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今日も生涯の一日なり

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2012/05/30 楽天プロフィール Add to Google XML

IYOKUBA

夜は五反田でビジネスマン時代の職場の仲間ととの会合。
P5304172.JPG
JALの客室本部の上司だった市川さんを囲む会で、ずっと続いている会だ。
市川、小野瀬、環、宮脇、岡、今村、橋詰、岡田、私という面々。
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学部長日誌「志塾の風」120530 | 編集

豊田先生。本日の問題解決学総論の望月先生の講義の内容を聞く。毎回きちんとしたメモを取っているということなので夏には体系化された多摩大型問題解決学の姿が見えるかもしれない。期待したい。

文科省に提出するグローバル人材育成の書類づくりがたけなわ。諸橋副学長、金教授、杉本さんの3人の会合に呼ばれて参加する。「多摩グローカル人材」という人材像。

うわさのIYOKUBAを見学。町田にあるミュージカルの音楽座が行う就職支援プログラム。昨日は80名の参加があったが、本日は他の試験との関係で10名ほど。ファシリテータは男優と女優。コミュニケーション力は人とかかわる力という説明。多摩大の学生は素直で熱心という印象とのこと。ミュージカルをつくりあげるという体験を通して表現力・コミュニケーション力を磨くという趣向だ。成果を期待したい。

五十嵐プロデューサー、藤田プロデューサー、俳優の野口さん、高野さん、堀川さん、キャリアフラッグの星加さんとあいさつ。中村その子先生、杉田就職委員長、池田部長、早河さん、、。









Last updated  2012/05/31 06:48:50 AM
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2012/05/29

米沢嘉博記念図書館(まんがとサブカルチャー)

明治大学には、米沢嘉博記念図書館がある。
お茶の水の目明治大学アカデミーコモンから少し歩いて男坂を下ると左手に「東京音楽大学発祥の地」という石碑があり、そこを左に折れると7階建てのビルがある。それが明治大学付属の、まんがとサブカルチャーの専門図書館だ。
一階の展示室は休みだったので、2階の開架閲覧室に入る。

このまんが図書館は、総所蔵数は14万冊。現在は半分の7万冊が閲覧できりる。開架は6000冊。閉架64000冊。数年後には明治大学国際マンガ図書館に発展していく予定。
Top.jpg
米沢嘉博という名前は知らなかったが、まんが業界では有名人だ。ヨネヤンと愛称で呼ばれていた。有限会社コミケット社長。
この人は1953年熊本生まれ。2,3歳頃から漫画を読み始め、小学生になる前から近所の貸本屋に通い詰める。中学時代から同人活動。自分でも漫画を多数発表している。
明治大学工学部時代からマンガ誌の編集やライターをする傍ら、まんが評論活動を行い、そのままこの業界で過ごし、日本初のまんが同人誌即売会を立ち上げ、コミックマーケット(コミケ)を開催する。米沢は数十万人が訪れる巨大イベントに育て上げた。
1979年に準備会を立ち上げ、肺がんで亡くなる直前の2006年9月まで代表をつとめている。
1980年から「戦後マンガ史三部作」を刊行。
1999年「別冊太陽・発禁本」で日本出版学会賞、「藤子不二雄論 FとAの方程式」で日本児童文学学会賞を受賞。
2001年からは立ち上げた日本マンガ学会理事。

1997年から2002年まで、朝日新聞主催「手塚治虫文化賞」の選考委員をつとめた。
没後、2007年には星雲賞特別賞、2010年には「マンガ研究の基礎資料の収集と評論活動などの幅広い業績に対して」という理由でこの賞の特別賞を受賞している。

まんが分野に大きな貢献をした人物だ。その米沢は以下の言葉を残しており、それがこの図書館の目的と叢書の特質になっている。

 「森ではなく木を見なければなりません。そして、木が枯れれば、森は衰えてゆくのです。」

以下、友人の人物評。

一つの時代一つのジャンルだけでなく漫画の全体を把握していた「百科事典みたいな人」であった
「米澤は漫画の百科事典だった。漫画のことでわからないことがあると、彼に聞けばすぐ答えが返ってきた」

妻の英子と旅行に出かけると、必ずその土地の古本屋へ立寄り長年の嗅覚で探し当てていた。

この人は、幼年からの志をそのまま育てたようだ。53才と言う若さで亡くなり、その間大きなそして多くの仕事をしたが、時間があったら物凄いことになったと思う。
米沢の志がこの図書館として実り、さらに国際まんが図書館として発展していくのだが、どんな偏屈なマニアでも頼まれれば応じたという米沢の人柄が大いに関係しているのだろう。
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松井秀喜がレイズのメジャーにあがっった。もう一花咲かせて欲しい。
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Last updated  2012/05/30 05:47:14 AM
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2012/05/28

阿久悠記念館「馬力を落とさず、ある種の高度を保ってきた」

都心で少し時間が空いたので、お茶の水の明治大学アカデミーコモンへ。
地下に阿久悠記念館がある。阿久悠(1937-2006年)は、淡路島の洲本高校を出て、校歌にあこがれていた明治大学文学部に入学する。
Top.jpg

大学卒業後、広告代理店宣弘社に入社。27歳。放送作家として阿久悠を名乗る。29歳、独立。30歳、作詞家デビュー。34歳、最初のレコード大賞「また逢う日まで」。以降、毎年のように賞を獲得する。レコード大賞だけで5度。
35歳、レコード大賞童謡賞「ピンポンパン体操」。36歳、レコード大賞作詞賞「じんじんさせて」。37歳、日本作詞大賞「さらば友よ」、日本レコード大賞ヤングアイドル賞。38歳、レコード大賞大衆賞、作詞賞。

39歳では、伊豆・宇佐美に転居。書斎が復元されていた。四畳半に板縁の和室。
40歳、レコード大賞「勝手にしやがれ」。41歳、日本歌謡大賞「サウスポー」、「UFO」でレコード大賞。
42歳からは、小説を書きはじめる。直木賞候補になった「瀬戸内少年野球団」。「カサブランカ・ダンディ」でレコード大賞金賞。
43歳、日本歌謡大賞「雨の慕情」、レコード大賞。

44歳からは日記を書きはじめる。亡くなった70歳まで一日も欠かさず書き続ける。世界情勢、気象、スポーツの結果などを記した時代日記だ。「日記力「日記」を書く生活のすすめ」という本も書いている。これは読んだことがある。ブログを書くのに参考になった記憶がある。確か、継続しようとすると工夫が必要になるとあった。
30年近く日記を書き続けたから、阿久悠は「鍛錬」の鍛を超えて錬の段階を越えたことになる。

また、時代を読み解くために、記事のスクラップをよくしていた。
「歌謡曲は時代を食って色づき、育つ。時代を腹に入れて巨大化し、妖怪化する」と語っている。

「もしもピアノが弾けたなら」でレコード大賞金賞。
45歳、横溝正史賞。

これ以降も切れ目なく受賞が続くので書くのを飛ばす。ヒットの連続で安打とホームランを打ち続けているという印象だ。

51歳、「隣のギャグはよく客食うギャグだ」で直木賞候補。
52歳、「黒にり少年オペラ」で直木賞候補。直木賞は候補には三度なったが、賞は取れなかった。
この頃、1989年に開学した多摩大学の学園歌は阿久悠作詞、三木たかし作曲。この学園歌は素晴らしい曲。

少し飛ばす。

60歳、1997年菊池寛賞を受賞。作詞活動に対するオリジイナリティへの評価と30年位及ぶ活動を評価された。
この頃、50代最後のあたりの阿久悠に出会ったことがある。仕事(JAL)の関係でホリプロのパーティに出ていた時に、野田先生と出会い話をしていた時に、阿久悠が通りかかって野田先生が呼び止めて紹介してもらった。「今度、宮城で大学をつくる。久恒君を教授として呼ぶ。各社から人を集めてね」とおっしゃった。

62歳、紫綬褒章。新しい領域を開拓したというのが授賞理由。
「馬力を落とさず、ある種の高度を保ってきたことへの評価だと思う」
70歳、2007年旭日小受綬章。日本レコード大賞特別功労賞。没。

2011年10月28日、明治大学阿久悠記念館が開館。遺族から自筆原稿をはじめとする関係資料1万点が寄贈された。

明治大学は、古賀政男、スマイリー小原、掘威夫、宇崎竜童、阿木よう子などの音楽関係者を輩出している。

阿久悠は、生涯の作詞は5000曲以上。
日本レコード大賞は史上最高の5度。34歳から43歳までの作品。「また逢う日まで」「北の宿から」「UFO」「雨の慕情」、、。
生涯著作は100冊に迫る。
この人はやはり膨大で質の高い仕事をやり続けた人だ。

シングルレコードの売り上げは6800万枚と史上一位だ。最高の作詞家だったのだ。

この杵記念館を訪ねた後に、野田先生を訪問するのも何かの縁だろう。

以下の本を読みたい。
「愛すべき名歌たち」「書きおろし歌謡曲」(岩波新書)
「清らかな厭世」
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学部長日誌「志塾の風」120528 | 編集

朝から昼過ぎまで大学で仕事。昼休みは諸橋副学長(人事関係)、飯田先生(国際教養大の中嶋学長の講演の件)、杉本主任(学生の特別聴講生の件)。金子さんと専任教員向けの「教育の手引き」の検討。
夕刻に赤坂に野田名誉学長を訪問。後から加わった朝日新聞の荻野記者とイタリアンで食事会。 

 途中、野田先生の友人たちと電話で話。大分県の平松元知事。ジュディオングさん。多摩大総研の望月照彦所長。








Last updated  2012/05/29 07:41:20 AM
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2012/05/27

津田大介「動員の革命」-ソシャルメディアは何を変えたのか

4月10日発行の、津田大介「動員の革命」(中公新書ラクレ)を読んだ。ネットでは大いに話題になっている本。

ソーシャルメディアがリアル(現実の空間・場所)を「拡張」したことで、かつてない勢いで人を「動員」できるようになった。
ソーシャルメディアとは、ユーザーとユーザーがつながって、双方向に情報を提供したり、編集したりするネット上のサービスのこと。
大学の情報系学部では、2012年段階でツイッター利用者はほぼ全員、フェイスブックは5割前後までになった。(多摩大は?)
一番効果的なのは、一日前と当日のイベントが始まる3.4時間くらい前。(知研のセミナーなどのイベントも)
その企業の情報だけでなく、隣接する領域の情報を発信することです。(大学業界の話も、、) 
「不確かな情報の検証はプロの仕事。ソーシャルメディアはニュースへの多様な視点を提供するもの。そして拡張器であり、情報源である。」
ソーシャルメディアでは、各分野の専門家が何百人、何千人と一堂に会してそのニュースの分析を発信している。
ソーシャルメディアXクラウドXモバイル
今回の大震災では、ITリテラシーがあるかないかで、生死を分けるほどの差があった。

「これから「寄付」がブームになる!」が面白かった。

最終的には、ソーシャルメディアのアカウント自体が銀行口座と同じ扱いになる、、
購入型のクラウドファンディングの代表例がキックスターター。Kickstartaer
クラウドファウンディングはソーシャルメディアの動員力をお金に換える最も現実的なサービス。

そのクラウドファウンディングであるCAMPFIREを立ち上げた家入一真との対談も興味深い。
http://camp-fire.jp/

リターンがあるので寄付ではない。お金のリターンではないので投資でもない。クラウドファウンディングは新しい形態。

「CAMPFIREとは? あなたのクリエイティブなアイデアを、みんなのお金で実現することができるクラウドファンディングのプラットフォームです! 」
「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)とは、アイデアを実現するために必要な創作費用を、そのアイデアに共感した家族・友人・知人そして多くの人々から少額からお金を募る事ができるクラウドファンディング型のプラットフォームです。 」
「アイデアを実現したいクリエイター」「アイデアを応援したいパトロン」
プロジェクトが目標金額に達したらSuccessとなり支払われる。20%は手数料。期間内に達しなかったら返金。
プロジェクトを見てみると、有名人のカバンの中身プロジェクト、名古屋静脈という映画、非常食宅配事業、漁業復興の定置網プロジェクト、ソラリーマン写真集、、、、などのプロジェクトが進行中だ。
まだ金額のスケールは大きくないが、可能性を感じさせる。何か、実験してみたいと思った。

著者の津田大介さんは、政策や政治を中心にしたウェブのメディアをつくろうとしている。
役所がどういう議論をしているのか、資料をどう読み解いたらいいのか。「情報の集約」と「政策の解説」をやる。

「情報の要約と解説」は、私の挑むべき分野でもある。
個人の活動と組織のパフォーマンスをあげるために多くのヒントをもらった。
何が起きていて、何が変わったのか、を解説してくれるいい本だと思う。
オビには「あなたは、この革命を体感しているか?」とあるが、この「体感」がキーワードだ。








Last updated  2012/05/29 07:43:10 AM
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2012/05/26

千日の稽古を鍛となし、万日の稽古を錬となす

千日の稽古を鍛となし、万日の稽古を錬となす。

これは宮本武蔵の「五輪書」にある言葉だ。鍛錬とは千、万の稽古を積み上げることなのだ。
3年で鍛、30年近くで錬、という計算になる。刀造りでは最初の硬さをつくる段階を鍛といい、焼き入れで柔軟性をつけることを錬という。練り(ねり)によって柔軟性を身につけた名刀になる。
鍛錬には、卒業・修了がある修業と、終わりのない修行がある。継続しながら磨いていくのは「修行」だ。
このブログの連続記入も2800日だから7年半になるから、「鍛」の段階。あと20年継続すると「錬」になるということか。

神保町の古本屋で目に留まった本を3冊購入。

16時20分からインターゼミ(社会工学研究会)。その前に学長と打ち合わせ。17世紀オランダ論の図解の修正。

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寺島学長講話。

 テーマ設定、できるだけ視界を広げ独特の意見に収れんさせる。
演繹法(原理原則から事象を解説)。帰納法(具体的事象から共通化を抜出し一般化)。仮説法(ひらめいた仮説を検証)。
問題意識。根性。ものの見方を学べ。以下先週の動きから。
大阪で中央リニア新幹線の決起集会。JR東海。大阪まで1時間。江戸時代は5日。明治21年東海道線18時間52分。昭和4年特急富士10時間52分。昭和9年つばめ8時間。昭和33年こだま6時間50分。昭和39年超特急ひかり4時間。現在2時間半。
参議院で50人の国会議員を含む200人に講演。多目的病院船構想。日本には6852の島。震災時の病院を派遣。中国派コンテナ型のモジュール。1995年の阪神震災から進歩したのは携帯とコンビニ。進歩していないのは住居。コンテナ型のカプセルホテル。トイレと風呂。道の駅に集積しておくとか、、、。
エネルギー調査会が週二日。
17世紀オランダ論。脳力のレッスン123「台湾をオランダが支配していた時代」

後半はグループワーク。
私の担当の「震災班」は、震災・道の駅・車社会などのキーワードで来週までに、昨年の論文と多摩大総研の道の駅報告書を読破し、それぞれ一枚のペーパを用意することになった。学生3名、大学院生2名、教員2名のメンバー構成。
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学部長日誌「志塾の風」120526 | 編集

九段サテライトで5月の大学運営委員会。メインテーマはグローバル人材育成。
引き続き、。学部長、研究科長による3COO会議。
グローバル人材育成種類作成担当の金先生に本日の大学運営会議の方向と、私の考え・アイデアを伝える。

 「多摩」の定義。「多摩グローカル人材」で進むこと。その中身はインターゼミの過去3年間の実績が参考になること。「現代の志塾」「産業社会の問題解決の最前線に立つ人材」「ゼミの多摩大」、、、などの体系に沿っていくこと。








Last updated  2012/05/27 08:03:23 AM
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2012/05/25

学内合同説明会

今日は午前は二つの学部の授業。夜は大学院の授業。
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プレゼミ

3回目の椎木先生の講義。長州人をテーマに時代、人物、志、そしてゼミについての意識づけなど。私自身も勉強になる。
f:id:k-hisatune:20120525091542j:image
見るべき美術館・企画展。読むべき本、調べるべき人物、などを思い浮かべながら聞く。
ゼミナール連合のアイデアも。
各グループでの授業では、講義の感想を聞く。教育は受け取る側の問題だということをしゃべる。
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マネジメントデザイン論。

図解文章法の講義と演習。日本の文章読本の歴史(谷崎潤一郎・清水幾太郎・木下是雄・本多勝一・野口悠紀夫)と、解決方法として私のの図解文章法の解説。以下の拙著から資料をピックアップして配布。
図で考えれば文章がうまくなる (PHP文庫 ひ 31-1)

アンケートでは「スラスラ書ける」という学生がかなり出た。文章に対する苦手意識を払しょくしてもらいたい。
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八王子サテライトで大学院の講義。

新著「図で考える技術が身につくトレーニング30」から課題を二つ解く。
朝日、毎日、読売、産経の社説比較サイトから選んだ「節電」に関する社説の図解トレーニング。4新聞社の社説が一枚の図にまとまっていくプロセスを体験する。このテーマに関しては大飯原発を再稼働せよと主張する読売と、それは無理だから節電で乗り切れという朝日の主張が真っ向から対立している。4紙の述べる事実関係と主張を総覧できる図ができたら、そして数字や具体例を調べておいたら、全ての議論に対応できるはずだ。
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学部長日誌「志塾の風」120525 | 編集

学内合同説明会が行われた。企業の人事担当者がみえて4年生に説明をしていただくというイベント。今回は21社の参加があった。

商社、物流、メーカー、フードサービス、レンタル、流通、IT・情報処理、コンサルタント、サービスなど。
全ブースを何度か回遊して観察。キャリア支援課のアドバイザーの方たちと雑談。私のゼミ生も数名見かける、聞くとヨコハマタイヤに関心ありとのこと。

インターンシップ説明会の参加者が低調だった昨年対比3-4倍になっている。2年生も多い。今年から始めたIYOKUBAという就職支援プログラムへの参加者も多い。内容もいいらしい、。来週は見学しよう。
ラウンジで樋口入試委員長と川手就職部長・黒瀬課長が会議をしていたので割り込み。攻めるべき重点地域、対象、、などの具体策。
矢内事務長と定例の情報交換。








Last updated  2012/05/26 07:08:07 AM
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2012/05/24

「愛ずる」「日常」「つながり」--JT生命誌研究館の中村桂子館長

本日のリレー講座はJT生命誌研究館の中村桂子館長。
テーマは「生命の歴史を踏まえた社会づくり--東日本大震災の体験を生かして」。
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東日本大震災で改めて感じたことは、人間は生物であり、人間は自然の一部だということだ。
現代社会はこの考えに基づいて構築されているか?
ここ20年、世界は金融市場原理と科学技術で動いてきた。時間と関係が分断されて、心が壊れてきた。
Ecology(環境)とEconomy(経済)とEnergy(エネルギー)
生命誌(バイオヒストリー)から考えるという仕事を50年してきた。
5000万種の生き物の祖先は、38億年前の海中にいた一つの細胞。祖先は一つ。
人間もバクテリアも38億年の歴史がある。
DNAは記録だ。
つながりの中に自分がいる。
自ら考えて行動する。交渉力とコミュニケーション力。
人間が他の生物と違う特徴は、想像力・分かち合う心・世代を超えた助け合い。これが人間らしさだ。これを生かしているか?
人間らしい社会とはどういう社会か。
一極集中ではない・食糧自給率が高い・コミュニティスポーツ(文化)が盛んで地域に独自性があり豊かで活力がある。先進国の特徴。
農業・水産業・林業・教育・環境(水)などを重視。「生きている」を見つめ、「生きる」を考える
今までと違う方法。南方熊楠と宮沢賢治の知。賢治は「ほんとうの」という言葉をよく使った。食べ物、幸福、。
西洋は学問(科学)、東洋は思想(仏教)、日本は日常(自然)。
幸田露伴の三福。惜福・分福・植福。特に植福。
「愛ずる」という言葉。つながり、幸せ。平安時代の「虫愛ずる姫君」からヒントを得て宮崎駿は「風の谷のナウシカ」をつくった。

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ゼミ。前半は図解のトレーニング。後半はグループワーク。
 4年生の就職状況を聞く。インターンシップの相談。プロジェクトのパートナーとの接触状況。ドッジボール大会(3チーム)。
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「図解アルチザン」に2つの本づくりのプロジェクトを投げかける。中心になって取り組む人がいりかどうかが鍵となるが、どうだろう。
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学部長日誌「志塾の風」120524 | 編集

矢内事務長と定例の打ち合わせ。聖ヶ丘高校の校長らと学部執行部との懇談会は6月に設定。
事務局の山田参与と情報交換。情報社会学会との連携、インターンシップは参加企業は60社、説明会参加学生は3年100人、2年も40人ほどで活況とのこと。
昼休みの教員ラウンジはにぎやかだ。各委員会の委員長・副委員長らと情報交換が進む。
私もインタビューを受けている大学案内用の動画のCDの原板ができたので見てみた。ペーパーの大学案内とペアとなって威力を発揮してくれるだろう。
彩藤先生と一緒に考え、共同研究費の評価の仕組みができたので学部運営委員会メンバーに12本の評価を依頼。内部の納得性と来年度以降の予算との関係もあり、貢献度・共同度・将来性という指標を使うことになった。中期計画達成に向けての貢献度がもっとも高い割合になる。
非常勤となった菅野先生からインターゼミの様子などを聞く。

システマティックな動き、スピード感覚、、、。







Last updated  2012/05/25 06:10:55 AM
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2012/05/23

新著の見本が届く。 「図で考える技術が身につくトレーニング30」

新著の見本が届く。
「図で考える技術が身につくトレーニング30」。
Top.jpg
ユーキャン学び出版からは初めての本。装幀と内容の柔らかさに満足している。
「図解」についててゃ、原論、技術編、展開編と大量の本を出版してきたが、今回これにトレーニング編が加わったことになる。
新田次郎は新著が出来上がると、その夜は枕元に置いて寝たというが、その気持ちも少しわかる。

【送料無料】図で考える技術が身につくトレーニング30
編集者からのメモ
「発刊日5月30日までもう少しですが、営業に力を入れていきます。これを機会に、今後も何卒宜しくお願い致します」。
打ち上げもやりたい。
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ソシャルメディア戦略。こういうのはどうかな。試行錯誤の段階。

ブログを旗艦に、twitterとfacebookで囲み、fbファンページとgoogle+とlinkedinはそれぞれの役目を与える。

毎日書くブログの内容は、twitterとフェイスブックで発信。
twitterとfbファンページで、「本日の心に沁みる言葉」。
google+は、今日の一枚(写真)と、できれば五七五(俳句・川柳、、)
linkedinは、ビジネスマンに役立つ人物紀行か、著書紹介かな。

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学部長日誌「志塾の風」120523 | 編集

研究室で、自己点検の原稿など。
中庭先生と就職関係、同窓会連合、グローバル人材関係などを話し合う。
教員ラウンジで各種根回しと意見交換。今泉先生と人事・予算。彩藤先生と出原先生と共同研究費の件の打ち合わせ。金先生からグローバル人材育成。豊田先生から問題解決学の進行の様子を聞く、望月先生は横で楽しそうに聞いている。








Last updated  2012/05/24 06:08:28 AM
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2012/05/22

画を望まば我に乞うべし、絵図を求めんとならば円山応挙よかるべし

先日訪れたボストン美術館展は、曾我蕭白の壮大な「雲龍図」に感銘を受けた。
襖からはがされた状態で保管された絵を今回修復して展覧したのだが、その絵には欠けた部分がありそうだ。完成形では一頭の龍がぐるりと部屋を囲んでいたということらしい。この龍に囲まれた部屋にいたならば、鑑賞するというより龍を体験することになる。

曾我蕭白は「画を望まば我に乞うべし、絵図を求めんとならば円山主水(応挙)よかるべし」と言っている。

これはどういう意味だろうか。
同時代の円山応挙(1733-1795年)は「写生」で一時代を画した画家である。近現代の京都画壇にまで系統が続く円山派の祖だ。
この応挙を蕭白は絵図(説明図)と言って認めていない。そこには精神性が欠けていると非難しているのではないか。
絵に理念を求めたフェノロサが蕭白を高く評価したのは、その精神性にあるのではないだろうか。

曾我蕭白(1730-1781年)は17歳で両親を失う。
20代の終わりには伊勢に旅をし、33歳の夏には播州高砂に足を運び、再び伊勢を再訪し、38歳で再び高砂を訪れている。
それぞれの地で作品を残しているが、同じに逸話も多く残っている。蛇足軒と自ら号した。

「金銭に就ては少しも念がなく夫が為に食事もできない様な事が折々あった様である」(桃沢如水)
空腹のために歩くこともできず路傍で寝ていたのを豪農が親切に連れ帰り何ヵ月か逗留させた。
安養寺の達磨を描いた衝立は、空腹で本堂で寝ていたのを風体怪しき画家(蕭白)を一晩泊めたときに酒を一升飲んで描いた。
伊勢永島家の障壁画は、泥酔していた蕭白を介抱して新築の家に連れ帰った際に描かれた。

蕭白の前半生は、自由気ままに振る舞いながらも食うことを求める放浪の画家だった。後半は京都を代表する画家になった。
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スカイツリー開業日。
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学部長日誌「志塾の風」120522 | 編集

大学で募集した「共同研究」の審査について相談を受ける。この研究費の目的は経営情報学部中期計画の達成に向けての研究であり、何らかの視点が必要だ。評価の視点としては学部中期達成への「貢献度」が中心で、それに学際的な意味も込めて「共同力」、そしてチャレンジ的な意味合いの「挑戦性」を加えて評価したらどうだろうか。学部運営委員会所属の各委員長ら10人の採点で採否を決めることになっている。全員の納得性と来年度以降の予算獲得のためにも、考え方と基準を決めておく必要がある。最終決定は6月9日の学部運営委員会としたい。








Last updated  2012/05/23 06:55:55 AM
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2012/05/21

「東京ゲーテ記念館」をつくった粉川忠の志

先日訪れた「東京ゲーテ記念館」は、事業家・粉川忠(1907年生まれ)が、一生をささげた事業である。
この人の生涯を「夜の旅人」(阿刀田高)を読みながら追ってみたい。

水戸市郊外で代々村長を勤める素封家の家に生まれた。
8歳の小学2年生の時に小さな事件が起こるり、「俺は一生人に使われる仕事には就くまい」と決心する。
小学5年生の時には、「人真似をしてはいけない。自分の頭で作り出すことが大切なのだ」と悟る。
師範学校2年生の時に、ゲーテ著、森林太郎訳「ファウスト」を読み、次に「若きウェルテルの悩み」、「ウィルヘルム・マイステルの徒弟時代」と進む。
東京に出た粉川は、「ゲーテのための考彰館を作ればいいいんだ。そこへ行けば、ゲーテのことがなんでもわかるような、、と志が定まった。人生の大目的が決まったのだ。ここで粉川は自分の心を鼓舞するために数条の誓いを立てる。
1.すべて独力でやる、 2.ゲーテの資料を集めることだけを目的とする。 3.ゲーテを利用して金儲けをしない。4.事業が完成するまで故郷の土を踏まない。

粉川は精工社という工場をつくる。世の中がどう転んでもなんとかやっていける食糧を仕事に選ぶ。味噌漉し機械を発明する。優れた機械を考案することでゲーテ図書館につなげていこうとした。女色と美食は慎むべきものだった。
注文取りのための全国の旅では「行く先々でゲーテを捜せばいいんだ」と思い当る。

27歳の粉川は郷里の人を妻に迎える。
「私には生涯を賭けてゲーテの図書館を作りたいという希望がある。会社の経営はそのための手段であり、時には家庭だって犠牲にしなければいけない」。この妻は夫の理想を支え、忙しさのためにゲーテから離れがちになる粉川を激励し続けた。

30歳。1937年、シナ事変。
総利益の一部を従業員に分けた後の余剰金はすべてゲーテ事業に投入する。万人のための完璧なゲーテ図書館を設立する。さらに発展させて皇国の文化事業に貢献する。断じて志をくつがしてはなるまい。

1940年、33歳。粉川は古本屋で東京帝大の木村謹冶教授に出会う。木村はゲーテ研究の第一人者だった。
粉川の理想を知った木村は毎週土曜日の午後に、ゲーテに関する個人教授をしてくれた。
1940年8月から1945年10月まで、実に273回の多きにわたった。

「ゲーテ資料の蒐集が男児一生の仕事にふさわしいかどうかが問題なのではなく、一生の仕事にふさわしいほど大きなものにすればそれでいいんだ」
研究者のためのゲーテ図書館ではなく、あくまで万人のためのゲーテ図書館をつくりたい。庶民がほんの一かけらでもいいからゲーテの世界に触れてほしい。

胃潰瘍で入院した粉川は、自分の生死に関係なく事業を長く続けるためにゲーテ事業を財団法人にする決断をする。それが東京ゲーテ協会である。個人資産は限りなくゼロに近づいた。一人息子(粉川忠)には教育は受けさせるが財産は残さない、という方針で臨んだ。

ゲーテ二百年祭で手痛い仕打ちを受けた粉川は、誓いを増やす。
「1.全て実力でなせ。2.他からの経済的援助は受けるな。3.自由を守るために人の世話になるな。4.私財の保持を許さず。5.娯楽を去れ。6.自己育成は事業を通してなせ。7.行動は太陽の如く堂々と独り行け。8.死の直前まで働け。9.勝負は生涯になさず21世紀に任せよ。」

すでに蔵書は1万5千冊を超えていた。分類表をつくらねばならない。睡眠時間を3時間半に減らした。

1964年、粉川は57歳。渋谷に地上7階、地下1階、総面積2600ヘーベの東京ゲーテ記念館が誕生した。
「百里を行くものは九十九里をもってなかばとす」という言葉が頭の中にあった。

78歳の時点で、ゲーテに関する著書、研究書、訳者は7万冊。関連資料15万点。国内318紙、外国655紙の新聞を取り寄せ、ゲーテに関する記事は細大もらさず切り抜いて保存されている。世界一のゲーテ資料館になった。

北区はゲーテ記念館発祥の地であり、西ヶ原に移転し館の規模を二倍するという計画があった。今は立派な建物が完成している。そこが先日私が訪れた東京ゲーテ記念館だ。生前、長野市の郊外に「ゲーテ研究所」をつくる計画もあったが、こちらはどうなったのだろうか。

人物記念館の旅を続ける中で「東京ゲーテ記念館」の名は目に入ってはいたのだが、なぜ東京にそんなものがあるのだろうと軽く見ていたが、一人の人物の生涯を賭けた事業だったことがようやくわかり納得した。

東洋ゲーテ記念館で会った受付の婦人は、私に「夜の旅人」を紹介しながら、「書いてあることが本当にことだとはお思いにならないでくださいね」と語っていた。あくまで小説だということらしいが、「志」をまっとうした男の人生に感銘を受ける。

ゲーテ図書館、ゲーテ事業は、永遠に続く大事業になっていくのだろう。








Last updated  2012/05/22 06:26:54 AM
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