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以前本稿でご紹介した【ミサエさん】(仮名)が、他の施設へ移るため退去していった。ミサエさんといえばかつて、ワタシを呼び止めるなり 「何か面白いことやって」 と懇願したことが特に強烈な記憶として残っているのだが、他にもちょっと吹き出してしまうようなエピソードには事欠かない人だった。 きっとお元気な頃は責任感が強い、もしくは世話好きな女性だったのだろう。足腰が弱って自力では歩けないのに、柵を外してベッドを下りてまで何かしようとすることが多かった。例えば夜勤の時、深夜の巡回に行くとミサエさんがまさに柵を外そうと手をかけていることがあって、どうしたのと聞くと 「お米を炊きに行かないといけないの」 と訴えるので、 「支度は全部こちらでやるからゆっくり寝ててね」 とその都度言い聞かせて再び寝かせることがたびたびあった。柵は外れないよう、上下を嵌め込み式の棒で固定したうえベッドにベルトで縛りつけていたのだが、前に一度ミサエさんがそのベルトを引きちぎって(!)柵を外し、ベッドから落ちてヘタっているところを発見したこともあったが、そこまで極端な例はほとんどなかった。ある夜なんか、ミサエさんの部屋から 「助けてください、助けてください」 と声がするので見に行くと、柵の隙間から足を出してベッドに腰掛けているところを発見したなんてこともあった。柵の上下にはめ込まれた連結棒を外すところまではできてもその先に行けなかったこともあり、外した連結棒を枕元に並べてスヤスヤ眠っているなんてことも多かったっけ。 ミサエさんの退去する日は生憎公休日で、ワタシは彼女に別れを告げることができなかった。最後に交わした会話はその前日、夕食の食堂でのこと。 「お兄さんお兄さん」 とミサエさんに呼び止められてなあにと聞くと、 「お弁当がふたつ届いているから、ひとつは弟に渡してやってほしいの」 わかりました、ボクが間違いなく届けるから心配しないでねと言うと、ミサエさんはニッコリ笑った。 その数日後の夜勤。巡回でミサエさんがいた部屋をのぞく。枕と布団だけがポツンと残されたベッドに、何とも言えない寂しさを噛み締めるワタシなのであった。 ぎっちょ │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |