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関係力(相対性)経済学RELATIVITY ECONOMICS
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関係力(相対性)経済学を提唱

性別: 男性
生まれた年: 非公開
誕生日: 05月13日

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 ひかる0513Re:レディガガ(05/26)Nさんも珍しく、アイシャドウを入れて...
 ひかる0513Re:ここまで美化された日本(05/20)夕食時、レストランでニックは言った。 ...
 ひかる0513Re:ほんわか~♪ですね(04/28)珠実さん 自分で可笑しがっているだけ...
 珠実@ほんわか~♪ですねお久しぶりです。 そちらは大変な猛暑...
 ひかる0513Re:ハッピエスト誕生会(04/08)二日続きのプールでの激遊。Nさんがエ...

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  • N's school mates 27may12X.jpg

12年5月27日、Nさんの高校時代の同窓生とその夫、子ども14人が拙宅を訪問、その後12人がお泊りしていった。写真は、夕食を食べた王子さまご用達しのレストラン。

島岡光一『野麦峠に立つ経済学』(春風社) 経済をデザインする 志ん生讃江

各画面をクリックすれば、それぞれ該当のサイトに行けます。


ノート
☆リンクは自由です。一言、「リンクしたよ」とお知らせ願えれば、とても嬉しいです。
☆引用も自由です。一言、「引用したよ」とお知らせ願えれば、とても嬉しいです。
☆異論もおありかと思いますが、ウェブサイトでは、著作権など原理的に存在しないし、できないと思っています。ハートのある交流が最大の報酬です。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

      関係力(相対性)経済学 RELATIVITY ECONOMICS [全2720件]

2012.05.30楽天プロフィール Add to Google XML

半ブルなクローサモン食堂 

  • DSC_0129sea otto fed by a lady.jpg


洪水以来である。家屋の電気回線の一部が切れて一部停電状態。二階の風呂タブからだと思うが、一階のホームシアター室の天井から水漏れ。大家に一月前に訴えた。やっとやっと昨日から大工事が始まった。

お昼時、クローサモン食堂に逃げて来た。我が家はクーラーも扇風機も停まったままで、トイレが使えない。このハンブルの食堂の片隅にドアと窓のついた部屋(客が30人ほど座れる)が設置された。驚くなかれ、そこでクーラーもインターネットも繋がる。今、そこからこれを書いている。今後、半ブル食堂ということにする。

ハンブルの定義であるが、どこからハンブルというかというと、ドアと窓があるのを普通と言って、ないものをハンブルという。あくまでぼくの定義である。クローサモン食堂に、おなじみのミヤオ(猫)という名を持つウェイトレスがいる。珍しい時間に入ったので、驚くとともに嬉しそうに寄ってきた。

数人の労働者が天井を壊す作業をやっている。その中にタイ語が通じない者もいる。それがビルマ(ミャンマー)からの出稼ぎ労働者である。

今、ビルマの民主同盟のリーダー・アウンサンスーチーさんが、アジア経済フォーラムに出席するために来泰している。彼女の何十年の自宅監禁後、初の外遊。ビルマの大統領も来ているはずであるが、まったく報道されない。スーチーさんが一面トップの写真で飾られている。警護が厳重なので、スーチーさんが動く道筋の付近の道は渋滞中である。

TVは、ぼくもシーフードを食べによく行く隣の県にアウンサンスーチーさんが訪れて、大群衆の歓迎を受けている画面を映し出している。その県の海鮮マーケットの多くはビルマ人であり、ビルマ人街でもある。スーチーさんは、泣きながら、「あなたがたが安全に帰国でき 仕事ができるよう 生きていけるよう 全力をつくします」と訴えているという。群衆も涙を吹きながら歓声を上げている。

【写真:金沢八景シーパラダイス。ラッコに餌をやる女性)a lady feeding a sea otto at the Sea Paradise of YOKOHAMA) 6may'12. not related to the content.】


Last updated 2012.05.30 18:32:13
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2012.05.29

ツィッター 

  • DSC_0075fire fight under the carpflag.jpg


楽天ブログににツィッターの機能がないので・・・

☆彡あ ぼくの愛機ニコンD90は長期入院した。2年間の酷使の後、シャッターの不具合とその他の傷みをオーバーホールしてもらうため。1ヶ月間、Nさんのカメラを借りるため、写真の質が落ちると思う。

☆彡そうそう これまでノイさんからのプレゼントが多かったが、最近はプラサー(Nさんの実父)さんやヒア(Nさんの夫)さんからのプレゼントが加わった。プレゼントと言っても食べ物とか蘭の花とか・・・今日、プラサーさんから高額のお金が持参されたので、謹んでお返しした。旅の費用への補填という・・・

☆彡本業ほったらかしと怒られるかも。昨日から、著作作業に復帰。日本語の量子力学を英訳(抄訳)する作業が以前より楽にスムーズにできるようなきがする。こういう慣れ仕事は休んだ方が技術的にいいこともある気がするんだ。

☆彡本日、セントラル・ピンクラオのチケット売り場で、6月の興行ジェイソン・マーツの切符を購入。2番目に高い切符。日本語の表記では「ムラーズ」というのだそうだが、ここでは、「ムアース」を速読みして「マース」または「マーツ」となる。i'm yoursのジェイソンだ。

☆彡今更の感があるが、ほぼ1週間前タイランド気象庁が「梅雨入り宣言」をした。「梅雨」=「雨季」といっても、毎日のように一度は大雨を降らせるということであって、数日全一日しとしと雨が降るような「梅雨」とは異なる。

【5月5日 千葉県君津付近の山村にて。鯉のぼりの下で、消防作業に参加。「タイから来ました」というと、親切にケアしてくれた。】


Last updated 2012.05.30 10:21:16
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2012.05.28

礼節 

  • DSC_0065carp nobori.jpg


5月5日。千葉の教え子の好意で、ニックに鯉のぼりを見せてもらった。山間の青空に泳ぐ鯉のぼり。彼は一生覚えているのではないかな。ぼくはつねづね日本人が5月の晴れた日に、空に巨大な鯉を泳がせるという発想が好きだった。

タイランドは「ほほえみの国」である。スワンナブーム空港から都心に向かう途中に、ゲートにウェルカム・トゥ・スマイリング・カントリーという文字が目に飛び込んでくる。ぼくは、このほほえみにどれだけほっとさせられるか。

なんとなく、あんまり証拠もなしに感じるのだが、日本は礼節とほほえみの国であると思っていた。あいさつはきちんとする。決して相手に不愉快な思いをさせないように言葉を選ぶ(あるいは禁句する)。柔らかい笑顔を絶やさない。

ところが、最近、これも、あんまり証拠もなしに感じるのだが、どれも、崩れているような気がする。礼節なんかどこかにすっ飛んでいる。あいさつはしないか省略形ですます、平気で相手を傷つけるような、身体的特徴(「欠点」と感じられること)を話題にする。そして、年齢がいくことを悪として表現する。それが親しさの程度を表すものと思っている人がいるからやりきれない。それを咎めると「ささいなことにこだわる」「ひかるも焼きが回った」という非難が待ち受けているからいっそうやりきれない。

しかし、タイランドでは、ぼくの交際する階級=中産階級に限られているのかもしれないが、この礼節が非常に重んじられる。合掌して「サワディクラプ」(女は「サワディカー」)と頭を下げる。別れの時も同様合掌して「サワディクラプ」と言わなければならない。年下の者は必ず年上の者に先にあいさつをして、尊称をつける。「ピー」「ナー」「ルン」「クーン」などなど。これを怠ると手厳しく咎められる。ニックは、11歳年上のいとこのナムに必ず「ピーナム」と呼ぶ。二人が喧嘩したとき、ナムのいないところに来て、ニックは「ナム ノーグー!」と呼び捨てにすることがある。時々、母親をぼくの前で「N バッド」と母親を呼び捨てにすることがある。しかし、面と向かっては決して決して呼び捨てにはできない。親しさの余りニックはぼくに「ルンコイチ」の「ルン」がしばしば聞き取れないことがある。間髪を入れず、周囲から、一斉に「ニックニック! ルンコイチ」と咎められる。彼は、「ぼくちゃんと言ってるよ ルンコイチと」と抗議する場面がある。でも、みんなが「聞こえな~い!」と改めて叱る。ぼくは、多くの場合、名前の後ろに「さん」をつける。小さい子に「ちゃん」をつけると、失礼に当たるらしいから気をつけなければならない。「ベリーバッド」と注意を受けた。だから、簡単化のため日本語の「さん」で押し通す。だからここでも「Nさん」と言っている。直接呼ぶときは、「N」と呼び捨てだが、改まったとき(お礼を言う時など)とか、人さまには「Nさん」と言っている。「さん」付けはインドのケララでとくに有効である。ケララ人も好んで「ひかるさん」と呼んでくれる。Nさんは、現地のあだ名が「ノン」である。一昨日、昨日の高校時代の友だちも、「ノン ノン」と呼んでいるが、しばしば「ピーノン」と丁寧な呼び方をすることもある。

他面では、ぼくが定年退職した後で何かの集いの時、後輩教授がぼくを評した。「ひかるさんは 教員同士 教員学生関係を すべて平ったく 上下関係をとっぱらってくれた これがひかるさんの 在職中の最大の功績だ」と。それこそ最大の賛辞として受け取ったが、ぼくはすべてに「タメ口」で話したわけではない。学生にも先生にもキチンとあいさつをして、歳がどんなに下の先生に対しても、敬語と丁寧語を用いて対したのであって、そういう意味の、つまり、敬意を払うという意味の、平べたっくして付き合ったのである。学生には、学生の先生に対する礼節を要求したし、ぼくの方は、学生を傷つけることを極力避けた。罰したい時でも、必ず逃げ口を示してやった。そして、徹底的に生活場面でも「付き合った」。

ぼくのこの礼節の態度は、親から教えられたのではない。後天的にぼく自身が自らを鍛えて、意識的に身につけたものである。これだけは、誰に対しても誇れるぼくの資質である。ぼくが10歳の時から家計補充の労働をさせられた、その資質はそこから築きあげてきたものである。中学校1,2年生の時の、新宿区が編纂した作文集に、新聞配達の経験から、ぼくのこの態度を自覚的に形成したことを自ら記している。さらに、ぼくは自分を律する力も、人間としての矜持もこの苦しい労働から身につけたことを誇りに思う。少し長じて、学生運動の中で、共産主義者として著名であった友人の父親が、「人民に支持されたかったら まず礼節をもって 人民と交わらなければならない もし礼節正しいなら 人民は君を階級敵に売ったりせず 逆に階級敵から君を守ってくれる」と具体的に、訪問時の礼節、お呼ばれされた時の礼節、感謝の礼節を教わった。これもその後長くぼくの宝となった。

いいところの息子、お嬢もお育ちによって、自ずから礼節を身につけた人々も大勢知っている。そういう人々は何気なく品位がある。心から羨ましいと思う。飢えと貧困のどん底で育ったぼくが、嫌味な礼節にならないようどんなに努力したか想像していただきたい。

ひところの礼節とほほえみの国日本が、ここタイランドに生きている。まだ生きていると言いたくはない。

青空に鯉のぼりを泳がす風習は、このタイランドにこそふさわしいと思う。


Last updated 2012.05.28 23:18:03
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2012.05.27

タイ式友情 

  • DSC_0940cruasamorn copy.jpg


結局、最大人数、14名。泊まったのが12名。最後まで残ったのが10名。このグループが、昨夜からうちに泊まり込んだ。

朝食は、ムラの隣のガソリンスタンド(ペトロ)にあるS&Wという軽食店に入って食べた。日頃ぼくもよく朝食に利用する店だ。そこから、この10人が、行きつけのマナ蘭店に立ち寄り、行きつけのドンワイ・マーケットに行って、昼食と舟に乗り、再びマナ蘭店にもどって、買ってあずけておいた花を取りにもどり、わざわざ、ぼくのために行きつけのサナムルアンソン・イチバに行って、熱帯魚を補充し、最後に行きつけのクローサモン食堂に入って、夕食を摂り、我が家に帰宅して、おしゃべり(子どもたちはトランプ)を楽しんで、9時ごろ、彼ら全員と別れを告げた。

40代半ばの行動力のすごさを思い知った。それと同時に購買力を思い知った。

4人子どもがいるのだが、未だにどれが誰の子どもか、判然としない。ということは、子どもをまとめて、大人がみんなが親なのだ。

この集団は、高校時代のクラスメート(英語・フランス語コース)だという。その夫と子どもたちである。よくしゃべる、よく笑う、そしてよく食べる。ただただ、ひたすら感嘆久しゅうするばかりであった。職業は様々だが、幼稚園の園長、金商店主などであった。

もっともよく笑ったネタは、たわいもないもので、韓国人がタイランドに来て整形手術することが多い。韓流の美男美女はタイランドに来てこっそり手術を受けて帰る。ある韓国人女性ができるだけ美しくなりたいと医者にもちかける・・・(文字にするのがはばかられる)・・・そこから始まるほんとに単純な現実的ではないジョークなのだ。ぼくには面白くもなんともないが、彼らが、高校生も交えて、腹の皮がよじれるようにして苦しそうに笑う。ちなみに、お酒は誰も一滴も飲まない。

今まで、Nさんの親族とのお付き合いをしてきた。それを内側からストローの穴から除く範囲だけど、観てきた。愛情の強さと、諍いを見てきた。今回は、タイ人の友情というものを観た。とくに女の30年に及ぶ友情を観た。もっとも、昨夜のウチに帰ったが、男のクラスメートもいたが。それは、美しくエネルギッシュな友情であった。男は、概して大人しいが、女が強い、そういう印象を新たにした。

Nさんは、すべての支出のお金を払った。膨大な金額になるにもかかわらず、全てを賄った。驚いた。そこまでしなければならないものかギモンだったが、彼女はそうした。後で、少し支援しなければと思った。

別れが、いつもそうだが、長かった。抱擁したり、笑い合ったり、合掌したり、また抱擁したり。

ぼくは、タイ語が分からないので、ニコニコしたりカメラマンをやったりしているだけだったが、彼、彼女らの求めに応じて、一緒に写真に収まる被写体にもなった。

30年の友情(子どもも夫も巻き込んだ)について、楽しくも、爽やかで、深い感動を覚えた2日間であった。彼らがとても羨ましくもあった。

みんなが言い合っていたが、シーユーアゲインと心から思った。


Last updated 2012.05.28 01:42:49
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大勢の客を迎えて

昨夜泊まっていたのは、最終的に12名。うち子ども4名。友だちの夫さんも含まれている。写真はそのごく一部。

  • DSC_0862hi school mates.jpg



Last updated 2012.05.27 11:10:26
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2012.05.26

レディガガ  (1)

  • DSCN6574ko1&nanna.jpg


  • 爾後、レディガガがモンスターなら、ぼくにも「モンスターひかる」と呼んでもらいたい。

    昨夜(5月25日)のレディガガ・コンサート(7.30PM~10.30PM バンコクの国立スタディアム)に行ってきた。ぼくは一昨日の夜10時まで、まともに起き上がって歩ける状態ではなかった。腰痛に苦しんでいたからである。その夜の10時を期して、急に腰が楽になった。でも、まだ立ち上がる時、痛かった。レディガガのコンサートに行ける状態ではなかった。午前中、Nさんのたっての提案で、ロータステスコに行って、5台目のTV(29インチ液晶)+ビデオセットを買った。7時半の開演なのに、午後2時ごろ、タクシーを呼んで、国立スタディアムに向かった。比較的スムーズに着いた。遅い昼食を取った後、スタディアムの周囲をぶらぶら散歩した。腰は、いくらかの違和感を残して、まったく痛みを感じなかった。

    レディガガには死んでも行くぞという悲壮感は杞憂だった。ぼくは、コンサートの時間まで、きっちり腰痛を治すもんなあ。で、「モンスターひかる」と呼んでもらいたい。

    帰泰後2度目のマッサージ院が激効果的だったのだ。あのちょっとハスッパな美人になる一歩手前のマーサージ師に感謝。彼女 実力がある。

  • DSCN6579gaga_cosplay.jpg


  • 実を言うと、レディーガガを見るまで、ぼくの彼女への印象はいいものではなかった。ぼくの中的には、有名ではあるが、胡散臭い奴であった。スタディアムの周囲に群がる男女のコスプレも、、面白いけど、いささか悪趣味だと感じた。彼女が、バンコクのドンムアン空港に自家用ジェットで着陸して、第一声が「タイランドの『女イチバや偽ローレックス』を見たり、買ったりしたい」だった。一部の新聞は当然噛み付いた。タイランドを侮辱したというのである。タイ国の有力者が、レディガガ・コンサートの切符を買ったが、タイランドを侮辱したので、ボイコットを呼びかけた。ガガの来泰以前は、インドネシアで公演中止になった。イスラム系はキリスト教系の宗教団体はボイコットを呼びかけていた。バンコク警視庁は、戒厳令のような体制でテロに備えた。

    昨日は、朝から現地のTVはずっと「レディガガ」という名前をがなっていた。タイ語がわからないから何を言っているのか分からなかったが、たかが26歳の一歌手・ダンサーなのに、この大騒ぎの秘密を知りたくなった。

    このあたりから、ガガへの好感度の期待が高まり始めた。これ、乗せられているのかも知れないと思いつつ、楽しみになってきた。腰痛にもかかわらず、死んでも行くぞと思った背景にはこういう思いの変化があった。

    スタディアムの正面に舞台にして、芝生のグラウンドに板を敷いて立ち見席とし、椅子の客席も含めて5万人が集まった(数えたわけではない。警視庁の予測数に過ぎない)。ぼくは、グラウンドの正面に位置どった。舞台に近いにもかかわらず、ガガがとても遠く感じられた。

    時間きっかりに(国歌斉唱がある)始まった。最初は、キーボードの弾き語りだった。早くから位置どりしている人たちの陰で、よく見えないし、音量が大きすぎて、何がなんだか分からなかった。あ、ぼくのガガの歌の予備知識のレベルは、2,3聞き覚えがあるだけで、まったくといっていいくらい、聞いたことがなかった。あえて予習はしなかった。予断なしに聴こうと思ったからだ。

    中に30分ほどの休憩で、なんだか間延びした時間を感じた。期待はずれ。金を返せとNさんにだだをこねた。後半。何十曲歌われ踊られたことだろうか!2時間たっぷり休みなしにガガは舞台で暴れまくった。お目当てのセクシーな場面も、卑猥なセリフもふんだんに込められていた。いつしか大音量(スピーカーの発する音波の風圧で帽子が飛びそうになる)に慣れたせいか、ガガの英語に慣れたせいか、ほとんどが理解できた。

    息も絶えだえに、ガガが語った。「愛はコミュニケーションであり コミュニケーションは音楽 わたしはここに来て バンコク タイ人を愛することができるわ あ~~~わたし なんてくさいセリフを語っているのかしら 言いたかったのは ファックゥ~~~~」「わたし タイランドの治安のいいのに びっくりしたわ だって わたし トイレにいる間 だれも入ってこなかったわ」などなど。終りの方で、彼女は、汗を拭っているのか涙を吹いているのか、息が上がっているのか涙で声を詰まらせているのか、そこは見極められなかったけど、タイ国はすばらしい、愛している、また来たいと繰り返し叫んでいた。その度に「どうしたのかしら 馬鹿なことを言ってるわ わたし」と付け加える。

    息も絶えだえに、くさいセリフを連発するガガなのに、そこから次の演奏に入るととたんに、音程も音声もしっかりしている。生演奏が信じられない。機械操作だとすると、絶妙なタイミングで操作が行われていることになる。シームレスなのだ。どっちであれすごい!

    ぼくはというと、最初は恐る恐る身体を動かしていたが―練習の通り、皇族がなさるように ゆるやかにうなずき ゆるやかに笑顔で拍手を―、次第に、動きが激しくなり、隣の白人娘と同様に全身で踊っている「モンスターひかる」がいた。が、この「モンスター」は最後には板の上にへたりこんでしまったが、多少、言い訳がましいことを言うと隣の白人娘もへたりこんで座っていた。しかし、舞台の「モンスター」はいつまでもいつまでもあの手つきを繰り返していた。すごい!

    休憩30分を挟んで、3時間。外に出てもタクシーは捕まらない。延々と歩いた。大通りに出て、通りかかったバスに飛び乗った。バスで、その大通りを西に走れるだけ走って降り、そこからタクシーを拾って、帰宅し、そこからポコアポコを駆って、近所のイチバに行き、おかゆと幾つかの惣菜を頼んで、遅い夜食を食べた。

    自分の部屋にもどったのは午前2時だった。

    補遺)次は6月のジェイソン・マーツ。

  • DSCN6592ko1&big.jpg


【写真:大画面のNさんとモンスターひかる; このコスプレの男がガガの目に止まった幸せもん; 3チャンネルの人気スポーツキャスター・ビッグジャさん。この人がモンスターひかるとそっくりと評判になっているが・・・】


Last updated 2012.05.26 21:19:15
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2012.05.25

ようこそ熱帯魚

  • DSC_0837fish tank.jpg


昨日、Nさんが強引にぼくを誘って、サマルアンソンイチバに行った。このイチバは、広大な駐車場を持っていて、群小の金魚、鯉カープ、淡水熱帯魚が売られている。Nさんは、喪った鯉カープの痕を埋めようと決心した模様である。彼女は、ぼくの部屋に入ってきて、突然つぶやいた。ぼくはベッドで腰痛に苦しんでいる。

「何かが 欠如してるのよね 何かが この美しいおうちに」

そうかい?ぼくには十分すぎると思うけど 

「いいえ ひかるぅ 鯉カープを わたしいかに愛していたか 今わかったのよ あなたに思い出させて悪いけど」

・・・・

「ね サマルアンソンに行きましょ 大きめの水槽を買って そこに何匹か泳がせましょ」

今でもね N ぼくは時々涙ぐむんだよ 鯉カープの死は われわれ旅の安全の犠牲だよ N 覚えてる? 君が浅草寺で引いたおみくじ 「凶」と出たね で もう一度引いたら また「凶」だったね 妹のIが 君の落胆を見て 走って行って 社務所でお守りを買って それをNに上げたよね お坊さんの言うには 2度引くものじゃないと そのおみくじを所定の場所に結んで お返ししたことを 覚えてる?

「もちろん 忘れられないわ 二度とも・・・ほんとに怖かったもん お姉ちゃんに感謝よ 大切にショルダーバックに結んであるわ」

あの二つの「凶」が 鯉カープが引き受けてくれたんだと思う だから ぼくは鯉カープはしばらく 飼いたくないんだ

「わかったわ ひかるぅ そういう風にものごとが繋がっているのね でも この美しいお家を もっと美しくしたいのよ 行かない?イチバに?」

よし 行こう 立てないんだ 手を貸してくれ

痛い腰をかこちながら、Nさんの運転するシェボレーに乗った。そろりそろりと イチバを歩き回った。ぼくの欲しい魚は青色の熱帯魚である。イメージは海にもぐってサンゴ礁で見かける奴。でも、ここには淡水魚しかいない。Nさんは、あちこちで10年の友達のように店員・オーナーと話し込んで情報を集めてくれる。まず、水槽のシステムを買う店を定めた。そこを拠点に魚探し。結局行きつけの魚屋で、ネオンフィッシュ、オレンジ??、 薄いブルーのなんとかなんとか、そしてなんとかxxxの4種類の魚を1000Bほど買った。水槽も買った。種類の基準は、棲息水位の棲み分けである。はいつくばる魚、底の方に泳ぐ魚 中層に泳ぐ魚、そしてオールラウンドに泳ぐ魚。

このほかにたくさん座布団やクッションを買った。これにはある目的がある。

帰宅して、新しいシステムをゲストルームに設置するのにNさんは、働くは働くは。若いんだなあとぼくはソファーに横になって眺めているだけだった。そこで分かったのだが、Nさんがイチバでぼくを車に座らせて、どこかに消えた瞬間があった。家で、黒と黒赤のブチの出目金を買っていたのだった(出目金の他に蘭の花も)。従来の金魚は非常に狭い水ばちに泳がせていた。それを鯉カープ12匹が泳いでいた水瓶に移し、出目金もそこにリリースした。元鯉の水瓶は重い物で、Nさんにはとても手に負えない。しょっちゅう巡回しているお巡りさんを捕まえてきて、設置した。

座布団をゲストルームに敷いて、部屋は完成!熱帯魚の水槽は明るく美しい。Nさんは、すっかりご満悦の様子。

座布団をたくさん買った訳は、土日にNさんの友だちが泊まりに来るからだ。その友だちは一人かと思った。ところが、何人来るか分からないというのだ。それで、何人かの友だちの家族のために、ディズニーでの買い物のビニール袋に、何か小さなギフトを詰め込んでいる。数がわからないのによくまあ そんなギフトセットを作れるもんだと思って眺めていた。ノイさんのお客の接待でも感じるのだが、いったいお客が何人来るのかわからないという状態が普通のようだ。今まで、お泊りしていったのは、遠来の日本人に限られた。初めてタイ人のお客が泊まりに来る。賑やかなものになりそうだ。

大勢のタイ人の中に一人居ることにすっかり慣れているぼくである。

もちろん、熱帯魚新設と金魚の移設、そして座布団の買い込みなどは、この客を呼ぶための準備である。


あ、そうそう、 ぼくは熱帯魚を飼うのは、生涯で初めてである。


Last updated 2012.05.27 09:57:18
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