鉱物キングダムと周期表は、切っても切れない関係です。
Rajanの周期表に関する洞察は、Jan Scholtenの理論をベースにしていますので、基本線では同じですが、やや異なる部分・・・というより、テイストが少し違います。
ここでは、Rajanの解釈による方を少しご紹介します。
周期表は、縦に7行(Row)、横に18列(Column)あります。
ちなみにJanは、Rowのことを「シリーズ」、Columnのことを「ステージ」と呼んでいます。

(MacRepertory画面より)
各行を1つのグループとして、同じ特徴を持つファミリーのような分類とします。
1行につき18個の枠(コラムColumn)があり、7つのグループ(Row)があるわけです。(Jan的には、7つのシリーズ)
各列(Column)は、すべての行(Row)にまたがって共通する特徴を持ちます。
つまり、第4行の2列目と、第5行の2列目は、共通する特徴(2列目の特徴)を共有することになります。
ここの考え方がRajanとJanで少し異なります。
Janの理論では、全ての行において、各列の特徴は同じです。
しかし、Rajanの考えでは、1、2、3行(と7行目)における各列(Column)は、4~6行目とは若干異なるとされています。
(※上図の左端はa、b・・・となっています。a=1、b=2・・・と読み替えて下さい)
これは、周期表を見れば想像がつくと思いますが、1、2、3行目は、18のColumn全ては埋まっておらず、所々空いています。(上図のa、b、cの列です)
さぁて、これを説明するのは時間を要しますが・・・(苦笑)
基本的なコンセプトだけお話しします。
あとは、文献なり、セミナーや学校なりで学んでください。
まず、各列(Column)について概略を述べます。
1から18まである列は、各行における発達・進化・獲得、そして消失・解散を表します。
1列から9列まで徐々に発達、10列で達成(頂上)、11列から18列に渡って徐々に消失します。
各論の詳細はここでは述べませんが、大まかに10列までは右肩上がりで線形に、
10列から18列に向かって線形に下り坂となります。
なんだかよく分かりませんね、これじゃあ(笑)
ここで一旦、行(Row)の話をします。
各行は、ファミリーの様に特徴を共有すると上で書きました。
各行の特徴・テーマは以下の様になっています。
- 存在と誕生(Existence & Birth)=第1行(Janの理論ではHydrogenシリーズ)
- 分離・離別(Separation)=第2行(Carbonシリーズ)
- アイデンティティ・養育・世話(Identity, Nourishment & Care)=第3行(Siliciumシリーズ)
- セキュリティ・タスク(Security & Task)=第4行(Ferrumシリーズ)
- 創造性・パフォーマンス(Creativty & Performance)=第5行(Silverシリーズ)
- リーダーシップ・責任(Leadership & Responsibility)=第6行(Goldシリーズ)
- 手放す(Letting go)=第7行(Uraniumシリーズ)
この1~7のテーマは、一人の人間の誕生から死(あるいはその先)のプロセスを表しています。
各行の元素は、例えば第4行のKaliumとCalciumは、同じ様な特徴を共有しているということです。それぞれの違いは、列の特性によるということです。
しかし、KaliumとCalciumは隣同士ですので、その特徴は似ています。
そしてRajanの理論によれば、1~3行のプロセスは、4~6行のような山型の発達=>消失という過程とは違うということなのです。
まだ分かりにくいと思いますので、もう少し解説します。
第1行は、HydrogenとHeliumしかありません。しかも両端にあります。
これでは獲得・消失のプロセスは、見た目にも難しいですね。
と言うより、存在が始まって(Hydrogen)、消滅しては困るのです(笑)
2行目以降のプロセスがあるのですから。
Janは、Hydrogenは1列から17列までの特徴を併せ持つと言っていますが、
Rajanは違うようで、あくまでも第1行第1列という独自のものとして記述しています。
第2行は、分離というテーマですが、これは出産プロセスに例えられています。
第1列のLithiumから出産プロセスが始まって、Nitrogenは産道の中、Oxygenは赤ちゃんが出てきた所、Fluorineはへその緒を切った所(分離の完了)。
このプロセスは、「母と一体」から「個として分離」というものですので、やはり発達・消失というプロセスとは異なります。
これが第4~6行になると、変わって来ます(という理論です)。
例えば第6行ではリーダーシップと責任というテーマですが、
Caesium、Barium(Baryta)あたりでは、まだリーダーシップを発揮出来ず、責任も取れず、人に頼らなくてはなりません。
Bariumより右の方にあるレメディ(Tungsten、Osmiumなど)ほど、この「頼り無さ」が少なくなって行きます。
第10列のPlatinaは「頂上!」すごい自信、成功、“みんなオレに従え”・・・ちょっぴり成り上がりっぽい?(極端に真に受けないでね、メタファーです
)
第11列のAurumは、みなさんご存知「King」です。ここは成功を獲得した喜びではなくて、元々ある成功をひたすら維持する列です。
第12列はMercuryです。この列から、獲得して来たものが脅かされてきます。
“敵に囲まれている”これがMercのフィーリングでしたね。
このように、第10列まで発達(成長)・獲得の階段を上がって行き、11列以降は、徐々に下り坂となるのです。
それから、第4、5、6行と進むにつれて、自分の身の安全から、他人も含めた責任へとテーマが大きく、重くなって行きます。
従って、それに伴いエゴも強くなり、また失敗した時(病気や状態)も、概してヘビーで長期化します。
マヤズムで言うと、よりSyphiliticになります。
ちなみに、第7行は、まだ情報が不十分という事で、Rajanはあまり言及していません。
うーん・・・これは、分かりにくかったかなぁ。。
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2008.06.07 13:54:26
3大キングダムの最後は、鉱物キングダムです。
以前から、鉱物の人のテーマは、構造(Structure)であるとされて来ました。
これは今も変わらず、鉱物の中心テーマです。
しかし、結構誤解を多く生みました。
几帳面、数字でものを語りたがる(“湿疹は前月より35%改善した”)、論理的に話す、身だしなみがシンプル、直線的なデザインを好む、ディテールにこだわる・・・など(笑)
鉱物の人は確かにこれらの要素を持っていることが多いです。
しかし、中心的なテーマとして構造ということを考えた時、これらは表面的な特質であり、もっと深い根本的な感覚から派生していることが分かりました。
その感覚とは、不完全さ・不完全な感覚(Feeling of incompleteness)です。
鉱物の人の課題は、構造が完全か不完全か?(Complete or Incomplete?)ということなのです。
構造が、欠けている(Lack)、形成する(Forming)、維持する(Maintaining)、失う(Losing)という感覚です。
では、構造というのは一体何のことでしょうか?
鉱物の人にとっての構造とは、
- Existence(存在)
- Identity(アイデンティティ)
- Position(場所・地位)
- Relationships(関係)
- Security(安全)
- Performance(能力・業績)
- Responsibility(責任)
などに関するものです。
鉱物の人にとっては、これらのテーマに関して、「私は完全か?不完全か?」、「アイデンティティが欠けている」、「安全を失いつつある」といったことが問題なのですね。
植物や動物の人たちと大きく異なるのは、鉱物の人にとって、問題は自分の中にあるということです。
「何かが影響する」、「誰かが影響する」ではなくて、
「私が問題」、「私が~出来ない」、「私の~がうまく機能しない」・・・こういうことが課題になります。
鉱物は、元素に代表されるように、最もベーシックなキンダムです。
そして(色々な考え方はあるにせよ)鉱物は“生きていない”存在です。(エネルギーが無いという意味ではなくて)
それゆえ、地球上で最も進化した存在として(これも様々な論がありますが)、我々人間はより近い動物と関係し易く、次に植物。鉱物は一番遠い存在になります。
我々の身体は元素で出来ていますから、物理的な距離の問題ではありません。
しかし、センセーションという人間の体験を通じて得られる独特の表現を見つけるのは、他のキングダムより難しいのです。
存在の仕方と時間軸(いわゆる寿命)が相当違うということが、人間の体験の中にSource words(センセーションの中でも、レメディそのものを示す表現)を見つけることを難しくさせているのだと、Rajanは述べています(「Sensation Refined」)。
従って、鉱物の人のヴァイタル・センセーションは、他のキングダムほど明瞭ではありません。
ケースではある意味、最も人間っぽい表現で語られるということにもなります
さあ、そして以前述べたように、鉱物キングダムを理解する最も重要なコンセプトは、周期表(Periodic table)であり、それを元に考案されたJan Scholtenの理論です。
近年、Rajanらのボンベイ・グループも、Janの理論をベースに周期表に関する理解を進めてきました。
これについては、次回に触りだけ語りますが、
Rajanの最新刊「Structure」に詳しく述べられていますので、Janの著書「Homeopathy and the Elements(日本語版:ホメオパシーとエレメント)
」と併せて、必ず熟読して下さいね!
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2008.05.21 17:46:34
動物キングダムについてです。
動物のメイン・テーマは、生存競争(サヴァイヴァル、Survival)です。
サヴァイヴァルという課題は、植物にもあります。
レメディとして見るならば、鉱物も他のキングダムもサヴァイヴァルの問題を抱えます。
それは、レメディ像というのを捉えようとする時は、患者の病気への取り組み方、人間関係、仕事、家庭など、その人がどのように生きて行くかを分析することになる訳ですから、サヴァイヴァルの問題なのです。
現実への対応の仕方の問題とも言えますね。
動物の生存の根本条件は食べ物です。
動けない植物は、所与の条件(日光、水、養分)を巡ってのサヴァイヴァルです(食われるということはあるにせよ)。
もちろん動物にも様々な所与の条件がありますが、動物にとっての食べ物は、食うか食われるかの競争という色彩が強くなります。
ここには常に、捕食者と被食者、攻撃者と犠牲者、肉食と草食、敵と味方という関係が存在します。
植物のテーマは、「私 vs 環境(Me vs Environment)」でしたが、
動物のテーマは、「私 vs あなた(Me vs You)」、または「ある人 vs 誰か(One vs the other)」というものです。
動物の人の課題としては、
- 競争(Competition)
- 高い/低い(High & Low)
- 加害者と犠牲者(Aggressor & Victim)
- 強い/弱い(Strong & Weak)
- 捕食者/被食者(餌動物)(Predator & Prey)
- 支配/服従(Dominating & Dominated)
- 迫害者/被迫害者(Persecutor & Persecuted)
- 分裂(自分対自分の中の自分、自分自身が憎い、自己矛盾など)
- 魅力(誘引)とセクシュアリティ(Attraction & Sexuality)
- 悪意(Malicious)や嫉妬(Jealousy)
などが特徴的です。
他のキングダムでも、競争心や強いレメディや、攻撃的なレメディが多くありますから、「イライラして殴りたくなってしまう」とか、「噛み付きたくなる」といった表現だけでは動物キングダムとは分かりません。
動物では、様々な体験(センセーション)が、生存競争とMe vs Youという文脈で語られます。
植物の所で述べましたが、動物の人にとっては、「何かが私に影響する」というよりは、「その人が私に影響する」。自分に何かをするその人が問題なのです。
従って、動物の人にとっては「ある人」がまず先にありきで、それからその人に何をされるとか、その人にするとかという序列になりますので、センセーションは植物のように一種類ではなく、一連のプロセスやストーリーとして語られることが多く、パターンや順序・連続性を持っています。
そして常に、それらのプロセスやパターンの中心には生存競争という課題があります。
動物キングダムにもサブキングダムとしてのファミリー分類がありますが、これらも大きくは捕食動物と被食動物(餌動物)に分けられます。
しかし、ケースにおいては、捕食動物のレメディの人も被害者のように感じていることがしばしばありますので注意が必要です。
ここでもやはり、患者さんの体験に深く深く入っていかないと、その人のサブキングダムやレメディは分からないのですね。
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2008.05.21 13:33:19
植物キングダムでは、マヤズム(Miasm)が特に重要な要素となります。
以前述べた様に、Rajanは以下の10のマヤズムを定義しました。
- Acute(アキュート・急性)
- Typhoid(タイフォイド・チフス)
- Malaria(マラリア)
- Ringworm(リングワーム・白癬)
- Psora(ソーラ・乾癬)
- Sycosis(サイコーシス・淋病)
- Cancer(キャンサー・癌)
- Tubercular(テュバーキュラー・結核)
- Leprosy(レプロシー・ハンセン病)
- Syphilis(シフィリス・梅毒)
また、マヤズムとはセンセーションの「深さ」を示すものであると述べました。
マヤズムとヴァイタル・センセーションは表裏一体の関係にあり、マヤズムはセンセーション(What)を、どのように(How)体験するかを表します。
Rajanの著書「Sankaran's Schema 2005 Edition」を参照しますと、マヤズムについてのチャートがあり、それから植物の各ファミリーのチャートが載っています。
各ファミリーのセンセーション、アクティヴ・リアクション(Active reaction)、パッシヴ・リアクション(Passive reaction)、コンペンセーション(Compensation)、そして各ファミリーに属するレメディがどのマヤズムに該当するかが記載されています。
各マヤズムの説明は別の所でしますが、まず、植物ではPsoraは該当するものがないとされています(例外はLycopodium)
基本的には、AcuteからSyphilisへ向かって、より深く、より悩ましく絶望的、より破壊的(Destructive)で、より固定的・恒常的になります。
だからAcuteの方が病気が軽い・・・ということでは必ずしもありませんが。
では、これらのマヤズムは、センセーションと表裏一体のものとして、どのように体験され、表現されるのでしょう?
ここでは、Cancerマヤズムを例に、簡略して説明します。
Cancerマヤズムの人は自分の体験について、
「置かれた状況や与えられたタスクは圧倒的で、自分の容量を超えている。ここで超人的な努力を発揮してコントロールしなければ、カオスが訪れる」
という感じ方をします。
従って、大変なコントロール、抑圧がしばしば見られます。
ここで、Ranunculaceae(キンポウゲ科)を見てみましょう。
このファミリーは、植物の中でも特に敏感で繊細、感情的であり、イライラ、すぐ興奮、電気的ショック、ハラスメント、悲しみといった感じが、切られるような、刺されるような感じと共にセンセーションとして表現されます。
RanunculaceaeのセンセーションとCancerマヤズムが組み合わさると、
「イライラさせられる状況でも完全にコントロールを保たなければならない」
というヴァイタル・センセーションが想定されます。
ある患者さんは、こんな風に言うかも知れません。
「私は人に何か批判的な事を言われると、それがちょっとした注意や些細なことでも侮辱されたように感じて傷つき、イライラし、身をズタズタに切られるように感じます。あまりにも耐え難くて、無感覚に陥ってしまう時もあります。それでも常に自分を完全にコントロールして、何事もないように振舞おうとしています。そうしないと、とんでもなく感情を爆発させてしまいそうです。何度か、実際に押さえきれなくなってしまったことがあります。一度そうなると、もう何が何だか分からなくなってしまいます。」
ちなみにRanunculaceaeファミリーでCancerマヤズムに分類されているのは、
Staphysagria(スタフィサグリア)です。
このレメディの様々な症状やKeynoteが、この中心的なセンセーションから派生して現れて来ているのが、実に明瞭に見えて来るではありませんか!
Rajanは膨大な数のレメディとファミリーを研究して、それぞれのファミリーのレメディを、マヤズムごとに分類しました。
現在、鉱物や動物キングダムについても、マヤズムという面からの研究が進んでいるようですが、今の所、植物キングダムにおいて、その特徴が最も顕著に現れています。
植物ファミリーにおいては、それぞれのファミリーに共通するセンセーションが、マヤズムによって「深さ付け」されることによって、個別のレメディを判別する鍵となるのです。
「ファミリー(のセンセーション)+マヤズム=レメディ」となります。
上の例で言えば、
「Ranunculaceae+Cancer=Staphysagria」ということですね。
但し、「イライラさせられる状況でも完全にコントロールを保たなければならない」という感覚を見つけただけで、Staphだー♪と走らないで下さいね。
これはオオマチガイノモトです
それは、何度もクドクド言いますが、センセーション・レベルにおける体験でなければなりません。
くれぐれもお忘れなく!
植物ファミリーについては、ただSchemaのチャートを見るだけでなく、Rajanの著書「An Insight into Plants Volume 1 & 2」及び「An Insight into Plants Volume 3」
を必ず読んで理解を深めてくださいね!
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2008.05.20 02:51:28
ここから個別のキングダムについて語って行きます。
まず最初に、植物キングダム(Plant kingdom)です。
植物のテーマは、Sensitivity & Reactivityです。
Sensitivity=感受性、敏感さ、感じやすさ
Reactivity=反応性、反応しやすさ
という意味です。
この2つがセットになっているという点に注意が必要です。
敏感で繊細なレメディは、他のキングダムにもたくさんあります。
どういうリアクションをするか?
これが重要な観点なのです。
自然界における植物は、少数の例外を除いて、与えられた環境から自力では移動出来ません。
従って、植物のサバイバルは、「私 vs 環境(Me vs Environment)」という形になります。
根を生やした場所の光、水、温度、養分、害虫といった周囲の環境の変化を感じ、反応し、適応します。
この「私 vs 環境」が、感受性と反応性という形で表現され、感受性、変わりやすさ、適応性、反応性に関するものが植物の人のテーマ(センセーション)となります。
従って、植物レメディの人は、
- 周囲の事情、状況、環境
- 人々が何と言ったり、したりするか
- 温度や天気など
といった事に影響され、「何かが私に影響する」といった感じ方をします。
植物の人にとっては、因果関係、プロセス、関係性といったことが問題なのではなく、自分に影響して来る事象そのものが問題なのです。
誰かが何かを言って来た時、その誰かが問題なのではなく、言われた言葉が問題、言葉そのものにグッサリ傷つくのです。
子供がおもちゃで大きな音を出します。
子供やおもちゃが問題なのではなく、その音が「突き刺さる」、その音に「切り裂かれる様な」感じ方をします。
別途説明しますが、誰かの方を問題にするのは、動物キングダムの人です。
また、植物キングダムの人には、1つのセンセーションとその反対のものが突出して現れます。
一番、金太郎飴的なわけですね
そして冒頭で触れた、「どう反応するかが重要」というのは、この部分です。
Sensitivity & Reactivityというのは、1つのセンセーションとその反対ということにも参照されます。
ケシのファミリー(Papavaraceae)のセンセーションは、「強烈な痛み、暴力や戦争、地獄の様な苦しみ」といった感覚です。対になるのは、
- 無感覚、昏睡、麻痺(Passive reaction)
- 憤激、痙攣、暴力(Active reaction)
このファミリーの中心的な感覚は「壮絶な痛み」であり、それに対する反応は痛みに対する「暴力的な反応」、あるいは「無感覚・麻痺」となります。
エネルギーが等しく、ベクトルが正反対(Equal & Opposite)です。
Passive reactionは、センセーションに打ち負かされた状態。Active reactionは、センセーションを乗り越えよう、打ち勝とうとする状態です。
「反対」と言っても2種類あり、これらもまた、等しく反対の関係になりますね。
さて、植物キングダムには、もう1つ他のキングダムとは顕著に異なる特徴があります。
それが、マヤズムです。
この話は次回に
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2008.05.19 00:14:54
少し時間が空いてしまいました。。
キングダム・アプローチについて語って行きます。
このアプローチにも落とし穴がありますので注意が必要です
このメソッドでは、まず、患者さんがどのキングダムに属するかを判断します。
これにより、大雑把に言って4分の3以上のレメディを「対象外」に出来ます。
逆に言うと、キングダムを間違えることのリスクは非常に大きいです。
従って、ケース・テイキングが何より増して重要になってきます。
まあこれは、センセーション・メソッドに限りません。
しかし、何が根本的に重要かと言いますと、ここまで述べて来たように、センセーション・レベルの情報でレメディを選ぶということです。
言い換えますと、センセーション・レベルの情報によってキングダムも判明するということです。
と言うことは、コンサルテーションで、どうにかヴァイタル・センセーションを探り出さなければならないわけで、そうでない場合は、レメディ選択が不可能ではありませんが、「より不確実」となるのです。
ここで言う「より不確実」とは、あくまでもセンセーション・メソッドによって、より深く作用するレメディを選ぶという話ですよ。
その他のメソッドでレメディを選ぶことは可能ですし、どうしてもここに固執するという必要もまた無いと、私は思います。
現実のプラクティスでは、引き出しを増やす工夫をして行くことも必要でしょうし、こういう時こそ、学校で身につけた基礎がモノを言うのでしょうね
Rajanは、コンサルテーションが終わった時点で、(どのレメディか)考えなければならないのだとしたら、ケース・テイキングが十分でないと述べています。
患者が語った言葉(センセーション)がそのままレメディ(キングダム)を示しているのが理想なのです。
ただ、そうそういつもその通りにはならないというのは、Rajanでも起こるようですが・・・
相手は人間ですからねっ
また、妄想やローカル・センセーションを、ヴァイタル・センセーションと取り違えてレメディやキングダムを判断してしまうというミスも起きます。
通常、主訴からヴァイタル・センセーションに向かって行くわけですが、そこで現れたセンセーションは、いつでもどこでも、つまり主訴以外の様々な側面に出てこなければなりません。
センセーションが「金太郎飴」のように、どこを切っても金太郎・・・でなければならず、それを確認する必要があるのです。
さて、キングダムは更に、サブ・キングダムへと分類され、そしてソース(レメディ)となります。
サブ・キングダムは、ファミリーのことです。
(キングダム・アプローチの始まり)
- Kingdom: Plant(植物)
- Subkingdom: Solanaceae(ナス科)
- Source (remedy): Stramonium(ストラモニウム)
こんな感じになります。
動物の場合は、
- Kingdom: Animal(動物)
- Subkingdom: Reptiles(爬虫類)
- Source: Lach(ラケシス)
鉱物の場合は、少々この分類には馴染みにくくなります。
- Kingdom: Mineral(鉱物)
- Subkingdom: Row 3(周期律表第3行)
- Source: Column 10(周期律表第10列)=Silicea(シリカ)
うーん・・・ちょっと苦しいですね・・・
Calc fluor(フッ化カルシウム)の様に、複数の行と列の要素を持つものもたくさんあります。
Calc(カルシウム)=第4行・第2列、fluorine(フッ素)=第2行・第17列となっています。
鉱物の場合は、サブ・キングダムではなくて、周期律表の行(row)と列(column)という別の枠を当てはめると覚えて下さい。
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2008.04.09 01:58:59
Rajanは妄想からヴァイタル・センセーションへ辿りつきました。
では、ヴァイタル・センセーションは、病気と治癒にどう関わるのでしょうか?
病気というものを理解しようとする時、Rajanがレメディについて熱心に研究してきたことが感じ取れるかと思います。
ホメオパシーの普遍の法則である「類似の法則」に立ち返れば、レメディ像=病気の像です。
従って、レメディのヴァイタル・センセーション=患者のヴァイタル・センセーションになるはず・・・ですよね?
ここで「似ている」ということについて考えてみましょう。
ホメオパシーを学び始めると、我々は当然ながら類似の法則、似たものが似たものを癒す、と教わります。
そしてマテリア・メディカを参照して、患者の症状と「同じ」ものを探します。
おやおや?似ているものを探すのではなかったのですか??
私は昔、似ているんじゃなくて、同じものを探しているんじゃないか!と思いました。
かなりオトボケですかね?(笑)
ハイ、馬鹿にするなとお叱りを受けそうですが、同じ症状であっても、同じではなくて似ているのですよね。
Are you with me?
つまり、通常ありえないことですが、仮にレメディの症状全てにピッタリ一致する人がいたとしても、
全く同じ人が2人いるわけではありませんので、この人とレメディは「似ている」だけなのですね。
基本的には、レメディ像というのは病気の像として捉える以上、患者の中の病気の部分が「同じ」なのだと、そういう風にも言えるでしょうか。
なぜこんな恥ずかしい事を語り始めたかと言いますと、
マテリア・メディカを読んでいると、場合によっては病気でない状態についても記述がありますね。
そうすると、レメディ像というのは、必ずしも病気の像というわけでもないという感じがして来ます。
あ・・・しませんか?(笑)
そうすると、似ているって・・・?と時折思うのですね。
ではヴァイタル・センセーションはどうでしょうか?
レメディのヴァイタル・センセーション=患者のヴァイタル・センセーション、「イコール」でいいのでしょうか??
これはイコールで結んでも差し支えない感じです。
ヴァイタル・センセーションとは結局、レベル6のエネルギーの表現であるわけです。
捉えようのない、表現しようのないエネルギーが、言葉として知覚・認識出来るレベルで(レベル5)表現されたものです。
何らかのエネルギー・パターン、あるいは振動を記述したものという事が出来ます。
それは個人のヴァイタル・フォースに干渉・影響し、妄想やセンセーション、感情、症状などを醸し出します。
くどく整理します。
ヴァイタル・フォースがあって、そのハーモニーを乱す何らかのエネルギー(存在)の表現がヴァイタル・センセーションです。
Rajanは、「人間の歌」という例えを使っています(私はここの彼の表現がとても好きなのですが)。
人間は人間として固有の歌を持っているのだと彼は言います。
その中に芽生えた非人間的な歌が病気というのであろうと。
人間もまた宇宙の中の1つの存在として、ある程度はその非人間的な歌とハーモニーを奏でることが出来ますし、
時にはその非人間的な歌がその人の主旋律になってしまうこともありますが、この内なるハーモニーが乱れた時に病気になるのです。
まさしく、自然界のあるスピリット(Spirit)が人間存在の中に現れた状態であり、
ある人の魂の中で、別の歌が人間生来の歌と一緒に歌われているかのようです。
この非人間的なもの(Non-human)こそが、いずれかのキングダムに属するレメディの歌なのです。
それはまるで、他の物質のスピリットあるいは生命がヒトの中に入り込んで、病態や経験、行動、言葉、夢、職業の選択等を通じて歌っているかの様です。
ヒトはヒトとして存在しつつも、非人間的な部分も同時に表出し、それが混乱(=病気)をもたらします。
ヴァイタル・センセーションに至ってRajanは、
「病気とは、人間の中に芽生えた非人間的部分である(Disease is the non-human part of man)」
という認識を得ました。
非人間的な歌は、しばしば聞き取りにくく、センセーションや夢、動作、特徴的な症状などを通して微かに認識出来るものです。
我々はこの非人間的な歌を認識し、ひとたびそれが何であるかを知れば(Awareness)、隠れた歌やメロディをトーンダウンする事が出来ますが、
それに気付くことが出来ない人は、その乱れたハーモニーの中に居続けてしまいます。
すなわち治癒とは、非人間的な歌(=ヴァイタル・センセーション)への気付き(Awareness)を得て、ハーモニーを取り戻すことなのです。
私はRajanのこの記述に出会った時、
類似の法則とは、同じの法則でも良いのだな~と
でもやっぱりホメオパシーなのだ!と、恥ずかしながら妙に納得してしまったのです。
ええ、そうですとも!
この記述は「The Sensation in Homoeopathy」ですから、つい最近ですよ・・・
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2008.03.15 01:23:16
「病気とは、妄想(Delusion)であり、その状態(State)は、状況(Situation)または妄想から生じ、その状態はその人の「現実の見方・認識」を制約する。」
これがRajanの最初の到達点でした。
抽象的過ぎて、現実味がないと思われるかもしれません。
花粉症を例にしてみましょう。
本来、花粉を微量吸い込んでも、目の痒みや、鼻水などは出ないものです。
しかし、花粉症の人は免疫過剰になって、本来反応しない花粉に過剰反応し、痒みや鼻水を噴出します。
微量の花粉を吸い込んでも症状が出ないのが、Realityつまり健康な状態。
花粉症としての過剰な反応は、本来身体にとって有害ではない量の花粉を吸い込んだだけなのに、まるで有害なものを吸い込んだかの様に、あるいは大量に吸い込んでしまったかの様に免疫システムが誤作動(False perception)している状態です。
バケツ一杯花粉を吸い込んだ場合は、Realityの方が歪んでいますから、
こちらの「状況」は、妄想に関わるものではなく、病因(Etiology)です。
従って、バケツ一杯の花粉の方を取り除いてやればいいのです。
病気の状態に至る、状況とそれに対する認識や反応。
Rajanの説く妄想とは、単なる精神的な症状を指すものではないのですね。
レベル4の妄想という概念が、もう少し腑に落ちて来たでしょうか?
えっ?もうとっくに腑に落ちてる?
であれば嬉しいのですが、この時点でのCentral disturbanceという概念を中心としたケース・テイキング及びレメディの処方は、混乱と誤解を生みやすいのです。
そして実際に、しばしば難しく混乱しやすい作業であったとRajanは述べています。
(An Insight Into Plants Volume-I)
患者の中心を占める妄想を理解するとは、結局、精神領域の奥底を探ることです。
このためコンサルテーションでは、そこに辿り着くために感情的な現象を理解することが強調されがちです。
これは実際に難しい作業であり、しばしば、患者の物語の中で迷子になってしまい、その人がどのように感じているかを理解出来なくなってしまいます。
Rajanでさえ、そうだったと、安心してもいいのかもしれませんが(笑)
彼は、更に前進を続けました。
植物キングダムの研究が進むにつれ、ファミリーに共通するセンセーションとは、植物にのみ存在するものではないという認識を得ました。
病気あるいはレメディの状態(State)には(病気=レメディです。類似の法則)、精神領域と身体領域両面において共通のセンセーションがあるのです。
センセーション・メソッド以前は、精神状態や精神症状を非常に強調して来ましたが、中心の状態とは、単なる感情やフィーリングではなくて、精神と身体双方に繋がる共通のセンセーションであると、Rajanは気付きました。
Central disturbanceとは、最も深い精神と身体のセンセーションが結びつく中心点の状態であり、それが妄想だと彼はまず思い至り、精神領域の最深部にあると考えたのです。
しかし、センセーションという概念について研究を進めた結果、精神と身体を貫く共通の感覚があり、それは精神や身体といったレベルよりも更に深い何かであると結論付けました。
これがヴァイタル・センセーションという概念です。
よくヴァイタル・センセーションと妄想とはどう違うのか?という質問を受けます。
この2つも、妄想と感情の関係の様に、密接な関係にあると述べました。
ここで改めて考察してみましょう。
Rajanは新しい洞察を得て、患者の妄想が精神状態としてだけでなく、身体症状として表現されるのを観察しました。
ここに至って、精神状態さえも、ヴァイタル・センセーションの一表現に過ぎないという確信を得たのです。
身体の感覚が、まるで妄想の様に表現される。
精神状態にも、同じ様な妄想的表現を持っている。
これらの表現の源にある、表現をもたらす「何か」。それがヴァイタル・センセーションなのです。
精神領域より、更に深いレベルにある妄想と言うことが出来るかもしれませんね。
そしてRajanは、このヴァイタル・センセーションが最も凝縮され結晶化されて表現されているのが「主訴(Chief complaint)」、つまり本人が一番苦しめられている事、悩んでいる事であることを発見しました。
センセーション・メソッドを使うホメオパスが、「何があなたにとって一番問題ですか?」という質問をし、それに固執するように見えるのは、そこがヴァイタル・センセーションへ入口であると考えているからなのです。
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2008.03.01 17:09:32
Dr. Sankaranの唱える「病気」の概念とはどういうものでしょうか?
キングダムについて理解する上でも重要なことですので、見て行きましょう。
ヴァイタル・センセーションとは、簡潔に言えば、中核のエネルギーの乱れの状態・パターンを表すものということでした。
このヴァイタル・センセーションと同じヴァイタル・センセーションを持つレメディを見つけて、癒しを得ようというのがセンセーション・メソッドです。
Rajanは以前、「病気とは中心深く根ざした妄想(delusion)であり、治癒とは(その妄想への)気づき(Awareness)である」という考え方でした。
この辺りの彼の概念の変遷は「The Spirit of Homoeopathy」からの一連の著作を読むと良く分かります。
Rajan自身も、元々は伝統的な方法論でケースを扱っていました。
ある時、精神面(Mental)と全般症状(Generarities)のみでレメディを処方し、身体症状が患者に合致しないにもかかわらず、見事に治癒がもたらされたケースに出会いました。
どうして効いたんだろう?彼は考えた末、ハタと思い出しました。
「12cより高いポーテンシーは、一分子も含まず、エネルギーだけがそこにある」
オイオイ、そんなことホメオパシーでは当たり前でしょ?
そう言いたくなるでしょうが、この事は意外と忘れられているか、よく理解されていないことなのですよ。
Rajanが改めて気付いたのは、
「ポーテンタイズされたレメディは、ダイナミック(動的・エネルギー的)な効果しか持たない」ということです。
いいでしょうか?「レメディは、エネルギー的な作用しかしない」のです。
局所的な病理だけをいくら見ても、目に見える表層の現象だけを追っても、作用するレメディは見つからないということなのです。
それ以来、彼は別の道を模索し始めました。
最初の到達点は、「中心の乱れ(Central disturbance)」という概念でした。
病気はまず最初に、MentalとGeneralの不調和(乱れ、disturbance)を引き起こし、抹消の部分は最後に影響を受けるということです。
これはつまり、表層にある(内外という意味ではなく局所・末梢的な)病理は、「病気」を示すものではないということです。
では、Central disturbanceはどこに現れるか?
それは、精神領域であり、そこで患者が感じること(Feeling)こそが、disturbanceであろうと思い至ったのです。
くどいようですが、レメディはこうした目に見えない領域の不調和に作用して初めて、局所の不調和をも癒すのです。
(Rajanは後に、それはセンセーションであり、エネルギーのレベルであると気付きます)
当たり前だと思いますか?
このことを無視したり、知らずにプラクティスをしている人が、どんなに多くいることでしょう!
そして、このことを患者さん(クライアントさん)にこそ、もっともっと知って頂きたいと思います。
Rajanは研究を進め、精神状態(Mental state)とは、精神症状(Mental symptom)の羅列とは異なるものであり(つまり精神状態がdisturbanceを示すと考えたのでしょう)、患者の精神状態を理解しようとしましたが、それだけでは十分ではないことに気付きました。
彼は、レメディとは、(幾つかの)要素の特徴的な組み合わせであるという解釈を得たのです。
そして更に、それぞれのレメディが、ある特定の状況を象徴していることを見い出し、これをキッカケに、「病気とは、ある特定の状況における適応戦略(Survival mechanism)である」ことも理解しました。
患者の現在の状態(State)は、その状態の要因を構成するような過去の状況に起因するのです。(しかし、これは、過去のただ1つの状況だけを指すものではないと考えられます)
状況に対する適応戦略とは、状況が(目の前には)存在しないのに起きる反応・行動(Reaction)、または今の状況に対する過剰な反応であり、それが病気という事です。
Rajanは様々なケースや研究を通じて、病気とはこうした現実に対する誤った認識(A false perception of reality)であるとの結論に達しました。
A false perception of realityというのは、妄想以外の何ものでもありません。
すなわち「病気とは、妄想(Delusion)である」のです。
状態(State)は、状況(Situation)または妄想から生じ、その状態はその人の「現実の見方・認識」を制約します。
その状態を取り除くためには、妄想を取り除いて、その人が現実を見つめることが出来るようにしなければなりません。
そうしてその人は制約が無くなり、自由を得るのです。
自分を取り囲む現実への気付き(Awareness)が治癒であり、健康とは、自由であることなのです。
ここで状況(Situation)と妄想はセットで考えるべきであり、状況を取り除くというのを、単に人間関係を解消するとか、仕事を辞めるとかいった、形式的な状況のみを指すものとするべきではありません。
人生で一度もそんな状況に出くわしたことが無いのに、あたかも現実に自分に起きたことの様に体験する状況もまた、ここで言う状況(=妄想)に含まれるのです。
さて、ここまでのRajanの気付きの旅は、そのまま7つのレベルを辿っているかのようです。
精神領域で何を感じているか?から始まり(レベル3:感情)、その感じ方と状況に対する反応・行動(レベル4:妄想)を認識する。
感情レベルと妄想レベルは関係が深いと述べましたが、それはRajanの辿って来た道を俯瞰すると、より理解が深まるかと思います。
しかし、偉大なるRajanは、ここで留まることはしませんでした。
それは次回に。
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2008.03.01 03:32:50
少し申し遅れましたが、センセーション・メソッドについて(他の事もそうですが)の記載は、これまで先生に学んだこと、自分で研究してきたことを、私なりに統合してきた「私見」です。
内容はRajanが意図していることとは、異なっている可能性があります。
私がここまで色々と迷い、苦心しながら歩いて来た所までしかご紹介出来ません。
ただ、この「迷いの跡」を共有することで、これから学ぼうという方の助けになるかもしれない・・・という主旨で書いています。
ですから、私の書くことを鵜呑みにするのではなく、ご自身の体験と照らし合わせて学習の役に立てるという読み方をしていただければ幸いに思います。
特にプラクティスに応用しようとしている方は、必ずDr. Rajan Sankaranの著書を精読し、出来れば専門のコースを受講してください。
以下の文献は、必読です。
「The Spirit of Homoempathy」
「The Sensation in Homoeopathy」
「Sensation Refined」
以上は、Dr. Rajan Sankaran著 Homoeopathic Medical Publishers出版
「Into the Periodic Table」
Dr. Jayesh Shah著 Schroder Burmeister Verlag出版
(Jayeshは、Rajanの同僚。ボンベイ・グループの先生です)
日本では、渡辺奈津先生が、センセーション・メソッドのコースを主宰しています。
http://www.eonet.ne.jp/~homeopathy-zyuku/
通信コースのThe International School of Homeopathy, Japan (ISHJ)では、コースのカリキュラムにセンセーション・メソッドが入っています。
http://www.ishj.com/
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2008.02.26 00:31:22