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還暦放浪もインドを目指す。… (旅行・海外情報)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
還暦放浪もインドを目指す。
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 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。

一抹の寂しさを感じたとき、放浪に憧れていたときを思い出した。今回は勢いだけで3ヶ月の旅に飛び出していた。 (1インドルピー≒2.7円) [全14件]

2006.07.29楽天プロフィール Add to Google XML

第14日目    スリウリ(ネパール国境)   ネパールゲストハウス

 

 今日から2日がかりでネパールのルンビニに移動する。

 ネパールには過去何回か行っているが、ルンビニはインド国境地帯で少し離れていることと、お釈迦様の生誕地と云ってもわざわざ行こうとも思わなかった。ただ私が通った保育園はあそか(アショカ王)保育園だったし、息子の幼稚園はルンビニ幼稚園であった。今回は他には特に予定もなし、一連の仏跡を訪ねる中では外せないと思っただけである。

 ローカルバスを何度か乗り継いでいけないこともないが、無理をせずツーリストバスで行く事にして前もってチケットを手配してもらってある。

 リキシャでツーリストビューロー(と言っても、しもた屋に毛が生えた程だが)に行くとシャッターが閉まっていてその気配がない。集合時間は過ぎていたので近くのチャイ屋に行くと、そこに若い日本人男性が一人お茶を飲んでいる。話をするとカトマンズまでとのことでそのうち店も開くでしょうと悠然としている。福岡の鶴巻温泉からで2月にブラジルからスタートして世界1周しているという。

 ボチボチと一人二人と集まってきて、皆このチャイ屋に来る、店が開いているというのでチケットのブッキングに行くとチケットは朝食付き宿泊付きだが、朝食はこのチャイ屋でサンドイッチ一切れとチャイ1パイであった。

 朝7時ブッキング開始で8時半スタートだが時間になってもバスが来ない。今日の乗客9人ではバスではなくてジープに変更された為で、満席で10時にやっとスタートする。この分だと国境のスリウリ到着はかなり遅くなりそうである。

 乗客は在日韓国人の女性、千葉からの女性、子供ずれの夫婦、鶴巻温泉君と私と外人3人であった、一昨日手配してもらって気になっていたチケットは私がルンビニで500ルピー、他の人たち全員カトマンズまでで600ルピーでガイドブックよりは倍の料金になっていた。

 バスがおんぼろジープに変わったおかげで後部座席に向かい合わせで四人が膝をつき合わす格好となった。必然的に会話が進行していく。在日韓国人の事を千葉からの女性が余りねほりはほり聞くので最後には(差別用語は気持ちが良いものではないと)寝たふりをして会話に入ってこなくなった。パンク修理で下車した時ひとりポツンと座っていたのでそれとなく詫びを入れておく、千葉からの女性はどこまで気付いているのか。

 途中工事で迂回があり結局食事の休憩もなく、前の席の西洋人からバナナの差し入れと私が乗る前買っておいたビスケットを2枚ずつ分け合って食べる。

 真っ暗な中、午後8時にスリウリ到着、国境を挟んで、インドとネパールのイミグレーションを通過するが、この間500メートルをズタ袋は担ぎにくいのでリキシャを使う。雑貨屋で取りあえず10ドルだけネパールルピーに交換、何とかレートに近い650ルピーに交渉できた。

 バスツアーに込みのネパールゲストハウスはドミトリーで男性部屋は8人定員で私と鶴巻温泉君だけである。早速近所の食堂に同行4人と出かけ、缶ビールとモモで乾杯する。

 女性二人はかなり方々を旅行しているようであるが、やはり将来に対しての不安(日本はどうなるか自分はちゃんと仕事をやることができるのか)思っているようだ。大いに力づけておく。

 風邪薬を飲んでいるが声が出なくなってしまった。あめ玉をしゃぶりながら話をしている状態であるタンがしきりにでる。部屋に戻りシュラフだけ取り出して寝てしまう。




Last updated 2006.07.29 10:22:06
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2006.07.27

13日目   バラナシ(7)  アジャイゲストトハウス

 

 満月がシバ神のお祭りの日である。朝から大変な人出で歩けない程。

 この日でなければ撮れないスナップなどを撮り歩く、おそらく地方からの人たちだろう素朴な人たちである。

 ここまで人が多くなるとさすがの林住期と思われる人はいつもの場所になかった。そこにもすでに人が多く居て祈れる場所ではないので、回りを注意深く見渡したけどいなかった。

 明日出発するので夜中に焼け焦げを作ったマットレスを隣の部屋と差し替えておく。せめてマスターのボリに対する仕返しである。

 午後ホテルに戻りビールを飲んでいると、部屋を探しに来た神戸からのリュウさんとしばし話となる。35歳でインドは3回目でやはりフリーターとのこと、名前を聞かれたので四国88ヶ所の納め札に書いて渡すと自分も四国遍路を考えていたが今回はインドできた、私の話からぜひやってみたいとのこと。

 これから日本はよくなるから今のうちに自分を磨いておきなさいと大いに力をつけると、日本に帰る勇気が湧いてきたといっている。龍君に付き合ってもらって薬局に抗生物質を買いに行く、風邪と思っていたがやはり埃による気管支炎のようでどうしても風邪薬では治らなかったらと思い、お守り代わりに購入しておくことにした。

 隣の部屋でも夜中咳をする声が聞こえる。夕方ジャイアン君を誘ってボートを乗りに行く、祭りの夜は料金が高いが何とか一人あたり150ルピーという船を日本人カップル2組が見つけていたので、分乗させてもらうことにした。久美子ハウスのチャーターも同額でとのことで、普段の2倍以上だが相場のようである。




Last updated 2006.07.27 09:46:03
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12日目   バラナシ(6)   アジャイゲストハウス

 

 結局最初会った3人組はその日1日だけであった。

 次の日の二人組は翌日ガンガンに別れを告げに来たきり姿を見せず今日も片割れの一人(ブルーの方)だけが祈っていた。これらの人は当てはめるとすれば林住期なのかもしれない。

 結局つかみきれずに明後日バラナシを去ることになりそうだ。

 気温は昼27~8℃C、夜25~6℃。晴れで風が弱く霞がかかった天気で一定、毎日ほとんどこの状態であった。

 外からヒンドゥー教を見ていても分らない。ヒンドゥー教徒は一般に信心深く、熱心である、オートリクシャのフロントガラスには神々のブロマイドが張ってあり線香が焚かれている。だからといって我々は安心して乗っていればいいと云うわけにはいかない。

 甘い顔をしているとどこに連れて行かれるか分らないし、一度話に乗ると向こうのペースでどんどんエスカレートしかねない。仲間内では良い奴だ、義理堅いと言われていてもイスラム、イギリスから摂取されてきた長い歴史がある。外部の人間からは取り放題腕の見せ所なのである。

 ここで怯んでいてはいけない。多勢に無勢ではなく、こちらには選ぶ権利がある。値段を言わせて一番安いのに乗れば良いだけである。気持ちだけは強く待たなければならない。インドでの移動は疲れる。力仕事でありそれに格闘技の精神も要求されると言っても言い過ぎにはならない。

 パックツアーの団体で、一流ホテルに泊まりバスで移動していたらこのような体験はしないですむ。その代わり外から見た汚いところばかりが目について終わりという事である。




Last updated 2006.07.27 09:35:54
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11日目   バラナシ(5)  アジャイゲストハウス

 

 今日は一昨日の二人組の片方であるブルーの方がやはり一人でお祈りして帰って行った。日が昇ってからかなりしてもう一人がきたが、二人は会う事ができずガンガの水で清めてそのまま帰って行った。

 それはあたかもガンガに別れを言いに来たように見えた。白い衣服のまじめそのものといった感じの方である。

 初日の3人組、2日目からの二人組とも金は持っており身綺麗で遊行期というよりも林住期にあり、時々は家に帰っていくのかもしれない。そうするとバラモンと乞食と遊行期の見分けがつかない。何人かそれらしい人は見るが確信は持てない。

 やはりだれか詳しい人に聞かなければならないだろう。遊行期の意味が分からない、現代でも本当に実在しているのか、そうでもありそうだし今ひとつ違うようでもありそうに見える。

 どうやら風邪をひいてしまったらしい。あるいは埃の中を風邪気味なのに昨日郵便局を探し回ったりしたのがいけなかったのか。風邪薬を飲んで休養日に充てる。

 バラナシ初日に一緒にビールを飲んだジャイアン君はサールナートへ日帰りで行ってきたとの事で情報をいろいろ仕入れる。それにしてもルンビニへ行って来た人は一人もまだ会っていない。

 結局小田実氏いうところの今の遊行者は林住期崩れで本当の遊行者はいないと言うことが当たっているのか。今はむしろ隠遁期として理解する方が良いとするが、外見はバラモン、隠遁、乞食と変わらない。




Last updated 2006.07.27 09:23:46
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2006.07.12

第10日目   バラナシ(4)   アジャイゲストハウス  25℃

 

 今日は祭りの日であった。ガートは人で溢れこれでは遊行者は満足にお祈りが出来ないだろう思っていたら一人だけ来ていた。昨日の二人連れの陽気な方(空色のきもの)である。

 人まち顔にしていたが仕方なくお祈りを始めた。30分ぐらいである、その後はガートに居るバラモン4人ほどに祝福をしてもらってから立ち去る。金は持っているようで途中商店街の行きつけらしい茶屋で一服してから又しばらく行く。

 ぼちぼち近くなってきたのだろうか商店に立ち寄りお菓子を買ったようだ。次はお祭りのガートでいっぱい店が出ていたトウキビ(茎の方)三本を買い肩にかついでいく。

 角を曲ったところが宿舎のようである卍(まんじ)マークのある家である。門扉をノックすると中から開けてくれる、こざっぱりした家である。やはりお寺関連であるようだ。お金をある程度持っているということは遊行期ではなく林住期で家に時々帰るのかもしれない。

 一昨日の3人組(リキシャに載って帰って行った)は今日も来ていなかった。メインガートであるダシャシュワメートガートでは人ごみでお祈りどころではない。

 食堂で会った彼女(30歳ぐらい)は4月に日本を立ってチベットへ行き、ネパールからインドに入ってきたとの事、私とは逆の西回りで後2~3ヶ月かけてインドを回るという。

 郵便局がなかなか見つからなかった五回ほど聞いてその前を行ったり来たりしていたら、路地を入ったところにあった。絵はがきをエアメールで10通出し80ルピーであった。郵便物は必ず郵便局で出し、切手に消印を押してもらうところまで確認しなければならない。8ルピーは高額であるため剥がされてしまう事がある。

 秋の虫が泣いている、夜は22℃ほどだが涼しい、湿度が低いのでひんやりする。今日会った彼女ものどをやられ、その友達は風邪をこじらせて寝ているとの事。私も昨夜から鼻水だったが、今日はちょっと頭が重い感じである。念の為にコンタックを飲んでおく。




Last updated 2006.07.12 16:01:56
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2006.07.11

第9日目    バラナシ(3)    アジャイゲストハウス

 

 毎日日の出にあわせてガンガを歩いている。

 やっと遊行期の人を突き止めたと思った、二人連れであった。二人で手を取り合って歩いて帰り途中市場で野菜の買い物をしてから分かれた。その後を追わしてもらったらお寺らしき裏の宿房に入っていった。物静かだが毅然としており祈りは厳粛そのものであった。

 昨日の3人連れはリキシャに同乗して行ってしまったので後を追う事は出来なかった、そして今日は見ることは無かった。一度通訳を介してでも話をしてみたいものである。

 昼食で立ち寄ったレストランでチキンマサラを注文した後に鳥を買いに行ってきたようだが、地鳥でありしっかりした歯ごたえがして美味しかった。アグラーと比べて3分の1の値段である。

 夜は祭りの前夜祭との事で7~8人の若いバラモンがいつもの仕草で持ち物(線香、うちわ、燭台、火桶)などを取り替えながら鐘とレコードとにあわせて延々と祭壇の前で祈っている、それを大勢の観客がそれぞれ早くから席を確保して陣取り、あるいは手拍子、あるいは口ずさみして併せている。

 日本語入力ができるインターネットカフェが見つかったので早速メールを送る。

 奥さんから「夫婦で歩いた四国の遍路」の出版応募で最終審査に落ちたので出版社との共同出版をしないかと言って来た、もちろん断ったと言ってきた。よく出来た奥さんである。




Last updated 2006.07.11 16:04:02
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2006.07.10

第8日目   バラナシ(2)   アジャイゲストハウス

  

 朝5時30分ホテルを出る。遠くからお祈りの放送が聞こえている。真っ暗な中わずかにともる街路灯を頼りに出掛けるが昨日のにぎわっていた通りとはまったく様子が違っている。散々迷い引き返したりで方向感覚がおかしくなってしまう。

 犬が一匹ほえると次から次へと周囲の犬が吠え出す。一度噛まれると狂犬病の確率大である。背中に冷たいものが走り、自然足が速くなる。

 そうするとまた行き止まりにはまり込む、何回繰り返しただろうか、やはり暗い中の独り歩きは危険なものを感じる、もう少し明るくなってからの方が安心なようだ。

 やっと表通りに出たが大分方向が違っていた。通りは人がちらほら、そこからメインガートのダシャシュワトメートガートに着いたがまだ真っ暗である。

 ガートではもうすでに川に入って沐浴する人が随所に見られる。しだいに明るくなり太陽が昇る頃には団体さんが何組も現れて一様にボートに乗り込んでいく。

 幸い太陽に向かって沐浴する夫人を撮影することができた。あまりに撮影に夢中なっていてカバンにかけていたジャンパーを落としてしまう。引き返すがあるはずもない。

 気を取り直してバラモンから額に祝福のマーキングをしてもらう(1ルピー)。沐浴をするガートはガンガ沿いに何十と連なっていて、メインガートから外れるほど人気はまばらになっていく。

 古代インドから受け継がれている四住期(しじゅうき)という生き方があると言う。第1期の学生期(がくしょうき)と第2期である家住期(かじゅうき)についておおよその察しはつくが、第3期の林住期(りんじゅうき)と第4期の遊行期(ゆぎょうき)についての実際を知りたいと思った。

 林住期は現役生活の第一線を退いた後の余生と言うことより、老後こそが人生の完成期でありその目標の遊行期に備えた準備期間であり、一切の物を捨てて念願の聖地巡礼に旅立つ遊行期とは、世俗から離れ魂の解脱と精神の安心立命だけを希求するのだという。

 現代のインドにおいてである。そんな潔い生き方がこのインドにあるのか是非見てみたいものである、と言うのが失礼ながら本音の所である。

 そのガートを行ったり来たりして遊行期の人と思しき行者を探すが林住期の人と見分けがつかない。サドゥーと言われる専業の行者も居て、之はかなり如何わしい者まで居るそうだが、ちょっと目にはなかなか見分けがつかない。

 しばらく通って観察眼を養ってみようと思う。ためしに遊行期と思しき老人3人連れの後を付けて行ってみるとバザールの所からリキシャに乗って帰って行った。と言うことは一生に一度のガンガに沐浴に連れ立って来た人達であるのだろう。

 ベンガルトラ通りのレストランでの昼食のとき、一人で3カ月間バラナシにいると言う女性はインドが呼んでくれたので来たと言っている、高知出身で四国遍路は良かったとひとしきり談笑する。

 ウイグルから入ってきた若者はインドは物価が高いので早くウイグルに帰りたいとの事、それほどにウイグルはいい所の様だ。

 インドに来ている若者は一人旅が多い様だが話をすると彼らなりに何かを求めているのだが、其れが何かと云うことがわからないと皆一様に不安を抱えている。それなら完全にインドに入っているかというと日本人の集まるゲストハウスでたむろって居る。日本をインドに持ってきたって見つかるわけがないと思えてしまう。

 ビールはホテルで飲めるのでウイスキーを探していると、電気ヒーターを買った店で食堂のオヤジが買ってきてくれると案内される。300ルピーを渡すと小一時間かかってインド製の安ウイスキー(バグパイプ)を買ってきてくれる、なんとか飲めそうである。

 ジャンパーを落としたことが失敗の第4ならば、朝出掛けにコーヒーを沸かしていて棒ヒーターを空焚きしてしまいマットに焦げ跡を作ってしまったことが失敗の第5である。

 まだまだマイペースの旅と言うには程遠いようである。

 




Last updated 2006.07.12 15:39:40
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