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カフェ・ヒラカワ店主軽薄

カフェ・ヒラカワ店主軽薄

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2006.01.15
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カテゴリ:ヒラカワの日常
戦前のことを俺たちは覚えていない。
あたりまえである。
生れていなかったのだから。
どうやったら、知ることができるのか。
そりゃ、本を読むしかないでしょってことになる。
しかし、どんなに本を読んでも、
当時の空気というか、熱まではなかなか拾えない。
まあ、それは俺のイマジネーションが貧困だってことだが、
もし、当時の音源というものがあれば、
臓腑に染みこむような空気の震えを感じることができるかもしれない。

中学校のとき、
石川茂樹少年と出会った。
俺はどちらかといえば、スポーツ馬鹿で、
馬鹿さ加減と平仄をとるために、小難しい小説に惑溺することもあった。
まあ、ほとんど毎日日暮れまで、
校庭に居残って、鉄棒をしたり、トラックを走ったりしていた。
ある日、音楽というものがあるということを
石川君が教えてくれた。
俺たちは、毎日ラジオから響いてくる
アメリカの音楽を聴き、ビルボードやキャッシュボックスといった
音楽誌のヒットチャートにどんな曲が上がってくるのかを
固唾を飲んで見守っていた。
そして、たとえば9500万人のポピュラーリクエストなんでいう
プログラムに電話をして
ビートルズや、キャバリアーズをリクエストした。
幸福な時間であった。

青二才になって、哲学や政治の幻影が俺の嗜好を
少しずつ無味乾燥な人生探求に誘い込んだ。
惚れた女の子の家の周りをうろついたり、
エロ本を求めて本屋で盗み読みする合間を見て
受験勉強をする。
要するにどこにでもいる、平凡なにきび面の生意気な
青少年をやっていたわけである。

長じて、もう一度別の形で石川君に出会うことになった。
ウチダくんや、他の仲間とはじめた会社に
少し遅れて石川君が入ってきた。
もとはといえば、喫茶店に入り浸って、無為を囲っていた俺に
その仕事を俺に紹介してくれたのは石川君であった。
そのころの俺の生活は、営業と借金、時々麻雀といった
要するにどこにでもいる、平凡なビジネスマン(でもないか)の
無味乾燥な時間を過ごしていたというわけである。
何故だかわからないのだが、
俺はほとんど、音楽というものを聞かなくなった。

いまでも時々石川君と会う。
彼はおみやげといって、ときどき自家製のCDを俺にくれる。
俺が好きだった、クリフ・リチャードやビーチボーイズ、
俺の知らないアーチストの曲が、
収録されたCDは、丁寧に装丁されて
特徴のある写真の裏には、曲目がタイプされている
愛蔵版といった感じに仕上げられていた。
そこには、夏のうた、雨の歌、カフェの歌といった
テーマがあって、これが石川君の編集という表現なのだと
了解された。
もらった何枚かのCDの中に、このバートン・クレーンがあった。
石川君は俺が音楽から遠ざかっていた二十年間の間に、
づっと、音楽を追い求め、
そう、彼はガキの頃から初老の今に至るまで、
ひとりの恋人を追うように、音楽を追い求めている人間なのである。

そして、ついにこの不思議な音源を自費出版で発売するという
ことになる。
恋人を追いかけていったら、波止場の裏の
人の踏み跡も途絶えた一角に彷徨い出たといえばよいのだろうか。
そこには、自分が追いかけていた幻影の匂いが残っていた。
求めていた音の匂いにそれは重なった。
それは、戦前の不思議な音源であった。

─バートン・クレーン(Burton Crane,1901-1963)は1901年1月23日にニューヨーク州バッファローで,長老派教会の牧師の息子として生まれた。名門プリンストン大学を1922年に卒業し,報道関係の仕事を経験した後,当時日本で発行されていた英字紙「ザ・ジャパン・アドバタイザー」の招きに応じ,1925年秋に来日した。アドバタイザー紙の記者として活躍したこの最初の滞日は,1936年秋までの11年間に及んだ。

こう彼は書いている。
http://www.jah.ne.jp/~ishikawa/Burton.html

いま、それを聴きながらこの日記を書いているのだが、
言葉で言うことのできない、
不思議な懐かしさが、臓腑にしみこんでくる。
チリチリというSP盤のノイズと一緒に。
俺が生れる前の、日本の何処かに、この音楽が流れていた。

この音源は上記のサイトから注文して手に入れることができる。
限定販売なので、早くしないとなくなってしまうかもしれない。
文化とは、このような酔狂な人間の手によって伝承される。
一隅が照らされるという形で。






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最終更新日  2006.01.16 11:44:44
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