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●10年、早ければ…… 時刻は、午後9時を、少し回った。 ワイフは相変わらず、DVDを見ている。 聞き慣れない言葉である。 ドイツ語のようでもあるが、ドイツ語でもない。 「No」という意味で、「ネイ」と言っている。 雰囲気からして、オランダの映画? 北欧の映画? よくわからない。 ……というか、この世界には、私の知らないことのほうが、多すぎる。 だからときどき、こう思う。 気がつくのが、もう10年、早ければよかった、と。 10年早ければ、もっと新しいことを知ることができた、と。 が、今は、ちがう。 脳みその働きそのものが、鈍くなってきた。 片端(かたっぱし)から新しいことを知り、同時に、片端から忘れていく。 これではいつになっても、前に進むことができない。 このはがゆさ。 このもどかしさ。 DVDの主人公たちは、私たち日本人がもっている価値観と、まったく異質な価値観をもっている。 それを知るためには、彼らとともに生活しなければならない。 苦楽を共にしなければならない。 反対の立場で考えてみると、それがよくわかる。 たとえば「家・意識」。 アメリカ人やオーストラリア人に、日本人がもつ「家・意識」を説明しても、理解できない。 彼らがそれを知るためには、また理解するためには、日本に住み、日本人といっしょに生活しなければならない。 ●知的優越感 知的優越感というのは、確かにある。 私も、ある時期、それを強く感じた。 「私は、君たちの知らない世界を知っている」と。 が、今はそれも色あせ、老後の中で、ごちゃ混ぜになってしまった。 ただその一方で、私から見ると、化石のような人に出会うことは、多くなった。 その人が「化石」というのではない。 私の中に残っている「化石」そのままだから、「化石のような人」という。 少し入り組んだ話になるが、許してほしい。 若いときに(外の世界)へ出た人と、反対に、生まれも育ちも、そしてそれ以後も、ずっと(内の世界)に住んでいる人がいる。 (外の世界)へ出た人には、(内の世界)がよく見える。 が、ずっと(内の世界)に住んでいた人には、当然のことながら、(外の世界)がわからない。 わからないまま、(内の世界)を基準にして、ものを考える。 (外の世界)を想像したりする。 こう書くと、(内の世界)に住んでいる人は、こう反論するかもしれない。 「外国のことはよく知っている」「ときどき外国へ旅行する」「テレビでもよく紹介されるから、それを見ている」と。 しかし(外の世界)を知るということと、観光客として、外国を訪れるということの間には、天と地ほどの開きがある。 (外の世界)の人だって、観光客には、自分たちの世界を見せない。 さらに中には、私にこう言う人もいる。 「君は、外国かぶれしている」と。 ●化石 そこで私自身を振り返ってみる。 もし私があのまま日本の会社に入り、そのまま60歳を迎えていたら、私はどうなったか、と。 「あのまま」というのは、99・9%の日本人がそうであったように、(外の世界)を知らないまま、日本だけに住み、日本の中で生活をしていたら、という意味である。 が、これについては、何も、想像力を働かせなくてもよい。 そういう人を、あなたの周辺から探してみれば、それでよい。 探して、そういう人が、どういうものの考え方をしているかを、知ればよい。 つまり、それが(あのままの私)ということになる。 が、最近は、そういう人たちが、私には、「自分自身の化石」に見えるようになった。 先に「化石のような人」と書いたのは、そういう意味。 「過去の自分のまま」という意味で、そう言う。 で、私と彼らはちがう……というのは、あくまでも結果論にすぎない。 ここでいう「化石」というのは、私自身の内部で、核になっている「私」を意味する。 固くて、心の中で石のようになっている。 だから「化石」。 ●因習 もう少し具体的に話そう。 私は子どものころ、学校が休みになると、決まって母の実家のある田舎で過ごした。 そこには、古い因習が、ぎっしりと詰まっていた。 そこはまさに、(情の世界)。 すべてが「情」を中心に動いている。 (だからといって、因習や情を否定しているわけではない。誤解のないように!) しかしそれが因習とわかったのは、ずっと後になってからのこと。 30代、40代になってからのこと。 が、もし私があのまま(外の世界)を知らないでいたら、私自身が因習を因習とも気づかないまま、私はそれをそのまま踏襲していただろう。 事実、そのあたりにそれ以後も住み、そこで暮らした人たちは、そっくりそのまま因習を踏襲している。 ●智に働けば…… が、ここでいつも、厚い壁にぶち当たる。 そういう化石のような人たちに出会うと、(けっしてそういう人たちが、「下」とか、そういうことを書いているのではない。誤解のないように)、言いようのない無力感を覚える。 あまりにも遠くに住んでいて、どこからどう説明したらよいのか、わからなくなる。 実際には、不可能。 つまり私を理解するのは、不可能。 だから私のほうが、先に引いてしまう。 引いて、私のほうが、彼らに合わせる。 「そうですね」「そのとおりです」と。 が、それはむずかしいことではない。 私の中にある「化石」を、そのまま引き出せばよい。 ちょうど机の引き出しから、古い本を取り出すように、だ。 あとはその化石を見ながら、相手に合わせていけばよい。 ところで夏目漱石は、『草枕』の冒頭で、こう述べている。 『智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される』と。 理性だけを主張していると、他人との衝突がふえる。 しかし相手の情に同調していると、自分を見失ってしまう、と。 たしかにそうだ。 相手に合わせるのは、むずかしいことではないが、いつも後味が悪い。 いや~な気分になる。 ●01月04日 今日は1月4日。 時刻は午前8時30分。 西浦駅に向かうバスが、9時に出るという。 今、そのバスを待っている。 まぶしいばかりの白光。 昨夜は遅くまで波の音が聞こえたが、今は、それもない。 窓の外の波を見ると、岸のほうから太平洋側に向かって、動いている。 今日も、北風。 寒い1日に、なりそう。 そうそう、昨日、オーストラリアのB君からメールが届いた。 南オーストラリア州では、ここ2日ほど、気温が41度を超えているという。 41度! もっともオーストラリアでは、空気がカラカラに乾燥しているから、41度といっても、日陰に入れば、涼しさを感ずる。 夜も寝苦しいということはない。 が、心配なのは、ブッシュ・ファイア(山火事)。 大平原が、それこそ関東平野分ほど、燃えたりする。 それが気圧の移動とともに、あちこちを燃やし尽くす。 それがこわい。 ●旅の終わり あわただしいが、これで旅行記はおしまい。 西浦温泉、たつき別館、『葵』にて。 2012年の英気を、ここで養う。 はやし浩司・晃子 はやし浩司 2012-01-04 (はやし浩司 教育 林 浩司 林浩司 Hiroshi Hayashi 幼児教育 教育評論 幼児教育評論 はやし浩司 西浦 葵 たつき別館 西浦温泉 葵) 【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 休みます。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ *********************************** このマガジンがお役にたてそうな人が、あなたのまわりにいませんか? よろしかったら、どうか、このマガジンのことを、お友だちの方に 話していただけませんか? よろしくお願いします。 はやし浩司 *********************************** ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ まぐまぐプレミア版(有料版)のお申し込みは…… http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/page141.html ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ . *※※ .※※ ***※ .*※※…※}※** . **++ ※)) . {※}※※ / . ※*… /mQQQm .**/| |Q ⌒ ⌒ Q Bye! . = | QQ ∩ ∩ QQ . m\ ▽ /m~= ○ . ○ ~~~\\// .================================= .みなさん、次号で、またお会いしましょう! .=================================
最終更新日
2012年02月06日 10時13分48秒
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