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自分が本当に食べたいものを、食べたい時に食べるような食事をした時には、満足感が 違いますよね。理想論かも知れませんが、そういう食事の仕方をしていると、逆に過食が 避けられて、太りにくいような気もします。性欲や睡眠欲もそうかも知れません。
イマイチの欲求充足が、逆に過食や浮気、夜更かしなどを招くような気もします。親から 躾けられた節制などの中には、愚かな逆効果の勧め、あるいは常識の嘘のようなことは ないでしょうか。医学的な合理の目でそうした伝統を見直す必要性を感じます。
伝統に盲従する、これは悪です。良い習慣は継承すれば良いし、弊害のあるものは改革 すれば良いわけですが、文明というのは、マネーストリーム上の体制派が抵抗勢力になる わけです。それは唯物史観的にも言える社会現象ではあるわけですが。
政治的な改革で重要なことは、体制派の既得権を保護しながらそれを行う必要があると いうことです。共産党革命、イスラム革命など、革命という政治改革は皆、既得権を無視す るようです。その後の社会発展は経済的にも民主主義的にも停滞しますね。
欲求の不十分な充足は、個人のレベルでも社会という集団のレベルでも過激な逆行動 を呼ぶ時が多いようです。煩悩の否定に合理的な理由があるのかどうか、ある意味、偉大 な煩悩の国であるアメリカを批判する前によく考える必要があるようです。
正直な人間の意識と既得権を持った体制派の因習との戦いとも言えるかも知れません。 それは唯物史観です。人の意識は経済に翻弄されて、社会というのは必ずしも人の正直 な意識を反映しないようです。人が本当の人になる、簡単なようで難しいようです。
この世は仮の世7Vさん
>「主よ人の望みの喜びよ」はCDの方を持っています >ユーチューブの方はテンポが早いし、曲も長い気がします♪( ´▽`) ----- 私はYouTubeを知ってから、CDを買うことをやめました。 ただで高音質ですし、お金を出す意味がありませんよね。 音楽ビジネスも今、曲がり角のようです。 YouTubeでは、音楽は事実上、ただソフトのような扱いですし。 広い意味での広告産業の一部としてのコンテンツの扱いが変わりつつあるようです。 パトロンからギャラをもらっていた中世、そして印税時代、更に、これからは広告収益の一部としてギャラをもらうような形へ行くのでしょうかね。 その時、コンテンツは広告を載せるためのアドバルーンのようです。 人間でさえ、例えば、芸能人は歩く広告塔のようになって来ていますよね。 広告をつけた、ただコンテンツは様々な分野で拡大しています。 それは、マネーストリームの変化の現れなのだろうと私は思います。 (2012.01.10 22:45:06) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |
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