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放映が終わっても「美罠」に囚われている方へ。 ![]() 祝!DVD発売♪ 『美しい罠』DVD全4巻 2007/2/21より順次発売
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rei@昼ドラHolic [全87件]
不破の部屋の扉から息を潜めてその時を待っていると、ほどなくして敬吾がやって来た。 薔薇風呂につかり、ほどよく肌を上気させた類子に敬吾が言う。 「いかがです?ご気分は」 類子は一瞬、ほくそ笑む。しかしハッとした振りをして振り返った類子を見て、 敬吾はニヤニヤと笑いながら扉の中に入って来た。 類子「こんな所へ何の用?!」 敬吾「お背中でも流そうかと思いましてね」 類子「・・・来ないで!人を呼ぶわよ!」 敬吾は類子に歩み寄って言う。 「そんなに嫌わないで下さいよ。仮にも僕達は親子じゃないですかぁ」 その時、類子はバスタブの底に何かを発見したような仕草をした。 湯の中から手を出すと、その手にはしっかりとカミソリが握られていた。 「誰がこんなこと!貴方なの?!」 敬吾は両手を上げて言う。 「まさか。大事なお母さんを傷つけたりしませんよ。 さあ、いいからそれをこっちへ渡して。怪我でもしたら大変だ」 類子は恐る恐る、敬吾にカミソリを手渡した。 バスタブの中の類子の肩に指を這わせて敬吾は言う。 「・・・それにしても、親父が少々羨ましい」 その時突然、類子がバスタブから立ち上がった。 敬吾に、そして隠れて監視している俺に、類子は惜しげもなく白い裸身をさらけ出す。 その体は薔薇の香を放ち、ほのかに薔薇色に上気していた。 敬吾は面食らって息を飲む。 類子「何を驚いてるの。女の裸が珍しいわけじゃないでしょ。そこのタオルを取って」 敬吾「・・・ああ」 敬吾が横の籠に入っていたバスタオルを手渡すと、 類子は表情を和らげてカミソリを持った敬吾の手を取った。敬吾の表情も少し緩む。 ・・・その時、廊下から澪の声が聞こえて来た。 「類子さん、ご用って何?」 顔色を変えた敬吾の手を強く掴んで類子が叫び声をあげる。 「澪さんこっちよ!助けて!!」 驚いた敬吾が類子の腕を振り払う。「離せよ!」 澪がバスルームの扉を開けた時、敬吾はカミソリを振りかざしていた。 澪が驚愕するのを確認して、類子はわざと慌てたようにバスタブに入る。 声を震わせて澪は言う。「敬吾!何してるの、貴方!!」 敬吾の手からカミソリが落ちた。 澪「貴方って、一体・・・」 敬吾「澪、誤解だ!話を聞いてくれ!」 青ざめてその場から走って出て行く澪を、敬吾は必死な顔で追った。 二人が去ると、俺はバスルームに入って類子に声を掛けた。 「上手くいきましたね。 これで彼も当分、貴方に手を出そうなんて馬鹿な気は起こさないでしょう」 俺は傍に置いてあったバスローブを手にして言う。 「・・・しかしカミソリはともかく、突然立ち上がるとは。私も少々驚いた」 俺の広げたバスローブに身を隠すようにして、類子はバスタブから出ようとした。 類子の肩に、一枚の薔薇の花びら。 その紅い色を見て、俺は先ほどの類子の上気した裸身を思い出した。 バスローブを背中から掛けた俺の手を類子は突然掴み、その手を胸の位置にあてがった。 そのまま類子は振り返り、強い目で見つめて言う。 「・・・忘れたの?私は毎晩、好きでもない男に抱かれてるの。 それに比べたら、肌を見せるくらいどうって事ないわ。 でもこれで貴方にも分かったはず。私が金の為にどれだけ体を張ってるか。 貴方も大金を手にしたいなら、約束した代償はきちっと払っていただきたいわ」 バスルームから出ていく類子。 俺は類子のつかっていた薔薇風呂を見つめた。まだ揺れている水面の花びらを一枚取る。 俺は自然に、その花びらを唇に当てていた。 夕方。 澪の代理人から婚約解消したいとの電話が不破宛に入った。 帰って来た不破と川嶋さんにその事を告げると、 川嶋さんは怒ったように部屋を出て敬吾のいるサロンに向かった。 不破はただ、口を横一文字に結んでいた。 敬吾の器では、こんないい縁談がすんなりまとまるわけがないと 年輪を経たその唇が物語っていた。 翌日。 自分の部屋で調べ物をしていると、突然澪が部屋の扉を開けた。 澪「ごめんなさい。敬吾との婚約解消を申し出ておきながら、 ここへ来てはいけないと分かってはいるの。 ・・・でも。あなたにだけはどうしても話しておきたくて」 槐「どうしました、一体」 澪「槐・・・私が何故、敬吾との婚約を解消したのか・・・ それは何も敬吾のせいなんかじゃない。 本当は、私の心には敬吾ではなく、貴方がいると分かったからよ、槐」 澪は涙をこぼし、俺にすがりついて叫ぶ。 澪「これ以上、自分を偽るなんてもう出来ない!貴方を愛してるの、槐・・・」 突然の告白に俺は動揺した。 心の奥底に仕舞ってあった、淡い思いがその動揺に、そして澪の体温に共鳴する。 類子の言うように、俺は秘かにこの暖かさを欲していたのだろうか。 ずっと敬吾に寄り添っていて、おとぎ話のお姫様のように幸せを待っていた澪・・・。 その澪が今、この俺を欲している。 俺の手は澪を抱こうと微かに動くが、類子の言葉が頭をかすめ、その動きに戸惑いを見せた。 『・・・金の為に抱かれるか、金の為に抱かないか。それで5分と5分』 拳を握りしめ、そして開き。俺の手が震える。 澪を抱き締められない事に苦しみを覚えながら、類子の裸身を思い浮かべた。 類子の課した代償は、他ならぬ類子の手で硝子の足枷へと形を変えて行く。 俺は目をつぶり、溢れそうになる感情を必死で押さえていた・・・。 (ひとこと) 今回書いていて、ちょっと別のエピソードを思いつきました。 それは28話の後に載せます。草太のお話です(^-^) こんな風に、エピソードを埋めていくのが楽しいんですよね・・・。
翌朝の未明。 千津さんの呼ぶ声と、部屋の扉を強く叩く音とで俺は目を覚ました。 シャツを羽織ながら扉を開けると、真っ青な顔色をして千津さんが言った。 「サロンが荒らされてるの!」 とりあえずの身支度を整えてサロンに向かうと、 調度品や骨董品、そして時計など全ての金目の物がごっそりと無くなっていた。 千津「さっき岩田さんも来て、仕入れ業者に渡す為に用意しておいた50万円が無くなってるって。 何て事かしら、昨日は鍵をちゃんと閉めたはずなのに・・・」 槐「だんな様には?」 千津「槐さんの前に知らせたから、そろそろいらっしゃるかと」 槐「では、私は車庫を見て来ます。車が盗まれてるかもしれない」 サロンを出ると、レイさんがやって来て言った。 レイ「私の加奈子が荷物ごとそっくり消えちゃったんだけど、何処にいるか知らない?」 槐「・・・加奈子さんが?」 俺は思い当たる節があり、車庫へと急いだ。 不破専用のベンツやBMWは無事だった。 しかし、国産車が一台消えていた。草太がいつも載っていたオフロード車。 単なる物盗りなら、この中から国産車だけを盗んでいくわけはない。 俺は夕べの草太の言葉を思い出した。 目を輝かせて草太が言った言葉・・・ 『命を賭けられる女がいるって事はすごく幸せな事だと思わない? 一緒に地の果てまででも行ける、そんな女に出会う確率なんてそうそうないと思うんだよね』 消えた車のあった位置に、その車に付いていたはずのナンバープレートが落ちていた。 俺はボートハウスの扉を開けた。 草太の大切にしていた、ロシニョールのボードが消えている。 夏だと言うのに、スノーボードを持ち出す理由は無い。 俺はつぶやく。 「・・・馬鹿なガキだ。そんな感情はまやかしだと、きっとすぐに気付くはずなのに」 サロンに戻ると、草太と加奈子を除いた山荘の住人が全員集まっていた。 その中で、類子が中央に立って一人後ろめたいような顔をしていた。 槐「失礼します」 敬吾「ああ、お前どこに行ってた」 怒りをこらえてソファに座っている不破に、俺は報告した。 「車庫を調べましたら、車が一台ありません。いつも草太が乗ってた車です。 念のため彼の部屋を見てみたら、彼の持ち物も消えています。 加奈子さんの姿も見えないようですし、あるいは二人で・・・」 千津さんが顔色を変えて言う。「草太が?あの女と?」 敬吾「今すぐ警察だ。すぐに通報しろ!」 千津「ちょっと待って下さい!これは何かの間違いです!」 敬吾「いいから早くしろ、槐!」 千津さんは不破の前で頭を下げる。 「お願いします、だんな様!」 その時、類子が声を発した。「お待ち下さい!」 類子の声に驚く一同。類子は申し訳無さそうに口を開く。 「・・・私、嘘を付いていました。 部屋から盗まれたというネックレス、実は私が草太さんに差し上げたんです。 ですから、どうしても警察に届けるというなら私も同罪です。 私はあの二人が何をするか承知の上で、黙って見逃したんですから。 まずは私を警察に突き出して下さい」 レイさんが、そして千津さんが驚く。 敬吾「面白いじゃないかよ。槐、警察だ!」 不破「うるさい!じゃあ何か、あんたはわしが買ってやったあのネックレスを、 草太に惜しみなくやったと言うのか!」 類子「そうです」 不破「あのネックレスがいくらだか知っとるのか」 類子「いいえ。でも、あの石の数と大きさだと、2000万位かと」 不破「3000万だ」 千津さんの顔色が真っ青になる。 不破「それが分かっとってくれてやるとは、欲のない女だ」 類子「申し訳ありません」 不破「もういい。この件はこれで終わりだ。警察には知らせるな」 不破は立ち上がり、部屋を出て行った。 千津さんがその場に崩れ落ち、岩田さんが千津さんを労わる。 敬吾「槐、警察に通報しろ。この際この女にギャフンと言わせてやる」 レイ「およしなさいよ。仮にも貴方の義理の母親なのよ」 敬吾「誰がこんな女!」 槐「レイさんの言う通りだと思います。 警察沙汰になったら、敬吾さんと澪さんの結婚に差し支えますから」 「・・・くそっ!」悔しそうな敬吾。 不破が本社での会議に出席する為、俺は玄関に車を回した。 玄関の中に入ると、そこには不破と類子、川嶋さん、そして項垂れた千津さんが立っていた。 槐「車の用意が出来ました」 不破「夕方には戻る」 川嶋さんと共に不破が出掛けて行くのを、類子と千津さんが見送った。 後部座席のドアを開けると、不破は座りながら俺に言った。 「草太と加奈子が出来ておったという事か。沢木、お前知ってたか?」 槐「薄々と気付いていた程度ですが」 不破「まあ、いい。俺には興味の無い事だ。 虫けら共が鼻くそを持って出て行った。それだけの事だ」 不破を見送って玄関に戻ると、千津さんが嬉しそうに類子に頭を下げていた。 千津「これまで以上に私も精一杯お勤めます!では、仕事がありますので、これで」 類子「ご苦労様」いそいそとその場を去る千津さん。 俺は類子に近づいて言う。 槐「息子をだしに親を手なずけるとは、たいしたもんだ」 類子「これで虫入りスープを食べる心配はないわ」 槐「それにしても草太の奴、車から足がつかないよう 偽造のナンバープレートまで用意していたようだ」 類子「意外と知恵が回るのね。 おかげで加奈子さんもいなくなってくれて、警察どころか感謝したいくらいだわ」 槐「3000万のネックレスも惜しくはないか」 類子「まあね」 俺と類子は顔を見合わせて微笑んだ。 部屋に戻ろうとワイン蔵の扉に手を掛けると、中から人の話し声が聞こえてきた。 それがレイさんと敬吾だと分かると、話し声がよく聞こえるよう俺は中に足を進めた。 悔しそうな敬吾の声。 「親父の奴。あんな女に3000万のネックレスとはな。 生きてる間、楽しい事が一つもなかったお袋を思うと、はらわたが煮えくり返りそうだ!」 籠のワインがぶつかり合って音を立てる。 レイ「ワインを壊さないでよ。高いんだから。 それにしてもあの女、草太に気前よくくれてやるなんて。 それが本当なら、よほど人のいいバカか、ずば抜けて悪賢いかどちらかね。 それを確かめる為にも、いっそあの女と仲良くしてみてはどう?」 敬吾「・・・仲良くって?」 レイ「決まってるじゃないの。義理の息子の貴方と過ちでも犯してごらんなさい。 人のいい馬鹿なら罪の意識に耐え切れず自分から出て行くでしょうし、 悪賢い女なら敵に回そうなんて思わず、さっさと貴方、相手の懐に飛び込んじゃいなさい。 いずれにしても、貴方に損はない」 敬吾「なるほど」 レイ「幸い、今日は恒大さんもいないことだし。やるなら早いうちよ」 俺はワイン蔵を出て類子に電話を掛けた。 敬吾達の企みを類子に知らせると、類子は意外に冷静な声で言った。 「ふーん。なら、簡単じゃない。向こうは夕方までに仕掛けてくるんでしょ? だったらこっちからおびき出してやる。 槐、澪さんに電話を入れてくれる?きっと、貴方にとってもまたとないチャンスよ」 また勘違いか、という思いが頭を掠めるが、そんな事はどうでも良かった。 今は目の前の問題を解決するのが最優先だ。 俺は類子に言われたように、千津さんに真紅の薔薇を沢山買ってくるよう伝えた。 昼下がりの日差しがカーテンを隔てて柔らかくバスルームに舞い降りる。 類子が薔薇の花びらを敷き詰めたバスタブに、薔薇のエッセンスを垂らしていた。 その光景を見て俺は言う。 「薔薇風呂か。その昔、クレオパトラが永遠の美を求めて愛用したと言う。 カエサルでさえ堕ちた香りだ。きっと敬吾もあっけなく堕ちるだろう」 類子「当たり前よ。私は敬吾なんかよりもっと大きな敵を相手にしてるんだから」 類子は振り向いて言う。 「そろそろ入るから出てって。不破の部屋ででも事の成行を見守るのね」 (2/2に続く)
夜12時。時間通りに秘密の小部屋の扉を開けると、丁度類子も部屋に入ってきた所だった。 俺は腕時計を見て言う。「ぴったりだ。時間に正確なのは相変わらずだ」 類子「だって、早めに来た音を聞いても貴方は12時になるまでその扉を開けないでしょ。 貴方ってそういう人だもの。時間の無駄だからぴったりに来たの」 槐「よくご存知で」 類子「ところで話って何?」 槐「・・・川嶋さんに気をつけろ。 裏に男がいるらしいから夫人の素性を洗い直せと言われた。 彼は侮れない男だ。以前、やはり金目当てで不破に近づいた女が 川嶋さんに素性を暴かれて二度と陽の目を見られないほど痛めつけられた事がある。 それも、口をはばかるようなやり方でね」 類子はベッドに座って言った。 「へぇ。あの川嶋さんがねぇ。それで?貴方は何て答えたの?」 槐「もちろん、分かりました、お任せ下さいと胸を叩いたさ」 類子「裏では舌を出しながら?怖い怖い!」笑う類子。 槐「笑い事じゃない。向こうはかなり本気のようだ。 こうしてここで会うのもしばらくは避けた方がいい。 特にレイさんと敬吾、川嶋の3人には俺たちの仲を気取られるな」 類子「貴方こそ。油断して澪さんにバレないように気をつけてよ」 類子の嫌味が俺の神経を逆撫でる。思わず言葉が口をついて出た。 槐「・・・何故あんな真似をした」 類子「何を?」 槐「彼女と俺を、わざと二人っきりにしたじゃないか」 類子「ああ。あれは、澪さんが貴方に聞きたいことがあるからって。 ・・・で、本当はどうなの? 彼女を助けた命の恩人って、敬吾ではなくやっぱり貴方・・・」 槐「いいだろ!そんな事どうでも。彼女の事はこの際関係ない」 類子は立ち上がって言う。 「関係なくないわ。むしろ大ありよ。 私達、約束したわよね。この家の財産を手に入れる為に、お互い力を合わせようって。 その為ならどんな代償も受け入れる。愛だの恋だの甘ったれた夢は見ないとも誓ったわ」 槐「その通りだ」 類子「だから私は約束通り、不破と愛のない結婚をした。 貴方と私、少なく見積もってもそれぞれ2,30億という大金を得る為にね。 でも貴方はどうなのかしら?」 槐「どうって?」 類子「貴方、澪さんの事が好きなんでしょう? いくら否定しても無駄よ。貴方が何と言おうと、澪さんは間違いなく貴方を愛してる。 私には分かるの。そんな彼女の愛を、貴方は決して受け入れないと断言できる?」 俺のイラつきは上限に達し、思わず立ち上がって言った。 「信じてないのか?俺を」 類子「いいえ、信じたいわ。信じたいからこそ、貴方自身に証明して欲しいのよ。 貴方にもきちんと代償を払って欲しいの。 私が金の為に、愛してもいない男に抱かれたように 貴方も金の為に、愛する女には指一本触れないと約束して。それが貴方が払うべき代償よ」 類子は完全に勘違いをしていた。 俺の心に澪の住む場所がどれほどあると思っているのか。 澪は、俺の心の奥底の方に沈んでいる。 時折、その笑顔を見た時に思い出す事はある。 遠い昔、まだ真っ白だった俺の心の中に住み込んだ、白いワンピースを着た笑顔の澪。 大切にしたい、唯一の俺の聖域。 その聖域にはあの夜、敬吾が足を踏み入れた。 微笑み、腕を開いて、心から澪は敬吾を受け入れた・・・。 彼女は俺の聖域だった。 それ以上でもなく、それ以下でもない。 今の俺には自分の全存在をあげて立ち向かう相手が他にいる。 そして類子、お前はそのパートナーなんだ。 それなのに何故、今になって俺に疑いの目を向ける? 俺は少し呆れたように言った。「まさか、そんな事を考えていたとはな」 類子は俺に背を向けて言う。 「嫌ならいいのよ。お金よりも澪さんとの愛を選ぶというならそれはそれで結構よ。 その代わり、このゲームの勝者は私一人。 いつか不破が死んで、計画通り遺産を相続しても、貴方には一円だって渡さない」 類子は俺に向き直る。 類子「金の為に抱かれるか、金の為に抱かないか。 それで5分と5分。イーブンの関係だと思わない?」 槐「・・・いいだろう。それであんたが納得するなら。 もちろん、あんた一人に勝たせるつもりはない」 類子「ええ。是非そうあって欲しいわ。それでこそ、良きパートナーですもの。 良かったわ。久しぶりにゆっくり話し合えて。それじゃ、夜も遅いことだしお休みなさい」 槐「お休み」 秘密の小部屋を出ていく類子の後姿を見ながら俺は思った。 なんて簡単な代償だろう。澪を抱きたいなどとは今まで願った事はない。 しかし、類子が不破に抱かれる代償を俺はどうやって払うのだろう。 類子の言う、”愛する人”には指一本触れないという代償・・・。 それが澪の事だと類子が明言しなかったら、 そして不破と類子が結婚をした夜に俺自身の心を封印していなかったら・・・ ・・・将来、類子も俺も、あんなに苦しまずにすんだのかもしれない。 (ひとこと) DVDが楽しくて思わずこちらを忘れそうになりました。いかんいかん_| ̄|○ 本編がディレクターズカットになったし、私の解釈と全然違うところがあっても これも一つの見方と思って許して下さいね(^-^;)
類子が不破夫人となって初めて迎える山荘の朝。 テラスで朝食の支度をしていると、レイさんがやって来た。 槐「おはようございます」 レイ「おはよう、槐。今日もいいお天気ね。 ねぇ、聞いて。面白いのよ、恒大さんと類子さん。 朝起きてベッドで何してると思う?」 槐「?」 レイ「新婦が新郎の血圧を測ってるのよ、新婚のベッドですることじゃあないわね」 苦笑する俺に、レイさんは声を潜めて言う。 「・・・あの調子だと、毒を盛って恒大さんを殺すことも簡単に出来そうね。 何せ、ナースですもの。健康的なメニューと見せかけて、 恒大さんの身体に良くないものを食べさせる事だって出来るわ」 槐「朝から物騒なお話ですね」 レイ「冗談よ、冗談。でもこれだけは本当よ。 世の中の夫は、死んで初めて理想の夫になる。沢山の財産を残せば残すほど、ね。 ・・・あら、失礼。男性にする話じゃなかったわね」 レイさんはクスクスと笑いながら屋内へと入っていった。 入れ替わりに、類子の歩いてくる姿が見えた。 俺はテラスの出口に立ち、彼女を迎えた。 類子は涼しげな声で俺に挨拶をする。「おはよう」 槐「おはようございます」 令夫人としての類子の美しさに、俺は思わず息を飲んだ。 類子「何見てるの」 俺は何も言わずに、類子の為に椅子を引いた。 類子「ありがとう」 槐「・・・しかし見違えました。 この前までナースの制服を着ていた人とは思えない」 類子「それはどうも。でもその言い方、奥様に向かって少し失礼なんじゃないかしら」 わざとらしいほど無邪気な笑顔を見せる類子。 俺は困惑した。 しかし、今の言葉はどういう意味かと考える暇も無く、不破がテラスにやって来た。 類子は先ほどの棘は微塵も見せずに優雅に着席をした。 朝食後のお茶の用意をする為に屋内に入ると、丁度スープを持って来た千津さんとすれ違った。 皿に入っているのは、鮮やかな赤を誇るトマトの冷製スープ。 その色に血の赤を重ね合わせて思う。スープに毒を入れるのも悪くないと。 廊下に出ると、電話がけたたましく鳴った。 受話器を取ると川嶋さんの声。「社長は」 槐「お食事中です」 川嶋「急ぎの用事だ」 再びテラスに向かうと、千津さんが歩いてきた。 すれ違い様に彼女は、何処となく後ろめたいような表情を見せた。 テラスに出ると、類子がトマトのスープを口にしようとしていた。 槐「お食事中失礼します。東京から急ぎの電話が」 その時、類子が叫び声をあげた。 震える手で類子が持っているスプーンの上には、蜂の死骸・・・。 不破が怒り出して言う。「千津を呼べ!岩田もだ!」 俺は川嶋さんからの電話を事情を説明して切り、 厨房から岩田さんと千津さんをテラスへと連れてきた。 不破「一体誰だ犯人は!お前か、岩田!」 岩田「滅相もない。調理中はどんなに暑かろうが窓一つ開けません」 不破「じゃ、お前か、千津!」 千津「いえ、私は何も存じません」 不破「じゃあいい、二人ともクビだ!今すぐ出て行け!」 岩田・千津「ええっ!?」 類子「あなた、そこまでしなくても・・・」 不破「いや、主人をバカにする奴はクビだ!今すぐ出て行け!沢木、二人をここから追い出せ!」 槐「しかし・・・」 そこにレイさんが涼しい顔をしてやってきて言った。 「いいのかしら、そんな事して」 不破「あんたの出る幕じゃない!」 レイ「あら。私は類子さんの為を思って言ってるのよ。 今急に二人をクビになんかしたら、 お料理もお掃除も、お洗濯も一切が類子さんの肩にかかって来るわ。 可愛い奥様の手が水仕事で荒れたりしたら大変だもの」 不破「何?!」 レイ「第一、こんな山の中ですもの。虫などいつでも飛び込んで来るわ。 それが嫌だったら、外でお食事などしないことね」 「・・・以後、気をつけろ!」 不破は苛ついて吐き捨て、テラスから屋内に入っていった。 岩田さんと千津さんはほっとした様子で屋内へと入っていった。 レイさんが類子の手を握って言う。 「でも死んでいる蜂で良かったわね。本当に怖いのは、生きている人間。気をつけてね」 笑いながら立ち去るレイさんを類子は強い目で睨んだ。 そして類子は、蜂の乗った皿をバルコニーから投げ捨てた。皿の割れる音が響く。 槐「・・・心配するな。約束どおり、お前のことは俺が守る」 類子はすがるような目で俺を見た。「槐・・・」 しかしすぐに類子は目を反らし、「後はお願いするわ」と言い残してその場を去った。 何かが変わっているかもしれない。 しかし、今のすがる様なあの目は 今の類子の全存在が俺のゲームの上にある事を示している。 心配することはない。何も心配することはないんだ・・・。 食事の支度を終え、茶器を持って不破の部屋に向かう。 すると、楽しそうに話しながら歩いている類子と澪の姿が前方に見えた。 二人は類子の部屋に入る。 お茶を口にしながら不破が言う。「類子を呼べ。チェスがしたい」 槐「今、澪さんがいらしてお話をしているようですが」 不破「類子は俺の妻だ。誰に遠慮をすることがあるものか!」 そう言いながら、どこか気まずそうに不破は目を反らした。 俺は類子の部屋の前に立ち、扉の外から声を掛けた。 「失礼します」 類子の「どうぞ」という声を確認して扉を開けた。 槐「お話し中すみません。奥様、だんな様がお呼びです」 類子「今、手が離せないと申し上げて」 澪「・・・いえ、いいのよ類子さん、私なら」 類子「でも、せっかく来て下さったんだし。 ・・・そうだわ!だったら沢木さん、あなたが澪さんのお相手をして差し上げて」 類子は立ち上がると、澪に何かを耳打ちした。 そして類子は俺に「じゃあ、お願いね」と言い、部屋を出て扉を閉めた。 また類子の勘違いが始まったか、そう思って俺は小さく舌打ちをした。 しかし、類子の言いつけなら不破の言いつけも同然。 思わぬ休み時間をもらったと思えばいい。 槐「ここでは何ですから、外でも歩きましょうか」 澪「いえ、いいの。お忙しいでしょうから、もう失礼するわ」 澪は部屋から出ようとしたが、扉の前で立ち止まった。 そして澪は振り返って言う。「・・・その前に、一つだけ聞きたいの」 槐「なんでしょう」 澪「貴方の部屋でお話したいわ」 地下の部屋に入ると、澪は俺に、 星座の図鑑に挟んであったはずの俺と敬吾の少年時代の写真を見せた。 槐「これは・・・」 澪「この間、そこの本の間から見つけたの。悪いとは思ったんだけど、気になることがあって」 俺は写真を受け取って言う。 「小学生の頃の、僕と敬吾さんですね。この写真が何か」 澪「丁度その頃よ。湖で絵を描いてて熱中症で倒れた私を助けてくれたのは。 私ずっと、それが敬吾だと信じてた。でも本当は、貴方だったんじゃないの?」 俺は少し黙った後に言った。 「・・・いいえ、違います。貴方を助けたのは敬吾です。僕じゃない」 澪「嘘!」 槐「嘘じゃありません。湖で女の子が倒れていると、 敬吾が息を切らせて駆け込んできた日の事は今でもよく覚えています。 貴女を助けたのは間違いなく敬吾です」 澪は呆然とする。「・・・そう。そうだったの」 その澪の悲しそうな表情を見たとき、昔抱いていた淡い感触が胸に蘇ってきた。 あの日・・・敬吾が澪を助けた日。 眩しい夏の日差しに照らされ、汗だくでこの部屋に飛び込んできた敬吾。 二人で倒れている少女のもとに駆けつけて、その青ざめた表情を見て思った。 何故、俺は敬吾の誘いを断ったのか。 湖で遊ぼうと言った敬吾の言葉に、首を縦に振るだけで・・・ たったそれだけの事で、今とは違った人生を歩んでいたのかもしれない。 その時、川嶋さんが部屋に入ってきた。 川嶋「ああ、こりゃ失礼」 澪は俺に言う。「お忙しいのにありがとう。さようなら」 川嶋さんに一礼をし、部屋を出る澪。 扉が閉まると川嶋さんは俺に尋ねた。「どうかしたの、澪さん」 槐「いえ・・・敬吾さんのことで、ちょっと」 川嶋「あ、そう。それより、あの飛田類子・・・・いや、今は不破類子だったな。 元々彼女を紹介したのは小谷教授だと言ったね。もしかして、教授の女じゃないだろうね」 槐「と、おっしゃいますと」 川嶋「どうもあの女、影に男がいるような気がしてならないんだ。 それも、かなり頭のいい奴だ。 そうじゃなきゃ、あの社長がこうも簡単に結婚なんかするはずがない。 君はいつも一番近くにいたんだ。何か気が付いたことは?」 槐「いえ。これと言って。私には、だんな様は あの看護師は生意気だと言ってひどく嫌ってらっしゃるように見えましたから」 川嶋「とにかく、あの女の素性を徹底的に洗い直せ。外に出るときはもちろん、 手紙やメール、電話のやり取りについても何一つ見逃すな。 女だと甘く見ていると、社長の財産はおろか、 会社まで根こそぎごっそりやられるかも知れん。いいな」 川嶋さんが部屋を出ると、俺は思わず笑みを洩らした。 ダイニングルーム。 不破と類子がワイングラスを合わせ、楽しそうに歓談をしながら夕食をとる。 俺とは一度も目を合わさず、類子はその美しい舌で自分は幸せだなどと嘘を付いた。 あまりのその饒舌さに俺は何故だか腹を立てた。 それは昼間、類子が俺に澪をあてがうような真似をした事に起因していると俺は気付いていた。 食事を終えて不破が席を立つ。 その後に続こうと席を立った類子が椅子の端に爪先を取られ、バランスを失ってよろめいた。 思わず俺は類子に駆け寄り、その細い腕を取って体を支えた。 間近で目が合うと、類子は気まずそうに顔を反らした。 俺は唇を類子の耳に近付けて囁く。「今夜12時に、例の部屋で」 不破が床に入る。 俺は一日の仕事を終え、自分の部屋へと向かった。 ワイン蔵に入ると、中で物音がした。 槐「・・・またお前か」 草太は持っていたワインを隠しもせずに俺に近づいてきて言った。 「槐さん、お願い。この一本だけ見逃して!もうすぐ加奈子の誕生日なんだ。頼むよ」 俺は呆れて、溜息をついて言った。 「誕生日なら尚更、自分の働いた金で買ってやるのが男だろう」 草太は頬を膨らませて言う。 「これ一本買うのに何日バイトすりゃいいんだよ」 槐「だったらコンビニででも買って来い。今のお前にはそれが相応だ」 草太の持っていたワインを取り上げ、俺は元の場所へと戻した。 草太は両手をパンツのポケットに突っ込み、無邪気な笑顔で俺に尋ねた。 「ねえ、槐さん。一人の女に命を賭けたことある?」 一瞬、類子の横顔が脳裏に浮かぶ。 槐「いや」 草太「じゃあさ。命を賭けられる女がいるって事はすごく幸せな事だと思わない? 一緒に地の果てまででも行ける、そんな女に出会う確率なんてそうそうないと思うんだよね」 俺は草太が置き間違えたであろう、間違った場所に収まっているワインを 元の場所に戻しながら答えた。 「そんな思いはまやかしだ。愛だの恋だの、そんな不安定なものは俺は信じない。 そんな思いに惑わされて一生を左右するような行動をとるなんて、 愚かな人間のする事としか俺には思えない」 ・・・振り返ると、既に草太の姿は消えていた。 勿論、ワインは数本無くなっていた。 (2/2に続く)
![]() ![]() 待望のDVDが届きました!非常に美しい装丁でとても嬉しいです。 早速本編を見始めたのですが、先を知っているのでオープニングからボロ泣き。 そして第一話の扉を開けるシーンでも泣き。 やっぱり素晴らしいドラマですよね・・・。 敬吾も元気だし、不破じいも岩田さんも生きているので その後の悲劇を思い出して胸が締め付けられます。 そして放映時は全く気にならなかった、 草太が湿布を貼られているシーンにもドキドキ(>_<) 顔もとても色っぽく見えて、それもこれも後編を知っているせいですよねと(笑) 澪がクネクネしているのには笑いました(^-^;) 後編との人格の違いがよく出ていますよね。 ちょこちょことあるカットシーンやセリフに気付かされるのもまた楽し(^-^) これから毎日ちょっとずつ見ます。 同居人が喜んでみてますので、そのペースに合わせます(笑) ※この記事のコメント欄は、作品に対する感想や疑問など、 思うこと何でも書いて下さいね。他に掲示板も用意してます。 (このブログの掲示板は迷惑コメントが多いので_| ̄|○) 美しい罠 完全版 第1部 前編
翌日。 俺の運転する車の後ろで、不破と類子が絶えず何かを話している。 新婚のそれの、浮き立つような会話を俺は右の耳から左の耳へと聞き流した。 不破の両手は類子の手をそっと握っている。 俺は一度も類子と目を合わさずに山荘へと車を飛ばした。 玄関で出迎えた千津さんは驚きのあまり目を丸くした。 不破は照れ隠しか、何も言わずに口をへの字に曲げて山荘の中に入った。 類子は微笑んで言う。「またお世話になるわ。よろしく」 類子と不破が通り過ぎると、千津さんは慌てて俺に尋ねた。 「どういう事なのこれ?!また飛田さんを雇うにしても、 だんな様自らお迎えに?・・・それとも・・・いや、まさかねぇ」 槐「山荘の人達全員を階段の下に集めて下さい。 だんな様から、飛田類子さんと結婚したことについてのご報告がありますから」 千津さんは目を白黒させて厨房に飛んでいった。 山荘の住人達が階段の下に集まる。 不破は階段の途中に立ち、誰もが無言で類子を待っていた。 憮然とする川嶋さんの横で、千津さんが小声で岩田さんに言う。 「もしかしてこれから飛田さんを『奥様』って呼ばなきゃならないの?」 岩田さん「しっ。だんな様に聞こえたら大変だぞ」 加奈子が面白く無さそうに床を蹴っている。 草太は欠伸をしながらただその場に立っていた。 レイさんが扇を振りながら歩いて来て、俺に小声で囁いた。 「しばらく姿が見えないと思ったら、うまくやったものね。 流石に蠍は動きが早いわ。あなた、どこまで知ってたの?」 槐「・・・私は何も。彼女を迎えに行って式の手配をしただけです」 レイ「一度はプロポーズまでした女をあの醜い恒大さんに取られるってどんな気分?」 槐「ああ、そんなこともありましたね。 残念ながら私は女の事は忘れるのが早いんです」 レイ「そう言えば、加奈子はあなたの子を妊娠しなかったようね」 槐「・・・それも忘れました」 ふふ、とレイさんが笑う。 その時、敬吾が扉を勢いよく開けて山荘に飛び込んで来た。 敬吾「・・・おい!親父が結婚したって本当か!!」 山荘の住人達、そして階段の上に立つ不破が敬吾を見る。 敬吾は怒りに燃えて言う。 「・・・どういう事だよ、これは。みんなを集めて何の真似だ! まさか、結婚の報告でもしようって言うんじゃないだろうな」 レイさんが笑顔で言う。 「そのまさかよ。恒大さん、再婚なさったの。お相手は・・・」 その時、階段の上からドレスを着た見違えるほど美しい類子が降りてきた。 目も眩むような豪華な宝石、そして高級なベルベッド生地のカクテルドレス。 その品格のある美しさに、俺は酩酊を覚えた。 敬吾が憎らしそうに言う。「・・・あんた、看護師の」 類子が微笑んで言う。「お久しぶりです、敬吾さん」 不破「今日から、類子がここの女主人だ。 今後、この屋敷内のことは全て、彼女の指示を仰ぐように」 類子「今夜は内々で夕食会を開くつもりですの。 皆さんも是非、お席についてくださいね。楽しみにしています」 敬吾は類子を指差し、声を荒げて言う。 「・・・認めないぞ!俺は絶対認めないぞー!!」 川嶋が敬吾を止める。「敬吾さん。落ち着いて、落ち着いて」 川嶋「しかし社長、役員達に報告しなければなりません。 どういう事か、詳しいお話を」 不破は言う。 「上へ行こう。・・・以上だ、下がっていい」 ・・・類子の艶やかな笑顔を見て俺は決心した。 ゲームのプレイヤーとして、完全なるゾーンへと入ってみせる。 類子の声も、笑顔も。そして不破の妻としての時間も。 何もかもはゲームの駒であり、それによって俺が心を動かす必要は全く無い。 冷静に今置かれている状況を把握して俺は確実に勝利へと向かう。 類子と俺は共に同じ道を選んだ、この世にまたとない愛を選んだ。 その『愛』という言葉さえ忘れて、俺はゲームを終えてみせる。 山荘の住人達がその場を離れると、残った俺に敬吾が言った。 「・・・話がある」 敬吾は俺の手を引き、地下室へと向かった。俺は素直に敬吾に従う。 ・・・昔からそうだ。こういう時に少しでも足を止めようとすると、 敬吾は掴んだその腕に更に力をこめて絶対に離さない。 子供の頃はよく敬吾の爪の跡が手首に残っていた。 地下室に入ると、敬吾は俺を壁にと押し付け、首元を掴んで俺を責めた。 俺は思わず顔を顰める。敬吾の腕が俺の胸を圧迫し、息が出来ない。 「・・・お前!知ってたんだろう、この事。何故黙ってた! 親父が少しでも妙な真似をしたら、すぐ知らせろと言ったはずだ!裏切ったのかよ!」 敬吾が力任せに俺を振り切ると、俺は咳き込んで胸を押さえた。 敬吾「・・・分かってるよ。昔からお前が澪の事を好きだってことは。 だから、嫉妬して、親父に寝返った。そうだろう?この卑怯者! お前、どうなるか覚えてろよ!くっそー!!」 敬吾は捨て台詞を吐いて部屋を出て行った。 ・・・俺は思わず笑みを洩らす。 そうやって大口が叩けるのも今のうちだ。 ゲームのシナリオに、お前の運命はしっかりと刻まれている。 今からお前が何をしようが、俺にとっての脅威にはなり得ない。 俺は身支度を整えてワイン蔵へと行き、極上のシャンパンを選んだ。 ドン・ペリニヨンのヴィンテージを手にして厨房に向かおうとしたその時、 玄関の前で軽装で出かけようとする草太と加奈子に出くわした。 草太は笑顔で言う。「槐さん。今夜俺非番だから、ドライブして来るね」 類子と不破が結婚して用済みになった加奈子は、 やけにサバサバとした表情で堂々と草太の隣に立っていた。 槐「今夜は奥様の夕食会だろう。お前達も席に着かないと」 加奈子は長い髪を指先にクルクルと絡めながら言った。 「みんな出ないって言ってるもん。 ドンペリは楽しみだけど、類子さんより下座に座るなんて、私イヤ」 ・・・類子は歓迎されていない。それは分かりきっていたことだ。 だから俺は、この手で守る。全力を賭して、類子を守る。 俺と、類子の輝かしい未来の為に。 ダイニングルーム。 千津さんは食卓の用意を整えると、急に額を押さえて俺に言った。 「何だか頭が痛いのよ。沢木さん、後はよろしくね」 そそくさと出て行ってしまう千津さんに、俺は溜息をつくこともしなかった。 千津さんの姿が消えてしばらくすると、 廊下の向こうから腕を組んで歩いてくる類子と不破の姿が見えてきた。 淡い水色のドレス、淑女風にセットした髪。 類子は野心に燃える目を胸の奥底に沈め、 資産家の妻としての誇りを凛とかざして優雅に足を進めていた。 ダイニングルームに不破が足を踏み入れると、 そこに俺以外の誰もいない事に気付き、その顔に怒りを浮かべた。 類子は顔色一つ変えずに、不破に言う。 「こうなる事は私、分かってましたわ。 でも今日は記念すべき日ですから、お怒りはお鎮めになって。 せっかく美味しいシャンパンを飲むんだもの、笑顔でいただきましょう」 そして類子は笑顔で俺に言った。「沢木さん、シャンパンを注いで下さる?」 上座に座った類子にシャンパンを注ぐ。 類子「ありがとう」俺は類子に一礼をした。 長いテーブルに座っているのは、不破と類子の二人だけ。 用意された皿やグラスが、冷たくそこにただ佇んでいた。 不破が言う。「乾杯しよう」 類子は微笑んでグラスを手にした。 誰も来ない夕食会。・・・ゲームの新しいステージが、今始まる。 (ひとこと) 類子は不破に抱かれながら思います。 「どこにいようと、私が不破の妻である限り貴方は私から離れられないわ。 貴方が大金を手に入れられるのは、私の夫、不破恒三が死んだとき。 それまでは、たとえ澪さんを愛していようと、私からは決して離れられない。 ・・・愛か金か。貴方の魂の重さを見せてもらうわ、槐」 類子のゲームのターゲットが槐に変わった瞬間でした。 二人の気持ちは完全にすれ違っています。 ちなみに今回は、変な方向に暴走しかけました(^-^;) 慌てて自分にストップを掛けたのですが・・・(笑) ※本当に更新遅くてすみません_| ̄|○
類子がすがるような目で俺に尋ねる。 「・・・でも、貴方はそれでいいの?。 このまま私があの男と結婚して、貴方は平気なの?槐。 あの日、あなたと一緒に星を見た夜、私にはある予感があった。 あれが愛だと思ったのは、私だけ?」 俺は少し黙った後、淡々と答えた。 「忘れたのか。俺は、愛だの恋だの、そんなもの信じちゃいない」 類子「・・・やはり、愛よりお金ってわけ」 槐「俺たちは、金を得るために手を組んだ。 その共通の目的のために、心を一つにしようと誓ったんだ。 それこそが、俺たちなりの愛し方。 どこにでもあるような甘ったれた愛など求めちゃいない」 類子。俺達は至上の愛を選んだんだ。 その辺に転がっている安っぽい愛などどは違う、 この上なく崇高で、理想の高い愛し合い方をするんだ。 お前ならきっと分かってくれると俺は信じている。 不破の部屋。夕陽の差す中、不破が言う。 「教会の手配は済んでるんだろうな」 槐「はい、明日の午後3時。確かに予約してあります」 不破「・・・久しぶりだ、こんなに明日が待ち遠しいのは。 まだ見ぬ海の、大海原に出航する日に似ている。 しかし俺が目指すのはマグロの群れじゃあない。 類稀に見る、勝気な美しい女神の島だ。 ・・・いいか、このことは誰にも内緒だ。 特に、敬吾には気をつけろ。もしバレたらお前もクビが飛ぶ」 槐「心得ております」 部屋を出ると、そこにはレイさんが立っていた。 レイさんは微笑んで言う。 「紅茶が届いたの。キャッスルトンの夏摘みダージリン。一緒にいかが?」 テラスでレイさんはティーカップを手に言う。 「素晴らしいと思わない?このマスカテル。もうその辺のお茶なんて飲めないでしょ」 槐「そうですね。子供の頃からレイさんに仕込まれましたから。 紅い色をしたただの水のような代物はもう飲めません」 レイ「お茶はね、喉を潤すものじゃないの。 少し口に含んで喉を過ぎる、その時に香る芳香と味の移り変わりを楽しむものなの。 喉を潤したいだけだったら水道の水を飲めばいい。 ・・・女だってそう。もちろん、男もね。 性欲を満たしたいだけだったら適当な相手を見繕えばいいの。 でもその味を、その芳醇な香りを楽しみたいのだったらとびきり上等な物を用意しなきゃ」 レイさんは誰かを思い出すような口調で話した。 そう言えば、最近は加奈子にあまり執心してないようだ。 どちらかと言うと、何か物足りないような、 空虚な日々を送っているように俺には見えた。 レイ「そう言えば槐、あなたここのところ毎日出掛けてるようね。さては女が出来たのかしら?」 槐「そうだと言いたいところですが。 だんな様の御用で、新しい看護師を探しに行ってるんです」 レイ「・・・へぇ。それでいい人は見つかったの?」 槐「それがなかなか。何しろ、こんな山の中ですから」 レイ「それはそうと、あの類子って看護師、今どこにいるか知らない?」 槐「さあ。どうかしましたか」 レイ「小谷教授に尋ねても、連絡先も分からないって言うのよ。 自分で紹介した看護師なのにおかしいわね」 槐「レイさんは何故そう、あの看護師にこだわるんですか」 レイ「私は期待してたのよ。あの女が何かやってくれるんじゃないかって」 槐「それは残念」 レイ「ええ、でもまだあきらめたわけじゃないわ」 レイさんが俺の頬を撫でる。 ・・・この香り。 レイさんは最上級の紅茶を飲むときは絶対に香水を付けない。 代わりにその肢体から香るのは、部屋で焚いた微かなアロマキャンドルの香、ソルベ・ド・テ。 少しばかりの酩酊を覚えながら、俺は部屋へと戻った。 翌日。海岸に臨む教会の鐘が鳴る。 誰もいない聖堂の十字架の前で、 正装をした不破の靴紐を俺は跪いて結び、靴を丁寧に磨いた。 不破はネクタイを気にする。「おかしくないか」 槐「はい、大丈夫です」 不破「・・・しかし、遅いな」 槐「ちょっと見て参りましょう」 入り口の扉を開けると、ウェディングドレスを着た類子が姿を見せた。 ・・・その清楚な美しさに、思わず息を飲む。 槐「花婿がお待ちです」 類子「ありがとう」 類子のブーケが風に香る。 俺とのゲームを全うする為に、醜悪な怪物にその身を投げ出す類子。 しかし、心までは捧げるわけではない。 籍を入れて誰もが認める不破の妻になっても、どんなに不破にその身体を貪られても・・・ お前の心は俺が支配する。俺がお前を全力で守る。 俺の中で、お前は綺麗な身体のままで俺に抱かれる・・・ しかし類子、お前は俺の愛を本当に理解しているだろうか? 一抹の不安が走り、俺は横を通り過ぎようとした類子の手を思わず掴んだ。 類子「・・・何?貴方言ったわ。 金という目的の為に心を一つにして力を合わせること、それが私たちなりの愛し方だって。 たとえそれが、世間からは吐き捨てられるような苦い味だろうと 私は立派に飲み干してみせる。私達の愛を全うするために」 類子は決意の目に、俺は少し安堵して掴んだ類子の手を放した。 ・・・その手を放さなければ良かったと、後々俺は後悔することになる。 ウェディング・マーチ。 俺は扉のすぐそばに立ち、二人の挙式を見守った。 扉の中に花嫁が入る。類子は真っ直ぐに前を見据え、ゆっくりと十字架に向かって歩いた。 不破と類子が並ぶと、神父が声を掛けた。 「新郎新婦、一歩前へ」 秘密の結婚式。二人の誓いは、偽りの誓い。 類子の誓いの言葉は、俺への永遠の忠誠の言葉・・・ 式が終わると、予約していた麻布のフレンチレストランで 不破と類子は食事を取った。 貸切のレストランで寛ぐ新郎新婦をもてなすのは、ごく少人数のギャルソン達。 華やぐ光が溢れる窓の外、俺は車の中で時間を潰した。 不破と類子を麻布のマンションに送る。 玄関で白紙の婚姻届を不破に手渡すと、不破は満足そうにそれを眺めて言った。 「これで晴れて、類子は俺の妻になる。 明日、山荘で住人達にこのことを報告するからお前は朝8時に迎えに来てくれ」 槐「・・・承知しました」 不破に肩を抱かれた類子が、少し寂しそうな表情を見せたような気がした。 しかし、いつの間にかその目には陰りが消えていた。 どこか空虚に見える瞳。その視線はその日は二度と俺の目には向けられなかった。 俺は車を駐車場に置くと、歩いて近くのダーツバーに向かった。 マンションを探している間に偶然見つけたこのバーは、 山荘の地下室のような、どこか落ち着く空気を醸し出していた。 このまま一人でベッドに伏せる事を考えると、何故か心臓が痛んだ。 ・・・俺は決意を固めたはずだ。類子と二人でゲームを全うすると。 類子が不破と結婚するのも、類子が不破に抱かれるのもゲームの一手に過ぎない。 だから俺が心を痛めることなんて何もないはずだ。 カウンター席に座ると、俺はいきなり強い酒を煽った。 食欲がなく、一日何も食べていない胃にアルコールが染みる。 今頃類子は不破に抱かれている。不破のあの手で、あの唇で・・・ しかし、類子は立派にゲームの駒としての役目を果たしているはず。 それは俺を愛してるからだ。自分を抱くのは金で出来た単なる肉塊、 そう考えながら時が過ぎるのを類子は耐えているはず。 それは一重に、俺とのゲームに勝つ為だ・・・ 俺は、静かに目を閉じる類子を思い浮かべた。 星空の下で、アンタレスの輝きを瞳に湛えた類子の、透き通るように薄い瞼。 そっとそれを閉じると長くしなやかな睫が星の光に影を作り、 俺の唇に合わせるようにその影を振るわせた・・・ 「・・・類子。」 その名前は、口腔で小さく転がるように響く。 その心地よさに俺はその名を何度も反芻した。 後悔なんかしていない。俺は計画通りにゲームを進めているだけだ。 目の前の若いバーテンが、肘を突いて両手で額を押さえていた俺の顔を覗き込んで言う。 「・・・お客さん、明日車で信州に帰るって言ってましたよね。 そんなに飲むと運転出来ませんよ?」 うるさい。俺に構わないでくれ!そう言おうとして目の前の男を見ると、 視界が一瞬霞んで思わず自分の目を疑った。 俺を心配そうに見つめる目が、驚くほど類子に似ていた・・・。
地下室に戻るとすぐに上着とシャツを脱ぎ、 洗面器に氷水を張ってタオルを絞って打たれた肩の辺りを冷やした。 激痛が走り、思わず顔を顰める。 その時、携帯が鳴った。電話を取ると類子の声。 「私よ。どうなったか気になって・・・不破は何か言ってた?」 槐「いや。何も心配ない。大丈夫だ。言ったろ?あんたの事は、俺が守るって。 あんたは自分の好きにすればいい」 そこに、ノックの音。俺の名前を呼ぶのは澪の声。 槐「じゃあな」 類子の言葉も聞かずに強引に電話を切ると、俺は扉の向こうの澪に冷たく言い放った。 「来ないで下さい!」 澪は心配そうな声で言う。「でも、傷の手当をしなくちゃ・・・」 槐は声を荒げる。 「いいから!あんたに手当てしてもらうような傷じゃない!ほっといてくれ!」 澪に水を差され、先ほどとは逆に俺は冷静さを失った。 自分でも何だか分からないような叫び声をあげながら 洗面器や机上の本、本棚までも手当たり次第に巻き散らす。 そして再び、携帯が鳴った。俺は電話を取ると吐き捨てるように言った。 「心配するなって言っただろう!」 しかし、電話を掛けてきたのは類子ではなかった。 不破「車を出せ。俺が直接、看護師を連れに行く」 俺は耳を疑った。それまでの怒りが嘘のように、頭の中が晴れていく。 槐「承知しました」 電話を切ると、俺はすぐに車を回しに玄関を出た。 俺は車を運転しながら、後席に座った不破の話を聞いた。 不破はいつに無く柔らかい声で言う。 「あの女は、淡いオレンジが良く似合うな。俺の好きな色だ。 小生意気で嫌味な女だと思っていたが、いなくなると物足りなくてかなわん。 ・・・こんな思いをしたのは久しぶりだ。 なあ沢木、あの看護師はどんなドレスが他に似合うと思う? どんな宝石を与えれば喜ぶと思うか? ・・・分からんなあ。女に自分の好みを押し付けるのには慣れとるが あの看護師は一方的に与えられるのでは満足するまい・・・」 手にしたチェスの駒のクイーンをそっと握り締めて見つめながら、 まるで夢の中にいるような表情で言う不破の表情。 初めて見るそんな不破の姿をバックミラーで見ながら、 俺は類子のアパートへと車を飛ばした。 類子の住む古いアパートを見上げて不破は目を丸くした。 「あの看護師はこんな汚い所に住んでいたのか。ゴキブリでさえも餓死しそうだ」 狭く薄汚い廊下を歩いて類子の部屋の扉の前に立つと、 不破は携帯電話を取り出して類子に電話を掛けた。 俺は不破の後ろで事の成行を見守る。 ・・・扉の中から驚いた様子の類子の声がした。 「・・・不破さん?どうして?困ります。私、急いでるんです。 大事な仕事の面接があって。いえ、看護師はやめました。 もう二度とやる気はありません。お断りします。・・・えっ?」 類子は扉を開け、そこに携帯を耳に当てた不破を見出して驚く。 不破は電話を閉じて類子に言った。 「ここまで来たら、喉が渇いた。水の一杯でも恵んでくれるかな」 類子が不破を部屋に通すと、俺は一人、部屋の外で待った。 勿論、中の声を背中で聞きながら・・・ 二人の声が中から聞こえてくる。 不破「驚いたな。こんな部屋がまだあったとは」 類子「お宅のボートハウスの方がましでしょう」 不破「昔乗っとったマグロ漁船の寝床はこんなもんじゃないぞ。 床が揺れんだけでも、天国だ。・・・ん?」 類子「ミントです。水を冷やす時に入れておくと、 香りも爽やかで、リラックス効果もあるんです」 不破「あんたの手にかかると、一杯の水も薬になるんだな。 ・・・どうだろう。もう一度、戻ってきてくれんか。 例のマグロの件は、あんたのミスじゃないと判った。 だからと言うわけではないが、どうか、戻ってきて欲しい。 謝れと言うなら何度でも謝る。この通りだ」 類子「よして下さい。お気持ちは分かりましたから」 不破「では、戻ってくれるんだな」 類子「いいえ、それとこれとは別です」 不破「何故だ。あんたは、金でも動かん。謝っても動かん。これ以上何が望みだ」 類子「私は何も望んでません。ただもう・・・」 その時、向かいの部屋の扉が開いて中から寂れた中年男が出てきた。 俺の頭から足元までじろじろと舐めるように見てその男は、 怪訝そうな顔で廊下を歩いて出て行った。 続いて、穴だらけのジーンズを履いて目深にキャップを被った 若い男が無気力そうに通り過ぎてゆく。 中の音が外で鳴るクラクションにかき消され、類子の答えが聞けずに俺が少し焦ったその時、 扉が開いて不破が部屋から一人で出て来た。 俺は性急気味に不破に尋ねる。 「どうでした?彼女はなんと?また看護師として来ると?」 不破は黙っている。 槐「・・・断られたのですか?」 不破「それより、お前に頼みがある」 俺はまるで狐につままれたような、しかしどこか晴れやかな気分で帰りの車を運転した。 不破が類子にプロポーズしたこと。 そして類子の言葉を待たずに高級マンションとその家具類、 類子好みのドレスや宝石、化粧品までその部屋に揃えろという まるでシンデレラを迎えるような不破の要求を俺は素直に受け入れた。 俺は翌日から東京でマンション探しと買い物に時間を費やした。 眺めも日当たりもいい麻布の高層マンションの最上階を選び、家具はアイボリーで統一する。 ドレスは様々な色と形を選び、宝石も香水も類子の好みそうなものを選んだ。 銀座の街の高級な店ばかりを歩いて品を選びながら俺は、 類子のウェディングドレス姿を思い描いていた。 俺の選んだ部屋で、俺の選んだドレスに身を包んで微笑む類子。 ・・・しかし、その隣に立つのは俺じゃない・・・ 俺は今一瞬感じかけた思いを胸に封じ込めて自分に言い聞かせた。 俺と類子は愛し合っている。 しかしそれは、そこらの人間が甘んじているような生易しい恋愛とは違うのだと。 目的に向かって心を一つにする事、それが俺達なりの愛し方。 俺を愛する類子は最強のパートナーとしてその力を発揮し、 ゲームの完全なる勝利の道へと共に歩んで行ってくれるだろう。 不思議なほど俺はそう信じて疑わなかった。 それが身勝手な感情だとも思わなかった。 その浅はかさがすぐに二人の道を隔てる事になるとも勿論全く予感していなかった。 用意が整い、類子をマンションに案内する。 全面ガラス張りの窓から日が差す広い部屋を見て驚く類子に言う。 「・・・俺達は勝った。ついにやったんだ。 見ろよ!不破があんたのために用意した部屋だ」 類子がクローゼットを開くと、沢山の服が類子を待つように並んでいた。 槐「とりあえず、必要なものは一通り揃えてあるんだ」 類子「これ・・・全部私のために?」 槐「そう。未来の花嫁の為に、花婿からのプレゼントだ」 類子「でもまだ決まったわけじゃないわ」 類子はドレスを手にし、鏡の前で合わせてみた。 槐「しかし、あいつがプロポーズするとはな。 正に、逆転サヨナラ満塁ホームランってところだ。 ・・・それから、これも。 欲しいものがあれば、これで何でも好きに買えばいい」 不破から預かったブラックカードを類子に手渡して言う。 「それさえあれば、レストランでも、ホテルでも、たちまちVIP待遇だ」 類子は信じられないと言ったように目を細めて言う。 「・・・なんだか夢みたい」 俺はグラスにシャンパンを注ぎながら言う。 「夢じゃないさ。俺達は勝ったんだ。ついにあの怪物を釣り上げた。 それが出来たのもあんたのおかげだ、感謝してる。 俺たちの、輝かしい将来の為に」 類子と俺はグラスを合わせる。一気に飲み干す俺に対し、類子はグラスに口もつけずに尋ねた。 「・・・でも、貴方はそれでいいの?。 このまま私が、あの男と結婚して、貴方は平気なの?槐」 言葉に最後の望みを託すように、そしてすがるように切ない瞳で類子は俺を見つめている。 ・・・類子の唇が微かに動く。 一瞬、俺はその動きに目を眩ませた・・・ 自分で発したその言葉は、後で俺に容赦なく後悔の念を抱かせた。 すっと俺は否定し続けていたが、それはその選択が間違いであったという 紛れもない証拠であるときっと誰もが口を揃えて言うだろう。 (感想) この回の不破じいはとても素敵でした。 槐の目線で見ると、不破を素敵に書けないので少々残念です(笑) ちなみに、次回からは大誤解大会です。 類子の気持ちは「槐に裏切られたから、愛はもう信じない。 でもゲームを続ける限り、槐は私から離れられないはず。 槐は愛より金だと言っているけど本当にそうかしら? 澪を愛しているだろうから澪を使って確かめてやる」。 槐は槐で「類子は俺を愛してるから俺と共にゲームを上手く進める」 と信じて疑わない。 そのすれ違いが恐ろしい事件へ、そして類子の捨て身の事件へと繋がっていきます。 この頃の槐の感情は私もずっと誤解してましたので、 掘り下げていくのがなかなか楽しいです(^-^)
類子を狂おしく求め、今まさに愛し合おうとしたその時、 脱ぎ捨てた上着の内ポケットで俺の携帯が着信を告げた。 電話を取ると、不破の声。 「今どこにいる。すぐに戻ってこい」 類子が心配そうに尋ねる。「どうしたの」 俺は小声で類子に言った。「不破からだ」 ・・・不破のあのしわがれた声を聞くと、俺の心にある種の闇が訪れる。 もがいても、苦しんでもその闇からは逃れられない。 逃げようとすればするほど身体に食い込む荊の蔓のように、それは傷口をより深く広げる。 こんなにこの俺が不破の呪縛に捉われていなければ 携帯に出ることも、ましてや類子の身体を手放して すぐに飛んで帰るなどという事もしないで済んだはずだろう。 類子を抱いて、その体を慈しんで・・・ その別の人生への入り口を、俺は心から愛おしんだに違いない。 しかし俺は迷わず電話に出た。そしてすぐに帰ると返事をした。 悲しいほど、俺は不破に心を縛られていた。 類子が少し寂しそうに言う。 「どういう事。こんな時間に呼び出すなんて。何かあったの」 上着を着、帰り支度をしながら俺は言う。 「分からない。帰ってみないことには」 類子「・・・槐」 小さな貝が泣くような声で類子が呼び、 切なそうに俺の胸にその細い肢体を飛び込ませた。 心から類子を愛おしいと感じ、彼女の想いに応えるように俺はその背中を抱きしめた。 白い額に、そしてまだ熱の冷めない唇にそっと口付けて言う。 「大したことじゃない。いつもの気まぐれさ。また連絡する」 潤んだ瞳で見つめるミューズのそれのようにたおやかな髪を撫でて微笑むと、 俺は類子をおいて部屋を出て、まっすぐ山荘へと向かった。 俺が山荘に戻ったのは朝日が昇った頃だった。 少し仮眠を取ってシャワーを浴び、テラスに向かうと 不破は読書をしながら朝食後の紅茶を楽しんでいた。 槐「おはようございます。午後までには戻るつもりだったのですが」 不破「出掛けていたのか。夕べは姿が見えなかったようだな」 槐「申し訳ありません。お留守の間に細々とした雑用を済ませようと 東京に出たのですが、思いの他手間取りまして」 不破「さては、新しい歯ブラシでも探しに行っとったか。 ところで、新しい看護師はどうした」 槐「小谷教授にお願いして何人か推薦してもらっているところです」 不破「いいから断れ」 槐「・・・は?」 不破の言葉に心臓が波立つ。 不破「何度も言わせるな。断れと言ったんだ。 うちには、あの生意気な看護師がいれば充分だ」 槐「とおっしゃいますと」 不破はイラつき、しかしどこか羞恥を隠すように怒鳴った。 「あの飛田類子とかいう生意気な看護師を呼び戻せと言っとるんだこのバカが! この家の主人が俺一人だという事を、今度こそあの女にはっきりと分からせてやる! つべこべ言わずにとっとと連れ戻しに行け!このバカが!」 槐「・・・はい」 俺は足早に自分の地下室へと向かった。 ・・・まさか、今になってこんな時がこようとは! 部屋に入って扉を閉めると、周囲をはばかりもせずに俺は声を発した。 「・・・何てことだ。あいつが彼女を追いかけだすとは。 奇跡だ。奇跡が起きてる。こうしちゃいられない」 すぐにでも類子を呼び戻しに行こうと、俺は部屋を出ようとした。 が、扉を開けるとそこに澪が立っていた。 澪「今いいかしら。聞きたいことがあって」 槐「お急ぎでなければ後にしていただけませんか。 だんな様のご用で、出掛けるところで」 澪「ごめんなさい。私急がないから、どうぞ行ってちょうだい」 俺は澪には目もくれずに部屋を出て行き、類子のアパートへと車を飛ばした。 東京、類子のアパート。 俺の顔を見て喜びの笑顔を浮かべた類子が、俺の言葉を聞いてその顔色を変えた。 「何ですって?不破が私を呼び戻すって?」 槐「ああ、俺も耳を疑った。だがあいつは間違いなくあんたを求めてる。 言ったろ。あいつが心の中で無意識に求めているのは自分に楯突く人間だって。 あんたがあの屋敷を飛び出したのも、無駄ではなかったという事になる。 さあ、急いで支度するんだ」 俺が類子の手を取ると、類子はその手を振りほどいてテーブルの前に座りこんだ。 「嫌よ!言ったはずよ。私はもう戻らない。ゲームなんてまっぴらよ」 槐「何故!」 類子「何故って。また同じことの繰り返しだもの。 あの男に意地悪を言われて楯突いて、レイさんや千津さんからはあからさまな嫌がらせ。 敬吾だって今度は何を仕掛けてくるか。その中で私は、殆ど一人で戦ってきたのよ。 貴方は一体何をしたって言うのよ!」 俺は類子に強く言う。 「確かに、俺はいいパートナーじゃなかった。それは認める。 だが、信じて欲しい。今度あの男が理不尽なことをしようものなら、 俺は体を張ってでもあんたを守る! 不破だけじゃない。敬吾からも、レイさんからも、千津さんからも。 必ずあんたを守る!だから帰ろう。俺と一緒に。 蠍座のあの赤い星のように、全てを賭けて燃え尽きても惜しくない額だ。 2,30億という金は。そうだろ!?」 類子は立ち上がって言う。 「貴方がなんと言おうと、今すぐ尻尾を振って帰る気にはなれない。 不破にはそう伝えて」 類子の頑なな拒絶に俺は愕然とした。 俺が守る・・・それは心からの言葉だった。 しかし、愛しいこの女が嫌がることは強いたくはない・・・ 14才の頃に家族を失った類子。 友達も親戚もなく、独りで生きてきた彼女がひたすら求めていたものは 贅沢な望みでは決してなく、たった一つのぬくもり・・・ そのぬくもりを、今なら俺が与えてやれる。 心からの安堵と小さな幸せなら、俺は与えると同時に 俺自身が類子から受け取る事だって出来るはずだ。 類子の震える肩を見ながら、俺は俺の巻き込んだゲームに 類子を再び巻き込もうという気を失った。 金以上の喜びを知る類子、そんな彼女を俺は愛したのだから。 山荘へと戻る車を運転しながら、 同じ孤独を共有する彼女を俺は大切にしようと思っていた。 山荘に戻り、サロンで不破に報告をする。 不破は眉を顰めて言う。「何だと?看護師が戻らないだと?」 槐「はい。何を言っても、もう戻らないの一点張りで」 不破「あの女に戻ればいくらかくれてやると、そう言ったんだろうな」 槐「勿論です」 不破「いくらだ!」 槐「ここに戻る交通費や支度金の他に、報酬を今までの3倍払うと」 不破「それでも戻らんとそう言ったのか」 槐「はい。もう諦めたほうがよろしいかと」 その時、突然不破が立ち上がり、俺の頬を平手で強く打って叫んだ。 不破「だからお前は能無しだというんだ、このバカ猿が!!」 不破は杖で何度も何度も俺の背中を打ち、弾みで俺が床に倒れこんでも尚、 その手を緩めず強く打ち続けた。 不破は鬼の形相で叫ぶ。 「あの女が金で動く女かどうか、よーく考えろ!! 今まで何を見てきたんだ、この役立たずが!」 ・・・打たれるごとに、俺の脳裏に火花が散るように様々な光景が蘇って来た。 幼い頃、不破が大事にしていた花瓶を誤って割ってしまった時の初めての殴打。 敬吾の嘘を庇って殴られた時の、床に滴った鮮血の色。 スープに糸屑が入っていたと言って皿をぶつけられて肩に青痣を作った母、 それでも笑顔を絶やさずに、不破に俺の事を頼むといって 過労で痩せこけて死んでいった母の哀れな姿・・・ 怒りで唇が震え、目を剥いて不破を睨む。 ゲームの事など忘れて、その場で不破を殴り殺したい衝動に駆られたその時、 澪と敬吾がサロンに飛び込んできた。 澪は俺に駆け寄り、体ごと不破の杖から守ろうとする。 不破が声を荒げる。「ええい、どけ!」 澪「いいえ、どきません!」 澪の声に俺は我に返り、迸りそうになった殺意を かろうじて胸の底に封じ込めることが出来た。 敬吾が澪の体に手をかけて言う。「澪、どけって!」 俺は痛む背中を我慢して、立ち上がって言った。 「悪いのは私ですから。どうもすみませんでした」 不破に一礼をし、俺はその場を去った。 ・・・ゲームという名で彩りはしたが、 それは立派な復讐であることを俺は認めざるを得なかった。 心臓からこみ上げてくるこの怒り、嫌悪、そして殺意。 それらを今俺は最大に感じ、それでもどう行動したらゲームを上手く進められるか 憤る心とは裏腹に冷静に思考を巡らせた。 (2/2に続く)
類子が男に肩を抱かれて店を出ようとする。 横を通り過ぎようとした類子が俺に一瞥もくれないことに俺は少し腹を立てた。 咄嗟にその細い腕を掴むと、類子は俺を睨んで言った。 「悪いけど、男なら間に合ってるから」 連れの男が言う。「と、いう事だ。さあ、どいたどいた」 俺は類子ではなく、相手の男を睨みつける。 すると、その男がいきなり俺の頬を殴りつけた。 思わず俺も拳を振り上げ、俺達は取っ組み合って喧嘩をした。 男が花瓶を振り上げ、俺の顔に投げつける。 ・・・一瞬、意識が遠のく。 類子が俺に駆け寄り、何度も何度も俺の名を呼んだ。 霞んだ視界が開けると、目の前に心配そうに俺を見る類子の顔があった。 そして、安心したように類子の目元が緩む。 類子「・・・槐。一緒に帰りましょ。立てる?」 割れた花瓶で頬を傷つけた他は、殴られた部分が多少傷む程度で意外に俺は軽症だった。 類子の部屋はその外観と同じように、古く寂れている。 俺は簡素な六畳間で、類子に顔の傷を手当てされた。 類子「なれない事するからよ。全くどうかしてるわ。 殴り合いなんてせず、さっさと土下座すればいいのに。貴方のお得意でしょ。 私を連れ戻しに来たのなら無駄よ。私はもうあそこには戻らない。分かったら帰って」 槐「分かってる。俺はただ、あんたに会いたかっただけだ」 類子「へぇ。何のために?」 槐「怒ってるんだろ?あの時のこと。無理もない。あんた一人にあんな嫌な思いを押し付けて。 長年あの男の下で働くうちに、とりあえず謝ってやり過ごせばいいと さもしい根性が身についてしまったようだ。すまなかった」 俺は自分でも驚くほど素直に、類子に深々と頭を下げた。 類子「そうやって私にも頭を下げて、やり過ごすつもり?」 槐「俺は最低のパートナーだ」 類子「いいわよ、もう。謝ってくれなくたって。私は自分の意志であそこを出たんだから。 何もかも終わったわ」 俺は多分その時、今までに無く哀しそうな顔をしたに違いない。 類子が少し気遣うように言った。 「それより、喉が渇いたわ。何か飲む?もちろん、あなたのおごりでだけど」 槐「ああ」 俺の心に安堵が広がり、思わず顔がほころんだ。 類子の部屋には荷物らしい荷物が無く、そして殆ど家具がなかった。 そのせいで、狭いはずの4畳半が白々しいほど広く見える。 小さなテーブルの上には、酒と出前の寿司。 俺達は少し間をあけ、並んで壁に寄りかかっていた。 類子がしみじみと言う。「だけど不思議ね。 あの屋敷を出てからまだ半月足らずだというのに、もう随分昔のような気がする。 ほんと言うと嫌いじゃなかったのよ。どうすれば不破の気を引けるか、 あれこれ考えるのは楽しかったし、退屈もしなかったわ、毎日」 槐「生きることは、退屈な日常の繰り返しじゃない。毎日が楽しい企みだ、だろ? あんたの口癖だ。なのにどうして降りる気になった? やっぱり、愛だの恋だの欲しくなったのか?」 類子「私はただ、嫌になったのよ。あの不破って男が我慢できなくなったの。 それでも私達が大金を手にするには、あの男と結婚しなきゃならない。それが絶対条件だものね。 この先何年も、何十年も我慢して、好きでもない男に抱かれるかと思うと、本当にうんざりして。 それに比べてあの澪さんはどう?立派な家族や親戚中から愛されて、何不自由なく育ったお嬢様。 絵本作家という才能にも恵まれて、金持ちの婚約者もいて。 しかも、貴方のように秘かに思い続けてくれる男もいて。 同じ女に生まれてどうしてこんなに違うんだろうと、なんだか情けなくなったの。 だから彼女に嫉妬した。 決して貴方が好きになったからとか、そんなんじゃないから誤解しないでね。 ・・・それとも、貴方を愛してしまったからって、そう答えればよかった?」 槐「・・・そこまでうぬぼれちゃいない」 類子「でも、貴方はこれからどうするの?まだゲームを続ける気?」 槐「そうしたくても、俺一人じゃ無理だ」 類子「また新しい花嫁探せばいいじゃない。 私の他にもまだ、3人ほど候補がいるって言ってなかった?」 類子は煙草に火をつける。 槐「だが、あんた以上のパートナーは、そうはいない」 類子「どうも。ならいっそ、澪さんを奪い取ったら?愛してるんでしょ。 大金を取らずに愛を奪うという選択肢もあるはずよ」 槐「ところが俺はあんたと違って、愛だの恋だのなんて根っから信じちゃいないんだ」 類子「嘘ばっかり」 槐「そりゃ、誰も愛したこと無いなんていわない。けど、愛なんてものは所詮、空の星だ。 遠くで見ている分にはキラキラ輝いているが、いざ近くに取れば、何だこんな物かとげんなりする。 だが、金は違う。あれは手にすればするほど、輝きを増す」 類子「・・・だから澪さんのことも、遠くで見ていれば満足ってこと?」 槐「俺は金の話をしてるんだ」 俺はまた少し苛立ち、酒を煽るように飲むと寿司を口に放り込んだ。 類子「でも分からないわ。見ているだけで楽しいなんて。女は星とは違うのに」 類子は窓の傍に寄り、夜空を見上げる。俺はふと、夜空の星を類子に見せたいと思った。 槐「・・・星を見たことは?」 類子「あまりないわ。ここじゃ、空に星なんてないもの」 槐「そうだな。それにしても、ここの部屋も見事に何もないんだな」 類子「貴方とゲームを始めるときに、家具を処分しちゃったの。 絶対勝つつもりだったから、なのにまさか、舞い戻ってくるなんてね」 槐「・・・まだ負けたわけじゃない。あんたさえその気なら・・・」 類子「やめてよ。そんな事言うなら帰って」 つんとして俺から顔を背ける類子。俺は上着を持って立ち上がった。 類子は慌てたように振り向いて言う。「帰るの?」 槐「・・・星を見に行く」 近所のビルの屋上に立ち、俺達は二人で夜空を見上げた。 空気の淀んだ都会の空は、思いのほか見える星の数が少なかった。 類子「だから言ったのよ。都会で星を見るのなんて無理なのよ」 槐「そうでもないさ。目が慣れてくれば、そのうち見えてくる。 今の季節なら、そうだな・・・」 俺は星を指しながら言う。 「あの辺りに赤い星、アンタレスが輝いてるはずだ。 中心にS字を描いているのが蠍座。この辺にあるのが天秤座」 類子「天秤座って、あの重さを測る?」 槐「そう。正義の女神アストレアが世の中の善悪をはかる為に使ったという天秤だ」 類子「善悪って?」 俺はその場に座り、空を眺めて説明をする。 槐「遥か大昔、地上がまだ平和だった頃は、女神の天秤は善のほうに傾いたままだった。 だがそのうち、人間が武器を手にし互いに争うようになると、今度は悪の方に傾いたまま。 怒った女神は、再び平和な世の中になるまで地上には戻らないと翼を広げて天に駆け上った。 天秤座の隣にある乙女座が、その女神の姿だと言われている」 類子も隣に座って言う。 類子「それじゃその女神、これからもずっと天に昇ったままね」 槐「だろうな。罪深い人間世界に嫌気がさすのも無理はない」 ふと、類子が俺の顔を見て言った。 「・・・ねぇ。もしも、もしもよ。 もし私が不破と計画通りに結婚して、大金が手に入ればどうするつもりだった?」 槐「今更そんな事を聞いて何になる」 類子「ひょっとして、宇宙にでも行く気だった?」 槐「言ったろ、星は眺めている方がいいって。そのためにも、・・・そうだな。 まず砂漠にオアシスを作る。水と緑に囲まれた人口のオアシスだ。 そこで昼間は遊牧民のように過ごし、夜は砂漠に寝転んで好きなだけ星を眺める」 俺は冷たいコンクリートの上に寝転んで話を続けた。 「誰にも縛られず、誰も縛ることなく。一人で」 類子が顔を覗き込んで言う。 「・・・一人で?寂しくないの?砂漠で一人きりなんて」 槐「あんたはどうなの?都会の真ん中で大勢の人間に囲まれて。 それでも寂しいと思ったことはないのか?」 類子も俺の横に並んで寝転んで言う。 「そうね。言われてみればここも砂漠のようなものね。人間と言う無数の砂に囲まれた」 どこか寂しそうな類子の横顔を見て、俺もまた寂しさを覚えた。 ・・・類子。 中学生の時に一家心中で家族を亡くし、それ以来ずっと一人で生きてきた女。 看護師として夜通し働いても、行きずりの男に抱かれても その寂しさはきっと埋まらなかったに違いない。 俺は宙を見つめて言う。 「人生は、自分で思っているほど長くはない。宇宙の流れからすれば、ほんの一瞬だ。 善だの悪だの、そんなことを考えている暇も無い。 どうせならその僅かな時間に、自分の全てを賭けて燃え尽きたいと思わないか」 類子「蠍座の、赤い星のように?それも悪くないわね。 人間なんてどうせ罪深いんだもの。きれい事ばかり言ってたってしょうがない」 俺は類子を見て言った。 「あんたはやっぱり、俺にとって最高のパートナーだ。あんた以上の人はいない」 類子が身を起こして俺を見つめる。 その瞳は、いつになく女性らしい柔らかな光を放っていた。 類子「ねえ、パートナーって・・・貴方は私を女として見たことは一度もないの? 私を欲しいって思ったことは一度もない?」 俺も身を起こす。「そんなこと考えてもみなかった。・・・いや、考えないことにしてた」 類子「何故?女は星とは違う。その気になればいつでも手が届くのに」 槐「・・・だからさ。一度ぬくもりを知れば、一人ではもう生きていけなくなる」 類子「だから何?人生なんてほんの一瞬よ。 どうせなら全てを賭けて燃え尽きたい、今そう言ったばかりじゃない」 槐「じゃあ、あんたは考えたことがあるのか」 類子「・・・ええ。あなたとなら、きっと嫌ではなかったわ」 どちらからともなく、互いの瞳に吸い寄せられるように俺達は唇を重ね合った。 識ることを恐れた、この暖かなぬくもり。 冷たいコンクリートと相反して、類子の身体は俺に人肌の心地よさを覚えさせた。 ・・・宙に輝くアンタレスが、俺の身体に舞い降りてくる。 類子の唇を貪りながら、俺は類子をもっと深く愛したいという衝動に駆られた。 類子も同じように俺を求め、その唇から熱い吐息を零した。 俺達は足早に部屋への道を急いだ。 扉を開けると共に二人で部屋にもつれこみ、一層激しく互いを求め合った。 類子の細い肩が上気して薔薇色に染まり、 その熱情に呼応するかのように俺の心臓が営みを荒げる。 焦燥気味にその本能に身体を沈めようとしたその時、 脱ぎ捨てた俺の上着の中で携帯電話が着信を告げた。 ・・・今でも俺は思う。 あの時電話を取らなかったら、あのまま類子を愛し尽くしていたら・・・ 二人には、全く違う別の人生が待っていたのだろうか。 その人生は、空に輝くアンタレスのように明るく輝き続けていただろうか・・・ (ひとこと) 読んでいるのは大人だけではないようですのでこの辺で・・・(^-^;) 更新遅くて本当にすみません。 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますm(_ _)m |一覧| |
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