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これは先日回復した記憶です。 小さい頃(学校に上がる前)、良く伯母(母の姉)の家に連れて行ってもらってました。 どうも、父が伯父を好きだったようです。 そこのいとこは、ひろ兄ちゃん・しーこちゃん(2歳上)・ともちゃん(1歳下)でした。 しーこちゃんとともちゃんは、二段ベッドで寝てました。 小3の9月に双子の妹が生まれるまで一人っ子だった私にとって、二段ベッドは憧れでした。 ある夜、その二段ベッドで寝かせて欲しい!と頼みました。 「上がいい?下がいい?」と聞かれ、迷わず「上!」と答えました。 その晩は、しーこちゃんと一緒に、二段ベッドの上段で寝かせてもらいました。 夜中、ともちゃんの「雨漏りがする!」という声で起こされました。 なんだろうと思って起きたら、ベッドの上段から水が滴り落ちていて・・・私のおねしょでした(笑) 伯母の家は田舎だったこともあり、当時まだトイレは汲み取り式でした。 臭いし、(子どもにとっては)遠くて、暗い夜になってからは怖くてトイレに行けなかったようです。 ものすごい大量のおねしょでした。布団に浸み込みきらない程だったのでしょう。 みんなで爆笑していたような気がします。 誰からも叱られないのを不思議に思っていたことを、妙にくっきり覚えてます。 それにしても、布団をかぶって寝ていたはずのともちゃん、どうして雨漏りに気付いたのやら。 もしかして、おふとんの上ではなく、「雨漏り」は顔に当たっていたの? ・・・などと考えると、今でも笑いが止まりません。ともちゃん、その節はゴメン! 本当に不思議な事に、こんな楽しい記憶でさえ、全く覚えていませんでした。 先日、唐突に蘇りました。それから数珠つなぎに、関連した内容が幾つも・・・。 まぁ、この記憶は単純に笑えていいんですが。てか、深刻なのはまだ回復してません。 ただ、本当に本当に、私たち姉妹には共通して「子どもの頃の記憶」が欠落していました。 それが最近、正確には先日の記憶の解離や噴出をまざまざと体験して以来、これまで全く記憶に上らなかったのが不思議な程、するすると思い出されるようになりました。 記憶の蓋が開いたように感じます。 放っておけば、子どもの頃の記憶を次から次へと思い出せそうです。 でも、そんなことに終始してると、肝心の「現在の日常生活」に支障をきたすので、そこはホドホドにしてます。
これは、取り立てて最近思いだした記憶じゃないけど、ちょい気になるんで。 もし良かったら、ご意見お聞かせください。特に、お子さんをお育てになった経験のある方、お願いします<;(_ _)> 私は、幼稚園年長さんで、九九を全部覚えてました。 それも「にいちがに、ににんがし・・・」を単に覚えただけじゃありませんでした。 「ににんがし」の意味は2+2=2×2=4だと、理解できてました。 「さぶろくじゅうはち」も3+3+3+3+3+3=3×6=18だと、理解してました。 「くくはちじゅういち」まで、そういう意味だってことを、ちゃんと分かってました。 小学校にあがって、すぐ九九をやると思っていたのに、1年生では扱いませんでした。 せっかく覚えてるのにと、軽くがっかりしたことを覚えてます。 9つ離れた妹たちには、小3で分数をやる時、授業で扱う前に丁寧に教えました。 当時の友人が、分数で躓いて勉強が苦手になったようだったので、妹たちが同じように躓かないように、あらかじめ教えておこうと思ったんです。 今にして思えば、おそらく妹Mは小2の九九で既に躓いていたようでしたが、下手に自分は幼稚園で覚えていたので、九九を教える必要性を全く感じてなかったのが盲点でした。 妹Fの子どもが小1の時に「九九おぼえた?」と尋ねたことがあります。 返ってきた答えは「九九ってなにー?」でした。 あれ、小学校にあがってても九九を知らないの?と不思議に思ったのですが、、、。 ちょっと待て。 不思議なのは自分の方じゃないか?という事に気付いたのが、最近なのです。 つまり、私は誰に九九や足し算・掛け算の概念を教わったのだろうかと、、、。 父は、きちんと勉強を教えられる人間じゃありませんでした。 ボール遊びをしていて、子どもの私の投げるボールが父のところにちゃんと届かないことで癇癪を起こす人間でした。幼稚園の子どもに、九九を一から全部教えて、しかも足し算・掛け算の概念まで教えるような学力も忍耐力もありませんでした。 年長さんの頃には母は別居していたので、母から教わった可能性はありません。 代わりに祖母が家事などやってましたが、やはり勉強を教えてくれる人ではありませんでした。 あと、幼稚園で教わった可能性もあると思うのですが、ただ、私はほとんど幼稚園に通えてないんです。まぁ要するに、こういう親だったので、幼稚園に通えるように朝起こしてもらって支度して・・・といった基本的な生活習慣が、全くなかったのです。通園するとハンコを押してもらえるのですが、それがホントに飛び飛びにしか押されてなくて、すごく悲しかったのを覚えてます。 という訳で、私は誰に九九(と足し算・掛け算)を教わったのか不思議です、という話でした。 ちなみに主人は、小2で学校で覚えたと言ってます。 皆さんは、どこで誰から教わりましたか? 幼稚園の子どもが、教わらなくても、自力で九九・足し算・掛け算を理解できるものなんでしょうか? その辺り、自分は子育てしてないから良く分かんなくて、ただただ不思議な気持ちでいっぱいなんで、良かったら皆さんやお子さんの体験を教えて下さい<;(_ _)>
妹Fは、虐待のニュースを見るたび、「よく私ら殺されずに済んだな」って思うらしい。 妹Mは、まだそんな会話ができる程にまで、傷の手当てがなされていない。 何度となく「半殺しにしてやる」と言われながら、でも実際に殺されることはなかった。 何回半殺しにされたのか、その手の記憶は、まだ解離しちゃってるんで分かんないけど、 本当に殺されてりゃ1回で済んでたから楽だったんじゃないかなってことを思ったりはする。 父と母の顔さえも覚えてない。こんな解離は重度らしい。 この年までずっと、幼児期の記憶はないって思ってたのに、最近がんがん蘇るようになった。 でも、その回復記憶には、奇妙に父の姿がない。時に回復映像は不自然なアングル。 父の姿は、誰かが丁寧に修正してくれたかのように、徹底的に排除されている。 まだ虐待シーンの記憶は全く蘇ってないけど、蘇り始めるのは時間の問題だと感じる。 腹はくくってるし覚悟も決めてるつもりだけど、蘇るのが怖くないって言ったらウソになる。 解離しなきゃ生き抜けないような記憶や体験。・・・私に何があったんだ、何をされたんだ。 本当に「その」記憶を回復してしまって、それでも私は、・・・生きていられるんだろうか。 それが私の記憶なんだから、私の体験なんだから、私として、受け入れる。 蘇るのが怖くないって言ったら、それはウソになるけど、でも、腹はくくったし覚悟も決めた。 殺されてりゃ楽だったなとは思うけど、生まれて生きてて良かったとも思えてないけど、 虐待の被害者ではなく、サバイバーとして生きていくって決めたんだ。それを忘れたくない。 │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |