いろいろあって5日纏めて
Tuesday, September 27, 2022 曇り時々雨 南西の風平均風速1.2 24.3℃ 22.2℃ 午前4時起床。写真は朝ご飯に付いた鰯の丸干しです。焼く前の図。幾度もかきますが、私、魚の干物が好きなんです。ちなみにこれは大羽と中羽の境目くらいの大きさかな。 午前7時半出社、午後5時半退社。 次の写真は出勤途中、竹之鼻の土手に咲く彼岸花です。ここは散歩道になっていて、この時期は写真を撮りにやってくる人がちらほら。 出社すると、社屋の前のポールに掲揚の日の丸が半旗になっていました。そうか、今日は国葬の日だったな。それをして始業時刻まで新聞をめくりました。記事を読みながら、このところ、元総理の功罪と言いましょうか、在任中のあれこれを特集が多かったです。ペンはどちらかというと罪の方に針の振れているような書きっぷりでした。モリカケサクラやマスクはともかく、杣夫としては、官僚人事を官邸に集約したことにより、官邸の方を気にした役人が多くなり、省庁の政策立案・遂行の自由度が失われたようになった気がすること。も一つは、今の悪い物価高がアベノミスクの失敗からきているように思えてならないこと。 戻ります。午前は弊社所有の財産に関する会議。担当が事前調整を行っていましたので、無風でした。午後は会社訪問。今月、市内の企業を都合10社訪ねました。お願い事でした。どの社長さんも快く引き受けてくれました。感謝感謝です。 午後6時、某所にて異業種の社長さん方と意見交換会。弊社の営業方針に関する意見交換が主でした。彼らは人材確保の苦労や悩みの吐露もありましたが、皆さん、それぞれに頑張っています。見習うべきところ多し、でした。また、べつにメセナ事業への並々ならぬ心意気と言いましょうか、そのようなことにも感じ入りました。酒の出て代行運転、微醺を帯び、午後10時帰宅。シャワーを浴びて水平飛行に。今日の一首二代目の苦労話に花の咲き明日から吾も道を真似よう今日のランなし今日の酒生中2 ハイボール2 焼酎炭酸割1今日の写真はネタ切れにつき、新聞から。日経に「消費者がみた企業ブランド力」という調査が載っていました。食品産業や飲料メーカーが大半を占めています。どの企業も頷けるところありですが、日本郵便のランク入りは何が要因なのでしょうか。Wednesday, September 28, 2022 晴れ時々曇り 西南西の風平均風速1.8 26.3℃ 20.1℃ 夜中、午前2時過ぎ、兄からTELあり。母の容態優れず、病院から連絡あったとのこと。押っ取り刀、妻の運転で駆けつけました。すでに父を伴った兄夫婦が先着。呼吸の乱れ、素人ながら今際の際が近いと感じました。しばし、手足をさすりました。今すぐと言うことでもなく、面会時間に制限のこともあり、添いたいという父を筆談説得。とりあえず、其処を後に。 家に戻りウトウトなっていて、再度兄からTEL。再び病院へ。臨終は夜の白んで、でした。死因は蜘蛛膜下出血。写真は危篤の母が病室へ向かう道中です。沖田が霧に覆われていました。 まだ温もりのある亡骸に父が滂沱の別れ。遺体に刺さるチューブなどを外したいという看護師の言葉を潮、控え室へ移動。仕事のある兄に今日この後のことを頼まれました。彼は自営業。外せない仕事を片付けに其処を離れました。私は父と再び筆談、葬儀社や通夜、葬儀の意向を確認。その後、覚束ない父を兄嫁が自宅へ連れ帰りました。私はとりあえず会社の秘書課長に顛末を連絡。キャンセル出来るスケジュールとそうでないものの調整をお願いしました。午前9時、妻と遺体を葬儀社へ。畳の間に母と落ち着きました。しかし、母の死に顔をぼんやり眺め、思いに耽けさせてはもらえません。通夜・葬儀の段取りや親戚への連絡を急ぐ必要があります。葬儀社は心得たもので、すぐにその段取り、打ち合わせを始めてくれました。通夜会場の部屋選択、祭壇の花、棺のグレードに始まり納棺師・死化粧の必要不必要、弔問客へのお礼品、その中に入れる挨拶状に添える喪主や親戚の名前確認。他にも事細かのあれこれがありました。それらすべては料金とともに提示を受けました。万、十万単位、次から次、口頭提示。即答の必要がありました。悩む、いや考える暇の無いことをして、嗚呼、取り込み中とはこのことだな。妙に合点がいきました。隣に座る妻は、あっけにとられた顔でした。それらの終わり、死亡届にサイン。役所への届け出は葬儀社がしてくれました。新聞やケーブルテレビへの氏名掲載は、時節柄のこともあって断りました。 昼前、朝ご飯を食べていないことを思い出しました。妻がコンビニへ走ってくれました。いつものチキンサラダを頼みました。それを頬張ったあと、会社へ。急ぐ決裁を終え、スケジュール調整。明後日、荼毘にふす予定ですが、その日、外せない会議が二つありました。それを確認し、葬儀社へ戻りました。父母の兄弟筋に母死亡と、通夜が明日の夜を伝えました。葬儀はしない、改めてお別れの会をする旨も併せて。 余談です。葬儀社の方に「お寺はどちらですか?」そう訊かれ、ありませんと言うと、驚きました。そうなんです、無宗教というわけではありませんが、訳あってなのです。 うちの家、20年ほど前までは、某寺の檀家でした。祖母の葬儀はその寺で行いました。それがあることをきっかけ、父が寺と揉め、喧嘩別れをしてしまったのです。その寺は禅寺、雲水の修行寺でもありました。佐伯にあっては格の高いと評判でした。以下は聞いた話です。なんでも修行僧の一人がその宗派にあって格の上がることとなり、総本山からその資格とともに立派な袈裟を与えられることが決まったそうでした。そのことを受け、寺は檀家すべてに一定金額(確か160ラーあまり)を課しました。お安いご用のところもあれば、そうでない檀家もあったようでした。父の弁によると、近所から次のようなことを耳にしたそうです。払えないから延べ払いに、或いは減免をと言う相談を寺にしたところ、檀家を外れますか?つれない返答だったとのこと。父曰く、坊主の袈裟が為、檀家の資格剥奪をちらつかせ、苦しい家計の世帯から搾り取るとは何事か、大体、布施の金額により戒名の字数を変える仕組みも気に食わん。と言うことでやーめた、ということなのです。一度言い出したら聞く耳を持たない父です。 が、兄と私、こればかりは異を唱えません。二人とも正直、読経にありがたみを感じませんし、信心無しですから。 おっと、こんなことを書いて、他人がうちの家を見ると、なんとも変わり者、見送る際に読経のなくては三途の川を渡れない、魂は彼此の間を彷徨い続けるのに、哀れの家庭だなぁ、そんなことを言われそうです。いえ、お寺をそう、ひとくくりにしてはいけないことも知っているつもりです。奈良平安以来、鎮護国家の役割を果たし、今以て他界の折、いや此岸にあっても心のよりどころではあります。私的にも、友人に寺の住職が幾人かいて、経算盤を弾かぬ朋友です。一人は毎年赤十字に募金をしています。上の話は父の単なる喧嘩、それだけの話にしておいてください。 話が逸れました。日の暮れて、聞きつけた母の姉、父の姉息子夫婦が取るものも取りあえずということで、やってきました。母は6人姉妹の末っ子。姉は2番目。母の死で生き残っているのは彼女のみ。妹の手を擦り、哀れ悲し、繰り言の別れでした。この日の夜は兄と甥が遺体に添いました。私は帰宅。慌ただしい一日が終わりました。ウイスキーを舐めて、山崎がこんなに甘かったのか、改めて知りました。バタンキュー。娘(東京近郊在住)の帰宅は日付変更線間際のようでした。今日の一首死化粧の薄紅顔は憑き落ちて安息なりし笑むが如くに今日のランなし今日の酒ウイスキーストレート2 麦焼酎ロック正味1合今日の写真は娘の東京土産です。右の丸い箱はスモークした豆腐でした。中はこんな感じでした。翌朝、食して、これ、日本酒に合いそう。Thursday, September 29, 2022 曇り時々晴れ 南南西の風平均風速1.6 27.2℃ 20.5℃ 午前6時起床。午前8時、葬儀場へ。写真は拙宅金木犀の傍らに満開の曼珠沙華。送る日に似合いの花が見送ってくれました。 父、妻と娘、兄夫婦と甥の揃って午前8時半に納棺。母は軽かったです。それから昼過ぎまでは忙中閑ありを過ごしました。昼を済ませた頃、東京近郊に暮らす息子が帰省。午後4時を過ぎて、別室、通夜の会場へ棺を運びました。受付は近所、普段付き合いの3人にお願いしてありました。私の会社、秘書課長とK君が気を回してくれたのでしょう、時間休を取って、加わってくれました。感謝感謝です。 通夜は午後6時からでしたが、午後5時を過ぎて、親戚筋、近所の皆さん、父や兄の知り合い、私の会社関係、多くの皆さんが悔やみをいいにみえてくれました。昨日、ブログに書いたよう、お寺さんはありません。当然、読経もありません。何も無いのも殺風景なので、葬儀社の方にCDを渡し、G線上のアリアと「パリは燃えているか」を交互、流して貰いました。どうでもいいことですが、前者はクナ指揮ウィーンフィル、1944年5月の録音です。 さて、その間、耳の遠い父は悔やみの言葉が聞こえません。兄と私が僅かに聞こえる右耳に口を寄せ、大声でそれを伝えると、人毎、目を潤ませたり、震える声で有り難うを言いました。立つことは出来ますが、覚束ないので車椅子に座ったままでした。 午後7時を過ぎて、弔問客はパタリ。棺を控えの間に移しました。兄夫婦が夕食を取ってくれました。寿司桶でした。父を中心、家族がそれを囲みました。揃って卓を囲むのは何年ぶりだろう。耳の遠い父は、家族の話が聞こえず、自分のしゃべりたいことをしゃべってばかり。酒の出たこともあり、饒舌でした。時折、遅れての弔問あって、その方々とも会話。夜が更けていきました。 午後10時を過ぎて父、兄夫婦と甥、妻と娘を見送りました。今夜は私と息子が夜伽でした。付き添い者の為、葬祭場には風呂や布団があります。ここもそうでした。それを利用、さっぱりして寝酒。ウイスキーを舐めました。今日の一句母の通夜終え数え米寿の往生に父も兄さも軽いため息今日のランなし今日の酒ハイボール1缶 ビール1缶 水割り2杯今日の音楽バッハ、加古隆今日の写真は通夜を終えて食べた食事です。あまり味を感じませんでした。Friday, September 30, 2022 快晴 南の風平均風速2.1 26.5℃ 18.6℃ 午前5時起床。あまり眠れませんでした。 顔を洗い歯を磨きました。午前7時前朝食。息子は食べたくないといい、一人、昨夜の残りをぱくつきました。 午前8時前、家族再び。近所のH姉とS兄と奥さんのSさんが最後の別れにきてくれました。H姉は庭に咲く黄色い彼岸花を切って来、棺の中に添えてくれました。出棺は午前8時半。火葬場についてすぐ、火を入れました。ボイラーのスイッチは父が回しました。 その直後、知らせを聞いて一目でもということで、遠くに暮らすKさん夫婦が車を飛ばし、やってきました。残念ながら、でした。遺体に会うこと能わず。二人とも70過ぎのお歳です。父母が仲人でした。奥さんの方は父の親戚筋。結婚以来、深い付き合いでした。母が何かと気にかけていたことを、私、子どもながらに見てきました。Kさんは涙ぐんで車椅子の父に想いを伝え、また励ましてくれました。大の大人の涙には、感じ入るものがあります。 待つこと2時間、久しぶりに兄とゆっくり話が出来ました。近所に住んでいますが、互い、慌ただしく、またいつでも会うことの出来るとの思いあってのことですから。 火葬の済んで、家族揃って骨を拾いました。兄夫婦は骨壺を抱いた父を車に乗せ帰宅。妻と娘息子は義母宅へ。そこで昼をした後、娘は飛行機で帰京します。息子は今夜、拙宅に泊まります。明日の午前に帰京。 私は火葬場で喪服を背広に着替え、会社に戻りました。午後に2つ、外せない会議がありました。二つとも株主代表に説明責任のある案件でした。うち、一つは弊社の過ち。以後このようなことの内容云々が私の弁。しかし、きつく絞られました。 午後3時過ぎ、会社を後にしました。家に戻っても何もすることはありません。途中、いつものスーパーへ突っ込みました。息子に好物の鰺刺を食べさせよう。いつもの3倍、3パックを買い込みました。台風の去って漁模様が好転したのでしょうか、安かったです。 チャチャッ。皿にてんこ盛りとなりました。喜んでもらえました。 私は疲れてバタンキュー。妻は娘がアパートに着くまで起きていたそうです。寝たのは午前様とのことでした。今日の一句母の骨拾うて野辺に送る日は長月末の快晴日和今日のランなし今日の酒芋焼酎ロック正味2合今日の音楽なし今日の写真は会社からの帰り、今時珍しい入道雲です。西の空に湧いていました。残暑ととも、今年の9月は記憶に残ることになりました。Saturday, October 1, 2022 快晴 南西の風平均風速2.0 26.7℃ 18.9℃ 午前4時起床。疲れのとれたような、残ったままのような。 ぼんやり朝の時間を過ごし、息子と朝ご飯。昨晩の鰺刺が残りを妻が漬けにしてくれました。息子の野郎、それを平らげました。心づくしの卵焼きも美味しかったです。 トラの頭を撫で、祖父に別れを告げた彼を、妻が駅に送りました。 私は、義姉から受け取った弔問客のカードを整理。その後、放ってあった簡易水道組合の帳面に取りかかりました。あれやこれやで午後3時まで、書斎に過ごしました。 水道組合の配り物を終え、ひとっ走り。疲れを取るには運動が一番です。いつものコースを、でした。1週間、其処を走っていませんでした。イチゴの植え付けが始まっていました。 家近くに戻ったらRさんにばったり。ついでです、彼の散歩に付き合いました。写真は彼の飼い猫ギギです。いい感じの黒猫です。頭を撫でたいな。 こちらはRさん宅の庭に生る無花果です。誰も食べません。妻の好物なので、時々失敬します。今日もそうしました。 今日も妻にこれを頼んでありました。小鯵です。 チャチャッ。鰺刺には日本酒が合います。このところ、少しだけ糖質制限を心がけています。今日は見逃して貰おう。と言うことで冷や酒を1合だけ。その後は焼酎、締めにウイちゃんを流してバタンキュー。周の後半、通夜と野辺送りの後、帳面仕事のあってあっという間、土曜日までを終えました。明日はゆっくりしよう。今日が週末でよかったです。今日の一首子の帰省慌ただしくもつれなくも空の部屋には名残さえ無し今日のラン5km今日の酒冷酒1合 芋焼酎正味1合 黒糖焼酎正味5勺 山崎ストレートダブル今日の音楽なし 今日の写真は腕時計です。右が息子のもの。中は息子が高校入学の折、私が買い与えたもの。今は私の普段使いです。左は先日購入のロンジン。中のSEIKO、パーペチュアルカレンダーが不具合になったからです。15年ほど、時を刻んでくれました。週明けからは左を身につけます。 おまけは今日の夕空です。神無月初日。月の変わり、来週日曜日はツール・ド・佐伯です。練習不足の100kmは応えるだろうな。