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あれから一年… 東日本大震災における甚大な被害へのショックは、未だなお私たちの脳裏や心に焼きついたままです。 私の参加する「ジョニー黒田&ディキシープリンス」が、3月に東日本大震災の復興支援になればとチャリティーライブの開催を決めました。 “今回の復興支援は長期戦。だからこそ無理のない地道な支援を続けなければ”…昨年4月に急きょ開催したディキシープリンスのチャリティライブで自分がしたコメントです。 自分たちができる支援を一時の盛り上がりと一緒に埋もれさせたくはない気持ちが強かったのですね。 その後、オファーをいただき、いくつかのチャリティイベントでも演奏しました。 そのなかで「いったい自分たちディキシープリンスにできることとは何なのだろう?」という問いかけを自分自身にもし続けてきました。 答えも見つけられないまま数か月過ぎ、何もできない自分にガッカリな思いばかりが募り始めていました。 夏の日、とあるライブ会場での自分の目の前に広がる光景が突然に自分なりの答えを導き出してくれました。 まだまだ、自粛ムードの匂いがとれないころです。 その光景とは、私たちがハッピーに演奏するほどにオーディエンス皆さんが体を揺らし、足をタップし、あるいは手をたたき、子供たちはうれしそうに飛びはね、笑顔の輪が広がっていったのです。しかめっ面していたお父さんが笑顔に変わる瞬間も見逃さず。 一番前の席に座っていた年配のお客様が、 「楽しいねー。わたしゃ(復興の)手伝いに行くなんて無理だから、できるものなら、あんたがたを(被災地に)送ってあげたいよ!」 とおっしゃった。 うれしかったですよ。 そんな気持が、手から手へとつながって海を渡り、被災地へ一筋の糸が伸びていくようなイメージが浮かびました。 私たちの演奏や音楽が瓦礫の山を取り除いたり、食事や衣類をもたらしたりできるわけではありません。 音楽が働きかけられるのはモノではなく、感情に対してです。 とはいえ、私たちがかかわることができるのはその時に目の前にいらっしゃるオーディエンスだけです。それも、自分の音が声がパフォーマンスが届くわずかな距離まで。決して多い人数にはなりえません。 しかし、その方々が私たちの音楽で少しでも元気が増え、笑顔や暖かい気持ちが増え、それが広がっていってくれればきっと、小さいかもしれないけれども復興の栄養となるのではないか。“復興支援する者が元気がなかったり、笑顔でなかったら、他人に元気も笑顔も与えることはできない”…そんな希望を胸にチャリティーライブに自らが臨んでみようと思うのです。 会場いっぱいにたくさんの人が立ち寄って、復興支援のエネルギーを再燃させてもらえたらいいなあ。 2012/2/6, >:
あれから一年… 東日本大震災における甚大な被害へのショックは、未だなお私たちの脳裏や心に焼きついたままです。 私の参加する「ジョニー黒田&ディキシープリンス」が、3月に東日本大震災の復興支援になればとチャリティーライブの開催を決めました。 “今回の復興支援は長期戦。だからこそ無理のない地道な支援を続けなければ”…昨年4月に急きょ開催したディキシープリンスのチャリティライブで自分がしたコメントです。 自分たちができる支援を一時の盛り上がりと一緒に埋もれさせたくはない気持ちが強かったのですね。 その後、オファーをいただき、いくつかのチャリティイベントでも演奏しました。 そのなかで「いったい自分たちディキシープリンスにできることとは何なのだろう?」という問いかけを自分自身にもし続けてきました。 答えも見つけられないまま数か月過ぎ、何もできない自分にガッカリな思いばかりが募り始めていました。 夏の日、とあるライブ会場での自分の目の前に広がる光景が突然に自分なりの答えを導き出してくれました。 まだまだ、自粛ムードの匂いがとれないころです。 その光景とは、私たちがハッピーに演奏するほどにオーディエンス皆さんが体を揺らし、足をタップし、あるいは手をたたき、子供たちはうれしそうに飛びはね、笑顔の輪が広がっていったのです。しかめっ面していたお父さんが笑顔に変わる瞬間も見逃さず。 一番前の席に座っていた年配のお客様が、 「楽しいねー。わたしゃ(復興の)手伝いに行くなんて無理だから、できるものなら、あんたがたを(被災地に)送ってあげたいよ!」 とおっしゃった。 うれしかったですよ。 そんな気持が、手から手へとつながって海を渡り、被災地へ一筋の糸が伸びていくようなイメージが浮かびました。 私たちの演奏や音楽が瓦礫の山を取り除いたり、食事や衣類をもたらしたりできるわけではありません。 音楽が働きかけられるのはモノではなく、感情に対してです。 とはいえ、私たちがかかわることができるのはその時に目の前にいらっしゃるオーディエンスだけです。それも、自分の音が声がパフォーマンスが届くわずかな距離まで。決して多い人数にはなりえません。 しかし、その方々が私たちの音楽で少しでも元気が増え、笑顔や暖かい気持ちが増え、それが広がっていってくれればきっと、小さいかもしれないけれども復興の栄養となるのではないか。“復興支援する者が元気がなかったり、笑顔でなかったら、他人に元気も笑顔も与えることはできない”…そんな希望を胸にチャリティーライブに自らが臨んでみようと思うのです。 会場いっぱいにたくさんの人が立ち寄って、復興支援のエネルギーを再燃させてもらえたらいいなあ。
先日のライブで、小手調べに新しい楽器をデビューさせた。なかなかの音がするらしい…というのは、自分ではまだ手ごたえ、実感がイマイチわからない。そう簡単に思い通りにさせてくれるヤツではないのはわかってる。がっぷり四つで格闘し、使いながら徐々に信頼関係を築いていくことにする。共に育っていく楽しみ、醍醐味がある。
先日、友人ミュージシャンの結婚祝賀会に出席しました。 彼とは長ーーーいつきあいで、親友、クサレ縁…なんかそんな感じです。 ミュージシャンらしく平日の夕方からの祝賀会。 札幌のジャズシーンを支える一人だけあって、出席者の多くが同じく中堅、ベテランのミュージシャンたち。 祝賀会のBGMも入替りでのナマ演奏。 ほとんどライブ!。 1次会から盛り上がったのはいうまでもなく、そのままの勢いで2次会へ突入していったのでした。 2次会から参加の方々もいて、大賑わいでした。 ジャズミュージシャンがこれだけ集まればセッションと相成るワケでして、1次会では演奏のタイミングがなかったミュージシャンもどんどん登場してのゼイタクなひとときでした。 いやー、札幌ジャズ力をみせつけられた、これが本当の「サッポロシティジャズ」ともいえる夜でしたね。札幌のジャズメンたちが集まって演奏しているのですから。 個性派ぞろいの素晴らしいジャズ集団でしたよ。 そして、やがて皆さんどんどんと壊れていったのでした。 新郎も例にもれず。。。
ついに、注文していた楽器が出来上がってきた。 今の楽器との付き合いも25年をこえた。 大げさかもしれないが、苦楽をともにしてきた信頼できるヤツだ。 でも、最近いろいろと不具合が多くなってきた。 そろそろかな・・・と思う。 新しい楽器との出会いを求めて1年ぐらい。 先月、東京の楽器店で出会ってしまった。 あまり期待せずに試奏したら「おやっ??」ドンピシャ! これだ、思った。 こういう出会いは大切。 次を待っても無いかもしれない…と、即決。 チェックや調整、仕上げなどで1か月を要して手元に届いた。 現在の楽器と同じメーカー、同じモデルに行きついたが、仕上げの材質を変えた。 なかなかいい。満足度の高い楽器だ。 まだライブに使えるようなコンディションにはなっていないのでデビューは先になるが、楽しみ。 デビューはいつごろになるのだろ? 早くても1ヶ月後ぐらいだね。 まずは大事に育てます。
東日本大震災後の書き込みから、早や3か月が過ぎた。 初夏である。 大好きな北海道神宮のお祭り。 笛や太鼓の音がこだまし、ワクワクとともにホッとさせてくれる。 神社敷地や中島公園には出店が立ち並び、楽しい雰囲気なのだろう。 今年もアメリカへ行ってきた。 訪問先はボストンとニューヨーク。 昨年はライブ鑑賞三昧であったが、今回はブラブラと、実にブラブラと過ごしてみた。もちろん生演奏はいくつか聴いたのだが。。。 BOSでは、とにかくのんびりと過ごした。 知りあいもできた。 ホテルレストランでの演奏を聴いたり、シーフードを食べに行ったり、音楽や文化を語り合ったり。 そうそう、竜巻警報にも遭遇した。これはキンチョーした。 NYでは、大好きなアメリカ自然史博物館へ足を運んだ。 ここで会える恐竜の化石たちがたまらない。 圧倒的に何かを語りかけてくる。威圧的に。 歴史というものの果てしなさ、自然への畏怖、様々な生命の驚き… またまた自分がちっぽけな存在であることに気づかされる。 今回印象に残ったのは、樹齢1300年という巨大セコイアの年輪。 そのとてつもない時間に心を奪われた。 彼はそんなに長い時間で一体なにを感じてきたのだろう。 われわれ人間たちの愚かな繰り返しやおごった振る舞いを…。 その振る舞いのひとつとして彼は切り倒され、輪切りにされ、展示された。 比較をすると、自分はまだ彼のほんの数パーセントも生きていない。 しかし、時の流れからみると、自分はその先端で流れに向かって立っている。 自分の後ろは脈々と続いてきた計り知れない時間へとつながっている。 自分が取り組んでいる音楽は、たかだか100年程度の歴史だ。 でもそれは、命のつながりのなかで、無数の母たちが子に歌ってきた子守唄の延長にある。 そう考えると、これもまたほんの先端にすぎない。 あらゆる歴史の、あるいは時間の積み重ねられたその上に自分たちは立っている。 そこで、音楽という、ある種の精神世界的な活動を行うことに深さを感じる。 ああ、前にさえ進んでいれば、自分が刻める足取りで、ゆっくりとでいいのだ。 そんなふうに、これから進むべきスタンスのヒントが見えた旅だった。 いま存在する空気もまた自然のリサイクルによってつながっている過去からのものである。 こいつを日々、ゆったりと十分に吸い込んで、リラックスしながら歴史の先端で試行錯誤しつづけるのも悪くない…。
久しぶりの更新。 いろいろ有意義なこと、楽しいこと、考えること…あったけれど、震災でふっとんでしまったよ。 整理して、あらためて書き込みしますね。
新年初の書き込みになりますね。あけましておめでとうございます。 もうすぐ1月が終わろうとしているのに…。 1/6の板谷大さん(Pf)リーダーによる「トラッド&スウィング」というライブから今年の活動が始まりました。 トラッドジャズ未経験の若手ミュージシャンらを巻き込んでのライブは、新鮮で、大変有意義でした。 継続してやっていきたいライブです。 その後、市内や遠方のレッスンが始まり、半月過ぎたあたりで、一気に通常モードになりました。 そして1/23は、2か月前から準備を進めてきたライブイベント「ジョニー黒田&ディキシープリンス活動20周年記念ライブ」が札幌市内のライブレストラン“BUDDY BUDDY"で行われました。昨年の間に進めてきたデキプリ20周年企画シリーズの集大成ともいえるライブです。 チケット発売や告知が遅れたため、集客に不安があり、気をもんだのですが、フタを開けると、予想をはるかに超えるお客様にご来場いただき、会場が大混乱となってしまい、お客様にいろいろとご迷惑をかけてしまいました。 そんな状況でも、あたたかい拍手をたくさんいただき、「ありがたい」という気持ちでいっぱいです。 ゲストの薗田勉慶さん。シットインの野村佳乃子さん。ありがとうございます。 一口に20年といっても、思い返すといろいろなことがあり、学ばせてもらったこともたくさんあり…その時その時は気づく余裕もないけれど、あとからみるとその歴史があるもんだな~と思ったりしました。 トラッドジャズの上を歩いてきた20年の間に、この音楽を通していろんな人に出会い、そこでもらったいろんな宝物があって、ずっと続いているもの、大事にしまっているもの、そんなものが整理整頓されたような一夜でした。 やってよかった。記念イベント。 バンドにとっても自分にとってもいいひと区切り。ステップアップしながらも、これまでとは一味違った関わりをこのバンドとしていくのでしょう。 お客様、BUDDY BUDDYのみなさん、いっしょに演奏してくれるメンバーたち。。。いつもありがとうございます。
昨夜は、年内最後となるディキシープリンスの“忘年”ライブでした。 自分にとっても今年の音楽活動の締めくくり、ライブ納め。 満席に近いほどのお客様にお越しいただき、楽しんでいただけたことは、デキプリ20周年イヤーとして嬉しい限りでした。 ライブの最後に必ず演奏する「聖者の行進(Saintsと呼んでます)」。例にもれず昨夜も演奏。今年は何回ぐらい「Saints」を演奏したろうか…とざっと数えてみたら30数回。平均すると月3回弱のペース。多いか少ないかはなんともいえませんが、それだけ自分の演奏するトラッドジャズを聴いてもらえたことになるわけで、多少なりともジャズのすそ野を広げ、ジャズファンを増やすことができたかもしれません。 札幌には近年、壮大なジャズフェスがありますが、その、揃い整えられた、通り過ぎていくきらびやかなシーンとは対照的に、ジャズ音楽を北海道や札幌の文化としてリアルなものにしていくためには、あるいはこの町を“ジャズの街”と声高に言うのならば、それを楽しみたい人々がいつもいて、生活の一部として手に入れることが難しくないようになり得なければ、いつまでたっても蜃気楼や錯覚のようなものでしかなかろう…しかし、それは欲する側、与える側どちらかの責任ではなく50:50…いや、むしろ与える側のスタンスの問題なのではないか。必要なこだわりや守るべきものを見極めて、可能な限りオープンに発信していく責任がわれわれ音楽提供側にあるように思えてならない…そんな一年でした。と同時に、この国の人々は音楽の喜びを本当に必要としているのかなどと考えさせられる一年でもありました。 今年大きかったのは5月のニューオーリンズ訪問。 これが自分の考え方に確信をもたせてくれたのでした。 それから今日まで、音楽についての様々な側面に対し、それまで以上に核心的なことをたくさん学ぶことができた気がします。もっとも消化され血や肉となるのはこれから先ですが…。 音楽を提供する側の一員として、街ゆく人々にとってナマの音楽がかけがえのない楽しみとなっていかれるよう、していかなければならないこと、できることを、来年はコツコツとさらに積み重ねていきたい、と思ったりしているのでした。 今年、ライブやジャズフェスでお会いした皆様。 ほんとうにありがとうございました。 来年早々の「デキプリ20周年記念ライブ」が新しい一歩のきっかけとなるよう、自分でも充電してのぞみたいところです。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |