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カフェ・ヒラカワ店主軽薄

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2007.07.31
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カテゴリ:ヒラカワの日常
NHKの3チャンネルを見ていたら
作家の森村誠一が三波春夫について熱く語っていた。
ウィキペディアを見ると、三波の経歴としてこうある。
1944年に陸軍入隊し、満州に渡る。敗戦を満州で迎える。敗戦後ハバロフスクの捕虜収容所に送られ、その後約4年間のシベリア抑留生活を過ごす。
番組の中で
森村は、この体験の凄まじさについて印象的に語っていた。
満州で三波のいた軍隊は置き去りにされる。そして、シベリアでの抑留体験。
誰もが精神的な負債なしでは潜り抜けることができないような
状況にあって、三波はつねに明るい歌声を響かせていた。
「三波の明るさは、天性のもの。遺伝子そのものが明るい。おそらく、戦場やシベリアにおいて多くの人間の命を救ったのだと思う。」
だいたい、こんなことを語っていた。

三波がデビューした当時、推理作家森村もまた
苦しい独り身の修行時代を迎えていた。
紅白歌合戦というものを、安アパートの一室で見る大晦日。
「紅白歌合戦というものは、団欒の中で見るものであり、独りで見るものではないとつくづく思いました。独りで見るということは、つらく残酷なことです。」
判るような気がする。
太宰なら「家庭の幸福、諸悪の根源」と言ったところだろう。
しかし、と森村は続ける。
「三波春夫の歌だけは、独りで聞いていても侘しくなく、楽しめたのです。」
そして、最も好きな歌として、「チャンチキおけさ」を挙げた。

俺はどちらかといえば、
三波春夫よりも、ライバルと目された村田秀雄や、三橋美智也が好きであった。
しかし、いつだったかあらためて三波の歌を聞いて
凄いな、こりゃ凄いよと思ったのである。
そのとき、ラジオから流れてきたのは「チャンチキおけさ」だった。
以前、このブログにもそのことを俺は書いている。

― 温泉で、芸者をあげて、さあ無礼講という
場面で流れるのが
「チャンチキおけさ」だと、
俺は、何となく思っていた。

ガード下の屋台で、
上司に対する罵詈雑言で盛り上がり、
小皿叩いて怒鳴るように歌うのがチャンチキおけさであると。

それがとんでもない勘違いだとわかったのは
随分経ってからのことである。

だいぶ以前の話だが、
ラジオを聴いていたとき
この歌を歌う三波春夫が
意外なことを言っていて、それが妙に心に残った。
三波春夫は、こんな風に言葉を切り出したと思う。

「こんな悲しい歌はありません。
にぎやかで、陽気な歌だと
勘違いされている皆さんが多いのですが、
これほど、悲惨で、孤独で、暗い、つらい歌はありません。」

え。どういうことなんでしょという
気持ちで、俺はかれの呟きを聞いたように思う。
で、もう一度歌詞を反復して見る。
時代は、1957年。
俺は1950年うまれなので、七歳ということになる。
かすかな記憶のかけらがまだ、身体に残っている。
日本が、戦前よりも貧しかったと言われた
戦後の数年間を経て、相対的には安定期に入りかけた
時代の話である。川本三郎に言わせればベルエポックということになる。
しかし、戦争の傷痕が癒えるに従って、新たな敗者も生まれてくる。

 月がわびしい 露地裏の 屋台の酒の ほろにがさ
 知らぬ同士が 小皿叩いて チャンチキおけさ
 おけさ せつなや やるせなや

 ひとり残した あの娘 達者で居てか おふくろは
 すまぬすまぬと 詫びて今夜も チャンチキおけさ
 おけさ おけさで 身を責める
 
 故郷を出る時 もって来た 大きな夢を 盃に
 そっと浮かべて もらす溜息 チャンチキおけさ
 おけさ 涙で 曇る月

これが、陽気で、馬鹿騒ぎの歌と思われているチャンチキおけさの
歌詞である。
浪曲師三波春夫の歌謡曲デビューであった。
ここにあるのは、出稼ぎや、集団就職で
東京へ出てきたが、芽が出ない敗残者の嘆き節である。
無産で、無国籍な人々が吹き寄せられた場末の風景である。
やけっぱち、というよりはデスペレートな空気が
全体を覆っている。
とても、芸者をあげて大騒ぎする歌ではない。

そうやって、もう一度、この歌を聴いて見る。
聴いて見るといっても手元にレコードがあるわけではない。
頭の中で
路地裏の屋台に並ぶ酔客の顔を反芻するだけである。

三波春夫は確かこんなことを言っていた。
「どうやって、この悲しみを表現したらいいのか。
そこが悩んだところでした。」

ここまでが以前ブログに書いたことである。
今回の番組で、その「チャンチキおけさ」を歌っている三波春夫の映像を
見ることができた。
金糸銀糸の見事な和服の衣装でマイクの前に立った三波は
思ったよりも静かな調子でこの歌を歌いだす。
そして、その瞬間鳥肌が立った。
「明るさを消すことなく、悲しさを表現する」
この三波が悩んだアポリアは、
彼はその歌の全体で、見事に突き抜けているように思えた。

森村誠一が見ていて自然に涙が流れたと語ったように、
俺も三波の歌を見ていて、
泣きたいような気持ちになった。
泣きそうにはなったが、暗くはならなかったのである。






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最終更新日  2007.07.31 22:25:59
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