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あるところに1人の勉強熱心な若者がいました。
この若者には、介護を必要としているお母さんがいましたが、若者は母親を残し、修行の旅へでてしまいました。 若者は一人山へこもり厳しい修行をつみ、心身を鍛えました。 ある時、修行中、木に止まっていたカラスの糞が自分めがけておちてきました。 若者は思わず、「このヤロー、自分は修行している偉い身なのに何するんだ!」とカラスを睨むと、カラスは死んで木から落ちてしまいました。 若者は、カラスを殺そうとおもったわけではなかったのですが、それくらい修行でエネルギーが高まっていたのです。 インドの修行者は、食事のとき、ふもとへおりていき、おわんをもって、家をまわり、食事をもらう習慣があります。 夕方になり、若者は食事をもらいにある家をおとずれました。 すると、その日に限って、「ちょっと待っててください」と言われ思いのほか待たされました。 若者は、今日はカラスに糞はかけられるは、食事はまたされるは、自分は修行して鍛えている身なのになぜだろうとイライラしていました。 そこへ、「年寄りの看病をしていたから遅くなりました。」と、奥さんがやっと食事をもってあらわれました。 そして、まるで待たされたイライラを見透かしたように、「あなた、そんな目で私をみて、燃やしてしまえるとでもおもってるの?私はカラスではないのですよ。」と言いました。 カラスが死んだとき、山奥で周りにはだれもいなかったはず、修行者は驚き、 「あなたは、一体どんなことをされてそんな力があるのですか?」とたずねました。 奥さんは、答えていいました、 「私は何もしてません。ただ、主婦として手助けが必要な人の世話をしているだけです。」と。 若者は、到底納得がいかず、 「それだけなはずがない、きっと何かされているはずだ」 といいました、 すると、奥さんは、 「そんなに言うのでしたら、町の肉屋へ行ってください」と言いました。 若者は、言われたとおり、町へ行きました。 そして肉屋をみつけると、なんと、まだ見えるか見えないかの距離にいる自分に対して、手を合わせ肉屋はお辞儀をしました。 電話のある時代ではありませんから、自分がたずねてくることなど知るはずもないのにです。 しかし、このあと若者はさらに驚かされます、なぜなら、肉屋にたどりつくなり、 「妻から聞いてこられたのですね、」といわれたのです。 若者は、すっかり面食らい、奥さんにしたのと同じ質問をしました、 「あなたはどんな修行をされているのですか?」と、 肉屋はいいました、 「自分は、定められた行動をし、正義や道徳に反しないだけです。 つまり、自分は、ダルマに従って生活をしているだけなのです。 そして、そのこと自体が何よりも修行です」と。 若者は、その後家は戻り、母親の介護をしたということです。 ちゃんちゃん ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 人生には4つの段階というものがあるそうです。 ●第一段階:0-25歳 【学習】 知識を獲得する時期、生理学的にある年齢までしか知識は習得できない この時期は、異性と遊んだり、娯楽は一切だめ、ひたすら勉強する ●第二段階:26-50歳 【家庭人】 結婚して家庭を持ち、贅沢をしながら社会を支える時期 家庭の中では、親も子も支える 人生の中で一番色々な役割のある時期 (親として、子として、妻・夫として、社会人として・・・) ●第三段階:51-75歳 【森林に入る】 少しずつあの世への準備をはじめる時期 知識を求められれば、若い世代へ伝えていく ●第四段階:76-100歳 【出家】 心の上で家を捨て、あの世に必要な準備をする。 肉体には執着しない、ボロボロの肉体を着替えるのを待っているから、死をおそれない 現代人には、必ずしも年齢と段階が一致しないかもしれませんが、要は現在 自分がおかれている様々な役割の中で、それぞれのダルマを誠実に実行することが大切だと考えられます。 ダルマを重視することは、必ずしも法律に従うこととは限りません。 極端な話をしてしまえば、家族が飢え死にして死にそうなのであれば、その時必要な分だけは、盗んでもダルマには反しません。 逆に、NYで3時間ほど停電があったときは、人の目がないことをいいことに、どんな人も盗みを犯したそうです。これは、証拠がなく、法で裁くことができませんが、ダルマには反します。 私は32歳ですので、第2段階に入ったくらいになると思います。 今、自分のダルマはなにがあるだろう?と考えてみると、、 ・社会人としてのダルマ ・セラピストとしてのダルマ ・子としてのダルマ ・妻としてのダルマ などがあげられます。 あらためて考えてみると、自分の中で勝手に優先順位がついていて、例えば【子として】のダルマは、ほとんど全く実行されていないような気がします。 私も含めてですが、”忙しいから”を理由に家庭のこと、人間関係などおろそかにしているわりに、仕事に対しても誠実にとりくんでいないという人はおおいような気がします。 ダルマ【守るべき天からの使命】だという意識が薄いから、勝手な言い訳に流されてしまうような気がします。 今回ダルマを知ることができたので、これをきっかけに自分のダルマに少しでも誠実に生きる努力をしようと思います。 考えてみると、ダルマに忠実にいきるってことは、どんなときも誠実に生きるっていうことになるので、生活や人生を大切に過ごすということなんだと思います。 そうやって過ごしている人は、確かに成功もするだろうし、幸せにもなれると思います。
最終更新日
2009年08月10日 21時40分24秒
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