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「気づき」を求めて日々生きるオトコの日記 [全334件]
久々に訪れた、楽天日記。。 前回更新はな、な、なんと2年前。。 年をとることに時が経つのは早くなるが。。 時間が本当に早く流れ去っている。 2年前は、こんな未曾有の大災害がおこるなんて微塵も思ってなかったし。。 個人的には、前回の日記からわずか11ヶ月後に、このオレが「演劇」の世界に足を踏み入れるとは、今回の大震災よりも読めないと思う。。
だいぶ開いてしまったが、前回の続き。。。 ナチュラルでスピリチュアルテイストな看板に惹かれて、無謀にも車で侵入していったあぜ道。 直進していくと、改装中の古い民家が。中にはのっぽな欧米人さんが、カーペンタールックで大工仕事を展開中。 「うーん、ただの農家か。。引き返さないといかんかな~」 と思っていると、その欧米人らしき方が「コンニチワ!いま、工事中ナノデス。どこからいらったしゃったのデスカ?」 と気さくに話しかけてくるではないか。。 その欧米人さんは、この農地の運営上のリーダーさん。アメリカで農家に生まれて、農業大学に通っていたときに、農薬の大量散布など現代農業の多くの矛盾に気づき、10年以上前に真のオーガニックライフを実現すべく北海道に渡ってきたという。そして、このファームは完全循環型のすべてこの中で賄えるものを目指すという。 大工仕事も基礎工事以外はほとんど自前ででき、奥様は本格的な酵母パンの作り手、畑や田んぼ、養鶏場も備えた施設を一歩づつ着実に、大地に根を深く張っていく様に成長させていく様は、真の地に足の着いた生き方を見せていただいた気がしてならなかった。 偶然のおもいつきの、やや無謀とさえ言える行動が、また?素敵な貴重な出会いをもたらした。
先週末、北海道へ行ってきた。 往路、機内設置のcafeの紹介本を見て、気にいった店が「長沼」という札幌から車で40分程度の場所に数件あったので、そこへ訪問。 ログハウスでつくられた、農家自家製食材を使った、料理はなかなかの味で、広い平原の中という最高のロケーションもあって、よい時間を過ごせた。 店をでて、特に急ぐ予定もないので、レストランの運営元の農場を見学することに。付近を車で走っていると、ある看板に目がとまった。 「天の恵み 大地のちから いのちのつながり」 なんだこりゃ? と思いつつ、勝手にその看板の脇の細道を進入。 その先にあったのは。。。
現在最も尊敬している人生の師から勧められた一冊。 本のタイトルは「ニュー・アース」 ここ2日で、一気に読了。 つべこべ言わない。 必読。 この4年間、数百冊の自己啓発、スピリチュアル、心理、哲学本を読んできたが、間違いなく最高の一冊。 求めていたこと「人とは?生きるとは?」という問いへのひとつの本質的な答えを提示した、至高の書であろう。 これほど、人間の本質、悩みや苦しみの本質、幸せの本質を説きながらもわかりやすく、具体的に実践に移す方策まで提示している本はないのではなかろうか? この本をわが師に伝えた、師の友人は、この本を何冊もストックしていて、友人・知人にことあるごとに配っているという。 本棚にある自己啓発、スピリチュアル本のかなりが不要になってしまった気がする。。
今日は起きると、なぜか本棚の整理をしたくなって、2、30分かけて、ジャンル別配置変更をおこなった。 そろそろ、本気の仕事モード。 それまで机から近場にあった英語や、哲学、自己啓発系の本は、手に届く位置から遠ざけ、替わりにマーケティング、不動産、比較的即効性の高いモチベーションコントロール、心理コントロール系をそこへ。 自分の脳内のフォーカスポイントも、それに伴って、より実戦的にシフトした気がした。 前日に「古くなったり、使わなくなった服やモノは処分すると、新たな出会いや、出来事が舞い込む」といった文章に出くわしていたのも、無意識に影響していたのかもしれない。 この日、夜にライフコーチングを互いに行っているパートナーと、これからの目標、方向性について話していると、怖いぐらいこれまで以上に方向性の一致をみた。そして、自分が迷っていた事業のどの分野・業界に対して「はじめの一歩」を踏み出すかという点で、過去の経験や今後の展開に大いにメリットのある「通販」という確信を得たとき、パートナーが即座に目を輝かしていってくれた。 「私がずっとやりたかったことなんです」 「私も一緒にやらせてください!」 ずっと、捜し求めてきたビジネスパートナー。 何か、もちろん、とてもとてもうれしかったのだが、それ以上にこうなることが必然に思えるぐらい、不思議なほど自然な流れでこうなった気がする。 流れにのっていこう。
社会起業家という概念、存在には注目していた。 自分もそうなりたいという気持ちもあったし、それなりの問題意識も抱えていた。 しかし、自分を動かす、駆動力足りうる、「何か」が欠けている気がしてならなかった。 最近ようやくわかった。 哲学、心理学、スピリチュアル、自分なりに本を読んだり、セミナーに出たり、仕事や、その他生活の場で実践してみたり、すべてがそれらの勉強だった。 人が生きる理由。 哲学者のレヴィナス氏の文献での氏の言葉。 「生きるために、生きる」。 生きていること自体が一つの奇跡。そして、絶対に一人では生きられない他者との、いや大自然との不可分な相互関連性。 理解できることではない。気づくことなのだ。そして、気づけた気がしてならないのだ。 生きるために生きる。同義語反復の様にしか思えない一文。 だが、気づくと、そしてシンプルにひとことで答えると、そうとしか言えないのだ。ではなんのために生きるために生きるのか? ひとそれぞれ言い方はいろいろあるだろうが。 ぼくは、断言できる。成長するために。 成長の真の意味に気づけないと、当たり前に聞こえるのだが。 成長とは気づくことだから。気づくことは、経験し、ありのままに見ることからしか得られない。 己のスピリチュアリティに気づき、自分と社会(=>世界=>宇宙)との関連性に気づいて、はじめて己の存在の理由や意味に気づけてきた気がしてならない(まだまだ成長(いや一生成長)の身、これからもより深く気づくことになるのだろう)。 自分のテーマ、何者であろうとするのか人にわかりやすく説明することばが思いついた。 スピリチュアル社会起業家である。 |一覧| |
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