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猫手ピアニストのミュンヘンライフ

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August 6, 2011 楽天プロフィール Add to Google XML

 ヨーロッパでは、ラパホ・ティーとして有名です。腫瘍の治療に良いとされ、胃の調子が良くないときな…

ヨーロッパでは、ラパホ・ティーとして有名です。腫瘍の治療に良いとされ、胃の調子が良くないときなどにも飲みます。味は苦くなく、飲みやすいです。

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Last updated  August 6, 2011 22:15:37
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June 27, 2011

 30日間の魔法
[ ポジティブ思考体質祈願 ]    

柴猫の大好きなテーマ「ポジティブ・シンキング」や、「お願いごと系(新月のお願い、宇宙にお願い、など。)」の本を読むと、必ず書いてあることは、「かなえたいこと、欲しいものを毎日繰り返し、想像する」ということ。

でも、ここで必ず疑問が生まれるのですよ、柴猫の場合。「で、そういうのって、何日やればいいの?」

猫が欲しいものを手に入れたい場合、めちゃめちゃ忍耐強く待ってますけれど、柴猫はそうでもないのよね。結構、諦めちゃうこと、多し。

で、いつも思っていたこと。「ホントに、最低期間ってないの、お願いごとの…?」

ところがきのう、おもしろいインタビューを発見。アメリカ人のコーチのインタビューなのですが…。それによると、NASAの宇宙飛行士に「世の中が上下逆さまに見える眼鏡を、毎日かけさせる実験」をしたんだそう。つまり、日常、天井と床が逆さまになってるってことですね。例えば、ご飯を食べるときにも、テーブルの上にあるご飯(つまり、自分の目線より下)が、自分の頭の上にあるように見えちゃうってことなんですけれど。

この実験をしてみたら、宇宙飛行士は30日間でその眼鏡に慣れてしまい、30日後には問題なく、その眼鏡をかけたまま日常を過ごせるようになってしまったのだそうです。ところが、15日目に眼鏡をはずされたグループは、16日目に再度眼鏡を装着させたところ、慣れるまでにまた更なる30日間が必要だったのだそう。

「う~~ん、30日間、必要なのか~~。」と、思わず唸った柴猫…。

でも、ここで「あ!」と思い当たることが!!!

といいますのも、実は柴猫の生徒のこと、なのですが。

柴猫は、ピアノの生徒を受け入れるとき、子供の場合は「ピアノの才能が優れている場合」のほかにも、「何らかの問題がある子供」「障害を持つ子供」を受け入れることにしています。その場合、もちろん何人もは受け入れることは不可能なので、大抵は小児科や学校経由で依頼されることがほとんど。例えば、今、柴猫の生徒には、6才になったばかりの男の子「数字の天才くん」がいます。彼は、小児科のお医者さんー学校経由で柴猫のところにやってきた例です。「数字の天才に、ピアノで何を教えるの?」と思われる方も多いでしょうけれど、彼にとってはピアノは「バランス」なのですね。頭と心と動きのバランスをとるのが、ピアノの役割です。

違う例では、「集中力に問題のある子供」が一人。この子は9歳。とにかく集中力が著しく低いので、理解力も低い、という女の子。ところが頭そのものが悪いわけではないので、自分が出来が悪いということは自覚しており、そのせいで自信をずんずん失ってしまい、更に勉強もしなくなる、という悪循環な問題を抱えていました。

もちろん、ピアノも恐ろしく「ヘタ」

でも、ブロンドで、スカイブルーの大きな目が可愛らしい彼女は、綺麗なワンピースを着られる「発表会」が大好きなのです。もちろん、自分が「ヘタ」だということは、彼女は充分自覚していますので、毎回ガタガタにあがるのですが、でも、発表会は好きなのですね。毎回、新しいワンピースを買ってもらい、とっても満足げな彼女。発表会で、柴猫から花束やお菓子のプレゼントを手渡してもらえるのも、「発表会好き」の理由の中に入っているらしいのですが…。

実は柴猫は、5月、音大のホールを使って、子供の生徒ばかりを集めた「発表会」をしたのですが、3月の終わりごろ、この女の子に質問されました。「私、どきどきして弾けなくなっちゃいそうになるのが、嫌なんだけど…。どうしたらそうならないの?と。

柴猫の答えは、「まあね、どきどき、は、いつもするんだよね。だって、発表会って『特別な日』じゃない?特別な日や特別なことって、いつもと違うってことじゃない?だから、『特別』なのにどきどきしないってのが、『変』だよね。鈍感、っていうかさ。どきどきするのは、自分が正常で、敏感だっていう証明なんだ。」

「うん、でも怖くなるのは嫌なの。」と彼女。

「そう、それはね、困るよね。でもさ、どうして怖くなるんだろう?」と柴猫。

「『間違うんじゃないか、弾けなくなるんじゃないか。』って思うから。」と彼女。

「そうか、それは怖いよね。でも、それって、どうしてそう思っちゃうんだろうね。どうしてだと思う?」

「わからないけど、急にそう思っちゃうの。」

「そうか~。じゃあさ、どうしたら、『ぜ~~ったい大丈夫だもん。』って思えるようになるか、考えてみようか。」

「そんな風になれる?」

「うん、なれると思うよ、だって先生がそうだったから。」

「え?先生もそうだったの?」

「そう。先生の場合は、ハートのあたりに悪いやつがいて、こいつが『上手く弾けないぞ、きっと間違うぞ。』って言ってたんだよ。」

「で、その悪いやつはどうやって追い払ったの?」

「うん、こいつは、毎回出てくる悪いやつだったんだけど、でも、あるときこいつをやっつけてくれるヒーローが出てきてね。」

「え?どこから?どうすると出てくるの?」

「うん、それがね、ある時、いつもより何倍も練習してみたんだ。そうしたら、このヒーローが出てきて『間違うわけないだろ、だってこんなに練習したんだもん。お前なんかウソつきだ!』って、悪いやつを追いはらってくれてね。」


「え?何倍も?それってどのくらい?」
「よく覚えてないんだけど、5倍くらいかなあ~~。」

「そんなに?」「うん、そんなに。」

この会話が3月の末ごろ。そして発表会は5月の半ば。

そして、発表会の日…。

彼女は信じられないほど自信に満ち溢れ、信じられないほど上手く演奏したのでした。これには、柴猫も正直、椅子から飛び上がりそうになるほど、びっくり。
「ど、ど~~しちゃったの?」と、目が点に…。

で、その次のレッスンで、その理由を彼女に尋ねてみました。すると…。

「私、たくさん練習したの。」と、にこにこ笑う女の子。

「え、たくさん?どのくらい?」

「4月のイースターのお休みから、毎日2時間。」

「に、にじかん?」

「そう、毎日、一日も休まず、2時間。」

内心、柴猫は「こんな、1ページしかないような曲を、毎日2時間も練習したのか~~、それはそれで驚きだ~~。」とびっくりしました。が、事実、その2時間が彼女を180度変えてしまったのです。

でも、実は更にもっと驚くことが、待っていました…。

学校でも、もちろんクラスの「落ちこぼれ、スレスレ」だった彼女。それが…。なんと、本当に信じられないことに、
クラスの一番になってしまったのです。

これには、彼女の両親も、クラスの先生も、誰も全く信じられず…。

でもねえ、これもやっぱり「30日間」だったのですよ~~。










Last updated  June 30, 2011 21:54:33
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June 20, 2011

 店長さんのお給料、頂きました!
[ ポジティブ思考体質祈願 ]    

テラ・アウリのオーナーであり、彫金マイスターの某さと子さんがドイツに戻ってきました。

これにて、柴猫の「笑顔のすてきな店長さん」のお役目(土曜日3回だけ、でしたが!)も、無事終了~~。

そして、本日!なんと、店長さんとしての初めての給料を!!!
ふふふ、うれしいですねえ~~。
「お給料を頂く」ということは、「お仕事を認めていただいた」ということですからね。
柴猫、ピアノを弾く、とか、指導する、とか以外でのことで何かを認めていただく、ということは、まずないですから~~。

しかも、某さと子さんの「ありがとうございました!」という感謝の笑顔付き、です!

今日は、幸せな気分でいっぱいになった日、でした!

Last updated  June 22, 2011 04:08:05
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June 17, 2011

 感謝リスト作成にあたって…。
[ 思考する柴猫 ]    

ここ数日間の柴猫は、「第一の人生感謝リスト」作成のため、「感謝の棚卸し」を実行中。どういうことかと説明しますと、まず、子供の頃の記憶が始まる年齢までさかのぼり、そこから頭に浮かぶ人や出来事、シーンなど、フラッシュのように思い出すことすべてに感謝していく、という、なんとも時間のかかる作業なのですが、やはり第一の人生にきちんと感謝するためには「時間をかけて丁寧にやらないとね」、と考えまして…。

でもですね、これをやっていくと、必ず「いや、でもこの人には絶対感謝できないぞ、だってひどいことばっかりしたもの。」とか、「いや、もう、このパートナーに感謝なんて、とてもとても。」とか、「いいところもあったけど、他人を傷つけることも平気で言ったりやったりしてた、この人」とか、そういう問題点が出てくるはず。

で、柴猫、これはどういう風に解決すれば、感謝できるのさ?

この問題点、気持ちの上での葛藤、矛盾について、いろいろな「自己啓発本」がいろいろに説明しています。柴猫も今までにたくさん読みました。ある本には「許し」が大事である、「許す」ということは愛であるから。とありました。確かにそうなのです。ある本では、とにかく「ありがとう」と口にするだけでもいい。気持ちが入っていなくても、とにかく「ありがとう」と感謝の言葉を表に出せば。と、ありました。それも一理あるでしょう。「ありがとう」と口に出していれば、感謝の言葉が気持ちも引き出していってくれるでしょう。また「それは、反面教師として『そうあってはいけない』ということを学んだ、と考えるといい。」という人もいます。それも、そうでしょう。

が、柴猫の気持ちは、それらの本を読み終わった後も、「何かが足りないなあ、何か釈然としないなあ。」

なぜなら 「許しが愛であるから」と言われても、「そういう『許せる境地』に、いきなりどうやったら到達できんのよ?」という疑問が生まれてしまいます。そのためには、どんな修行をすればいいんだ、とか、何十冊本を読めばいいんだ、とか、どのくらいの日数がかかるんだ、とか。

「とにかく『ありがとう』と、口にし続ければいいから。」というのも、「いや~~、心の奥底の本音、『この人には、ひどいこと言われたり、されたりしたぞ!』という気持ちが強くて、やっぱり『ありがとう』の言葉だけでは、それを消せないかもしれない。」という疑惑が生まれます。

柴猫、心配性ですし。

反面教師、という考え方も、なにか無理矢理、型にはめこんで納得としようとしてるな、という感じがします。

柴猫も大好きな「引き寄せの法則」で説明しますと、自分が良くない波動を発信していたので、良くないこと、人間を引き寄せてしまった。だから、自分がより高い波動を発するような習慣をつけないと!ということになります。

これも確かにそうなのです。が、本当に「良い波動、より高い波動を発信すれば、いいもの、いい人だけが自分に引き寄せられる」という考え方だけで、何か人生で見落としてしまうことはないのでしょうか。

このように、柴猫にとっては、どの説明にも「無理」がありました。

「う~~ん、なんか、どれも、す~っと納得できないな~~。」と考え続けること、数年。(ま、そういう「わからないこと」は、放っておいたほうがいいのです。)でも、あるとき、急に「あ、な~んだ、こういうことだったんじゃん!」と、柴猫なりに気づくことができました。

それは、と言いますとね~。

柴猫にとっては、いいことも悪いことも、いいことをしてくれた人も、ひどいことをした人も、みんな、柴猫に人生における、もろもろの「価値」(意味、本質)を気づかせてくれ、教えてくれたのです。それどころか、ひどいことを言った人、ひどいことをした人のほうが、はっきりとわからせてくれたのですね。

例えば、ある理不尽な言い争いがあったとしましょう。Aさんが、柴猫に、聞いたこともないようなひどい言葉遣いで、ひどいことばかり言ったとしましょう。最初のうちはもちろん、ものすごいカルチャーショックを受け、「この人は、なんてIQもEQも低い人間なんだ」と腹立たしく思いますが、その後、もっともっと大事なことに気づくことができます。それは、「言葉の価値」です。やくざ映画や、TVの暴力団のシーンでしか聞いたことのないような、そんな言葉でしか言い争うことが出来ない人は、普段、頭の中でそういう言葉を使って思考している(少なくとも、ネガティブな思考に関しては。)、っていうことなんですよね。これって、すごいことです。だって、日常、自分が実際に声にして話す言葉と、頭の中での思考の声との量を比べたら、どうですか、思考している声(口から発しない言葉)のほうが明らかに多いでしょう?

例えば、恋愛のパートナーを考えてみましょう。

誰でもそうだと思いますが、相手が変われば、その相手との恋愛関係のキャラクター、目的、望んでいるものまでも変わります。相手があなたのことを好きなあまり、あなたのすべての行動が気になり、愛情が「監視そして束縛」という行動にずんずん変化してしまったら、どうでしょうか。「愛情」が「愛憎」に変化していくことは、よくあること。柴猫の場合、それは猛ダッシュで逃げるしかないのですが、なんとか逃げ切った後、気づくことがあります。それは「自由の価値」「信頼の価値」「個々の人間に与えられた尊厳の価値」などなど。

また、例えば『自分が漠然と、でも本能的に本質をわかっていたこと』について、誰かに当然のごとく否定された場合、どうでしょうか。まず、憤りますよね、とりあえず。むちゃむちゃ腹が立ちます、柴猫の場合は。でも、それから「これって、どっちが正しいんだろうか」と、柴猫の「自己疑惑期間」が訪れます。その結果、自分が本能的にわかっていたこと、してきたことがやはり正しいのだ、ということがわかるのですが、そのことによって、「自分の本能の価値」「自分を信じることの価値」を知ることが出来るのです。

『そんな「極端」で「ひどい」状況でしか、大事なことの価値を知ることが出来ない柴猫』というのは、どう考えても「不出来な猫である」としか言えないのですが、仕方ありません、それが柴猫なんですもん。

なので、柴猫は、第一の人生の「ひどい出来事、経験、人」にも、心から感謝。

思い返してみると、本当に「いろいろな価値」を知ることができました。でも、この、第一の人生で得ることの出来た価値は、第二の人生にはすべて備わっている、ということなのですよ。

さて、柴猫の感謝リスト、あと何日で完成するかな~~。










Last updated  June 18, 2011 17:44:47
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June 14, 2011

 第二の人生  ースタートにあたってー
[ 思考する柴猫 ]    

ななちゃんがいなくなって以来、柴猫の頭の中は「これから第二の人生を作らなきゃいけないんだから、早く始められるように、まず心をリハビリしていかないと!。」という思いでいっぱい。

でも、周りを見渡してみますと、柴猫の友人知人たちの中でも「もう第二の人生を始めている」「始めなくてはならない状況発生中」「始めるため、目下準備中」「スタートのちょっと手前」と、ちょっと驚くほどの人数に、「第二の人生」が訪れているのです。

例えば、柴猫の同僚(女性、ヨーロッパ人です。)が、去年、急にダライラマに興味を持ち、一ヶ月に50冊以上のペースで本を読み、仏教に開眼。…以来彼女は全く別な生活を送っている、とか。例えば、すべてが上手くいっており、「サクセスストーリーそのもの」のような人生を歩んできた女性(やはり女性、ヨーロッパ人)に、検診で癌が見つかり、即手術。手術後の彼女は、食生活を始めとし、自分のライフスタイルを180度変える努力をしています。また、別の知人は、日本を離れ、アメリカへ。彼は、そのために貯金をしていたのだ、そう。また、柴猫の身内のような友人も、この8月に人生リセットの旅に出るべく、只今準備中。

そのほか、まだ書けないストーリーも、いろいろ。

第二の人生の始まり方は、人それぞれで、半年~1年かけて、いろいろな出来事が起こり(アクシデントも含め)、ゆっくりとした時間の流れの中で自分の内面も変わっていき、気づいたら半年前とは全く違う人生になっていた、というものと、何かのドラマチックな変化、出来事により、理解も準備もないまま第二の人生が始まってしまった、というものなど、いくつものパターンがあります。他にも、こういった無意識のレベルで第二の人生に入ったケースもあれば、意識的に第二の人生を望んだケースもあります。例えば、アメリカで第二の人生を始める彼などは、そのために自分で努力してきたわけですから、それは無意識的な変化ではなく、意識的に変化を起こさせていたのです。

でも、どのパターンを見ても、その変化に対応できるだけの基盤は、どの人にも充分出来上がっていたな、と思う柴猫。それが100%でなくとも、かなり危なっかしくても、第二の人生でやっていけるだけの基盤は、もうその前に用意されていたな、と思えるのです。

そして、「あ、ま、こんなもんで大丈夫だろう、充分、充分」というくらいの基盤が出来上がったところで、ど~~んっと第二の人生が来ちゃう、と、そんな感じですね。本人自身に基盤が充分でなくても、例えばその人の周りに、その基盤作りを手伝うことのできる人間や環境がある、とかね。そんなでも「あ、いける、いける。」と見なされてしまうようです。

でも、この第二の人生、与えられたのに本人が全然わかっておらず、とっくにスタートしているにもかかわらず、根本は第一の人生と全然変わってないじゃん、結局、という人もいます。どんなに派手にドラマチックに始まっても、それはそのときだけのビッグイベント、のような感じで終わってしまい、結局は過去の自分のまま生き続けている。それでは、第二の人生ではないのですね。

「う~~ん、自分がそうなっちゃっても困るなあ~~。」と思う柴猫。「第二の人生、第二の人生」と言い始めてから、もうかれこれ1ヶ月くらいになっちゃいますからねえ。せっかくのスタートでフライングはしたくないですし。

で、考えてみました。綺麗なスタートを切るためには、何が大事か、と。

ここでまたしても「音楽」の登場~~。ま、柴猫はピアニストですから、仕方ないのです。

さて、音楽には、文章にあるような「区切り」がたくさんあります。小さい「区切り」もたくさんあるのですが、それらがまとまって大きな「区切り」になって、ずんずんグループ化することができます。(うん、我ながら、いい説明…。)で、その大きな区切りの中で抑揚をつけたりボリュームを調節したりするのですね。これをフレージングというのですが、これがきちんと出来ない人が多いわけです。そういう演奏は、本人がどんなに一心不乱に演奏しようと単に自己満足の世界に終わってしまい、「何じゃこりゃ?」という仕上がりになってしまいます。

もちろん原因はいろいろあって書ききれないのですが、楽器を問わず、必ずといっていいほど現れる根本的な間違いは、「きちんと『区切り』を終わっていない。」ということ。ここで「きちんと終わるということはどういうことか」、と説明し始めますと、音楽からピアノのテクニックまでも説明しなければいけませんので、そこは省略~~。(お料理番組のようですね。)

が、ここで、音楽から人生一般のフツーのことに、視点を移してみてください。「前のことがきちんと終わっていないと、次のことをきちんと始めることができない。」これって、結構よくあることだと思いませんか?

第二の人生のスタートも、同じことなんではないか、と思う柴猫。つまり第一の人生をきちんと終わっていないと、第二の人生のスタートはきちんと綺麗に切れない、そういうことなんじゃないか、と思うのです。

では、どうすれば第一の人生をきちんと終えることができるのか。

柴猫は、これも「ザ・シークレットのおさらい」で学んだように、「感謝すること」だと思います。

つまり「第一の人生が良くなかったから、第二の人生があるんじゃない」、ということ。第一の人生のもろもろに感謝をし、「これでよし!」と終わりにすることだと思うのです。

今日は、「第一の人生、感謝リスト」を作成しよう、と思います。









Last updated  June 16, 2011 17:40:56
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June 12, 2011

 「ザ・シークレット」のおさらい
[ ポジティブ思考体質祈願 ]    

今日は、柴猫の「ポジティブ思考」の基盤になっているとも言える「ザ・シークレット」のDVDをおさらいすることに。

何故また急に「おさらい」か、と言いますと、まず一つには、最初に見てからもう2年も経っている、ということ。ということは、何か大事なことを忘れていたりもするかもしれませんし、また2年前とは違う発見ができるかもしれません。それから、ザ・シークレットでは「引き寄せ」がテーマになっているのですが、柴猫は今まで、「柴猫プラスななちゃん」の幸せのための「引き寄せ」を実行してきていたわけで、これからは「ななちゃんなし、柴猫だけ」のための「引き寄せ」に変更しなければならないのですね。そのために、もう一度基本を「おさらい」しておきましょう、と。

で、DVDをドイツ語で1回、英語で1回、計2回見ました。(ドイツ語と英語の2ヶ国語DVDなのです。)

すると…。う~~ん、やはり、忘れていたこと、ありましたね~~。

どんなことかと言いますと…。

まず、「引き寄せ」は「何を」、そして「何故」引き寄せることになるのか、ということを簡単に説明しますと、人は誰でも「自分の考えていること、レベル、考え方」と共鳴するもの、つまり同種類、同レベルのものを引き寄せるのですが、理由は「同じ周波数を発するもの同士だから」ということなのです。自分が望まなくても、いや避けようとする気持ちが強ければさらに強力に、望まないものを引き寄せてしまう、ということもよくあります。自分の考えと同種類、同レベルということは、まあ、言い換えれば「自分の内面を転写したものを引き寄せる」のではないか、と柴猫は思っているのですが…。

で、今回、DVDを見終わったあと、まず自分の現状を振り返り反省。
柴猫の反省点とはずばり、「感謝」でした~。

実はこの数ヶ月間、例えば柴猫のクラスなどで、「ん、もう~、なんかみんな感謝の気持ちが感じられないよな、イマイチ」と思うこと、数回あり。友人たちとの会話の中でも、何度かそんな気持ちになったこと、あり。

これって、実は、自分の内面が充分な「感謝の気持ち」で満たされていない、という証なのですよね。だから、同じように「感謝の足りないもの」がかえってくる、ということなのです。「それって、思い違いなんじゃないの~~?」と思われた皆様、いえいえホントなんですって。

柴猫の心の中が感謝の気持ちで満たされていれば、外側も同じ分量だけ「感謝」で満たされるのですよ。それが、クラスからも、とか、友人の誰々からも同じ量が、というわけではありませんが(彼らはずっと感謝が足りないままかもしれません。)、もっと別なところからも感謝がやってきて、結局内側と外側の均衡がとれるようになっているのです。

「そっか~~、感謝か~~。う~~ん。」…。しばし、じ~~~っと考え込んでしまった柴猫。

いろいろ思い出すこと、あり。
例えば、ギャラを現金でもらうときのこと、とか思い返してみました。

日本では、ギャラを現金でもらうことも多いのですが(ドイツは振込みがほとんどですね。)、そういえば、日本でも感謝はまちまちだなあ~~~、と。深々とおじきをしてくださり「ありがとうございました。少なくて申し訳ないですけれど。」と両手で封筒を渡してくださる方もいらっしゃれば、「あ、先生、お疲れ様です~、じゃ、ここにハンコ、お願いしますね~~。あ、ハンコ、ない?じゃ、いいや、サインで。ここにサインお願いしま~す。」みたいときもあり(これ、けっこうよくあるパターン)。ああ、一番すごかったのは、ありがとうもお疲れ様ですもなく、片手で「あ、はい、これ」と渡されたときですね~~。このときは講習会でしたけれど、驚きました。

これらを分析するのに、感謝をこめてギャラを渡してくださった人には、柴猫もすごく感謝しており、そうではなかった場合には、柴猫の感謝も足りなかった、と、そういうことではないんです。柴猫としては、柴猫内のカテゴリ「感謝」の中で、総計がプラスマイナス0になるように、人と場合によって操作されているんではないか、と思っています。でも、本当に種類とレベルが合わないものに関しては、それらとは引き合わないわけですから、結局は仕事もきちんと整理されてきます。前出の「片手で…」の講習会は実は何年も続いていて、毎年気が重かったのですが、ある年、喧嘩もいさかいもなく、す~~っと辞めることができました。

ここで柴猫、「今度はいつ、現金でギャラがもらえる機会があるのかしら。」と考えてみました。すると、ありました!「あ、店長さんのお給料!」

自己評価では、これは大丈夫なんじゃないか、と思う柴猫。だって、「柴猫に店長さんをやらせてくれて、ありがとう~!」って、毎回思ってるもの。

記念に、封筒は(勝手に、封筒の中に入っていると思っている。)、写真に撮っておこうっと。

Last updated  June 14, 2011 09:29:43
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June 10, 2011

 土曜日は店長さん
[ 柴猫の日常生活 ]    

明日は、日本に里帰りしている某さと子さんの代役、テラ・アウリの店長さんになる日、です。先週、今週、来週の土曜日の3日間だけなのですが、なかなか店長さんは緊張します。ご近所さまにもにこやかに挨拶しなくちゃいけないし、換気をしたり金魚の水槽を洗ったり、他にもいろいろ忙しいのよね。

きのう、一念発起して、ななちゃんが猫の天国に逝ってしまったことをブログに書きましたら、本当に心に染み入るような温かな励ましのメッセージを、いろいろな人から頂きました。

どのメッセージも、読んでいるうちに涙が止まらなくなるほど、温かで思いやりに満ちた言葉と気持ちが、いっぱいに詰められていました。本当にありがとうございました。

ななちゃんは、天国に一人で旅立って行き、柴猫も新しい人生の時間に向かって、その第一歩を踏み出さなければいけないのです。そのために、今は心を痛みと悲しみからリハビリ中。

リハビリのメニューは、「何か今までにしたことのない体験をして、一人の時間を悲しみに占領されないようにする。」

ななちゃんがいてくれた日々と全く同じことをしていては、悲しみだけが追加されることになってしまうのではないか、と思ったのです。

「どこか旅行に行ったら?」とか「自然の中で2週間くらい過ごせば?」とか「新しい猫を飼えば?」というアドバイスまでもありましたが、そんなことでこの痛みは良くなりはしません。

ピアノの練習の経験からいいますと、何かものすごいミステイクを自分に発見してしまった場合、とか、いきなり間違いを治そうとはせず、まず「今までの状態」を崩してしまったほうがいいのですね。

「え、でも柴猫、それとこれとは違うんでは?」と思われた皆様、はい、確かにそうなんですけど、でも柴猫はピアニストですので、旅行に行ったり自然に親しんだりするよりも、この方法のほうが信じられるのです。

で、「今までにしたことがない経験」を求め、いろいろと。

そのうちの一つが、「店長さん」(注 笑顔が素敵な、も入ります。)というわけでして。

そのほかにも、某テレビ局のスタジオで、観客としてのんびり収録を眺める(プラス、なんとお小遣い程度のお金が貰える!)という、なんともおいしい企画もあったのですが、これは「のんびり眺める」どころでは終わらず…。「のんびり眺めているだけでは、お金はもらえない。」という貴重な(?)教訓を得たスタジオ見学、でした。まあ、この日の騒動については、また後日。



Last updated  June 10, 2011 21:21:52
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June 9, 2011

 再開
[ 思考する柴猫 ]    

最愛のななちゃんが猫の神様に召されて、ちょうど今日で1ヶ月。
ちょうど今日から、柴猫の学校も2週間のお休みに入りました。

本当に、この1ヶ月は大変でした。
ななちゃんと一緒に、この世から消えてしまえたらどんなにいいか、なんて真剣に考えたりして…。

実は、ななちゃんは去年の7月に癌の手術を受け、お医者さんからあと4ヶ月くらいしか生きられませんよ、と言われていました。柴猫は、それならば、猫の神様に「ななちゃん、帰っておいで。」と言われるまで、彼女に幸せな猫ちゃんとして毎日を送ってもらおうと、「ななちゃんが主役」の日々を送ってきたのでした。

柴猫の仕事の時間もななちゃんのご飯の時間に合わせ、お友達からのお誘いもほとんど断り…。でも、それで、柴猫はとても幸せだったのです。もちろん、ななちゃんも。

「ペットは『子供の代わり』にはなるけれど、『子供』ではない!」と言い切る人は、世の中には大勢いますけれど、ななちゃんは柴猫に『お母さん』をさせてくれた、大事な大事な『子供』でした。

手術後のななちゃんは、某さと子さんのギャラリーにもデビュー。柴猫のコンサートのときや、遠くのお仕事で何日も家に帰れないときには、某さと子さんのギャラリーでさと子さんの寵愛を受け、テラ・アウリの「看板猫」として、道行く人からも愛されていました。お医者さんが言った「余命4ヶ月弱」の4ヶ月も、元気に過ごし、お医者さんも首をかしげていたほど。

そう、不思議なことに、彼女は死ぬまで「元気」でした。その日まで、まぐろのお刺身を食べていましたし、いつもどおり撫でてくれるよう、柴猫にせがんだり…。

だから、本当に、まさか、あの日に死んでしまうなんて…。

ななちゃんが死んでしまったことが、あまりにも信じられず、納得できず、「あんなに元気があったのに、どうして死んでしまったんだろう。」と何回も何回も思い返しては泣いていた柴猫だったのですが、あるとき、「本当は、あんなに最後まで元気だったのが、奇跡的だったのかもしれない。」と思うようになりました。

きっと、猫の神様がそうしてくれたのでしょう。
ななちゃんが毎日毎日弱っていったら、柴猫はきっと仕事にも行けなくなったでしょうし、夜も眠れなくなったでしょう。ななちゃんも、そんな柴猫を見て、きっともっと逝き悩んだはず。だからきっと、猫の神様が「突然のお別れ」にしてくれたんだな、と。

とはいえ、今の柴猫は、まだまだ『きちんと一人で生きている』という状態からは程遠く、まるで二重人格者のような感じで、「ななちゃんのいない家の生活」と「お仕事」の間を行ったり来たり。

お仕事はきちっとこなしていますので、仕事関係で柴猫の様子を変だと思う人は誰もいません。でも、柴猫の親しい友人たちは、毎日柴猫を見守ってくれています。

さて、ななちゃんが逝ってしまってから、今日でちょうど1ヶ月。それで、「何か特別なこと」を、始めてみようかな、と。

実は、2日前のこと。ななちゃんが夢に現れ、どこかの南国の、吹き抜ける風がとても気持ちのよい家で、とても元気そうにしていました。柱も窓も真っ白な家で、カーテンが羽のように風になびいており、ななちゃんはいつもどおり愛らしく、そして2歳くらいのときに戻っていました。不思議な夢でした。

それで、「何か特別なことを始めてみよう」という気持ちが生まれたのかもしれません。そうだ、「特別なこと=ブログの再開」をしてみよう!と。

毎日更新するのは、無理かも、とは思うのですが、書けるとき、書きたくなったときに更新しようと思います。どうぞ、よろしくお願いします。

ずっと待っていてくださった読者の皆様、ご心配のメールもたくさんありがとうございました。




Last updated  June 10, 2011 05:25:58
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June 14, 2010

 おばさん化が進む世の中

柴猫が『諸々の男女関係(ま、いわゆる夫婦、恋人、その他いろいろ、ですね。)ウオッチャー』として、常に鋭い観察眼を働かせている(?)ということは、柴猫ブログの読者の皆様は、もう良~~くご存知だと思います。

が、実は、そのほかにも、鋭いウオッチャーな分野がまだ!

それは、「おばさんウオッチャー」!

実は、柴猫の「おばさんウオッチャー」としての活動歴はかなり長く、スタートはティーンエイジャーの頃だと記憶しています。もっと子供の頃は、「おじさん」「おばさん」というカテゴリ分けはなく、「大人」というグループ分けでウオッチングしていました。

ここ数年、柴猫の同級生たち(注 女子)とお茶などしますと、必ず会話に登場するのが「これってオバサンっぽくないかしら~~。」とか、「オバサンっぽくない趣味のものって、見つけるのがむずかしいのよねえ~~。」などなど。

彼女たちと会話をするたび、「おばさんには見られたくない!」という意志と恐怖はあるものの、「おばさんである定義」はしっかりわかっていなのだな、という気がしてならない柴猫…。

さて、では、その「おばさんである定義」とは?と言いますと…。

柴猫の同級生たちがこだわり、試行錯誤しているのは「おばさんの外見や持ち物」。でも、それは甘~~~い!、のです。実は「おばさんの定義」がもっともっと明るみに出るのは「言動」なのです、ね~~。

とはいえ、おばさんたちの「動」は「言」より千倍位はスローですので、まあ、大抵は「言」がおばさんであることを証明してしまうことが多い、と思われるのですが。

そう、そして、恐ろしいことに、「言動」が証明してしまう、ということは、「おばさんの定義」に性別すら超えさせてしまいます。

「え?『おばさんである定義』には性別がない?」と驚かれた皆様、そうです、そうなんです。

つまり、それって『おじさんもおばさんになれてしまう。』ということなんでして。

柴猫が最近確信していることは、「世の中は、確実におばさん化している」ということ。

その中でも、「おじさんのおばさん化」には、目を見張るものがあります。

具体的にはどういうことなのか、と言いますと…。

「おばさん言動」にはいろいろあるのですが、その中でも1)「思ったことをすぐ口に出してしまう」2)「考えの途中経過を、すべて報告してしまう。」という2大特色は、インターナショナルなものではないか、と思います。

例えば、夏、どこかエアコンの効いていないような場所で、ことさら不快そうに顔をゆがめ、四つ折のハンカチで首筋から顔のあたりをパタパタ扇ぎながら「暑いわ~、クーラー効いてないんじゃない、ここ~?」とか、『言わなくても、そこにいる人間が全員わかっていること』、を即、口にするのが1)の例です。

2)は、「あたし、てっきりAだと思ってたら、なんだか変で~。で、よくよく見るとBって書いてあったのよね~。ってことは、Aって○○ってことじゃないのよ~~、ねえ!」というように、思考の最初から最後までをくまなく言わないと気がすまない、という例ですね。

これらの発言の特色は、子供の発言にも共通していることなのですが、でも、子供の場合は成長の過程で、進歩のステップとして現れる特徴なのですよね。大人の場合は、成長の過程ではなく、あくまでも退行の過程であり、且つ老化の象徴でもありますから…。

さて、この二つのうち、特に2)の例は、最近日常でユニセックスに使われており、おじさんたちの言動にもよく見られるようになりました。

以前の「おじさんたちの言動」といえば、1)なんでも、とりあえずウンチクをたれる(知ったかぶりをする。)2)なんにでも、とりあえず文句をぶつぶつ言う。などが有名でしたが、それはさすがにウケが悪いと悟ったのか、おじさんたちの言動も著しくおばさん化してしまったのです。

特に目立つのは、友人のブログに投稿される「おじさんからのコメント」。おもしろいことに、柴猫ブログのコメントにはそういう類のものは来ないのですが、例えば、某さと子さんなどに代表される女子のブログやFacebookなどで、よく見かけられます。

柴猫も女子なのに、どうして柴猫ブログには「おじさんによる、おばさんコメント」が来ないのか、という疑問は置いておきまして、ま、おじさんたち、見事におばさん化してる、のですよ~~。

ウケを狙ったのだけれど大ハズレに終わった「おやじギャグ」なのか、正真正銘の「おばさん化発言」なのか、その境の見極めも大変なのですが、でも明らかに「おばさんだよ~~、これ。」というコメントも少なくないのですね~~。

ところで余談なのですが、「おばさん発言」にも東西に違いがありまして。

と言いますのも、柴猫関西ウオッチング(!)によりますと、いわゆる関西地方では、普通の日常会話にも必ず「ボケ、つっこみ、オチ」等が入っているのです。

もちろん柴猫はそういう会話は出来ませんので、例えば京都のM子など、柴猫との会話では彼女が一人で「ボケ、つっこみ、オチ」の役をしてくれます。柴猫は、M子の「一人コント」を聞いて笑っているだけ。もう一人関西人が会話に加わりますと、彼女たちのコントを柴猫が聞いて笑っている、という図になります。

では、具体例として、先ほどの「おばさん発言」を関西風に変えてみましょうか。

「暑いな~、クーラーきいてへんのか、ここ~。」の後に、例えば「こんなやったら、脱水して死んでしまうわ~~。」と続くとしましょう。するとそれを聞いていた人が、「脱水?あんたやったら、脱水したくても出来ひんやろ~。今日も朝からがぶがぶ、よ~水もんばっかり飲んでたやろ~?あんたやったら、砂漠に置いて来られても大丈夫、死なへんわ~~。」(注 関西弁、かなりいい加減です。)と答える、こんな感じでしょうか。

もちろん本物の関西のおばちゃんの会話はこんな生易しいものではなく、実際にはエンドレスでやりとりが続きますし、声にもリアクションにももっと凄みがあり、彼女たちのど迫力は、決してマストアイテム「ヒョウ柄」のせいではない、ということを教えてくれるのです。






Last updated  June 15, 2010 05:13:05
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May 21, 2010

 流動食といえば、味噌ラーメン?
[ 柴猫の日常生活 ]    

某さと子さんが、歯に何か金属の軸を入れ(柴猫は歯がいいので、歯科治療用語は知らないのです。すみません。)、長かった「歯抜けばばあ生活」に別れを告げるというので、記念すべき第一歩を友人として祝うべく、究極の流動食を作ってあげることにしました。

ということはなかったのですが、いえ、彼女が長きに渡って歯抜けだったことは確かでして、でも、きのう、彼女がいきなりその、金属の棒だか軸だかを入れる手術をするとは、柴猫、全然知らなかったのです。

でも、実はその前日に、究極の味噌ラーメンを作るべく、彼女のギャラリーで味噌ダレを仕込んでしまってあったのでした。

なので、きのうはど~~しても、その味噌ダレの味をみたり、調節しなくてはならなかったのですね。

「うわ~~、タイミング、超悪し、じゃん~~。」

彼女は歯医者さんから「じゃがいものピューレのような、流動食しか食べてはいけません。」と、きつく言われてきたらしいですし。まあ、ギャラリーにはじゃがいももありますので、じゃあ、彼女にはジャガイモのスープでも作ってあげようかな、と考え、Terra Auri(彼女のギャラリーの名前です。)に出かけることにしました。

さて、ギャラリーに着いて味噌ダレの様子を見ますと、いや~~、美味しそうな照りも出てますし、いい感じの固さになっているではありませんか。柴猫、とりあえず満足、満足。

でも、野菜を入れたり麺を入れたりすれば、また味も大幅に変わりますので、やっぱり、それも試してみないと…。

「でもねええ、某さと子さんはジャガイモのスープで、柴猫だけ味噌ラーメンって言うのも、いくらなんでも悪いなあ~~。」(だって、味噌ラーメンは彼女は大好きなトンカツよりも愛していますから~~。)と柴猫が躊躇していますと…。

「あ、あたしも食べるから!」と、某さと子さん。「でも医者は絶対ダメって言うと思うよ」、と柴猫


だって、香辛料が入ってますもん。しょうがも一味も。

ところが彼女は、「大丈夫。だから食べる。」

「でもさ、大丈夫って、それ、歯医者さんが決めることでしょう~~?」

何かを決めてしまうと、某さと子さんの意志は、プラチナより固いのです。
それがいいことであろうと、悪いことであろうと!

まあ、口腔内の傷はすごく回復が早いというのは、お医者さんから聞いて知っていますので、まあ大事には至らないかもしれませんけれど、でも、ねえええ。

躊躇している柴猫にいらいらしたのか、某さと子さんが突然とんでもないことを主張…。「味噌ラーメンはね、流動食なのよ!」

えっ?それは知らなかったよ~~!いつ誰が決めたの?

「私の中ではね、もう最初から流動食だから、味噌ラーメンは!」

もう、ここまで来てしまうと、なんびとたりとも某さと子さんを変えることは出来ません。

大人だけに、眠すぎて泣いている子供より始末が悪いのよね~~、こうなると…。

なので、柴猫は味噌ラーメン2人前を作成にかかりました。

「あのさ、具はどうするの?だって噛めないでしょう?」と訊きますと、

「大丈夫、反対側で噛むから!!!」

あ、はい、そうですか…。

で、10分後に完成したのが…、これです。そして彼女は、なんと2杯も食べたのでした。理由は「朝から何も食べていなかったから!」




Last updated  May 22, 2010 17:24:39
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