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猫が大きくなってきました ![]() 長男 今日で生まれて3週間経ちました。 今だ仔猫の住まいは押し入れの中で ぷりがガッシリガードしているので お部屋に出す事ができません。 ![]() 2週間目くらい 毎日見る度大きくなります。 3匹はもう生まれながら性格が3匹3様で 長男・・・強くてヤンチャ 長女・・・おとなしくて小さい 次男(うんこちゃん)・・・のんびり ぷりしらは赤ちゃんの時、毛並みがウサギのようにツルツルで とってもキレイな子だったのですが (今はオバサンだからそうでもない) 唯一の女の子はぷりに似て1匹だけツルツルしてます。 ![]() 赤ちゃんの時のぷり ![]() ぷりの長女 あと1カ月ぐらいたったら、ぷりっぽくなりそうな予感 性格的にはそれぞれ個性が出てきているのですが まだ命名していません。 2匹はよそに差し上げなきゃいけないし、名前つけちゃうと 余計後ろ髪惹かれちゃいそうで・・・。 「子を嫁に出す」とはこんなにも切ないものかと 猫から教わった次第です。 ![]() と、どうしても子ねこに注目してしまうので 4月にやっと2歳になるパパのグー太郎はジェラシーなのか? 退屈もしているらしく、こんな目で見てたりします。 ![]() グー太郎 もう少し大きくなったらまたUPしてみます。
東日本大震災から1年の今日 Tvで1日中、震災特集やってますよね。 もちろん、今日は日本中が喪に服すべき日だし 被災に遭われた方に少しでも、何かお手伝いできないか? 改めて気を引き締めるべき日です。 今、津波のシーンとかずっと放映されているのを見ていました。 あるシーンではすぐ後ろの津波からギリギリ逃げた人と 飲み込まれてしまった為に、モザイクかかった人と両方映っていました。 もちろん飲み込まれた人の事は番組では触れません・・・。 すごく苦しくなりました。 そして、ハッとしました。 「これをずっと見ていたら、またこちらも震災ウツになる」 まだまだ復興しない東北地方があること 癒されない傷を抱えた人がたくさんいること そんな方たちの気持ちに共感することは最重要です ですが、支える側の人間が画面を通して 二次被害的に鬱になる方も沢山いました。 3月11日の今日が終わるまで震災特集は終わりません。 被災地の方へのケアもまだまだ終わりません。 お手伝いすべき私達があまりに落ち込むわけにいかないのです。 ちょっとヤバいなと思われた方は 気分転換するために、チャンネル変えたり お風呂入ったり、誰かとお話したりして下さい。
実は昨日の午前中に ぷりしら(7歳=人間年齢・44歳)が出産しました 一昨日ぐらいから 「腹いてぇよ~なでてくれよ~」 としつこくて、こちらも一生懸命介護してました。 結局、翌日(昨日)午前中2匹出産しました 高齢で初産ということで私の方が神経質になってて 1匹目誕生から、1時間後に2匹目が生まれ 生まれても最初2時間オッパイ吸う様子がない事や (猫の出産注意点によると) 「母猫にご飯食べさせて下さい」とあったのに ぷりが産後はご飯食べに行く様子がなくて 知恵袋系にガンガン質問したりしてました。 でもご飯差し出したらガツガツ食べたし 10分ぐらい休憩したりしてたので 「あ~ そしたらびっくり、今日の夕方33時間後に 3匹目をプチうんちと共に産みました ![]() 左から、うんこちゃん・第1子・第2子 動物病院のエコーでも2匹しか映ってなかったし 2匹産んですっかり落ち着きはらっていたし ぷりは高齢だから2匹で打ち止めかと思ってたので 3匹目いた事自体ビックリ そんな時間差で生まれるもんなんですかね?! 「もう死産じゃないか なんか一番でかくて一番元気みたい 真打ち登場と言う感じ 3匹目生まれるまで3回も ぷりにご飯食べさせちゃったので イキんだ際にうんちと共に生まれた 背中にひとウンスジ付きで。 ![]() 産後「悦」のぷりしら 生まれる前から、姉が欲しいと言っていて すでに命名済み。 ラグドールは米国産猫なので命名「グラミー」 メスを1匹残そうと思ってたのですが 一応、血統書つきなので動物病院とかにビラ貼らせてもらうと 結構すぐ貰い手見つかるそうです。 怖くてまだ赤ちゃん性別ちゃんと見てないのですが この「うんこちゃん」を飼いたい気がする。 まぁ思い起こせば、グーもベランダから落ちたのに 生きてたおかげで出来た子だから3匹とも強運かもしれないが あれは対価交換だったのか?と思ってしまった。 ![]() こっそり側に紛れ込むグー太郎 うんこちゃんは一足出遅れビックリな仔だけど 一番力強そうだし「生きていた」だけで強運 でも安易に「イマル」とか命名するつもりないです。 ![]() 第1子のアップ ちなみに今日は義母の79歳の誕生日で 「ママ大好き 「ママと猫と同じ誕生日だ 喜んでバースデー電話し猫出産の報告をしたら 「おめぇ~らこそ、いつ産むんだ!!っぺや」と 茨城なまりで言われたらしい 田舎の義母には猫バカ炸裂電話は通じませんでした。 相済みません、そのうち人間も頑張ります
お顔が傷だらけの故人様の仕事をした。 「隣の県に知り合いの仕事を手伝いに行く」 と親戚に告げたその夜に亡くなったらしい。 死亡したのは、その仕事を終えた後のようだ。 仕事に行き、仲間と別れた後なぜかなじみのない隣の県のド田舎で 亡くなってしまった・・・。 「お金がないから状態悪いけど特殊メイクも納棺式も結構です」 というお仕事 お目にかかると故人様はけっこう気の毒な有様だった。 額と鼻のてっぺんにザックリとキレたらしい大きなカサブタ。 左のこめかみから瞼にかけては緑色に腐敗変色。 右の頬には一番深い傷であろう所を大きなバンソウコで隠していた。 そして耳からの微量出血が気になった。 頭の中でどこかが切れているのかもしれない。 脳内からの多量の出血の場合は それが血抜きになるので腐敗は進行しにくい (鮮度を保つ魚 だがこの方はすでに腐敗が始まっており、フワ~ンっと腐敗臭もする。 亡くなった姿で発見され、検視され犯罪性がないとされると 医師の死体検案によって死体検案書が作成される。 故人様が発見されて、検視が終わり身元が判明 そして自宅に帰れるまでスムーズにいけばマル2日くらい。 季節の兼ね合いもあるが、やはりドライアイスで冷却されないと腐敗してしまう。 「臭うなぁ…変色も傷もあるけど…」 サッとメイクするだけしか承っていないので 傷を隠したり、消臭したりのサービスができないところがジレンマである。 その辺はやはり、ちゃんとお金を頂いて処置するご遺体と 同様のことをするのはマナー違反になるのかもしれない・・・。 直接の死因は例えば「脳挫傷」「心不全」とかの判断は解剖すれば判断つく。 でもなぜこんなに外傷を得たのか?の経緯がわからない。 今回は犯罪性が認められない為「死因不明」とされてしままだった。 傷だらけになって亡くなっても、検死の結果は 「事件性がないので死因不明」で片付けられた。 故人様もしかしたらチン●ラに絡まれたのかもしれないし クラッときて顔からヒックリかえって亡くなったのかもしれない・・・。 2時間ドラマだったら早速誰かが 「お父さんがそんな所で死ぬわけない!」 とか言ってこのミステリーを探求しに行くのだろうが 現実にはそんなことありえないのだ・・・。 こんな方こそ「行政解剖」をする対象者なのだと思う。 それを手がけなかったのは 解剖費用の問題か? 検視官の人手不足か? 県をまたがって管轄地外での問題か? その事情はわからない。 でも亡くなっているあまりにも痛々しいその姿から 原因不明で終わらせることに 全くしっくりこない事だけは事実だ…。 ------------------------------------------------------------ 平成9年「結婚詐欺女」容疑者として木島佳苗が検挙された 練炭で男性3人を殺害したとして、殺人罪などに問われている事件は 謎の死をとげた何名かの男性達は直接の死因こそは解明されている また容疑者の動機も充分だ。 だが一切認める供述をする様子はない。 何より驚くのは木島容疑者が 「私は絶世の美女ですから」とあまりにも堂々とした発言だ。 「女性が付き合っている男性から経済援助を受けるのは当然と思っていた」 「はい。具体的には……。テクニックよりも本来持っている機能が高い、と」 ![]() 真実を告白させるのが本来の目的なのだが あの態度から、彼女の中の自分像は彼女にとっては真実なのかもしれない。 日本1億総人口の代表として、もしモノ申して良いなら 「その根拠ない自信の秘訣は何ですか?」 「最低30キロ痩せて9号サイズになってから言って下さい」 「写メは偽造罪に当たらないのですか?」と聞いてしまうかもしれない。 ![]() でも残念ながら私は男性にそこまで尽くされた事言われた事もない。 女性が思うより男性はポッチャリの範囲が広いともいうし…。 この人の堂々たる発言を前にすると、今まで自分たちが信じている 価値基準が震撼させられてしまいそうになる。 「美人は3日で飽きるが、ブスは…」とは本当はゲシュタルト崩壊の事ではないだろうか? このニュースを見たあるお父さんが 「まぁかわいげのある顔だな・・・」とつぶやいた こんな事例を知ると本当に揺らぎそうになってしまう。 (韓流アイドルもこうして作られるものかもしれない) 【圧倒的な自信】を突き付けられると 人間は「そういうものなのかな」とつい流されてしまう。 自己判断はこうして揺さぶられるものだ。 ------------------------------------------------------------ 医師不足は生きている方対象のお医者様と同様に 亡くなった方を診る検察医務院の医師も大いに不足している。 そして解明されないままその死が記憶の底に閉じられていくことなど ざらにある事なのかもしれない。 故人様はメイクの2日後に納棺になった。 故人様に対面すると先日と反対側の目の周辺も 緑に変色し、更に臭いがキツクなっていた 今日は納棺式をしない【納棺だけ】との話で来たので化粧直しはできない。 顔の周りの飾りの綿でなんとな~く変色が目立たないように飾り付けすると 「わぁ、なんだか寝ているみたい」とご親族 私から見ると顔色はますますの緑色だし臭ってる。 私がその変化を気に病む以前に身内の人にしてみれば もしかしたら「もう少し何とかしたい」という 希望を言う権利がある事すら今は気がつかないのかもしれない。 今は変色しようと傷があろうと、穏やかな表情をしている事に 安堵を見出しているから。 亡くなった人のお顔がきれいかどうかで 残された人の心が少し救われるのは、穏やかなお顔である事が前提。 それ以前、どんなに苦しい病床や状況にあったのかを 一瞬忘れる事ができる…それはとても大切なことだと思う。 だが、幾ら穏やかな表情をされていても もう目は覚まさないし、起き上がることはないから 亡くなっている事実はじわじわ突き付けられる。 葬儀中は平素の精神とはやはり違う。 葬儀が終わり日常に戻った時初めて 「身内の死はなんだったのか?」振り返ることになるからだ。 どんな事情があって、顔に大けがをしたのか?そして亡くなったのか? 一般市民には知りえる事のない国の機関に 「わかりません」と言われたら 「そうかわからないのか…。」となるのは 判断力が鈍っている時だから全て委ねるのは仕方がないのかもしれない。 そしてその真相追求に踏み切れない明確な理由は ・・・家族と言う形態が終わってしまった家族だったからかもしれない。 故人様は離婚して一人暮らしをしていた。 葬儀には元妻や息子や娘も来ていたがそれぞれ独立していた。 故人様の死以前に、何かが終わってしまっていたのかもしれない。 不安な人は強いモノに飲み込まれる。 それは時に権力だったり、圧倒的な自信だったりと様々なものに。 相手が大ウソつきかもしれないのに 「もしかしたら自分が知らないだけでそういうモノなのかも…」と 価値観が覆されて、考える事を止めてしまう。 心に力がある時は、誰しも色んなモノに取り込まれないように 戦っていると思う。 だが疲れている時や平常じゃいられない時は 不安を払拭してくれる人が必要になる。 時に聞きたくない真実をお互いに愛をもって指摘しあえる程の 本音で語れる相手こそ支え合える人だと思う。 そんな人がいる事で人生に立ち続けられる力になる。 ゆるぎない真実を感じさせてくれる何かを 持てる人はきっと最強だろうと思えるのである。 もしこのお仕事とこの事件の共通点を強引にあげるとするなら 「事実から目をそらしていないか?」 と言う人がいない事かも知れない。 なぜなのか揺ぎ無い自信を持つ木島容疑者は恐ろしく持論がブレない。 被害者もご遺族も茫然自失で何かに流されているように いや真実を見ないようにしている気がした。 いわゆる家族崩壊した状態でお金が出せないとは言ってても ご遺族の様子から故人様に対して愛情がない訳ではない。 別れた元妻でさえ、親族と共に故人様の死を深く悼んでいた。 残念なのはお互いに支え合える家族ではなくなってしまっているという事。 これからご遺族たちには長く故人様に対して ぬぐいきれない悲しみが続くのではないかなと案じてしまう。 【 今日の教訓 】 希薄さは判断を曇らせる
ここ最近【光市母子殺害事件】と被害者遺族の本村氏の事を考えていた。 解決する日々の間 「あの事件はどうなったんだろう」と頭をよぎる方もいたと思う。 そしてマスコミに表れるたびに確実に成長していく 本村氏を、この事件の終結を13年間緊張しながら見つめていた人は 日本中に沢山いると思う。 事件のあらましは報道の通り、死刑が求刑された。 最高裁判決全文 そして本村氏は加害者と司法と社会正義に対して 堂々と渡り合える人へと驚くべき成長をされた。 「時間が最良の相談相手でした…年を重ね色んな事が冷静に見れるようになってきました」 「死刑判決に勝者はなく、犯罪が起こった時点で皆、敗者です…」 この13年戦ったからこそ吐き出せる言葉であった。 少なくとも私は本村氏に何かを期待し続けてきた。 悲劇の渦中にありながらも、惑う事ない本村洋氏の強さとぶれない一貫した生き方にだ。 ------------------------------------------------------------ 悲嘆感情・グリーフケアの研究の為に「遺族会」的なものに参加させてもらった事がある。 様々な遺族の方が、ぬぐいきれない悲しみ苦しみを告白し合い 感情を分かち合うという会だ。 参加したその会では、いわば【死因・年代別カテゴリー】などに分かれている。 それは初対面でも、似たような体験をした者同士 「悲しみを共有できる人がいる」事を知り孤独からの回避につながる為にだ。 だが犯罪被害者の場合は圧倒的に少数派。 犯罪被害者の場合は難しくて対応出来ないそうだ。 遺族感情によくある感情の一つに 根拠がないとしても「自責の念」を抱くという問題がある。 犯罪被害の場合、自分を責めると同時に現実に許すまじ相手が発してしまう。 同じ遺族という立場でも、支え切れない、感情的にあいまみえないものを抱えている。 「怒り」と言う感情は「悲しみの隠れ蓑」である。 その怒りを永遠に払しょくできなければ、その奥にある他の気持ちを消化できない。 私が介入した事例では 遺族の皆さんは頭が真っ白の状態になっていた。 または犯罪の疑いがあれど、追求しない遺族もいた。 自殺者が出た家族でも、その原因が家族関係にある事を顧みようとしないケースも…。 猛烈な悲しみと怒りだとしても 1歩踏み出し13年歩き続けたのは 偉業だと思えてならない。 ------------------------------------------------------------ 本村氏は 「なぜこの事件が世間の皆さんに関心を持って頂いたのか今でもわからない」 と言っていた。 世間がこの事件から目が離せなかったのは その凄惨な事件内容による怒りや同情・断罪の気持ちだけではないと思う。 一つには 「自分にも当てはまるかもしれない問題」だったと言う事。 何が「最良の判決」なのか判断付けられない本件は 全国民にも関わる命と安全への法律改定要求を含んでいた。 そしてもう1つ 「ゴールの見えない戦い」をする本村氏から目を離せなくなったのだと思う。 比喩すると失礼にあたるかもしれないが・・・ 某有名映画、○○○ポッターなどメガヒットする作品は大抵 自分と重なる部分がある主人公が冒険し試練にぶつかりその度成長する。 “ヒーローズジャーニー”(英雄の旅)というストーリー法則に上手く則っていたからである。 「自分は無力です」という本村氏は、どこにでもいる日本人であり特別な人ではなかった。 だが偶然にも人の心をつかんで離さない(英雄の旅)を歩むことになったのである。 人はやはり共感できるものに同調する事で、自分を意識する生き物だ。 誰もができる事ではない戦いに挑む「自分と変わらない人に」 アイデンティティを重ね思いを託すのは当然だろう。 判決の日のインタビューとこの13年を通して私の感じた所は 信念を持つこと 指針を信じること 社会と他者の為にもなるものであること 冷静に見ること 自分のしていることを信じること まるでビジネスでの成功法則にも通ずる気がする。 人間は経験を重ねて、自分を作り上げていく。 情に流されず、情熱は消さない。 世の中はグレーな世界で成り立っているかもしれない。 でも迷いそうな時、本村氏を奮い立たせて白黒つけたのは 「天網恢恢疎にして戻らず」の胸に刻んだ言葉と仲間と言う存在なのだろう。 ------------------------------------------------------------ 遺族会には、長い人はもう15年も来ているという。 主催者側曰く秘密裏の認識は、やはりここに来る人は「依存体質」なのだそうだ。 平安な心の幸せを取りもどしたくて来ているハズではないのか? でもここは居心地が良く、いつまでも「悲しみの感情」を吐露できる。 何年でも全てを受け止めてくれる「優しい場所」。 急がなくていいし、必要な時期・必要な人には入るべき場所だと思う。 だが少し残念に思うのは、優しさに甘んじるだけの人は成長しにくい 下を向き続ける人は辛い現状を維持し続けてしまう。 亡くした者がいる現実を受け止めないからである。 現実を受け止める事は、変化しなければいけないという事。 必要なのは 「じゃあどうすれば・・」という行動に通ずる問いかけ なのだ。 そして新たな生活をどのように生きるか模索することが その人を成長させ、心の平和を取りもどす道となる。 本村氏が踏み出した「小さな1歩」でいばらの道に踏み出した。 今、厳粛に受け止めたいわゆる「勝利」とも言える判決と 氏自身の心の旅で多くのモノを得た。 「なにもしなければ始まりませんし、小さな一歩でも何か始めることで社会は変わるという事が実感できた」 人は一生懸命な人を応援したくなるものだ。 本村氏は司法と戦った。 犯罪被害者でない多くの遺族は自分と戦う事になる。 だが歩みだせば必ず賛同者は現れる。 生きるヒントをくれる機会やチャンスにも恵まれる 逃げなければ必ず勝てると言う事。 その時、その人は語るべき言葉を持てる人になる。 うつむくのを止めたいと思える時がきたなら 死したその人に誇れる心の平安を取りもどして欲しい、という事だ。 ------------------------------------------------------------ 本村氏は青年期に持病で生死をさまよっている。 その病院内での友人の死にも直面している。 そして妻と娘の惨殺という悲劇にもあって 若くから【死】に近い生活をしてきた。 その本村氏が死刑求刑を望んだのは 命がそれだけ重く尊いものだと知っていて その価値を知るには命を持ってしか、贖罪することができないと考えたからだ。 誰よりも確たる「死生観」を培っていった。 だからこそ、愛が貴重であるとも知っていた。 本村氏のぶれない心の根底には、 死生観から得た 「家族への愛」と「普通であることの幸福」という 誰でも持ち合わせる事の出来るものだ。 そして今後は 「まずは自分自身が幸せになること 家族が幸せになること 社会に迷惑をかけず、被害者がいつまでも下を向いて 事件の事だけ引きずって生きるのではなくて 事件の事を抱えながらも前を向いて、笑って、自分の生活を 人生をしっかりと歩んでいく事が大事」 と完全には癒える事のない悲しみを抱える人が語る。 犯罪被害者として普通の人に望むことは 「何事もなかったかのように普通に接してくれる事」 「普通」とは「幸福」と言う事なのである。 ------------------------------------------------------------ 全人類が必ず誰かの死に直面する。 そしていつか自分も必ず死ぬ。 近年はこの死生観に関しての書物が多く出版されるようになった。 ベストセラー「死ぬときに後悔すること25」 エンディングノート系の終活関係の書物も多数ある。 悔いを残さず充実し、誰にも迷惑をかけず思い通りの終わりを迎える。 それは素晴しい事だと思う。 だが訪れるであろうその時に備え、最も必要なのは 己の真の死生観を理解しておくという事だと思う。 こんな例がある。 生前「俺が倒れ、もう快復しないなら延命治療はしないで欲しい」と 再三言っていた男性がいた。 いざ本当にそうなった時、妻は希望通り静かに最期を迎えさせるつもりでいたが 寝たきりで、もはや土壇場になり 「まだ死にたくない」と望んだそうだ。 幸いにも経済的にそれが許され 3年間病室で寝たきりでありながらとしても、満喫した人生を全うしたそうだ。 自分の本当の心というのは、それに直面した時にこそ表出する事もあるのだ。 自分が表面上正しいと思っていた事と、本心が望んでいる事とは真逆な場合もあるのだ。 重要なのは、自分の真実と向き合わなければ本当の幸福は得られないという事である。 マグニチュード7級の首都直下地震が今後4年以内に 約70%の確率で発生するという予測もあった。 この予測は都市伝説かノストラダムス級の予言レベルである事を願うものだが 備えるべきは 「いつかは必ず死を迎える」という意識と 「だから今、自分はこのように生きる」という幸福感の主軸だと思う。 【今日の教訓】 「正気のうちに死生観を見つめておく」
今年ももう2月。 今年の抱負は昨年の反省を踏まえる事にした。 昨年は私的にも大変だったので、記憶に残る1年であると同時に 今年にかけてのお灸的抱負を頂いている。 お題は「命とお金」に関して。 「意味のあるお金の使い方をしよう」と「今、この瞬間に命を十分に生かそう」だ。 我が家には今2匹猫がいる。 そのうち1匹、オスのグー太郎(1歳8カ月)はかなりヤンチャだ。 ![]() ヤンチャすぎてベランダの塀から落ちてしまった・・・ 我が家は8階 2階にマンションのエントランスの屋根部分が真下に飛び出していて 実質7階分の高さを落下した; グーは脱走癖が4回。 逃走防止に両隣りに行かないようベランダの塀を 飛び出してまで100均アミで囲ってある。 「飛び越えたらでイケるかもだニャー!」 と無謀にも思ったのか? 日中、洗濯するのに油断して窓あけっぱなしにしてた。 「なんか静かだ」とフッと窓の方に目をやると グーが塀から失敗して落ちる瞬間だった。 「ギャーーーーっ」 て言ってベランダに飛び出し見に行くと グーは真下のエントランスの屋根に落ち終わった瞬間で 足を引きずりながら隅っこの見えない所に行ってしまった。 「グーが落ちたぁァアー、グーが!グーーがあああぁ!」 と半狂乱の私に対し寝起きの旦那はその瞬間を見ていない為、妙に冷静。 それに腹を立てながら共にスッピンにジャージでグチャグチャの髪に ダウンをはおり、血マナコで2階に下りて行った。 でもエントランスの屋根は住人が登れるように出来ていない。 そこに行くにはエントランスとつながっている2階の住人のベランダから降りないと 行けない。 2階のフロアを順にまわり、3件目でやっと在宅してたお宅の奥さんに泣きながら 「すみません~モノ落としちゃって~」「てかっ、猫なんです~」 とお許しを貰いお邪魔させてもらった。 今考えるとなんで私がやらされたのか?だけど 2階のお宅のベランダをまたぎエントランスに降りる際 動揺して脚がおぼつかずゴデッと私もエントランスに落ちた。 「キャー大丈夫ですかっ!」 との2階の奥さんのビビり声に愛想笑いも出来ず、半泣きでグーを探すと 2階のベランダとエントランスの屋根の間に50センチほどの隙間があり 一番端のお宅のベランダの下に見た事ないような 挙動不審の眼と半開きの口でグーは固まっていた。 ホフク前進でもぐりこんでつかまえて、2階のベランダ内にいる旦那に猫を渡すと 旦那は私をベランダに引き上げてくれる事もなく、サッサと行ってしまい 私は「後日ご挨拶に来ますっ」と泣きながら退散させてもらった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 不思議なものでこんな時アクシデントは重なるものなのか? グーをバスタオルでグルグルに巻き、猫かごに入れ半べそ掻きながら タクシーを待っていると 赤い服を着た太いマルチーズが1匹で歩いている・・・。 『いつタクシー来るか?グーはどうなっちゃうんだ?』 と不安と恐怖でいっぱいなのに意識は犬に・・・。 なぜならば、どう考えても犬の飼い主が見当たらない。 あの赤くて太いマルチーズは迷い犬中だ。 「おいで!」て呼んだらなんかニコニコしながら?赤マルチーズは来た。 既にタクシーに乗り込んだ旦那が 「ナニやってんだ!置いてこいっ!」とブチ切れ絶叫。 でもグーも大事だが、この赤マルもほおっておいたら保健所行き。 「無理っ!置いてけない!!」とヤリあっている時 おそらく同じマンション住人らしい、これまた別の奥さんがいたのを捕まえて 「すみマセん~この犬迷い犬らしぃンんんですけどぅぉ~ ド~しても今行かなくちゃぃケなぃノデ~ 後カラ迎ぇに来ルかラ預かっテテ下サぃ~」 と完全メンタル不全でヘロヘロしながらにお願いした。 自分はどこの誰かもテンパりすぎで名乗らないのに この親切な奥さんは9階の住人だと部屋番号教えてくれた。 無茶なお願いでも弱ってる時って、人様は助けてもらえるモノのようだ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ で、グーの結果は・・・・超・奇跡的に助かった。 全治2カ月の骨折のみ。 動物病院の先生曰く、風向きが良かったのか? 落ちた際に浮力が効く事もあるらしく 速度が一定になり、強い衝撃を避けられたのかもしれない、と。 人間で言うと両足の甲の骨が1本ずつ骨折と顎の下すりむけただけで 他外傷がないとの事。 興奮してるためか、肝臓の数値が跳ね上がっており 念のため30日まで入院させることにした。 治療入院費、計7万4千円+交通費+2階の奥さんへの菓子折り代 かかることになった。 そして例の赤いマルチーズは 9階の奥さんが私達が行っちゃった後 30分くらい近所聞き歩いていたら 何か探し歩いている風の親子に出会い飼い主と判明。 無事引き渡してくれたそうだ。 この日、12月24日クリスマスイブで結婚記念日の出来事である。 ![]() 年末に私の父が具合悪いと聞き、正月は私の実家に行くか? 迷っていたが呑気な母も「別に来なくて大丈夫」と言うし 私も「パパより猫の方が可愛いから行かない!」 と言ったからバチ当たったのか?結局散財した。 でもこの出費は我が家にとっては【生き金】になった。 もちろん飼い主として大反省が前提だが この対価で「気付き」と「思い出」ができたからだ。 猫は大けがしたが、風向きや2階や9階の奥さんがいてくれた 様々な偶然のおかげで 「この程度で済んだのだ」と感謝できた。 今までどれだけ自分がペットに幸せと心の安定をもらい 同時に深く依存しているかがわかってしまった。 重要さと反省と自分の立派とは言えない価値観まで知った事実。 だからこそ、Now&Hereで猫との今を より大切にできるようになったし 支払った金額より、得た感情は多いと思えたから 「生き金」だと感じるのである。 もし死んでいたり、重症で助からないのなら? 回復の見込みない重症なら安楽死を選んだだろう。 もちろん一生の後悔になったと思う。 でも寝たきりになるのだったら? すぐには決断できなかっただろう。。 猫がそんな状態で生きながらえる事は現実的には厳しい。 金銭的にも肉体的にも飼い主である自分が困窮する事になる。 だが、その命をつなぐことは 【私の心を殺さないため】にかかるお金になる。 それは本当に正しいのか? 自分のエゴじゃないのか? 動物は自殺なんて観点ないから、どんな状態でも恐らく「生きたい」と思うだろう。 でも寝たきりで動けなくて、思うように生きられない 意思も伝えられない猫の幸せはどこにあるのだろう? そして猫じゃなくて疲労してきた自分と向き合う事になる。 今してる事は良き事か?と。 ・・・正解のない答えを出す事を迫られる。 飼い主には総合的に幸不幸も冷静に判断し決断する責任も荷っている。 だからいつその時が来ても、それ以上に思い出として残せる 「幸せなあの時」をいつでも「いま」沢山残さなければならないし その為に使う道具がお金なのだと思える。 ![]() 日常生活で私達はあまりにもなにげなく小さな幸せを買っている。 人はお金を使う時人は少なからず考える。 必ず無意識に損得勘定をするからだ。 お金を通して自分の人生と向き合う為にはそれは必要な思考だ。 人生はそうした小さな選択の積み重ねで出来ている。 人の真価をお金という面から計るなら 私は貯蓄額よりも消費の仕方でわかるものだと思う。 お金は道具だ。 幾ら使ったかではなく、どのように使ったかの方が重要だと思えるからだ。 その内容が豊かな消費であったかどうかを測るのは それが何年後であったとしても 「良かった」と思えるかどうか。 ただの消費を投資にするにはいつかその内容に 「感謝」を抱ける日が来る事であると思う。 グーは12月30日に退院し、ゲージからビッコ引きながら脱走して歩き 年明けには嫌がるメスのぷりしらに襲いかかり交尾していた・・・。 (グーが不在の6日間、グーが大嫌いなぷりは極楽そうな顔してたがこの仕打ち) 1ヶ月過ち、ぷりしらは最近食欲が旺盛で乳首がデカくなってきてる気がする。 グーの欲とエゴが生命力を強くしている。 それもまた良かれでもある。 【今日の教訓】 命もお金も意識すべきは・・・ それが「投資」か「消費」か「浪費」か
一昨日、なんと流産の手術(処置)をしました この時点でドン引きした方は他のブログへどうぞm( _ _ )m こんなこと書くべきじゃないのかもしれませんが 今まで散々色々書いてきたのに、自分の経験書かないのも不公平な気もしますし 【悲嘆ケア】では自己開示するのは心の回復にも良いみたいですし 私みたいな経験した人って本当は世の中ザラにいるみたいですが 表立たないから、ちょっと社会貢献?になるかも という事で・・・お暇な方はお付き合いをm( _ _ )m 私の場合【稽留流産】というヤツで 胎児(胎芽)が現れる時期に(妊娠6~7週)になっても 「胎児が確認できない」 あるいは「胎児は確認できたが心拍が確認できない」 「1度は確認できた心拍がその後止まってしまった」など で、7週の時点で心音が確認取れず 「稽留流産の可能性が高いけど来週確認してダメなら確定」と言われ・・・。 最初にそれを言われた時点で、アタマ真っ白になりながらも それから1週間心理学スクーリングとかそれのテストとか仕事とか (仕事も納棺済みのメイクのみだったから助かりました) むなしさを抱えながらも、ごくわずかの期待を持ち 再度検査に挑んだところアウトでした 2年前から子作りを始め、なかなかできなくて今春から不妊治療を始め 2回目のタイミング療法で妊娠できただけに なーんだ「ヤレばデキるんだ 夏に旦那の実家に帰省した際も「何かあったらいけないから」と喜ぶ旦那を 安定期まではと、口止めをしていましたがホントに何かあっちゃってトホホです。 手術(処置)は丸1日かかる日帰り入院 朝9:30前処置 昼12:30手術で空き時間は一端帰宅して良いとの事。 自宅からそんなに近くないので銀行と寝カフェでも行ってようかと思案。 ところが!この前処置が痛くて痛くて 子宮の子?を出すために 子宮口を広げる”マッチ棒”ぐらいの太さの細タンポン?を 何本か入れるのが吐く様な痛さ |ヽ(_ _|||)))) オェェェ!! (体質的にこういうのがダメなんでしょうか?) 痛み止めを飲む予定が、私があんまり弱ってるので手術待機部屋?で待機することに。 思えばこの時に一番号泣し 妊娠失敗したのが悲しいのか? お腹が激痛で泣いてるのか? 診察台で痛い事された事が屈辱で泣いてるのか? (私は不妊科でも毎回本当に診察台に乗るのが嫌だったし) きっと混乱していたのでしょう。 そして座薬と点滴打たれて休眠しました。 先生が昼前に外来終わり手が開いたのでしょう。 1時間早く手術する事に。 向いの手術室に入り、血圧と心音測られながら先生参上 「お酒強いですか?普通ですか?」 「では麻酔(?)入れます」で 気がついたら先ほどの手術待機部屋にいました。 麻酔?ってスゴイっす 気がついた時、看護師さんか?自らか? 両手が下腹部の上に置いてあって 「自分は7週間はお母さんだったんだのになぁ~ お腹空っぽになっちゃったなぁ~」 とまず思いました。 その後、迎えに来てくれた旦那と話しながら 前日から飲食制限されていたので ボケボケしながらバクバク「こんな時は塩分うめェ~」と おにぎり・おしんこ軽食をむさぼり 帰宅前の内診 子宮に残留血液が残っているかのチェックなんですが それが全然出てこなくて、先生に「血液出る道を作ります」と 子宮口をツッツかれる処置がまた痛くて痛くて 男はこんな時何もできないのでしょうが、旦那が横でオロオロしながら 「よし気を紛らわすんだ!」と腕をツネられてました。 思えば、旦那も私の第一報で「赤ちゃんかわいそー 不妊科治療にも協力してくれ 彼のオシャレに欠かせない必須ハゲ飲み薬も何か月も止めてくれていて 彼なりに不器用に励ましてくれる人で良かったです。 今日はチョコも買ってくれたし 帰り際の診察で先生が 「今回は残念な結果になりましたが たしかに年齢的にリスクが高いのも事実ですが それでも2%の確率しかない事です。 今回は運が悪かったというだけで 最近は40代で初産の人も沢山いる訳ですし これまでの過ごし方が悪かったとか そういう訳ではありませんので」 って手術前に私が質問した内容をまたそっくりそのままオウム返ししてるだけじゃん って麻酔の醒めきらない頭でムッとしながら帰ってきました。 ここでちょっとツッこませて頂くと 私が行った病院まだ新設でたぶん何億かかけて設立したのでしょう。 少しでも患者の回転率あげたいでしょうし 私みたいなネガティブな患者さんに感情論で変に難癖つけられたら たまらないから、無難にやってるつもりなんでしょうか? 温かい感情は先生から感じず、変わりに看護師さんが優しく接し精神的にケアする形式でした。 先生の抱えているモノの大きさもわかるけど 感情論は看護師にまかせっきりの完全分業過ぎて世知辛さを感じたモノでした。 産婦人科医が減っている現代では 妊婦側も医師にまで優しさという精神的サービスを求めるのは 望みすぎなものなんでしょうかね…。 「人の人生を見送る事はできるけど 人の人生を作り出す事は出来ないのかな なんて思ったり 私の人生のプログラムで 「アラフォー8月に流産する」って組み込まれてたのかな? 7週で初めて「ダメかも」と言われた時点でピタっと悪阻が止まってしまったから 「私自身ダメだと決め付けたから赤ちゃんも死んだのか?」 なんて、先生言う所の「単なる運が悪かっただけ」よりも 運命論的に重く受け止めてしまうのは、落ち込んでいたのかもしれません。 まぁ一説によると流産後は妊娠しやすいとの事ですから もしかしたら年末ぐらいには悪阻でゲロゲロしてるかもしれないですが。 人は何か大切なものを失った時 自分の一部の喪失みたいなもので、その人それぞれで色んな悲しみの表現をします。 でもその体験を自分の中だけに止めてしまうと事実よりも辛い妄想のようなものがもっと自分を苦しめます。 「自分は世界一不幸だ」とか「なんで自分だけこんな目に」と。 現実には「1人困っていれば1万人同じ事で困っている」と言います。 自分だけがこんなに苦しいのも、その時は事実かもしれませんが 同じ苦しみや悩みを抱えている人が世の中にごまんといる訳です。 私の今回の流産事件も 私には特別だけど、たしかに「よくある不幸」なのかもしれません。 それだけで片付けるのも寂しいですけどね・・・。 でも「自分だけじゃない」と知るのは励ましになるはずです。 こんな事になり嫉妬から妊娠した芸能人をTVで見て 「チッキショーどうせ金の力で冷凍卵子で作ったんだろー な~んて呪ったりして 芸能人妊娠報告が子供を持てない人間にはとても辛いニュースだと ここ2年感じておりました。 賛否両論あるでしょうが、逆に向井亜紀とか野田聖子議員の気持ちも 私みたいな人間にはその行動が共感できて 少子化してるのになんで国内で彼女たちがした治療を認めてくれないのか? 不思議でならない気持ちもある。 最近、ダイヤモンドユカイ氏が不妊治療の本出したり あややが子宮内膜症の告白したりとありましたが 芸能人ですからもちろん商業的マーケットとイメージも考えての 告白としての要素もあるのかもしれませんが、さほどメリットもないでしょうが 人道的には、目立つ芸能人が辛い告白とか上手にしてくれたら 「自分だけが苦しい訳じゃない」と思える人も出るのになぁと思いましたね。 このブログも泣きながら書くのか?なんて思ったら なんだか平気なのは旦那がくれたチョコ効果?でしょうか? 内閣府少子化対策大臣よ、アラフォーだけど頑張ってるんだから もっと優遇してもらえるとホント助かるんだけどな~ と、言うわけで落ち込んだ時の立ち直り方でした。 【今日の教訓】 カミングアウトは自分を取り戻すための有効な手段である。 客観的に自分を見つめるための手段としてカミングアウトは有効である
本日から放送開始の【それでも、生きてゆく】ご覧になりましたでしょうか? 現在グリーフケアと心理学猛勉強中につき「勉強になるのでは?」と心待ちにしておりました。 ------------------------------------------------------------ グリーフとは悲嘆の気持ちの事です。 その人にとって【大切な何か】を失くした時に起こる 大きな悲しみの気持ちです。 大切な人・物・場所でもその人にとっていわばアイデンティティともいえるような 大切なものを亡くした時に生じるどうしようもない悲しみのことです。 その気持ちの回復には個人差はあれど時間がかかります。 グリーフケア研究の第一人者のE・キュープラ・ロスの説を今日は取り上げますと ショック・怒り・やりとり、かけひき・孤立・受容・再創造などのプロセス 注)別の説もありますがまたいづれ 順番はこの通りに起こるという訳じゃなく どこかの感情でとどまったり、行ったり来たりなどそれぞれです。 再創造は大切なものをなくしたその気持ちに なにかの人生の意味や学びのようなものを見つけて ようやく生きていける力を取りもどす事ができます。 ------------------------------------------------------------ でも事件・事故などの被害者の遺族の方の場合は・・・? そのような方は立ち直るのが非常に難しいそうです。 死の原因となった、現実的に憎む相手がいるから余計に難しいのです。 ※逆に今回の震災のように 悼むべき人のご遺体がみつからないというのは いわば2重の喪失であり気持ちのやり場を どこに向けて良いかわからず 立ち直りが遅くなるそうです。 本日のこのドラマの中で 瑛太がAVを借りていた事がトラウマで童貞なのも 瑛太と榎本明が親子そろって自分を責めているのも 榎本明が死にたがったり、犯人を殺しに行こうとするのも(瑛太も) 榎本明と大竹しのぶが離婚したのも これは全部、被害者遺族にありがちな心境であり 実によく描かれていると思いました。 ・たとえ、死の原因である加害者がいたとしても 「あの時、家族である自分が~しなければ・・・」と 思ったりするのは悲嘆の中にいる人はありがちな心境です。 ・また、子供を亡くした夫婦というのはこのような事件がらみではなくても 8割ぐらいの確率で夫婦仲に亀裂や気持ちのすれ違いが生じるそうです。 それは男性と女性とでは悲しみの気持ちの表し方に、相反するものが時にあり お互いに相手の気持ちが理解できなくなり破綻するものと考えられます。 離婚に至るのもあり得る話です。 そして、犯罪被害者の心の傷は【怒り】が中心です。 理由や犯人がはっきりしているだけに怒りの気持ちから先になかなか進めないのです。 ・ですので「殺しに行かなければ、この悲しみは癒せない」と 思う激しい心情も大変理解できます。 ですが皮肉な事に被害者の方はその怒りこそが 生きていける力となるそうです。 ドラマの前半で半分死んでるような29歳の童貞男瑛太が 後半に柄本明の思い・妹への思いに気付き シャキーン!!と復讐に燃え上がる心情が 分かりやすく描かれていたような気がします。 明治時代以前の【仇討制度】はそう考えると 被害者遺族に優しい良い制度 ※ちなみに仇討は助っ人は何人でもOKですが 加害者に予告しなければいけないので 大勢VS大勢になり 暴走族の抗争のような状態になり、かなり危険で また、明治以前ですから犯人情報もなかなかつかむ事ができず 現実的には難しかったそうです。 水戸黄門ではたまにありますので、 助さん角さんのようなSP公務員が味方に ついてくれるのは実に心強いのだと思います。 心理学を勉強していくと、人の行動にはその行動を取るべく理由が必ずあり 犯罪者心理はまだ勉強不足なのですが(ロリコンでない事を祈ります) あの犯人の友達はたぶんあの絵の感じでは だいぶ反省しているはず・・・と私は思いました。 ネタばれでしょうか? テーマが重くて特殊なだけに 理解するのが難しい心情もあるかもしれませんし 見るのが辛い人もいるかもしれませんが 韓流と子供と犬に依存しない久々に考えさせられるドラマなので 大いに期待したく思います。
拡散お願いします 猫人さまのブログより拡散させて頂きました 『住む家が無い』 『避難所にペット連れで入れない』 転載元 URL http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1693312389&owner_id=12554588 http://m.mixi.jp/view_diary.pl?id=1693312389&owner_id=12554588&&mhome=1 ペットを連れて被災された行き場のない方を受け入れて下さるボランティアをして頂けています。 人が動物に救われている事があります。 それはお金では買えない、心の安らぎです。 生きているのがやっとの被災者の方が沢山いるのは十分承知ですが この危機をいつか乗り切れたとしても 被災に会われた人が取り戻す事ができないものがあります。 心の中に根付いた傷です。 その時、彼らを無条件で救ってくれるのが動物たちでもあるのです。 できましたら拡散よろしくお願いします。 ●日本のマスコミが放映しない真実です ニューヨークタイムス ![]() 写真は毎日新たに更新・追加されます 一部、ショッキングな画像も有りますが 皆さんにちゃんと見ていただきたく思います。 心理学的には「視覚のイメージ」は見た人間の脳にそのイメージがすり込まれて 被災していない人間も被災したのと同じ心理状態になる為 TV映像などは長時間見てはいけない とされています。 心理的二次被害にあわないために、このような災害時は 情報の取り方を自らコントロールしなければいけない と。 そのことはTV業界もわかっているでしょうから 通常放送に戻ってきているのは理解できるのです。 災害の悲劇にも負けず、この国を再建するために被災地の人々を 少しでも支援できるように、この国の経済を立て直さなければいけない。 経営をしなければいけない・繁栄しなければいけない・消費しなければいけない それが現実でもあるのです。 その為にも報道規制で、真の被災地の現状を伝えないという選択を取るのもわかるのです。 でも、やはり知って欲しいのです。 知る事によって 誰かの悼みを少しだけ受け止める事は、誰かの悼みを少しだけ少なくする事になるからです どうぞよろしくお願いします。
東北地方太平洋沖地震から10日たちました。 【拡散希望】 ★ 緊急!!無料!被災者受け入れ開始!≪ 大切な家族 ペットと共に暮らせます!≫ 東京にいる私でも、本と本棚の生き埋めになりかけたぐらいで五体満足 被災地に住んでいる訳ではありませんが 人間というのは生きている事そのものが奇跡なのだと気づかされた震災 当たり前の日常は幸福の連続だったと気づかされた震災 何も失わなかった私が、多くの人の命や幸せを奪った この【震災自体を憎む】気持ちを持つという事は きっとまだまだ余裕があり幸せなのだろうとも思えてきます。 被災者の方は憎しみ以前に 失ったものへの悲しみ・恐怖と向き合っているのですから。 「日本は暴動が起きない秩序ある民族」と世界から言われて 「苦しいのは同じなのだから暴動など起こす方がおかしい」と思っていた。 でも、スーパーに行くと目の前で買い占めている人がいました。 ・・・これは日本人ならではの利己主義なのだと思った。 力で奪わなくとも、経済力で奪っている。 その事に買い占めている人は、気が付いていないのだろうか? 北に住む友人も、南に住む友人も「何か送ろうか?」と心配してくれるけど そこでも店頭から物が消えてきているそうだ。 他人の購買行動を止めることは出来ない。 理由があるのかわからないが・・・悲しい光景・・・止めてもらいたいです。 TVで被災された方が言っていました。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 本当は津波で流されてしまった方が楽だったんだと思う。 でも、生き残ったという事は運命なのだから 頑張って生きるしかない ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ なにもかも失った人の本心なのです。 人間の弱さであり強さでもあるこの言葉に胸が張り裂けるような思いがしました。 無力だけどまだ奇跡的に幸福である私に出来る事は何でしょう? その思いを見失わないのが私たちの課題ではないでしょうか? │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |