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1839年7月、ニューヨーク州のリッチフォードという小さな
村に、後の石油王ジョン・D・ロックフェラーは生まれた。 ロックフェラー家のルーツは、18世紀にアメリカに新天地を求め た、ドイツ系の移民である。 ジョンの父ウィリアムjは、並はずれた体格を持ち、銃や馬の 扱いも巧みで、性格も陽気なこともあって、村の人気者であった 才覚にもあふれ、農業をかわきりに材木商の営みもしていた。 その平穏な生活が一転したのは、ジョンが11才になった時である 父がある犯罪の嫌疑を受け、突然家を出ていってしまった。 その為ジョンは、朝まだ暗い4時には起きて、農作業をする母を 手伝い、それが終わってから学校に通う生活をするようになった。 しかし、それも長続きはしなかった。 家を出たあとも、夜の闇に紛れ時々帰宅していた父が ついに破産して、ニューヨークの家と土地を売り払わなければ ならなくなったからである。 ジョンが14才の時、一家は親戚縁者とも離れ、オハイオ州 エリー湖近くの、ある小さな町に移住、どうにか住居だけは確保 した。 そんな環境では、学校生活を続けられるわけがない。 1855年、ジョンは高校を中退し、働きにでることになった。 高校中退後すぐに、商業専門学校に3ヶ月ほど通い、 簿記や銀行学を学んだ。 しかし、高校を卒業していないハンディーは大きかった。 銀行、鉄道会社と職探しをしたが、なかなか見つからない。 数週間かけてやっと探し当てた仕事は、仲買人、運送会社の簿記 係補佐。初任給は、週3ドル50セントであった。 金銭の出納を扱う仕事は一日中会社にいることが多いが、 ジョンはその利点をいかして、社長や上役の話は一言も聞き漏らすまいという、 姿勢で人一倍仕事をしていった。 また、破損した商品が送られてきたときも、ジョンは運送をした 鉄道会社と船会社を相手に損害賠償の交渉をうまくやるまでに なっていった。 社長はそんなジョンを認めて、3ドル50セントの週給を月給 25ドルに、入社の翌年には年俸500ドルへと昇給させたという 【きっと金持ちになるぞ!!きっとだ!きっとだ!!】 その当時からジョンは、『頼れるのは自分だ!』という父の言葉を 深く心に刻んで、金持ちになることを願い、信念としていた。 【たとえ現在の状況がいかにあろうとも、目標、夢が達成するとの 信念を持ち続ければ、すべては現実として、あなたの目の前に その目標、夢が現れてくるのだ】 風さいあがらぬ無一文な男であっても、燃えるばかりの願望をもっているかぎり、自分の人生を切り開くことができる!! ~ナポレオン・ヒル~ [【富を築く10の法則】]カテゴリの最新記事
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