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シークヮーサーの実が生って来た! 我が家の裏山のアスファルトの上に鳥が糞をした、 その中にシークヮーサーの種が入ってて、 コンクリートの割れ目に落ちた、 その小さな隙間から、芽が出て、枝が出て 少しずつ大きくなり、今ではコンクリートを押しのけて 大きな木に成長した、 毎年、春に花が咲き、夏には実がどっさり生る 夏バテ予防に最高にいいし、香りが良い、 また、秋に花が咲き、お正月ぐらいに実をつける、 この木と一緒で、子供達も少しずつ成長して 根を張り、枝を伸ばし、花をつけ、実が生っていく、 水を与えすぎても、肥料を与えすぎても 根グサレしたり、味が薄くなったりするんだよね、 木を少し苛めて、トレーニングする事が美味しい実をつける 人間も、甘やかすと、それが当たり前になり感謝を忘れ 枝や葉だけが大きくなり、傲慢になる、 だから、親と協力し合って、愛情の加減や方法 学ぶ努力の仕方、我慢、思い遣り、友情、常識や道徳などの 人間力も一緒に育て、大地に根を張り、風や嵐にも負けず 花が咲き、実の生る子供に育てたいね! ![]()
ヒーローが沖縄でテニスを始めた38年前は、 中学校のテニス部が、一つも無かった、 高校は、6校にあるだけで、試合をしても寂しかった、 この頃は、テニスと言えば軟式テニス(ソフトテニス)って いうぐらいで、硬式テニス部と言えば煙たがられる、 学校のコートも公園のコートもソフトテニス一色だった、 ヒーローが指導者の道を歩み始めた頃、 中学校の先生に、城間久子さんって人が居て 凄くバイタリティーがあり、赴任する中学に硬式テニス部を作り ヒーローも何度も呼ばれて教えた、 学校が移動になる度に、硬式テニス部が増えていくのと同時に 教職員の指導者講習会を開いて、またまた呼ばれて教える、 教えた人達が部活を作り、徐々に普及して行った、 この時、ソフトテニスの人達は、ヒーローや城間久子先生に 戦々恐々だったと思う、完全に嫌われていた、 だんだん、硬式テニスが、テニスと呼ばれるようになって普及した 所が近年、ソフトテニスの部活や県や市のコートの使用率が 少しずつ増えてきてる、 ソフトテニスの指導者達は、講習会や勉強会を持ち 一致団結して、普及に当たってる気がする、 昔は、中学の部活から始まっていたのに小学生に教えてる、 何か?昔の自分達を見てる気がして、面白く感じる それに気持ちが解るから、ソフトテニスの指導者とも 今は、互いに尊敬しあってる気がする、 テニスは、コーチ代やら、ラケット、ガット張りに お洒落なユニフォームを着こなす、金食い虫だけど、 ソフトテニス部達は、体育着の練習、安いラケット 空気の入れられるボール、競技的思考、上下関係 ボランティア的な指導者、礼儀、挨拶を重んじる、 また、指導者の質も上がってきていて、 無駄の無い練習をしてると思う、 そう言う、良いところを、自分達も学び 今後に活かせるものを吸収していかないと負けるね、 頑張れソフテニ!、ヒーローも負けずに頑張るぞ! ![]()
個人レッスンが終わった後や、ガット張りが一段落した後に メールが届き、『コーチ、ご飯行く?』の短いメール 待ち合わせして、ランチしに行きました、 美味しいと評判の店が定休日で、新しい店を探してドライブ、 どこか?美味しそうな所が無いかな? 韓国料理もイマイチだし、カフェも観光客でいっぱいだし、 探していたら、『みやこそば』の看板が! 美味しそうなのでここに決めました、 入り口には大きなシーサーが 『オイシーサー』『嬉シーサー』『楽シーサー』と向かえ 一緒に写真をパチリ、ヒーローが目立たないほど、派手でした。 店内に入ると『コーチ、久しぶり~』 お客様の中に、昔の教え子が座っていました、 JTAの社員だけど、20年前ぐらいに教えたんだけど 今は偉くなってるみたいだね~、 美味しいのを教えてもらい注文、 沖縄ソバに、煮付け、ライスもついて700円 食べ切れませんでした、 食事の途中に、15年前ぐらいに教えた人も来て テニス談義、子供達も大きく成長して、就職し頑張ってる ほんと面白いね~、時が経つのは速いけど 振り返れば、いつでもそこに戻れる、 子供だった教え子達が、県外で活躍して 互いに連絡を取り合い、飲み会をしてるとの事 ヒーローは、お酒が飲めないんだよね! 付き合いはするけど、コーラで十分酔えますね、 今、いい感じに、時が経ってると思いますよ、この調子で、 人に生かされながら、しっかり歩いていきたいね。 ![]()
今日は、小禄中女子テニス部を教えたのだが、 新入部員の名前が覚えられない?? 憶えた人を名前で呼んで、他を呼ばなかったら 寂しがるから、完璧に憶えてから呼びたいが、 近頃の名前、懲りすぎて呼びにくいし、 漢字も当て字が多く読めないのが多い、 ゆめか?ひめほ?すみか?あおと?もみじ? もえか?ことは? また、顔も、何か?沖縄人らしさが無くなった気がする 目が切れ長になり、韓国系に近づいた感じだ、 昔の沖縄の人は目が大きく、黒い瞳も大きかったが、 今は、見分けがつかなくなった? 部員30人を覚えるって大変です、 その後、伊良波中男子を教えに行った、 その人数、総勢40人?? 中体連の大会前だから、レギュラー8人が1面を使い 後の32人のうち、20人で1面を使い 新入部員は、外でフットワークの練習から始める、 フットワークを顧問の先生に教えて、 みんなに教えさせ、後でテストして出来なかったら 先生も一緒にスクワット30回 隣のコートの球出しをケント母にお願いして その間にレギュラーにダブルスの動きを教える 順調に進むと、ケント母に交代してもらい、 20人の所を、回転良く教える、 自分達で出来る事をさせて置いて、 外でちゃんと出来てるか?チェック 流石、顧問の先生、教え上手です、 次やる事をおしえて、又レギュラーなんて グルグル回って行くので大変だ! それに、総勢40人近くの名前を覚えなくては?? コーチの仕事って、意外と大変なのですが? 何故か?痩せません?? ![]()
レベルが2ランクも違うのに 格下の相手とバコバコ打って簡単に勝つ、 所が、レベルが1ランク下にも関わらず 同じようなテニスをして負ける、 相手の球が、少し速くなっただけで、 ヒッティングポイントがずれてるに関わらず バコバコ打って簡単に負ける、 レベルが違う時にボコボコにするんじゃなく サイドに追い出して、戻ろうとする所に、もう一度打つ、 または、もう一度打つと思わせた所で、逆に打つ、 前にドロップして、ようやく取ったところをトップスピンロブ、 おなじくトップスピンロブと思わせフェイントをかけパッシング、 おなじくパッシングと思わせボディに打って浮いてきた所をボレー なんて、いろいろな勝つパターンを見つける練習が出来る、 この工夫やパターンの貯金が、自分より強い相手を倒す武器となる 勝てる相手だからって馬鹿にしてはいけない 勝つ練習をさせてもらってあり難いし、感謝しなくては駄目だ! 勝ってもいい気に成る人は借金と一緒、弱い人にも負ける 勝って感謝する人は、貯金と一緒、 もし負けても積み立てたものは、すべて財産となるのだ! ![]()
明日から、中体連の個人戦が始まる、 3年生にとっては、最後の戦いとなるから 頑張って欲しいのだが、変わることは出来ないので 自分の人生しっかり実力を出し切って欲しいです。 ちびっ子達の練習は、ヒーローコートでやりました、 ここでは、秘密の練習方法があるので特訓、 5歳の花ちゃんも、ヒーロー検定2段をクリアして 3段に挑戦していました、その他の4年生は4段に挑戦 中々クリアならずですね、シングルスの練習も ダブルスの練習もいっぱい出来て良かったです、 ナイターは奥武山テニスコートで練習 雅海が『コーチ、オニギリ差し入れ~』って持ってきてた お腹が空いてたから、ラッキーです、 食べてると、中学の時に教えてたアヤナと逢った、 花の女子高生、それもヒーローの母校、那覇商業高校 後輩になったんだね~ 練習は、ウォーミングアップの後、明日の中体連に向け ダブルスの練習、高校生達もダブルスの練習、 だいぶ、上手になって来てるけど、後は実戦で出せるかだね、 写真上は、小禄中2年のシホ、近頃メキメキと上手になってる 下の写真は、アヤナ、我が那覇商業高校の後輩です。 上は、胆嚢が身体にある時、下は摘出した後、変わってる?? ![]()
今まで、38年間テニスを教えてきて、 才能の無い子を見たことが無い! 才能と言っても、運動能力とはがぎらない、 こいつにテニスを教えていて、ほんとに強くなるんだろうか? なんて思うこともあったが、見事裏切られる! ドンくさい奴でも強くなれる、 彼には、彼女には、続け切れる才能があるのだ、 休み時間に、他の子が遊んでいる間に、 教えた事を楽しそうに笑顔で復習してる子が居る 足も速いとは言えないけど、楽しそうに何度も挑戦する 試合も勝てないけど、負けても負けても挑んで来る! こんな子は、いつも期待を裏切って強くなっていく、 また、直ぐに飽きやすいけど工夫の才能のある子が居る 『コーチ、あれに当てたらアイスご馳走して!』 『マッチ試合5連勝したら飲み物いいでしょう!』 この条件だと、出来そうもないから、契約してくれるって壷を知ってる んんん~いいよ!って言ったら、意外とやり遂げてしまう、 騙された!って思うけど、ま~アイスぐらいで頑張るんだったら? なんて思ってる心を読まれてる、 親が『この子は運動も勉強も駄目なんですよ!』 ってつれて来られる子が時々いる 『ママもパパも、凄い勉強も運動できるのにこの子だけ』なんて いう子は、超才能があるけど、ママとパパが、その才能を殺してる 筋肉の速筋比率が60%を超える人は、 巨人の星に出てくる、大リーグ養成ギブスを装着してるようなもの、 特に子供の時は、直ぐに疲れるし、疲れるから飽きる、 それに、ママとパパが暗示をかけてくる 『自分達は出来るのに、お前は勉強も運動も出来ない』って、 遅筋60%以上の人も、やっぱり親から催眠術をかけられる、 『何をさせても遅いね、』『早くOOしなさい!』なんて言われる、 遅筋の筋肉は、始動するまでが遅いし、気長でおとなしく見える 早く動く事は出来ないけど、折角、長時間動き続ける筋肉を持ってるのに 活かす前に親が切れてしまい、ただの怠け者に見える、 また、テニスの才能も普通だけど、ユーモアの才能がある子も居る 厳しい練習の時でも、この子の声一つで、皆の笑顔が溢れる、 雰囲気を盛り上げ、全員が強くなるように心配りをしてるのか? 単なるウケねらいか?解らないけど、この子が居るだけで ヒーローも笑顔に癒される! いろんな才能がいっぱいあって、その才能と触れ合い見つけ出す テニスのコーチって、ほんと幸せだよ! ![]()
テニスの教え子に保育園を経営する方がいました! 子供達を預かる以上、保育園では怪我をしないように、 壁も、テーブルの角も、ジャングルジムや滑り台の低いところも みんな、柔軟性のある素材で保護していました、 お陰で、子供達は保育園で怪我が減ったと言っていました、 半年後に園を尋ねると、柔軟素材が取り払われていました? 『なんで?』って園長に聞くと、実は、保育園では怪我が無いのに 子供達の身体のアチコチにリバテープが増えてきて 『どうしたの?』って聞くと、家で机にぶっつかったり、 壁に体当たりして骨折した子も居たとの事です、 不思議ですね、子供達は教えてない事まで学んでいるのです、 園で遊びを通じて、これぐらいは大丈夫と自分で学んで居る、 所が、家で実践すると、ギャップがあり大怪我をする、 こう考えると、過保護が大きな事故を生む、 家に居ても、保育園にいても、怪我したり、怪我させたりする、 多少のリスクはあるけど、一番大事なのは見守る事かも? これ以上いくと危ないって時に『危ない、駄目だよ!』と 否定するのではなく『こんなして大怪我をした人が居るんだよね』って 経験を話する方が、子供達は注意をしながらやるようになる、 『危ない、駄目だよ!』って何度も言われると、 子供達は、親や先生が見てない時に、隠れてやるから 大きな事故や怪我になりやすい。 好奇心旺盛な子供達は、ドキドキワクワクが大好き! その心から、挑戦する意欲を取るのが『危ない、駄目!』 この言葉を使う自分が、大きな事故や怪我を誘発してるんだよね、 何故、人はアミューズメント施設が好きなんだろう、 日常生活にない、ワクワクドキドキをいっぱい堪能できるからね! そういう所に、毎日連れて行って上げる事はできないけど、 日常生活の中で、新しい発見やワクワクドキドキ感を養えば 子供達は、自然に学び成長していくものです、 又、大人になっても、この新鮮な気持ちを忘れずに居たいな~ ヒーローのレッスンは、いつもワクワクドキドキを楽しみます 『危ない、駄目!』は、言うのは簡単だけど無責任、 ちゃんと理由を、何度も教えて見守ってあげてね! 近頃友達になった、あすなろ幼稚園さんは、健全な心と身体作りの達人 遊具会社の遊ばし隊長、小島直人さんは、ワクワクドキドキの夢職人です。 フェイスブックさんありがとう! ![]()
今年の日本縦断テニスは、 6月29日金曜日~7月2日月曜日までの週末は千葉になります、 ここは、秋山ハッピーコーチがいろいろ企画してくれます、 最初ハッピースクールのジュニア達、中高校生からはじまり、 翌日は、ハッピースクールのママさんなどのレッスン生、 日曜日は、千葉テニスコミュニティーのメンバーや 千葉近郊に居る、ヒーローの教え子達が集まってくれます、 秋山ハッピーコーチは、ほんとに純真で テニスに対する教え方も、前向きで、よく研究されてるので、 毎年毎年会う毎に、教え子達は上手になっています、 秋山ハッピーコーチの所には、プロのテニスプレーヤーも 度々教えに来てくれるから、習いなれているので 普通に教えると、『な~んだ、これ習った事があるよ!』 なんて、言われかねないので、プロが教えない事を 教えるようにしています。 ヒーローは、年に一度の起爆剤みたいなものなので? 刺激を与えるのが仕事かもしれませんね、 秋山ハッピーコーチにも、新鮮なテニスを伝えたいし また、それらを活かして、もっともっと強くさせたい、 ジュニア達も、千葉を代表するぐらい伸びて来てますしね、 今年も、楽しい事がいっぱい待ってますように! 心ウキウキワクワクしながら想像しています。 ![]()
1974年6月のある日 新聞に、沖縄の浦添に、初の民間コートがオープンと 書いてあるのを見つけ、探しにいった、 この日は、嵐が近づいていて風が強く、時折豪雨が! コートに着くと、管理人さんが、ネットや審判台を 一人で片付けようとしてた、ヒーローを見て手招き、 『片付けるのを手伝ってくれ!』って!『いいですよ!』 黙々と2人で片付け、2時間ほどで終わったとたんに豪雨、 クラブハウスで避難してると、『テニスする?』って、 『お願いします、』いくら持ってる?って聞かれて 財布を見たら、1万円あったので出した、 すると、ダンロップのマックスフライと言うラケットに ダンロップのウエアー、シャツ、パンツ、リストバンド ソックス、シューズ、バック、グリップテープを差し出し、 『あげる、その代わり、クラブの手伝いをして頂戴』って言われた、 確か?入会金3万円、月会費6千円ぐらいだったと思うけど それも、無料となった、今まで壁打ちしかやった事がないのに、 いきなりテニスデビューでした、 その頃は、ダンロップしか知らなかったけど、 時々、沖縄にテニスを教えに来る川崎ラケットの為藤さんと仲良くなり カワサキラケットや、ディフィーを着るようになった、 沖縄のヒットユニオンの社員さんと宜野湾にテニスコートを作ったのを 切っ掛けに、フレッドペリーやウイルソンのウエアーを着るようになり、 ボルグが最絶頂期にはフィラを着けたが、シャツが2万8千円もした! マッケンローやサバティーニの時代になるとセルジオタッキーニ、 クリスエバートのファッションセンスでエレッセが飛ぶように売れた 次にシューズだけだったナイキが、ウエアーも販売、続々とプロが契約 グラフやエドバーグの時代は、アディダスが3本線だけからお洒落になり ヨネックスも、伊達モデルからようやくセンスが良くなった、 この頃、沖縄で誰も着てないセントクリストファーを着ると気持ちよかった 次に、プリンスカップ主催を切っ掛けにプリンスのウエアー、 ヒーロー杯のスポンサーがヘッドに変わり、ヘッドのウエアー またまた、誰も着ないウエアーと思い、ディアドラを着てた、 サッカーが中心だったから、ウエアーも2アイティムしか無かったけど 近頃は、凄い人気に育ってきたね、 2007年から、ヒーロー杯のスポンサーがヘッドよりダンロップに変わり それからは、ダンロップオンリー、一番最初に戻って来ました、 ファッションも、メーカーも、時代と共に移り変わっていく ラケットもテニスのフォームも、時代と共に進化していってるんだよね、 だから、常に受け入れる心を持ってないと、時代についていけなくなるね。 ![]() │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |