われ聞き入っていた。




「お願いがあります。」

ホログラムの女性、ステラは、自分の素性や研究内容、青年が自分の声に気付いた初めての人間であることなど、一通り語ると

「・・・・私を殺して下さい。」

そう告げた。
もとよりそのつもりであった青年であるが、何故、自らの終わりを望むのか、好奇心から聞き返した。

「私は、ただ、空が近くで見たかっただけ。・・・ううん、空に成りたかった。
それが、私が感じた『美』。キャンバスの空は何色で塗っても良いんです。だって、空は無限の可能性だから。」

弱々しく薄く微笑むステラ。

「でも、気付いたんです。儚いからこそ、危ういからこそ、それを美しいと感じることが出来るのだと。・・・・私は選択を誤ったのかも知れません。

―――もしも、産まれ変わり、なんて非科学的な事があるのなら、それを信じてみたい。・・・私はもう十分生きました。」

祈るように手を組むステラは、儚く、青年の目には、とても美しく映る。

「了~解。『女の子には親切に』がモットーなモンでね。その『美』ってヤツ、何となく解る気がするぜ?」

美人は特にな、と、おどけた様に笑う青年。

「貴方は優しいのですね。私をまだ人間と見てくださる。」

嬉しい、と、にこりと微笑むステラ。
青年は彼女の目眩を起こしそうなくらい綺麗な笑顔を見届けると、動力炉とおぼしきシリンダーに手を触れ、瓦礫へと変形させた。





「さて、俺も早く脱出しないと崩壊に巻き込まれちまう。」

飛行機に乗り込むとイグニッションキーを差そうとする青年。
だが、何かが引っかかっており、鍵が上手く刺さらない。

「おいおい!シャレにならんてっ!」

焦りつつも、キーホールを覗き込むと、そこには計器に挟まっているシルバー製の指輪があった。

「これは、さっきステラがしていた・・・」

まじまじとその丁寧な細工が施された指輪を眺める。

「・・・ま、たまには『女の子からプレゼント』ってのも、悪くないな。」

はは、と微笑すると指輪をはめる。
青年は飛行機のエンジンをかけ、大空へと飛び立つと、「ステラ」と言う名の空中庭園が空へと還って行くのをただ無言で見つめていた。


「しかし、無駄に青い空だな。空の色は無限の可能性・・・ね。
彼女は、空として生きていた最初の数年間は幸せだったのかね?」

指輪に問いかけるように独りごちる青年。

「・・・おっと感傷に浸っちまったな。らしくないねぇ、どうも。」

そう呟くと青年の意識は遠のく。疲れからか睡魔の急襲を受け、ブラックアウトしてしまったようだ。
空を大海に例えるならば、文字通り舟を漕いでいる、浅い居眠り。



―――空は悠久を見据えながら、遙か遠くどこまでも広がり、そして、全てを優しく包み込む。


―――空に魅了され、ただ、その夢を追うために自らを生物の輪から外した女性。

青年は半年後、全く逆の選択をした少女と出会うことになるとは、この時は知る由も無かった。




END


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