自分のことを「佐幕派」というのもおかしいが、遠い先祖が南部藩士で、しかも
会津藩をひいきする伝統があったので、分かりやすいように表現した。

もっともこのドラマを見てて、誰に肩入れしていいのやら悩んでいる。大名家のひぃ様レベルとなると、もはや親藩も外様も親戚みたいなもんで、

討幕などという発想に結びつかない。明治維新は、下級武士によるクーデターであった。危機に乗じて藩主を抱きこみ、騒擾のどさくさまぎれに天皇を抱き込めば勝ちなのだ。その下剋上の混乱に凛として一本道を貫いた女性こそ、我らが

篤姫(宮崎あおい)であった訳で、彼女の人間像に学ぶところはそれなりにあるかもしれない。

島津斉彬の養女として鶴丸城に入った姫であったが、片田舎の分家の娘がこんな所へ来てしまうと、何が起こるか見ないうちから分かる。女による壮絶ないじめだ。鹿や猪のように野山を駆け回っていた

姫に「

コケたら大変だから庭に出てはなりませぬ」とは笑える。これまで「ひぃ様」というのは、走ったこともない人種だったのだ。がらんじがらめのお城の生活・・・普通ならこの時点で参ってしまう。ところがこの分家のひぃ様は強靭な精神力の持ち主だった。トンビの群れの中で、鷹は再び舞い上がろうとしていたのだ。

鷹を大鷹に仕上げるごとく、斉彬(高橋英樹)はある女性を姫のもとへ遣わす。幾島(松坂慶子)の登場だ。ここから先は、女の根性モノが続くようだが・・・。

ちょうどその頃、徳川二百数十年の社稷を揺るがす危機がいよいよやってきた。

黒船来航である。老中阿部正弘は苦悩した。当たり前のことだろう。この当時外務省という役所はない。「外交」という仕事を誰も経験したことが無かったのだ。全く妙案が無い、というのは当たり前のことだった。うむ、それでは諸大名に意見を募ろう・・・これが

幕府滅亡の序曲となった。

日本全国誰一人として妙案など出せるはずはないのに、諸大名に政治介入されるきっかけを作ってしまったのだ。悪者扱いの井伊直弼が後で強権発動せざるを得なくなった原因はここから生じていると思う・・・。
最終更新日
Feb 24, 2008 09:11:09 PM