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猫手ピアニストのミュンヘンライフ [全617件]
柴猫のミュンヘンの友人の弟で、プロの写真家としてとっても活躍している人がいます。柴猫は彼の写真は見たことがなかったのですが、彼自身はとてもカッコいい人で、しかもどこか永遠の少年の部分をた〜〜くさん持った人なので、きっと少年の目の感性でシャッターを切る人なんだろうなあ、と何となく想像していました。 今日、ふとしたきっかけから、彼も柴猫の長年使っているビジネス用SNSに登録していることがわかり、これはいい機会だと思い彼のHPを訪ねてみることにしたのです。 と、ところが…。 彼の写真は、あまりにも柴猫の想像していた感じとは全然違い、柴猫はちょっと動揺…。 彼は現在活躍中の写真家ですから、有名なモデルやファッション雑誌、インテリア雑誌、ドイツの某高級車のPRなど、HPを飾る写真もメジャーな仕事で撮ったものがズラリ。もちろん全てがホント〜〜に完璧。 「うわ〜〜、やっぱりプロ中のプロなんだ〜〜、彼!」 彼のお姉さんはジャーナリストなのですが、彼女も仕事の完璧さに関しては全く同じ。「こういうところって、姉弟、やっぱり共通してるよね〜〜。」と柴猫は妙に納得してしまいました。 が、彼の写真は…、完璧さが苦しいほど完璧…。「息がつけないほど、見ていると息が苦しくなるほど完璧。」なのです。 写真の中のモデルが人間ではないような、そしてどんな町のどんな風景も、どんな建物も完璧な絵のような…。そんな完璧さ、なのです。 それは、彼の少年のままのような笑顔も、彼のどこか繊細な雰囲気も、全く感じさせない、ガンっとして、どこからも崩すことのできない完璧さ…。 「わ〜〜、どうしてこんなにも違うんだろう〜〜。」 人はよく「写真は正直だ、写真は嘘をつけない。」と言いますが、柴猫は「写真」ではなくて「写真家は嘘をつけない。」と思っています。 時々、某さと子さんのギャラリーでも、アマチュア、またはプロの写真展が催されたりするのですが、柴猫はそのたびに思いますもの。 おもしろかったのは、ホモセクシャルな写真家が女性の裸体の曲線や丸みをモチーフに様々な写真を撮り、それをテーマに展示した時でした。 柴猫は、ズラリと壁にかけられた作品群を見て、「うわ〜〜、女性の体って、こんなにもセクシーじゃなく写真になっちゃうものなんだ〜〜。」と思ったのです。女性の体の丸みや曲線をモチーフとして使っただけでなく、もちろんポーズや構図などからして女性のセクシーさも十分強調されている写真ばかりだったのですが、でも、どの写真を見ても、ホントにこれっぽっちもセクシーじゃなかったのです。 「女性の曲線美って、こんなにセクシーと正反対にも、写真に撮れちゃうものなんだ〜〜。」と柴猫はびっくり。 ホモセクシャルであるがゆえ、その写真家にとっての女性の体というものは、曲線の美しいモチーフには見えても、個人的に全くセクシーなものではないのでしょう。もちろん写真家が男性であろうが、女性であろうが、同じことが起こりうると思います。セクシーさを否定している写真家は、当然写真もセクシーさを否定したストイックな画風になってしまうのです。 写真は、目に見えないものまで写してしまいますからね。 プロの写真家だけではなく、アマチュアやセミプロの人たちの写真でも、同じです。 柴猫がわかったのは…。写真というのは、被写体に感動しただけでは撮れないのですね。写真は写真家に「絶対これを撮りたい!」という情熱があって、初めて撮れるのです。 こんなことを書くと、読者の皆様は「柴猫って写真撮れるんだ!スゴイ!」と思われるかもしれませんが、いえいえ、柴猫は写真なんて撮れません。 なんたって、ひどい乱視ですからね。ピントだのなんだの、微調整が利かないんですね〜〜〜。視力検査で「はい、こちらのレンズにもう一枚レンズを足しますよ〜〜、どちらがはっきり見えますか〜〜。」と訊かれ、「あの〜〜、どちらも同じようなものなんですけど…。」と答える柴猫ですから…。写真、無理です、はい。
柴猫が最近便利だなあ〜〜と思っているのが、facebook。 facebookは、知り合いを探し出すだけでなく、全く縁もゆかりもない人たちとネット上で知り合いになることができるですが、柴猫のfacebookでの交流関係の特徴は、音楽関係ばかりに集中している、ということ。 この手のオープンなSNSというと、本当に真面目なものなのか、それとも「暇&シャイなのでメル友募集〜〜。」みたいなサイトか、始めてみるまでわからない、というところがあって、面倒くさがりやの柴猫は敬遠しがち。 人から勧められて始めてみても、「なんか合わないなあ〜〜ここ。」と感じると、面倒くさくなってしまい、そのまま放っておいてしまいますし。変なメールが一通でも来ようものなら、もちろんすぐスパム通知、しばらくサイトも開かないようにしちゃいます。 が、今のところFacebookは柴猫に合うようで、それに職業上でも新たな発見があったりと、なかなか面白いのです。といいますのも、Youtubeなどからビデオをシェア出来るため、知り合いになった人が公開した映像の中に、とても勉強になるものがあったりするのです。 例えば、ソプラノ歌手のグルベローバの「ミュンヘンオペラ座でのリハーサル」とか、ミケランジェリとチェリビダッケ&ロンドンフィルとか、柴猫の知らなかった貴重な映像や音楽を幾つも発見しました。 こういうものに巡り合うと、何か埋もれていた宝物を発掘したような気分になり、わくわくします。 こういうことは、この「柴猫ブログ」では出来ません。が、facebookではブログは出来ませんので、今のところどちらも必要なのですね。 でも、Facebookも使う人によっては、全然合わなかったり、発展もメリットも大してなかったりするらしいので、誰にとっても良いというわけではなさそう。 柴猫も、たまにお気に入りの映像を公開したりしますので(今日は、柴猫の永遠のピアノの神様、Cherkasskyの日本コンサートの映像をシェアしました。)、もし興味のある方がいらっしゃいましたら、Facebookで柴猫をお探しの上、お友達申請してください。(Facebookでは、柴猫はドイツ語&英語を使う時が多いですが、もちろん日本語でも大丈夫です。ただし検索はローマ字使用、Hiroe Shibaで。)
「Mmiezo 'a Sanità」という、ライトな曲でいい感じです。イタリアのポップスというと、ラマゾッティやズッケロのような感じばかりかと思いがちですが、これは全く違うライトな感じ。是非お聴きください。 http://www.youtube.com/watch?v=Y5PH0SUtL-8 柴猫の風邪ももう6日目。い〜〜加減に快方に向かって欲しいなあ〜〜と重〜〜い頭でSNSなどを開いたところ、この曲を発見しました。 この中のギタリスト、マルコ・ヴィスコンティのギターソロも、ギターファンの方には喜んでいただけるかも。 http://www.youtube.com/watch?v=OTdApztahCc クラシックギターじゃないですけれど、いいです。
引き続き、ダイエットについて考えてみました。 まずダイエットは、「必要な人」「必要ではない人」に分かれると思います。 お医者さんからダイエットをするように言われた人もいるでしょう。まだお医者さんに掛かってはいなくても、肥満のため、立派な成人病予備軍になってしまっている人もいるでしょう。他にも、体のためにダイエットは良くない場合でも、モデルのように人間離れして痩せていなくてはならない職業もありますし、バレリーナ、体重制限のあるスポーツなどの職業に就いている場合のように、どうしてもダイエットをしなくてはならない人もいるでしょう。 が、「ダイエットが必要ではない人」も、世の中にはた〜〜くさんいます。柴猫が考えてみたいのは、そういう人たちについて、なのですが…。 さて、そういう人たち(多くは私たち、「女性」ですが。)は、どうして痩せたいのでしょうか。 柴猫が考えたのは、そこには「太っている=醜い 痩せている=美しい 太っているから綺麗ではない 痩せているから綺麗、太っているから好かれない 痩せているから好かれる」などという、精神的な罠、盲目で病的な心理状態が隠されているのでは、ということです。 だって、生活の表面に浮上するネガティブ諸々なことの原因を、そこに持っていけば楽ですもん。 例えば、ダイエットを決意した女性の多くが、「結婚後、太ったら夫が冷たくなったので。」とか「太ったら、付き合っていた彼が冷たくなった。痩せろと言われた。」とレビューに書いており、ダイエットに成功後は、「痩せたらまた仲が元に戻りました!幸せです!痩せてよかった!」などとと締めくくられてます。 この「レビュー」なるものも、果たして全部信用できるかと言うと、それはもちろん「?」なのですが、ま、仮に信ずるということにしてみましょう。(そうしないと、思考が展開しませんので。) 本当に、「太ったら冷たくなった夫や彼」が「痩せたらまた好きになってくれた」というのであれば、それは体重とは別の大きな問題です。だって、たかだか体重の数キログラムが「特別な人との関係」の愛情のパイプラインであるなんて、それってど〜〜なんです?そのほうが、よっぽど問題だよ、と思う柴猫。 「いや、本当に仲が元に戻ったんです。」と言う人もいるでしょう。でも、それって、本当に「痩せたから」が、その理由なのでしょうか? 女性は「痩せて美しくなったので、彼の私へ対する愛情も元に戻った。」と思っているわけですよね。でも、ここで敢えて、「本当の原因は体重ではない。」という視点から、このことについて考えてみることにします。 まず、「太ったから愛情が冷めた」と男が主張するわけですよね。すると、女は「嫌われては困る」とダイエットをし、努力して痩せる。その結果、男は数キロ贅肉の取れた彼女のプロポーションよりも、「彼女は『自分』のために、『自分』に好かれたいがために、努力して痩せた」というところに、すごく「満足感」を覚えるのではないか、と柴猫は考えるのですが…。 もちろん、カップルになる前、もしくは結婚する前や、お付き合いスタートほやほやの時期は、女性だって「彼になんとか綺麗だと思ってもらいたい!」の一念で、ありとあらゆる好かれるための努力をするわけですから、男が「太った=努力をしていない=彼女にとって、自分はもう特別な存在ではない。」と考えてしまっても、100%間違いとはいえないのです。 このように考えてみた場合、実は「満足感の欠如」がカップルの問題点だったのではないか、とも疑うことが出来るのですが…。本当の不和の原因に気づかず、ダイエットで倦怠期を乗り越えた、と安心してしまうと、きっとまた、今度は何か違う形で次の倦怠期が訪れることでしょう。 ここで本当に問題なのは、男も女も「太ったから愛情が冷めた」と信じてしまうこと、だと思う柴猫。ここに、「太っている=綺麗ではない=好かれない、痩せている=綺麗である=好かれる」という信仰のような盲点が、大きく関与しているのではないか、と柴猫は思うのです。 ここで、柴猫も昔々のワンシーンを思い出しました。 柴猫は、多分20歳くらい…。あの頃好きだった彼が、柴猫に「お前は、膝の皿がデカイ!」と突然言ったのでした。 「は?膝のお皿…?」 これは、かなりの盲点でしたね。だって、ど〜〜しよ〜〜もないですもんね。「膝のお皿ダイエット」とか「膝を小皿に」とか、どこの雑誌にも載ってませんし。 あの頃はバカバカしくもかなり本気で悩みましたけれど、今思い返してみると、それは「なんだかんだと無理難題を言って、柴猫が彼のために思い悩む」のが、彼の本当の望みだったのでは…。
日本のインターネット配信のNewsなどを読んでいると、今日本では「ダイエット」の話題が、普段にも増して白熱しているような感じがする柴猫。 日本は「ダイエットについての話題」「痩せた、太った」という関心が、異常なまでに高い国であるな、と柴猫は以前から思っているのですが、ドイツと比べてみましても、それは顕著。もちろんドイツのメディアでも、「ダイエットについて」は話題にされますが、それは季節にマッチしたNewsとして、毎年同じ頃に登場します。冬のうちに蓄えてしまった贅肉を落とそう、とかビキニ体型になろう、とかそんな感じ、ですね。 どちらかというと、最近のドイツで季節を問わず白熱している話題は、ズバリ「美容整形」だと思います。「脂肪吸引」とか「シリコン胸の手術」などなど。特に「シリコン胸」については、「精神的な病気」から「失敗して介護生活」まで、ドキュメント特集のバリエーションも豊富です。 柴猫はいつも不思議だなあと思っているのですが、何故か日本では、誰とどんな会話をしていても、挨拶代わりのように「太った?痩せた?」という「質疑応答」が必ず入るのですね。 ホントに不思議だなあ〜〜と思いながら、いつも日本独特のご挨拶として考えていた柴猫。ひょんなことから、「これは『食』に関心の高い国独特の現象、ということかもしれない。」と思いつきました。 ところが、柴猫のミュンヘンでの知り合いには、大勢イタリア人がいるのですが、彼女たちとの会話の中では、そんなに「太った、痩せた」は登場しません。が、それでも、ドイツ人の女性たちとの会話の中以上の頻度で登場することは、確かです。 これは、まだまだ研究の余地がありそう、です。なので、乞うご期待。 あ、本題に戻りますね。 そうそう、日本の「ダイエットや体型についての関心度」でした。国民の関心がそれほど集めやすい、となれば、そこにお金が集まりやすい、というのは当然ですね。 この数日間のNewsだけを取り上げてみましても、大きくダイエットを売り物にしている企業2社からの話題が、あちこちのサイトに大きく出ていました。今日のトピックスは「ダイエットしているお笑い女性タレントの、更なるダイエット効果発表」、数日前のは、「ダイエット中の日本のニューハーフが、ニューハーフ世界一になった。」というもの。 柴猫は、このNewsを見て「一体このNewsために、どれくらいのお金が動いたんだろう〜〜〜。」とものすごく知りたくなりました。 この『大不況』と言われている、今の日本で、ですよ。ダイエットを売り物にしている企業が、2社、どれだけのお金を使って、『ダイエット』でお金儲けをしているんだろう…と考えると、なにか矛盾を感じる柴猫なのです。 しかも世の中では「新型インフルエンザ」「季節インフルエンザ」の深刻な問題が続いており、「命」や「健康」が、今の日本の本来の関心であるべきはず…。 が、ここ数日間の話題は、「ダイエット」 う〜〜ん、どうしてこんなにも日本人は「痩せたい」のだろうか…。 これ、柴猫は熟考してみたく思います。 みなさんは、どう思われますか?
ミュンヘンの友人の家に電話をしたら、珍しく彼女のダンナ様が電話に出て、彼女は病気で寝ている、と説明してくれました。でも、何だか彼の声も眠そうな感じ…。 思わず、彼も休んでいたのかと質問しますと、「確かに俺は昼寝中だったけれど、それのどこかに悪いところでもあるのか?」と逆に質問されてしまいました。 「俺は、きのう遅くまで起きていたので、今眠くて当然なんだ。それのどこが悪いのか?」と、何だか声のトーンも口調も攻撃的な彼。寝起きで機嫌が悪いのかもしれません。 「いや、それは悪いとか悪くないとかの問題じゃなくて。だって、あなたの時間なんだから、あなたの自由に使えばいいでしょ。私がいいとか悪いとか言う問題じゃないわ。ただ単に『健康でノーマルな大人が、土曜日の午後15時半に昼寝をしている』のは、いくら前の晩が遅くてもちょっと普通じゃないな、と思ってしまっただけのことなんだけど。ただそれだけだから。起こしてごめんなさい。じゃあね。」と柴猫は言い、電話を切りました。 あまり親切な言い方ではないのは承知の上なのですが、実は柴猫は、彼が平日にもよく昼寝をするのを知っています。夜も深夜過ぎまでTV番組を見ているため、普段の起床時間はお昼近く。夜、どこぞに外出した日などは、翌日は更に昼寝も必要不可欠! ま、そんな生活は、彼が働かなくても暮らしていける、という金銭的に恵まれた環境にあるため可能なわけですが…。 1)金銭的に恵まれているので、働かなくても良い環境にいる。 2)寝たい時に眠り、起きたい時に起き、普段はジョギング、水泳などのフィットネス、そして趣味で毎日が成り立っている。 こういう生活を横目でちらっと観察していますと、自然に柴猫にも疑問が生まれます。 「で、こ〜ゆ〜のって、実際ど〜〜なのよ?」 柴猫の母猫などは、「い〜〜じゃないの、それ、アタシの理想!」と言いそうです。 ま、確かに、普通に65歳くらいでリタイアした後の人生のあり方としては、いいのかもしれません。でも、彼の年齢は、それよりもずっと下…。 「職業ってなんだろう、労働ってなんだろう、何のために働くんだろう?」という疑問が生まれてきます。「金銭的に恵まれたから、明日から働かなくていいよ。」ということになったら、みんな会社に行かなくなっちゃうんだろうか…。 もしそうだとしたら、本当はみんな働くのが嫌なんだけど、お金のために仕方なく働いている、ということになってしまいます。 が、「人間は働くために生まれてきたわけではない!」と言われてしまえば、「はい、そうかもしれませんね。」と答えるしかないか、と思う柴猫。だって、どこにも「人間は働かなくてはいけない。」と書いてはありませんし。 確かに、お金を得るためだけに働いているのであれば、ある日突然金銭的に恵まれた環境に置かれた場合、働かなくなる人も出てくるでしょう。「もっと、もっと、お金が欲しい!」と思う人は、そうなっても働き続けるのでしょうけれど。 でも、人は本当にお金を稼ぐためだけに、働いているのでしょうか? そりゃ〜、お金がなければ生活できませんので、生きていくためにはお金を得るしかありません。我々が、働くことによってお金をもらっているのは言うまでもないでしょう。 が、「いや〜〜、でも、そうばっかりじゃないと思うな〜〜。」と柴猫は考えます。 柴猫はどこの国にいても、見知らぬ人と未知のおしゃべりを展開するのが好きなのですが、数年前に日本でタクシーに乗った時、運転手さんとおしゃべりをする機会がありました。彼は、自分は今、介護の免許を取るため勉強中だと話し始めました。「いや〜〜、勉強なんて久しぶりだし、学校の成績はいつも良くなかったんだけど、『でも、これは取らなきゃなあ』と思ってさ。」と運転手さん。 職業上そのほうが何か利点があるのか、それとも介護の職業に就きたくなったのかと思い、運転手さんに理由を尋ねてみますと、そうではありませんでした。 『最近、老人の病院の送り迎えなどのタクシー利用が増えているのだけれど、本当はそういう人たちは、病院内での付き添いなども必要なのである。しかしながら、自分の役割は車で送り迎えをしてあげることだけ、でしかない。自分はタクシーを駐車して、足元のおぼつかない老人を病院の入り口まで送り届けてあげるのだけれど、実はその後も心配である。なので将来的に、そういう、病院での付き添いサービスまで一つになった「送り迎え」が出来るようにならないかなあと思っている。』 と、これが運転手さんの説明だったのです。 柴猫は、タクシーの運転という職業に関しては、「ずっと座りっぱなしで、腰が悪くなるんじゃないかなあ。」とか「いつも事故の心配なんか、あるんじゃないかなあ。」とか、そういうネガティブな要素を考えてしまうことが多かったので、このタクシーの運転手さんの話には本当に驚きました。 「スゴイなあ、人の役に立ちたい、っていう気持ちがある人なんだなあ。それに、ビジョンも夢も、働きながら自分なりに持ち続けているんだなあ〜〜。」 すごいなあ、すごいなあと、ただただ感心していますと、タクシーの運転手さんは「見たところ、お客さんは『外資系かなんかの大きな企業にお勤めの人』って感じなんだけれど、どうかね?」と柴猫に質問。「いや〜〜、それがねえ、見かけばかりでね、実はちょっとピアノが弾けるだけなんですよ〜〜。」と柴猫が答えますと、親切な運転手さんはバックミラーの中の柴猫をちらっと見、「ピアノが弾けるのか、いいねえ。音楽は人を幸せにするからねえ〜〜。」と言ってくれました。 夜道を走るタクシー内での、運転手さんとの15分ほどの会話でしたが、とても勉強になった出来事でした。 自分に出来ること、自分の能力を用いて、人のために出来ることをする。 すなわち、それが「奉仕の心」と言うのだろうと思うのですが、それはどんな職業であれ、仕事をする上で必要なことだと思う柴猫。 そして、「それが『社会の一員=社会人=大人』ということなのであろう」と、その時考えた柴猫でした。 弟猫と母猫からのインフルエンザ飴により、新型インフルエンザ蔓延地区でも感染を免れた!と、ほっと一安心だった柴猫。 「これから10日間の秋休みだ〜〜!」と大喜びしたのも束ぬま、見事な鼻風邪に罹ってしまいました。くしゅんくしゅん、と、何をしていても構わず盛大なくしゃみが〜〜〜!!!家の中にいても、クリネックスの箱を抱えて移動するしかない柴猫。目はうるうる、鼻はぐずぐず、も〜〜外なんて出られるような外見ではありません。 「ん〜〜、インフルエンザ飴は喉には効くけど、鼻には効かないのか〜〜。」 それとも飴も鼻につっこめば、効くってことなんでしょうか…。 ま、インフルエンザに罹ってしまうことを考えれば、鼻風邪なんてホントにド〜〜ってことないんですけれど。 こういう時は何を食べても味がしませんし、食欲もないので何も食べたくない柴猫のですが、やはり何か食べませんと…。といっても、柴猫の家に常備されているものは…。あまり常備食とは言えないようなものばかり…。だって冷蔵庫は一番小さいサイズで、しかもフリーザーが付いていませんし、まとめ買いが出来ないのです。ま、スーパーも近いですから(徒歩100メートルくらい)、普段はそれでも支障ないんですけれど! ちなみに、大量に常備されているものは、ななちゃんのネコ缶(これはたくさんあります。しかも何種類も!)だけ!その他は、オリーブ各種(イタリア産のグリーンが好きなので、何種類か。)、赤ワイン(好きなので、フランス、イタリア、南アフリカなどの赤ワインが揃っています。)、ドンペリ、フォアグラの缶詰など(これらはお客さま用に常備。)が地下室に貯蔵されています。 ね、ものすごく偏っているでしょう〜〜?。(それに、どれも風邪の時に口にするものじゃ〜〜ないでしょう〜〜!) あ、母猫の送ってくれた「自然食のラーメン」とG氏の送ってくれた「高橋やのおせんべい」も一袋ずつありました。が、こういうものは、健康な時に味わいながら、ありがた〜〜く食べたいじゃ〜〜ないですか。 結局、家には食べるものがない、ということを悟った柴猫。後でスーパーに行き、何か調達してくるしかありません。しかし、今日は土曜日。ということは、明日は店が開いていませんから(ドイツは日曜、祝日はお店は開いていないのです。)、今日は近所のスーパーも超混み、なはず。その超混みなスーパーで、ティッシュペーパーを片手にくしゃみを連発しながら買い物をするのは、超〜〜〜恥ずかしいのですが、仕方ありません。 あ〜〜、もう、めっちゃカッコ悪…。 |一覧|Photo Album
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