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2009年03月08日
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東京大空襲 1


東京大空襲 2


東京大空襲 3


東京大空襲 4


東京大空襲 5




東京大空襲を指揮したルメイ(Curtis Emerson LeMay)が、なぜ日本政府から勲章を授与されているのか。政府のサイトを調べたが、外国人叙勲者のリストも理由も見つからなかった。不思議なことに、米空軍など米国の幾つかのサイトにあるルメイのプロフィールの中にも、日本からの叙勲は記されていない。
小国のほとんどどうでもいいような勲章については記載があるにもかかわらずである。しかし、日本でいろいろ情報検索したところ、やはり叙勲は事実だった。インターネットによる情報検索では公的な資料に乏しく、事実でないものも流布されている可能性がある。そこで事実あるいはほぼ確かと思われる情報を次のように
まとめてみた。また、受賞理由については公的な確認がとれなかったため、現状では未確認情報である。

●事実および事実と推定できる情報・授与されたのは勲一等旭日大綬章
(Grand Cordon of the Order of the Rising Sun)・旭日大綬章は日本で一番最初に制定された勲章で国家に功績のあった男子に与えられる。
その上位には勲一等旭日桐花大綬章がある(現在)・外国人への叙勲予定数は内閣総理大臣が外務大臣の意見を聴いて決定する(現在)・外務大臣は我が国の政治・外交、産業経済、学術文化等の発展に功労のある者その他国家又は公共に対する功労のある者を選考し内閣総理大臣に推薦する(現在)・衆議院議長、参議院議長、国立国会図書館長、最高裁判所長官、内閣総理大臣、各省大臣、会計検査院長、人事院総裁、宮内庁長官及び内閣府に置かれる外局の長は、秋の外国人叙勲にあってはその年の5月30日までに外務大臣に関係書類を添えて意見を述べることができる(現在)・協議に関する書類の提出は秋の外国人叙勲にあってはその年の7月31日までに行うものとする(現在)・春秋外国人叙勲候補者推薦要綱は現在では廃止されている(現在)・新聞報道は12月4日夕刊・授与期日は1964(昭和39)年12月7日・ルメイ本人が前日に来日し授与式に臨んでいる・ルメイの当時の肩書きは米空軍参謀長・社会党(当時)などが叙勲に反対していた
●受賞理由(公的ニュースソースでは未確認)
・航空自衛隊の創設、育成に貢献した
・源田実(当時参議院議員:自民党国防部会長)にアメリカ政府が叙勲したバランスを考慮して、ルメイにも勲章を授与した
・源田実がルメイ叙勲を強く推した
 ここで「源田実(敬称略)」という名前が出てくる。奇しくも本日は命日(90年死去)である。源田実は海軍参謀として真珠湾、ミッドウェーを戦い、戦争末期には松山で第343航空隊を創設、戦後は防衛庁航空幕僚監部装備部長、航空自衛隊航空団司令、空将、航空幕僚長を歴任し、1962(昭和37)年からは参議院議員を4期務めた。
1958~9(昭和33~34)年の第1次FX(次期主力戦闘機)選定にも関わるが、選定をめぐって汚職事件が起きたことでも戦後政治史に特記される。当初「グラマンF11F-1Fスーパータイガー」に内定していたのが白紙に戻され、最終的にロッキードF104C(日本仕様はJ)に決定したのである。さて、書きたいことはいろいろとある。航空自衛隊の戦闘機はそれまで米軍から供与されたF86F(ゴジラ第一作でロケット弾を撃つのがこれ)とF86Dだった。それに代わる新型戦闘機は、もはや供与ではなく購入(ライセンス生産による導入)であり、180機もの発注は、米国政府もメーカーも、また日本の代理店やライセンス生産メーカーにも垂涎の大型商談と目されただろう。ドイツやイタリアもF104を購入したが、日本の調達機数は最大であり、以後も日本はサウジアラビアと並んで常に最新鋭戦闘機を大量導入する世界でも希な国になっている。その「調達路線」を拓いたのが第一次FX選定だった。ではルメイはそれにどのように絡んだのか。
ルメイの経歴を調べると、1957(昭和32)年に空軍副参謀総長、1961(昭和36)年には空軍参謀総長に昇格し、1963(昭和38)年4月には来日して空自を視察している。その1ヶ月前には日本製F-104による初の飛行隊が編成されたばかりだった。空軍参謀は米国のFX選定の中心であり、当然、同盟国である日本の空軍整備にも関係する。
それは「日本の空軍」に大きな権力を行使する立場にあった源田にも言えることだった。
つまり、ここでルメイと源田とがくっきりと重なり合うことになる。(つづく)

16 Aug ,Sat 「敗戦」と呼ぶ人びとも増えにけり(s):::: [komada]続・ルメイはなぜ開戦記念日に叙勲されたか源田実は飛行機の操縦技術を開発するパイロットとして名を馳せ、曲技飛行の編隊は「源田サーカス」と呼ばれた。
しかし実際の戦闘に加わることは一切無く、戦争初期に攻撃機偏重を主張したことや、源田艦隊とも囁かれたというミッドウェー海戦などの戦争指導責任と併せ、処し方には後に批判も出ている。戦争末期に虎の子の紫電改と歴戦のパイロットを参集した松山空は確かに多くの戦果を残したが、それは源田に政治力や企ての気持ちが無ければなし得なかった
ことだろう。その松山空第343航空隊には、実は戦後に続く秘密の任務が引き継がれた。戦艦ミズーリの降伏文書調印式にも参列した富岡定俊少将(軍令部作戦部長)が企図した「皇統護持計画」である。それは連合軍によって皇室(皇統)が廃絶されるのを怖れ、万が一の際には皇子女を九州高千穂山中の五家荘へ秘匿する作戦だった。343航空隊はその実行を受け持ち、20数名が実際に命令に備えて待機した。源田はその総指揮を受け持ったが、秘密裏に結成された部隊の結束は固く、1953(昭和28)年の解散式後もネットワークは維持され、1981(昭和56)年に2度目の解散式を行ったという。源田はそうしたさまざまなネットワークを生きる中で、戦争の総括に向かうよりも、戦中の高揚感を保ち続けたのかもしれない。その源田にアメリカ政府は勲章を授与している(勲章の種類と時期は不明)。そして数年後、今度は日本政府がルメイに最高度の格位とされる旭日大綬章を贈り、日米両政府は言わば「手打ち」のような形で交わった。

当時は第3次池田改造内閣(1964年7月18日改造)で、防衛庁長官は小泉純也、つまり小泉純一郎現首相の父親が務めていた。純也の出身は鹿児島県加世田。戦争中は特攻隊の基地があった町として知られるが、息子の純一郎も在日
米海軍の本拠である横須賀を選挙区としており、親子共々、軍事と日米関係に何かと縁が深い印象がある。純也は藤山派であり、大蔵大臣の田中角栄らの岸-佐藤系列(グラマン派)、国務大臣河野一郎(ロッキード派:元自民党総裁河野洋平の父)の河野派とも一線を画していた。また、純也自身は60年安保時に自民党外交委員長になっており、日米外交と安保には深く関わる立場だった。言うまでもなく源田実は当時、岸-佐藤系列の自民党国防部長。自衛隊出身者がまだまだ白い目で見られていた時代に、防衛庁長官はとても望めなかったものの、制服組の代表として強い発言力を持っていたと思われる。

結局、FXはロッキード派の勝利のようにも見えるが、岸-佐藤系列を後援したといわれる三菱重工がライセンス生産の主契約を決めたことで、名より実を取ったのは岸派だったといわれている。

さて、ルメイに話を戻す。ミズーリ艦上の降伏文書調印式の後、ポーカー楽しんだというルメイは、戦争が始まる前、爆撃技術に詳しい程度の一士官に過ぎなかったという。しかし1942(昭和17)年にイギリスに渡ってドイツ空爆に目覚ましい戦果を挙げると、ルメイの評価はうなぎ登りになった。ルメイの戦術は軍需工場以外にも範囲を広げた無差別絨毯爆撃に尽きる。
東京大空襲では通常爆弾を減らして夜間低空での焼夷弾投下主体に切り替え、避難退路を断つ、まさしく無慈悲な都市空爆(ジェノサイド)を行った。原爆投下の実行ももちろんルメイの指揮による。戦後は米軍史上最年少(44歳)の大将に昇進し、ベトナム空爆(北爆)の立案にも携わったが、1965(昭和40)年に退役。

翌年、ジョージ・ウォレスの副大統領候補に立候補したが落選している。士官学校卒ではないにもかかわらず最高位にまで上り詰めた希有な人物だが、決して信望が厚い存在ではなかった。そのルメイに対する勲章授与は1964(昭和39)年12月7日、訪問した埼玉県の航空自衛隊入間基地で、源田と同じ旧軍参謀だった航空自衛隊浦幕僚長から行われ
ている。この事実は、やはり政府というより、自衛隊・国防族側からの推挙が強かったことをうかがわせる。しかも贈呈日は米国の太平洋戦争開戦記念日である。世界中から今なお指弾される無差別爆撃の「発案者」を開戦記念日に招いて表彰した国(あるいはさせられた国)は、ルメイの行為を賞賛したことになる。かつて加世田基地から飛び立っていった若者達に、顔向けのできる話ではあるまい。













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最終更新日  2009年03月09日 05時19分50秒
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