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乾坤は経籍の箱なり 山に遊んで仙を慕う 無限の日記 [全550件]
心暗きときは 即ち遭う所悉く禍なり。 眼明かなるときは 則ち途に触れて皆宝なり 今年はまたどくだみ茶をつくろうと言うと、主人が裏庭にいっぱいのどくだみを摘んできてくれた。やけに重たいので見てみると、根っこも枯れた葉も虫のついたものもまぜこぜである。 どくだみでないものも入っている。 一度で出来ることを何回でもするのが好きな人なんである。 あー勉強出来なかっただろうなー、仕事出来なかっただろうなー、そう思う瞬間である。 いいようにいえばそういう無駄を、とてもとても楽しむ人なんである。 しかしその実、何でもよく知ってるようで、茶摘の仕方も知らない人なんである。 物知りで、器用に何かしていることはしているが、それらは生きていくのにさして必要でないと思われることばかりなんである。遠藤周作はそういう人間がいないと文化は育たないし残らないなどとの賜っていたが、芸術も 文化も ゆらぎ なんぞくそ食らえだ! 茶摘みからやり直しの気分。 空海曰くの 暗い心 ではなくとも 腹が立ってぷりぷりしていると、 これが何もかにもに腹が立ってくる。 こういうのはいけませんね。 あくまで まなこ明るく。まなこ明るく。 親猫と子猫は近頃だいぶ仲良くなって原っぱを駆けている。 風に吹かれて機嫌なおさねば! しかし今日はもう陽が空になくなった。 乾燥は無理な日だ。
貧を済くうに財を以ってなし 愚を導くに法をもってなす まー こういう世の中には なかなか ならないでありましょう。
浅川マキを整理してみても、昔 太子にせっかく録ってもらったのにテープぶっちぎれてしまった歌はどこにもない。You Tubeにもない。 とても好きで、最初ライブに行った時はオープニングで歌ってくれた歌なのに、曲名どころか、歌詞の一行さえも思い出さないのだから、そのボケ加減には我ながら呆れる。 太子に言えばいいことだけど、今の太子は昔よりまたまた心境進んで、市井にありながら本物の修行僧のようになってしまい、いまやご馳走はアンパン、卵焼きといった具合で、何十年か前のたった一着の背広にツギをあて座禅組んでる姿を見ると、会っている時はついぞ浅川マキなんか思い出しもしないのだ。 維摩様哉。 その癖、真夜中近くになってくると、喉に何かが引っかかっているようで落ち着かず、またごそごそと色んな所を調べたりなんかしている。そしてその間、You Tubeであまり聞きなれない<死春記>を聞いてみる。 <死にゆく春の記>との出会いを思い出す。 マキさんではない。真崎・守。 死にたい春を生きていた者は、その一字一句に引き込まれた。 一人遊びをしている少年。 睦みあう男と女。 めぐる季節の 人の世に 夏もあります 秋もある 冬さえあるに 春だけを 女は 春を 売りまする 姫君におかれましては・・・ うたをわすれた かなりあと わすれるうたさえ もちえなかった かなりあと いずれのかなしみが ふかかったと おおもいめさるるや? かなりあも ぜうすも 『出会い』のみはさけられませぬ。 ひとのよで『出会い』のみが しはいてきでござりますれば なんびともそれをさけるは あたわずともうしあげそろ 「いつか・・・タバコと俺との出会いがあった。舌は辛さに耐えてきた」 「先日 階段を降りたところで 知らないガキににらまれたぞ」 姥捨て山に老婆二人。。。。 。。。。。。。。 一人遊びをしなくちゃならなかった 時期 との出会いが原体験にある。 孤立無援のガキ一匹。 ・・・・ ・・・・ であいしうたを みずからすてる かなりあの すてるこころに くらぶれば・・・ 「いまなら きみは あのガキの気持ちが わかるか?」 第一話から第五話の恋人をゴーカンさせる《私赦誤柔》まではよく読んだ。 そんなになったのか・・・ あなただって・・・ ふっという文字で笑うようになったのはあれ以来だったかもしれない。 真崎は《老子》で打ち止め。 どこでどうしているのか。 マキさんはもういない。 歌のタイトルは思い出しもしない。
![]() ヒヒイロガネを一目拝まんと、先週末生駒に行ったはいいけれど、さっぱりそれらしきもの見つからず。 あれは富士山の石よりもっと黒いか、或いは鈍い赤色だろうと想像していたのだが。 (ずっと以前、写真で見たかぎりでは、石は案外丸っこくて、飛騨天の岩戸近くのすごいエネルギーを発していた、一見何の変哲もない白っぽい石と同じようなものだった) しかし良い寺は見つかった。 驚くべき古寺だが、南北朝時代に南朝の城塞となって燃えてしまった後は、訪れる人とてなかったか、昭和元年に龍王に感応して、そこから再建に着手したという人のあったことが幸いだ。もう遺跡はそれ以上見つからないだろうが、広大な神域は、それでもまだまだ増えていきそうだ。 最初は森の中に旅館があるのかと思った。 舗装道のなかった頃の昔の上高地の帝国ホテルへの道はこのようではなかったかと、 蟻の這う音までが聞こえる静寂の中にあって、人っ子一人居ず、竹筒に流れる水で喉を潤しながら、木立の向うに鳥居を見つけた時は実に感動的だった。 夫婦岩や、古墳のある巨岩地帯や、神感寺の巨岩達を、今度はいつ拝みに行こうか。。。 今日は暑いから歩く気にならず、かわりにステレオの引越しをした。 好きな方のステレオが壊れてしまったせいばかりではない。どうもどういうわけか下の部屋では音楽を聴く気にならず、レコードは半分以上ダンボールに入ったままだったが、ようやく全部箱を開けることが出来た。 安さにつられて昔通販で買ったステレオだが、よく見るとテープも使えるし、 CDも聴ける。気に入らなくて放置していたのだけど、今日はなんとなく嬉しくなってしまった。 しかしレコードなんていうのは思い出でもあるから、触りだすときりがなくなる。 今日はしかしどういうわけか急に『君の名は』を聴いてみたくなった。 ♪君の名はと たずねし人あり その人の名も知らずに~~ これを熱心に見ていたのは大人たちで、私は小学生。ただ、歌と、なんとかいう女優さんの顔を覚えているばかり。もしかして佐田啓二とかいう人が出ていたかな? 次に丸山圭子の『ガラスの森』。 これは私の好きな近藤正臣が出ていて、主人の好きな”よろしかったらパートナー”の面影残るかず子さんが出ていて、テレビ好きの主人と二人で見ていたドラマの主題歌。 それからもう十五年以上前、梅田の古レコード屋さんで見つけて喜んだ『七人の刑事』を聞いてみた。これはレコード触るといつも聞く。テレビでもそうだったが歌はない。 ライライライ ライライライ ライライララー ラリーラリー ラリーーラー みたいなところが忘れ難い音楽で、この番組を見ている人は多かった。 こんなことをしていると、Mさんがくれた浅川マキの音響完璧版テープ?がゴロゴロ。ついでM氏のくれた吉永小百合がゴロゴロ。それに混ざって『不思議ソング』。 シャイダーかシャリバンか、なんかそういう物語の神官ポーのテーマ曲。 ポーの七変化が素敵だった。子供との思い出の曲を録ってきてくれたのはH君。 ついでに『名門女子高校』が流れる。家族で一番よく桃井かおりを見た頃。 さー今夜のハイライトは? それはなんてったって、子供達と私が一緒に歌っているテープだ。 ここで家族が皆喜ぶ。 しかしこんな声をしていたんだな~と、何十年ぶりかで聞くと記憶が怪しい。 エイトマンのあとにハーロハロワッチャーネームなんて歌ってるから、下の子が小学一年で英語習いに行っていた時のものなんだ。そして次が♪ある日森の中クマさんにであったー。 そして最後に『どらえモン』。 賑やかしく夜は更けて お遊び猫達も帰ってきて・・・ どなた様もそろそろおやすみ下さいね。
朝からの雨のせいで、猫達は我が蒲団を陣取っておねむである。 野良は餌を貰いに来てしきりと甘えていたが、雨足が強くなって、私が駅まで行っている間にどこか自分のねぐらに帰ってしまったようだ。 今日は久しぶりに静かな朝を過ごしている。 最近はいつのまにやらどこかから朝帰りの猫達が、気がつけばリビングを獲物くわえてのっしのっしと歩いているなんて珍しくない日が続いている。 目を細めて見ると猫も虎も仕草は同じようなもんで、ここはさながらジャングル。 最近は流石に慣れて、いまやトカゲくらいでは悲鳴をあげることはなくなったが、それでも妊婦らしき大きなトカゲの頭なんかが転がっている様を急にみつけると一瞬立ちすくんでしまう日々だ。子供なんだろう、玉が三つ四つ腹からのぞいていたりするのを見ると何だかやりきれなくなる。大嫌いなトカゲだろうが何だろうが、妊婦の死に様を見ると胸が痛む。私は毎日小さな墓をこしらえながら、この子達は天国には絶対に行けないに違いないなどと思ったりする。 ところで人間も同じだろうが、猫は獲物が違うと微妙に泣き声が変る。 用心のためにガラス窓を全部締め切っておくと、あけてくれ~の声が獲物によって変るのだ。 一昨日は聞いたこともない泣き声に振り向くと、なんと咥えていたのは鼠で、もう異様に興奮していた。なるほど猫は鼠をつかまえるのが仕事 であるらしいと、あらためて思ったことである。そういえば去年も一度鼠をつかまえていたことがあった。 鼠に鳥。これは追わえて叱っても、なにがなんでも絶対咥えたまま走り去る。 さて、昨日と一昨日は夜中中帰って来なかったが、つかまえて来たのはコウモリである。 鼠もコウモリも赤ちゃんみたいだとはいえ、そういうものを捕まえるためにどこかに遠征し、捕まえるまで何十分でも何時間でも目を凝らしての集中度はすごいものがある。 なんて感心している場合ではない。 食べるでなし捕まえてくる獲物の残骸の始末や、リビングの掃除や、一日何千本も抜ける毛の掃除で自分の残りの人生が終わってしまいそうな嫌な予感。 しかし今日はやれやれの日になってくれそうではある。
宮川の民俗館には、大きな皿のような盥のような器がいくつか飾られている。 あれは、飛騨ではどの家にもすべてあったのかと思われるほど大量に見つかるそうだ。 他の地域では滅多にお目にかかることはないから、飛騨独特のものらしい。 霊視しての話だが、あれは日抱き宮が出来る前のかの地の池と同じ理由で、その器には満々と水を張り、特に満月の夜などにはその水に月を映し、一家で精神統一をしたのだと言う。 祭祀用の器だ。 私はその話を思い出すたびに、一等最初の日抱き宮は別として、ある時期に強制的にほとんど名を替えられてしまった数々の日抱き宮を訪ねてみるよりは、信州松代の皆神山の頂上付近にあるという池に行ってみたいとよく思ったもんだが、今日は、とある本に皆神神社や底なし沼と呼ばれたその池や、ついでに天の岩戸の写真も見て、ちょっと登山した気分に浸っている。 しかし、時代が移り変わったせいもあろうが、私の想像とは全然違っていてあまり感激はない。 <皆神山は、昔、水の中にあった> ほんとですかね? 水の中から頭がのぞいて来たのではなく、人工ピラミッドだということを言いたいのだろう。 堆積図を見なくてもそういう風情ではある。 ところで、ついこの間亡くなった慈光さんのお祖母さんの話にはしばし立ち止まった。 お祖母さんの住まいは、今どきそんな処に人が住んでいるのかというような、信州の山奥の急斜面の所らしいが、家の庭にはやはり池があって、それは人の心を映すためにあるのだと、 代々?そのように子供達に伝えていたという。 お鏡だ。 信州と飛騨を境の安房峠。その昔はそこを<あわ>と呼んだ。 先生の両面宿儺の話とあわせ、飛騨と信州とで似たようなことが伝わっている。
青森に先生の教えが一番に根付いていくことはわかりやすい現象だ。 十和田関連の話を思い出すが、それを持ち出さなくとも実にうまく出来ている。 あの地から、三浦さんは車を走らせて何年も何年も来ていたわけで、それだけでも先生は現れてくれるだろう。あの光は、天孫宮の場所を見に行った頃から皆を取り囲んでいた光と同じ光だと思った。 青森での勉強会は良さそうだ。話なんて決まりきっているから、それよりは質疑応答がいい。 頭で理解したって仕方のないことだが、その答えは円座を組んだ時出て来る。 現象は皆に同じではないが、心が澄み切り軽くなるから、そこに円滑現象は起きる。 あれは念写に自力と他力があるのと同じようなことだろう。 本州最北端からの便りは、いつもちょっといい。 |一覧| |