みちしるべ
みちしるべ
一歩
また一歩
もちろん、いわゆる「旅」の記録ではない
しかし歩んだ道を
避けて通れない道を
語りつがれるべき道を
ここに記しておこう
何度も足を運びつづける
溢れ出る涙は涸れることないけど
目を見開けて
歩み続ける
思うことはたくさんあるけど
黙して語らず
たゆたうように
歩みつづける
2011/5/11 まるくん
あの日から、
あの恐怖と驚愕と茫然と自失と後悔と自責と
あらゆる苦難の日から
それでも時は逆流することなく刻み
季節は巡り
不安な雲が広がりをみせながらも
日ざしが強かったり
さわやかに風が吹いていたりする。
旅人よ
旅の記録ではない
旅の記憶でもない
あなたの胸に常に刻むべき重しを
その刻印を押そう
空気すら読めない呑気なあなたのために
いつも厚化粧した自分しかみえないあなたのために
誰かのために
2011/5/11
まるくん
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先の未曽有の東日本大震災において犠牲になられたおひとりおひとりに衷心よりお悔やみ申し上げます。
また、被災地の支援活動にあたられた殉職者の方々に敬意を表するとともにお悔やみ申し上げます。
そして、東日本の広域圏で被災されたみなさまに心よりお見舞い申し上げます。
いまなお、被災者のみなさまは心の傷跡は癒されることはなく、また復旧復興の道のりも遠く険しく、生活再建もままならない状況にあり、私たち、いえ「私に」何ができるか問いかける日々をみなさまもお過ごしのことと拝察いたします。
このような前例のない大震災を目の当たりにしながらも、被災者のみなさまは激震の直後より冷静に、大変忍耐強く、お互いを励まし合い、譲り合い、支え合って今日を明日をお過ごしかということにでございます。
想像を絶する過酷な状況下にあって自らを律しひとを労わる精神が根付いていることに深い感銘を覚えるのです。
新島譲が著した「危時思偉人(危い時にこそ偉人を思う)」精神が東北地方のみなさまには潜在的にいまなお刻まれているのでしょう。
そして、国民ひとりひとりがこのようなときだからこそ、「自分も何かができる」と行動を起こし、「自分には今何ができるか」問いかけの日々を送り、先例のない、団結力を発揮しようとしています。
また、おひとりおひとりがあらためて防災の大切さ、防災意識の高まりを強く感じられていることと存じます。
地域を、ふるさとを深く見つめなおす、ひとりひとりの生活態度の在り方を見直す、ときが今なのだと感じます。
一方、自分はまた違う視点であらためて感じ入ることもございます。
自然のまえでひとは実に無力であるかという諦観とあわせて、ひともまた自然の一部であるという当たり前の真理を日々の暮らしのなかで忘却しがちではなかったかという再認識であります。
「人智を超える自然の脅威」とよく表現されますが、脅威であることも「自然」であります。
三陸沖沿岸部のみなさまは、自然の脅威と恵みを常に共存してきた精神が連綿と受け継がれているからこそ、あのような大恐怖の津波にあってもなお「海を悪くはいわない」「それでもこの地で暮らしていく」と報道を通じ伝聞します。
自然を祭る・暮らしのなかで祈るという日本古来の文化の精神はここにこそあるのです。
今一度、みなさまとともに自然とひとのつながり、ふるさとのつながりを再考し、活かしていかねばと思います。
東北自動車道を走り、
白河、松島、仙台、牝鹿半島、鳴子、平泉
どこもかしこも美しい風景と温かいひとびとが溶け込んだ
旅の道しるべでした。
このたびの大震災で被災されたかたがに衷心より
お見舞い申し上げます。
愛するご家族、知人、友人みなさまと信じ難い離別、
あるいはいまだに行方がいまだわからない不安、
長引く避難生活の辛苦、
これからの生活、再建への挫折感、
わたくしたちなどが想像を絶する絶望感があろうかと存じます。
でも、今、
今みなさまおひとりおひとりは決してひとりぼっちではありません。
わたしたちは繋がっています。
わたしたちは世界のなかで繋がっています。
そして決してひとりにはいたしません。
そんな強い意思をもって、ともに絶望感と戦い抜き、
必ずや希望の光に到達することを懸命に支援いたす決意です。
どうかおおくのみなさまのご無事と明るい光が灯ることをお祈りいたし、
微力ではありながらも、わたくし自身できうるかぎりのお手伝いをいたしたいとお誓いいたします。
marukun
http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/
スパンコールの夜に踊ろう
アバンチュールよりも
ポラロイドの恋よりも
ワンダフルライフ
陣内孝明の歌を口ずさみながらーーー
渋谷で飲んだ暮れた酔い覚ましの明け方
おもいたったふたりのドライブ旅行
松島 三陸を廻り 鳴子温泉へ泊まる。
うまい三陸の幸や山の幸に舌鼓を打ち
黒い風呂につかりご満悦
一夜明けたら
目のさめるような雪景色だった。
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旅するみのたんシリーズ
ゴーゴーみのたん
みのたん2歳
これからものびやかに自由に
人生とは日々なんとなく過ぎていくものです。
しかしながら、アタシたちはその「なんとなく」を「無為に過ごせる」保証はどこにもありません。自己をどれだけ鍛えておくか、自分とは何か、自分の価値とは、これらをいつも体感しておかなければ、厳しい現実に流され、壊されていくのです。
そして「私たちは自然のなかで生かされている」
ことを常日頃自戒すべきです。
自然は私たちに恩恵を与えるのみならず脅威でも常にあるのです。
それが「生」なのです。
ですから
あの未曾有の恐怖を体感した津波ののちも
三陸沿岸部のひとびとは
これからの漁業の再興を願うのです。
すべてをさらわれた農業を営むひとびとは
明日の再建を渇望するのです。
どこかへいくのが旅ではない
そこで、何を気づいていくか
そう。
気づいていくこと
私たちは「生きている」のではなく「生かされている」のです。
それを自覚することです。
それが、【幸せへの旅路】、なのです。
充実した素晴らしい「私」を作る自己開発が自己実現であります。
なんとなく――ばかりでは、今まで気づきもしなかった自分の価値を発見していくことなど、とうていムリなはなしです。
★― わたし あなた そして みんな ―
―― コロコロ転がるフンコロガシとは、―あなた―でもあるのです。
自己理解のうえにたって「私からあなた」、「あなたからあなた」、つまり他者理解へ進み、他者理解が積み上げられて尊重(愛の昇華)へと進むのです。
【フンコロガシ=まるくん=アタシの旅路】とは私からあなた、あなたから私たちという過程でもあります。
その出発点である私は、誰なのか?何なのか?という問であり、自己理解です。
出会うことで、他者=世界との共通性をみいだすこと、共通認識をもつことが「交わる」ことです。
そのたおやかな流れのなかから、たとえ共同幻想であろうとも、豊かな人、家族、豊かな地域、豊かな社会、安心と自信と自由に満ち溢れた「貴方と僕の幸福」が築かれるのではないでしょうか。
誰かの一瞬のまたたきのような存在である、一瞬のきらめきのアタシたちの旅路。
気づかなければ、何もはじまりません。
―私からの出発―は、あなたからあなた、そしてみんなへつなげていく旅でなくては、あなたの幸せなど、いつまでたっても青い鳥でしかありえません。
―人と人との素晴らしい出会い、つきあい、交わり―などというのは、他人、他者の苦しみ、悩みをいかに自分のものとして精一杯受け止めていくかにかかわるのです。
自尊感情という愛と同じく、常に緊張の連続と厳しい現実を受け止めて通じる感性を磨いていかなくてはならないのです。
「想像力」といいます。
―想像力とは、自分が自分でないものの身になって考える力―のことです。
その想像力を鍛えるのに、夢想していて、日常に気づかないまま、湧いてくる力などではとうていありえません。
想像力を磨き、鍛えるのは日頃からいろいろな人と関わりをもつ、出会いをもつことなのです。
そして、厳しい現実は、自己との闘いは、不条理に自己実現を阻まれている多くの人たちに関わり、苦しみを共感する以外、豊かな心を育むことはムリでしょう。
それがアタシのいう、「あなたの思い込みや思いやりなどでは薄っぺらで駄目」なのです。
★この幸せ帳は、そのことに【気づく】入口です。
みなさんは、おそらくまだ扉の前に立っているだけなのでしょうが、
扉はいつでも開放されているのです。
★『 青 空 』=『 自 由 』なのです。
なにものにもかえがたいものです。
しかし、アタシたちは、『自由』を希求しながらも『自由』な存在足りえてません。
逆説的ではありますが、自由を求む意識そのものが、アタシたちを『不自由』にしてしまうのです。
アタシ(たち)は青空を探し求めつづけます。 いつもどんより雲っていても、厚くたちこめた雲に覆われていても、雨が降りつづけていようとも、吹雪が吹きすさんでいても、、、、
――その、突き抜けた向こうはいつもたおやかな青空。
あなたの青空を探してみてください。
アタシたちは自由な生き物です。
★だから、アタシの旅はいつも青空です!
彼女はしばらく珊瑚の上で水中カメラを海面につけ探索するなど戯れた後、再び海中に消えた。
浜辺にあがってきたとき海水がしたたり落ちる曲線の麗しさと、波打ち際に寄せる水面が反射して、キラキラ光る風景は今でも瞼の裏に焼きついている。
ラウネーは私にとって、セイシェルのなかでも飛びっきりの場所となった。
くハイハイをするぐらいの赤ちゃんが浜辺で歓声をあげる声が届いてきた。
帰国後、外国語のホームページの和訳でこんな紹介文をみつけた。
One of Seychelles' most picturesque seascapes, this park encloses eight quiet and beautiful beaches and is the only marine park which is accessible by land as well as be sea. Here, under the shade of the Takamaka trees, one can laze the hours away listening to the sounds of the ocean gently caressing the sandy shores. The reefs on the both sides of the bay provide a wonderful opportunity to use the mask and snorkel. This park which is popular as a stop-over for visiting yacht charters is also famous for its whale shark sightings. In their season, these huge gentle giants of the sea can be seen swimming lazily around feeding on the rich plankton that accumulates in the park.
――セイシェルの最も絵のような海の風景。この公園は8つの静かで美しい浜辺を囲んであり、陸路で近づきやすい唯一の海中公園です。
タカマカの木の陰の下で、人はくつろぎを与えられ、穏やかに砂の岸を愛撫している海の音を聞いている時間。
湾の両側の珊瑚は、マスクとシュノーケルを使う素晴らしい機会を提供してくれます。
ヨットで訪問するひとのための短期滞在としても人気があるこの海洋公園。
ここは、ジンベイザメ目撃例でも有名です。
海の穏やかな巨人は、海洋公園にたまる豊かなプランクトンで生きています。
このまわりでゆったりと泳いでいるのを見られることができるのです―――
―――「ジンベイザメ・・・・・・・・・・・・・・・・」
セイシェルはいつだって楽しい。
マヘ島でのあの日一日。
小さな町ヴィクトリアの植物園に辿り着くだけで一日を費やしてしまった。
あちこち筋肉痛で汗が滴り落ちるのが止まず異常な喉の乾き、色々ひっくるめてすごい疲労感がある。
それでも、半ベソ状態なのに心の底から笑いがこみ上げてくる感覚があるのは何故だろう?
それもこれも、何もかもひっくるめて、近くていつも遠い隣人、いや今ここにいる隣人こそ、のおかげに他ならない。
―わしら、ほんまに、何しに来たん?―
―普通のところがいいのに、こんなに遠くまで―
ふたりのそれぞれ異なる想いがセイシェルの空に溶け込んでいく。
セイシェルの太陽は空の頂点から徐々に西に傾きはじめ、濃すぎるくらいの青さから、少しずつ柔らかい青みを帯びてきた。
ここでは、空は刻一刻と極端に色々な表情をみせ、それに照らしあわせて海の表情も逐一変わる。
変わらなくてもよいものがあるが、変わるから美しい、楽しいものもある。
変わらないのは私たちだ。
でも、変わらなければいけないのに変われない私たち。
いつもちぐはぐなふたりだけど。
そんなふたりだからこそ。
明日もきっと、もっと楽しいに違いない。
そして、―――
あの日、セイシェルで、芽生えたあらたな生命へ ―――
ようこそ 地球へ
ようこそ 私たちのもとへ
生まれるたのが予定より2ケ月はやくて、体重がわずか1650gだったのにはほんとうに驚いたけど、
君と出逢えて何よりも嬉しい、感謝している。
ママとふたりのお姉ちゃん お兄ちゃん とともに歓迎します。
私たちは幸せであることを願います。
私たちは幸せを求め続ける生き物です。
この広い、広い宇宙に比べて、私たちが生きている時間は、私たちの存在そのものも、どこかの誰かのまばたき程度の一瞬の、ちっぽけな存在でしかありません。
私たちはいつも何かを考え、何かに気づき、何かと関わっていかなければ何もはじめることができません。
あなたが一生懸命正しいことを考え、さまざまな出会いを喜びとして受け止め、歩みつづけるその先に、必ずや幸せの青空が広がっていると私は信じています。
たとえ今がどしゃ降りの雨のつらい気分であったとしても、明日が先の見えない深い霧のなかにいたとしても、もしもあなたが何かに怯える嵐の夜であったとしても、その、突き抜けた先はいつもいつだってたおやかな青空です。
突き抜けた向こうというのは、頭上の空のことだけではなく、あなたの心の奥底にあります。
私が卒業した(そしてあなたもきっと通うであろう)中学校の校歌に最後にこう歌われています。
――心のありかは青空――、と。
青空とはなにを意味するのでしょう?
青空とは自由であることです。
自由とは私たちが生きるということと同じくらいの意味をもつ何者にもかえがたいものです。
生きることは自由であることです。
自由であることは、ただひたすらに自分が自分でありつづけることです。
あなたがたはこれからも、自由な旅をつづけ、あなたにとっての幸せをあなた自身でみつけていくのです。
「さあ!これからもずっとずっと青空のもと。胸をはってドーンといこうじゃないか!」
うたた寝をしている
バスはドアを開けたまま海岸線をゆく
―― 人生は相乗りバス のようなもの ――
バスの車中で書きなぐった 旅のメモ帳にそう記してある
ローカルバスで行った バス停留所の終点
そこはひっそりした 入り江の地元の海水浴場
おだやかな西日の陽だまりのなか
おそらく これまでもっとも「シアワセな」ひとときをすごした
往路のバスの最終は5時
わずか1時間半滞在の天国に一番近い―――ではなく
「天国の島」を実感した時間
長らく旅して「ここにきた」ではなく「だれとここにいる」か
幸せなこと がもっとも鮮明に残った 自由な時間と場所だった
私は旅の後 なおさら自由でいられる
完
みーり1歳に 生まれたときを想えばありがたいことです
元気でいてくれてほんとうにありがとう!
育児休業もお誕生日と同時期に終わりです
これからも、あなたとともに幸せの道を歩んでいきたい
あなたに出会えてほんとうにうれしい
ありがとう
おしまい
ところで、何故かヴィクトリアや空港があるセント・アン海洋公園に面したマへ島の表玄関といえる東側の海岸にはほとんどリゾートがない。
珊瑚はこちらのほうが圧倒的なのだが。環境保護が巧みに絡み合っているのだろう。
セイシェルでは国土の46%が生物種の保存と自然保護に割かれている。
この比率は世界最高のもので、環境保護を生かして観光資源とする、環境あっての観光が共存しているよい例だろう。
マヘ島でのホテル・ランキングを見てみよう。
料金設定ではバンヤン・ツリーを最高峰として、ル・メリィデイアン・フィッシャーマンズ・コープ、ザ・プランテーション・クラブ・カジノが続き、私たちが宿泊するメリディアン・バルバロイはこの3つに続くあたりである。
あとはらどんぐりの背比べである。
メリディアン・バルバロンは若い滞在者が多く、比較的庶民的なリゾートといえる。
しかし、料金やランキングの上位、下位ムラなく、サービスや快適さをあまり考慮しなくともセイシェルのリゾートは他の島や地域のリゾートと比較してかなり高めの料金設定である。
なにせ、ここはインド洋のど真ん中の孤島である。
それに、観光業はセイシェルの最も主要な産業なのである。
外貨獲得のため、おそらく外国人向けに環境保護税だか、観光サービス税などを含んだ高い料金設定。
午前中、訪れた植物園の入場料5ドルは、外国人にだけに課せられているようだ。
こんなものはまだ可愛いほうで、ホテルだろうと街中どのレストランであろうと、ビーチの一軒屋のカフェにいたるまで外国人には法外な料金設定になっている。
ヴィクトリア市アルバート通り、セシルワたちも愛する有名な「パイレーツ・アーム」でランチをとったとしよう。
ライス、チキンのカレー煮と細切れの野菜ピクルスのワンプレート、それに小さなカップのスープがついてお会計約3000円になるのだ。飲み物もデザートもつかずにだ。
ル・メリィデイアンでの夕食3食、ビーチを眺めながら飲んだビールの請求額にはただただ驚愕するしかなかった。
セイブリュー、一杯720円なり、である。
夕食ビュッフェ、なんとなんとおひとり様6000円なり、である。
セイシェルでは例え貧乏人でも貧乏旅行は全くできない仕組みになっているのだ。
セイシェルはこの観点からは、「地上の楽園」とはならず、「経済地獄」だ。
おまけにセイシェルで外国人は現地通貨セイシェル・ルピーでの支払いは断念しなければならない。
日曜休みで訪問は適わなかったが、地元民が集うサー・セルワン・クラーク・マーケットでマンゴーひとつ買い求めたところで、外国人はユーロかドルで支払わなければならないのである。
植物園の入場料もセイシェル・ルピーは断られる始末。
セイシェル・ルピーで支払い可能なのは今乗っているローカルバスくらいのものだろう。
ローカルバスを行く道は再び山間になる。
ポート・クラウド(PORT・GLAUD)という小さな入り江がある海岸沿いの道になる。
この道すがらのビーチもとても美しい。
しばらく海岸沿いを走る。
時折、私たちのヘンテコなジャパン・ローカル語だけがバスのエンジン音にかき消されることなく騒々しい。
結局、終点まで開いたままのドアがかなり気にはなったものの、どのドアからの海、空、緑の景色が心地よい。
海岸沿いを走る車窓ならぬ車扉から走馬灯のように現れては消え去るのは、淡いブルーの海、白い波、ハマナスのような白い花やプラタナス、ソテツの植物群、海岸を歩く地元民など。
現地人は人口の少ないマヘ島のこれまた田舎にいるので、みんな顔見知りのようなものだと思うのだが、みんなおとなしくバスに乗っており、会話が届いてこない。
たまにレゲエマンのような奇抜な格好をした若者が乗ってくるのを見かける。
でも誰も気にかけない。
彼もおとなしく座っている。
老若男女おとなしくバスの振動に身を任せ、海中でたゆたうように揺られている。
みんな海に向かうコンブのようだ。
このまま静かに揺られながら天国へ向っているような、そんな錯覚がある。
やがて道から小さな空き地に入り、バスは止まった。
ラウネーに着いたのだろう。
ただの原っぱのようなこじんまりしたバス・ステーションだが、もうすっかりお馴染みのTATA製のバスが数台停留している。
全員、ここで降り始めた。
道は、この先のラウネーからテルネー海洋公園の入り江まで続く道があるのだが、ここが終点だ。
ホテルで渡された時刻表もラウネーが最終地だ。
帰りの最終時刻をあらためてバス・ステーションで確認しようにも確認する手立てがなかった。
この時刻表のコピーに変更ないことを信じて、予定の午後5時より少し早めにここへ来ることとしよう。
「シュノーケルに最適な美しいポイント」
道を挟んですぐ、キャサリンがそう言ったラウネー湾がある。
薄いピンクがかった白砂とガジュマルなどが生い茂る緑が眩しい。
空は、陽が傾きはじめる頃合になり、昼下がりのときの黒がかった強烈な青色ではなく、澄んだ青さ。
この海岸はヨーロッパからの観光客は見かけない。
すべて地元民が海水浴を楽しんでいた。
高波がなく穏やかだ。
砂浜に寝そべってただ海を眺めるだけのビーチが圧倒的に多いセイシェルにあって、ここはキャサリンが格好の海水浴ができるビーチというとおりのようだ。
セイシェルに珊瑚に囲まれた海岸があるのだ。
衣服や荷物を置く花崗岩を探して陣取り、ハニーはシュノーケルを身につけ早速海へ飛び込んだ。
私は浜辺でその光景を眺めていた。
ハニーはむきだしの背中を徐々に海中に沈めつつ歩いて、やがて潜った。
彼女はドバイ国際空港でのトランジット中、私が盛んに勧めるため渋々ビキニを買っていた。
この夏、オリンピックの競泳種目で何かと論議を醸し出したスピード社のショップで。
私のお勧めは赤と黒模様の奇抜なものであったが、水着というよりは夜の世界に着たほうが似合いそうなセクシー系だった。
彼女はそれはあまり好みでないようで自分で選び、62ドルで自ら購入した。
ホワイト、セイシェルブルーにエメラルドがかったグリーン、セイシェルにぴったりの水着だった。
空も海も澄んだ青さのポート・ラウネー湾に、彼女のビキニ姿がとてもよく染まっている。
「すごく可愛い。美しすぎる・・・・・・・」
どこぞの国の美人過ぎる市議会議員なんてめじゃないな。
―美人すぎる人妻―っていうのは流行らないかな?
あとにも先にも彼女がこのビキニ姿になることは2度とないだろう。
そして、2度と見ることができないおだやかな美しい風景。
それはラウネー港海洋公園のこの景色だけではなく、波に反射する光に包まれ魚と戯れるシュノーケルをつけた今日の「主人公」、その姿であった。
魚と戯れるポート・ラウネー。
「ニモみたいなのやコバンアジがたくさんいるよ~」
浅瀬を泳ぎきり、珊瑚にたどりついた彼女の歓声が浜辺に届いた。
つづく
みのたん(みーり)10ケ月に
1月末での9ケ月検診で体重・身長がようやく平均値にかかりかました。
身長・体重・発育ともに順調のようです。
つかまりだち・離乳食どころか、大いに食べ(いまも父さんがかじってるポップコーンだいだい好き(笑)。よく笑いよくしゃべり、歌ってくれ目じりがさがるいっぽうの家族です。
お兄ちゃんp姉ちゃんと違いリフォームした新しいおうちでの生活なので広々と遊べます。
周りのお庭もきれいになり、かなり広い敷地をも縦横無尽御散歩できるね!
これからもどんどん冒険しようね。とてもしやすいとうさん育児休業にも感謝。
10時まで寝て起きて遊んで御昼食べてしばらく遊んで散歩して寝て、起きたら兄ちゃんたち帰る・・・みたいな
そして13時50分、予定きっかりに帰りのバスが来た。
帰りのバスはすごく荒っぽい運転手で、山道のカーヴも減速せず怖かった。
「えらい飛ばすなー。ああ怖っ!しかも、後ろのドアは開いているままだし」
でも、何故か行きと同じ時間で40分きっかりだった。
ホテルに着くなり、「ものすごく頼りない本日のガイドさん」に再び要求した。
「ほんなら、次行くぞ!」
「どこへ?」
「どこって、キャサリンお薦めの『ラウネー港海洋国立公園』や。どう行くんやったっけ?」
「え?どうだったっけ?」
「ほんならホテルのひとに聞いてきて(笑)」
「え?また私ぃ~?もう疲れとんのに」
「ええからええから」
「はい、はい~・・・・・。じゃあ、ちょっとレセプションで聞いてみるわ」
キャサリンが座っていた「クレオール・ホリデー社用簡易営業所」はとっくに店仕舞いだろう。
スタスタ歩いて行く彼女を見送ったあと、ロビー横のトイレで用を足す。
トイレから出ると、目の前を彼女が横切って行った(笑)。
「あいつもだったんかい(笑)」
ついて行くと、彼女はレセプションではなく、すぐ側に立っていたポーターに尋ねていた(笑)。
「いちいち、行動観察するのにおもろいやっちゃ(笑)」
大柄なポーターさんに問いかけて、一応は会話しているような様子。
でもこちらに気づくなりまたクエスチョンだ。
「どーする?」
「また、はじまった(笑)」
「タクシーか、バスだって」
「え?バス?キャサリンはないって言いよったんでないん?ほんでも時間ないならタクシーか?」
「え?4000円くらいかかる言うてキャサリン言いよったやん?バスなら60円よ」
「バスほんまにあるんか?」
「だから、あるって!!地図もらったよ。ルート9だって」
「じゃけん、時間を聞けや~!!(笑)朝からずっと同じことの繰り返しやんか!」
インド洋の真ん中で、日本語のローカルな会話が続く。
私とのやりとりのあと、ポーターとやりとりが続く。
私はそれを側で見て笑っている。
なごみますか?
―なごみませんよ―
「行きは3時30分。帰りは5時だって」
「え、そんだけしかないん?」
「どーする?ほかのとこにする?」
「じゃあ、次行こか!!」
「どこへ?」
「ラウネーよ!」
ヴィクトリア行きとは反対側の車線でバスを待つ。
こちら方面は、ローカル人しか利用しないからだろうか、停留所に小屋すらない。
随分歩いた後に気づいた。
「こっち側は停留所ないんか?」
「あ、ここだ」
道に白色で「BUS STOP」と書いてあった。
「とりあえず私たちにもわかりやすいけど(笑)」
バスは予定の15時30分きっかりに来た。
渋滞がない、大勢乗るわけでない、いつも定刻発車、わずか3セイシェル・ルピー、なんと快適な路線バスだろう。
ドアが開いたまま走るのを除いて・・・・・・・。
バスが定刻に来る。
それだけでも、すごく幸せな島だという理由が垣間見えてくる気がする。
「まぁ、なんだかんだいって結局バスはすぐ来るし、何度も道間違えるのもすべて計算済み。さすがはハニーちゃま、グッ・ジョ・ブ!!」
「何いよんぞ!」
セイシェル二日目、ローカルバスに乗るのも今日で3度目となると慣れたものだ。
現地セルシワにすっかり溶け込んだかな?
とてもなごんで、車窓からの風景に見入って。
「・・・・・・っておい!おい!?バスのドアまた空いたまま走っとるぞ!?」
「えんじゃないん、もう慣れたでしょ。そのうちまた自然に閉まるんじゃない?」
「そんなん危ないわ!(笑)ワシ、今度はドアの真横の席ぞ!」
「怖いんなら、前の手すりにつかまっとき!」
遊園地のジェットコースターだって子どもたちが歓声あげるのを見上げているだけなのに。
息子なんか幼稚園年中さんからずっと先頭の車両に乗り込んでは手を挙げてはしゃいでいるの、信じられない。
しかし、ついに東京ディズニーランドのスペースマウンテンや、ディズニー・シーのレイジング・スピリッツは「ずっと目を閉じてうつむいて固まっとった」とのお姉ちゃんたちの報告談であった。
「ついに大人に近づいたか(笑)」
さて、こちらヘボ父ちゃんである。
恐々として片手で手すりにつかまり、もう片手で持つマヘの地図を見つめる。
ラウネー湾は島の最西端にあるテルネー湾の手前の珊瑚に囲まれた小さな入り江だ。
マヘ島やプララン島、ラ・ディーグ島にはこのような入り江がいたるところたくさんある。
その数だけ、美しい白砂のビーチにエメラルドグリーンの浜辺がある。
しかし、そのほとんどが遊泳禁止を示す赤い旗が立てっているビーチと相場が決まっている。
バスは、島の南側のほぼ中心に位置するバルバロン(BARBARON)から、グラン・ダンス(GRAND・ANCE)の森のなかを過ぎる。
「大きな浜辺」を意味するこのビーチ名は、セイシェルのどの島にも存在する。
明日行く計画がラ・ディーグ島のグラン・ダンスだ。
寄港するプララン島にもグラン・ダンスがある。
マヘ・ビーチ(MAHE BEACH)辺りから海岸沿いの道になる。
高台に建つ「ペルジャヤ・マヘ・ビーチ」を通過する。
もう築20年以上になるマヘの老舗リゾートホテルである。
因みにマヘのホテルはほとんどが島の北側にある2キロほどあるビーチ・リゾート、ボー・バロン(BAIE BEAU VALLON)に集中している。
セイシェルはバチカン市国やレユニオンなど数えて8番目に小さな国家であるが「インド洋に浮かぶ最後の楽園」などのキャッチコピーに憧れるヨーロッパ人は少なくない。
とくにイギリス、フランス、イタリア御三家が多く、ドイツ、スペイン、ベルギー、ポルトガル、スイスあたりから来るリゾート愛好者で渡航者のほとんどを占める。
次に多いのが、比較的近くの南アフリカ、レユニオン、モーリシャスあたりからの観光客。
それら滞在者の大部分が、厚い雲が常に島の頂を覆っているシルエット島を望むヴォー・バロン湾のホテルでの滞在が集中している。
マヘ島のホテルを巡ってみよう。
ボー・バロンには、ペルジャヤ系列の「ボーバロン・ベイ・カジノ」、メリディアン系列の「フィッシャーマンズ・コープ」、インドの会社が資本の「コーラス・ランド」、長期滞在型の「ボー・バロン・バンガロー」、「ロマンス・バンガロー」などが湾沿いに連なる。
ボー・バロンのほかには、島の西側海岸で今通過した「マヘ・ビーチ」、今回私たちが宿泊したバルバロン湾のメリディアン、西側海岸南に「ザ・プランテーション・クラブ・カジノ」。
そしてマヘ島の南東端、タカマカ地区にある憧れの高級リゾート「バンヤン・ツリー・セイシェル」がある。
バンヤン・ツリーはセイシェル・リゾートのあらたな象徴である。
アンス・アンタンダンス(ANCE INTENDANCE)の小高い丘に立つホテルにある、水平線に溶け込むかのような錯覚を起こすインフィニティプールの写真が、観光パンフレットなどに必ずと言っていいほど掲載されている。
グループ自体が小規模ホテルの代名詞にもなっている「スモール・ラグジュアリー・ホテルズ」加盟のホテルとしてつとに有名。
セント・アン海洋公園のサーフ島には「セント・アン・リゾート&スパ」がある。
つづく
11月
12月
みのたん(みーり)9ケ月目。
2009年12月は、はいはい、つかまりだち、歩行器をもって歩くなどめざま成長ぶりでした。好奇心旺盛で家ぢゅう大冒険、そしてとろあえずなんでも口にしてみるの(笑)。
7.3キロ、64センチ。ようやく成長放物線の一番下あたりにとどきました。
2010年、お正月はいとこともたくさん会ってだれかれとなく笑顔笑顔。
あなたおかげで今年も我が家もとびっきりの笑顔で過ごせそうです。
今年もよろしくね
植物園を出たのが13時30分。
「バス13時50分だったろは?早歩きで行くぞ。行きは40分もかかったけど!普通だったら15分あったら着けるはず」
出口近く、園の敷地に隣接したチャペルから日曜の礼拝であろう賑やかなゴスペル風賛美歌が届いてきた。
耳に心地よく、しばらく聞きいっていた。
園を出た道路の向かいに大統領府。
2階建てだが、周りの家とは明らかに異なるどっしりとした構えだ。
庭には五色のセイシェル国旗がはためいている。
「喉か湧いてたまらん。ジュースとかなんか、買うといてなー」
先を行くハニーに大声で投げかけた。
帰り道はフランシス・レイチェス通りを真っ直ぐ行き、今度は間違えず進んだ。
途中、金色に輝くドームが見えてきた。
イスラム教徒の礼拝堂、モスクだ。
こちらは礼拝時間が過ぎたのか、人っ子ひとりいない。
通りは日曜日の昼下がり、町は相変わらずひっそりしていた。
ハニーは行きと同じく何故かそこのまま真っ直ぐ進めばバス・ステーションに当たる競技場沿いの6月5日大通り(5th June Avenue)を行こうとせず、6月5日大通り(5th June Avenue)へ左折した。
来た道と同じ道を行くらしい。
「なんでかな~(苦笑)」
考えてみれば、急ぎ歩いてバス・ステーションへ行かずとも、今歩いているこの通りが帰り先であるバルバロンへ通じる路線上なのだ。
この辺りの停留所でバスを待てば良いのである。
そんな思いを横切りながらも、彼女について歩くよりもなんとなく待つほうがリスクが大きいように思えた(笑)。
やがて道の正面に、見覚えのある大きな白い教会が見えてきた。
アルバート通り(Albert st.)である。
バス・ステーションが間近に見えてきた街角。
色とりどりのパラソルをさした移動キオスクのワゴンが止まっていた。
―そうか。わざわざこの進路をとったのは行きのあのパラソルを思い出していたんか!さすがはマイハニー―
前を行くハニーは振り返りワゴンを指さしていた。
私は満足そうに大きくうなずいた。
通り過ぎるとき、アイスクリームを買い求める赤ん坊を抱いたクレオール、椰子の木、青い空、セピア色のワゴン、初老の売り子の男の笑顔。
「今回の旅のベストショットかも?」
そう思いつつデジカメに収めた。
残念ながらそうはならなかったのは、この数日後の大失態だ。
私はドバイのグランド・ハイアットから旧市街のクリークに向かったタクシーの降車時、たぶんズボンのポケットからカメラをすり落とし、紛失してしまった。
―ショックのあまり思い出したくないドバイの旅の思い出―とはこのことだったのだ。
悪いことは忘れて良い事を想おう。
今しがたの赤ちゃんはかわいかった。
セイシェルで赤ちゃんといえば、私たちふたりの第四子に結びつく。
2009年3月末、予定日より2ケ月も早く、わずか1560gで生を授かった、愛しい愛しいわたしたちの子を。
―――「12月1日付けをもって、私は育児休業を取得することにしております。めったにないチャンス、たっての願いをご支援くださった方、機会を与えてくれたハニー、何より子に感謝したいと思います。よく定年退職後を第2の人生と例えることが多いようですが、そのことが新しい世界を自らが切り拓いていくこと、であるとするならば私も同じ心境であります。何も育児休業という短い期間をさすのではなく、育児や仕事、数ある趣味も含めたこれから20年、30年先を見据えた人生設計をそう捉えています。昨年、子を授かる機会に恵まれたリフレッシュ休暇にセイシェル旅行を計画しました。私にとってハニーと2回目の新婚旅行です。本当に新婚さんさながらに、旅立つJRのプラットホームから旅の最後までずっと手と手をとりあって愉快で楽しい旅を送りました。その旅の前に私はハニーに、今子どもたちがすくすく成長していることに感謝しつつお互い高齢なので何かと問題や苦労があろうともぜひもうひとり子を授かりたい、今まで以上に育児をしていきたい、そう伝えておりました。先ほど申しました新しい世界を切り拓いていくとこ、それが冒険です。そして、私は日常にこそその冒険を見出していくべきだと考えております。世界を分け隔てることなど決してできませんが、則を弁え世界と正しく向き合えばより正しい方向は導きだせると信じて疑いません。そのことを皆様の仕事にも反映されることお祈りいたしております」―――
ハニーも妊婦期間、また出産にあたっては尋常ではない苦労をした。
高齢出産特有の妊娠中毒症に悩まされていたのだ。
妊娠10ケ月検診で、かかりつけの総合病院の産婦人科から早期の別の総合病院への入院を勧められた。
翌々日、その入院先にて受診したら、即転入院を告げられた。
100キロ先の町の病院へ救急車で向った。
その日にわが子が誕生した。
それが私たちの大切なセイシェル・ベイビーである。
数日後、入院先から―受信メール表示―
―昨日、みーりに会ってきたよ。思ったよりも小さかった。よく動いていたよ。
朝、点滴もはずれたのでやっと身軽になった。体重がなんと3日で6.8キロも減ったのだ―
今6ケ月になるが成長順調で身長60センチ、体重6キロ、首すわりもよく、寝返りもよくする。
彼女にも、わが子にもこの大切な縁を感謝しよう。
―――「今日、これらの氏神様と、ご対面した赤ちゃんとが深くご縁を結ばれたわけです。
ご両親と赤ちゃんも、生命の誕生によりご縁・絆が結ばれているわけですが、縁とは今風に申せば、出会いであります。
私たちは自然の摂理のなかで生命としての出会い、生きて 暮らしています。
そこで気づかれるはずです。ご両親も、お互いの親御さんから生命を授かりました。
子を授かり感謝することはご自身の親にも感謝することであります。
そして、その親御さんもそれぞれの親御さん、そのまた親御さんもそれぞれの親御さんから。
私たちの生命という営みははるか彼方から、はるかな時間の流れを脈々と受け継がれているのです。
命を紡いでいく、ご縁が幾重にも幾日幾夜にも結ばれているわけです。
人間の力の作用だけでは説明できない、生命の尊さは、自ずと自然・宇宙への畏敬の念と、先祖への感謝が生まれるということであります。
たくさんの出会い、があります。
それを奇跡と呼ぶのだと思います。
奇跡、科学で立証できないことを奇跡と呼ぶのではありません。自然そのものが奇跡なのです。
宇宙の開闢をご一緒に簡単に紐解いてみましょう。
まず、分子も原子も原子核すら存在しない形のない超高温の物質、粥状態の混沌があります。
そして約150億年前、謎めいた光を放つビッグバンと呼ばれる始まりがありました。
そこから、灼熱の物質が不思議な力の作用でお互いに結合し、巨大な組み立てをはじめ、宇宙が誕生し、誇張し続けます。やがて温度が下がるにつれて、またある力の作用によって、星、銀河といった結合物が生まれて、その周縁として、奇跡に近い、いや奇跡そのものの惑星が誕生しました。
はじまりとされるビッグバンから人間の知性にいたるまで、全て同じ進化の過程が進行して、粒子、原子、分子、星雲、細胞、有機体、生物、そして人間という奇妙で滑稽な動物へと、「より複雑性が増す方向」へ進んでいます。
すべてが同じ鎖で繋がれ、同じ運動法則により引き起こされているのです。
私たちは、サルの子孫であり、バクテリアの子孫でもあるのです。
私たちの体を構成する物質は、かつて宇宙を作り上げた物質にほかならないのです。
私たちも、いわば星の子なのです。
このように自然の現象すべてが奇跡なのです。
神社神道の真理や、古事記などに描かれた世界、教えは、このようなことだと考えられています。
高天原にかむずまります、からはじまる大祓の祝詞は宇宙開闢から受け継がれた悠久の生命賛歌でもあります。八百万の神が宿るとはこのことだとも考えます。
幸せはそのような出会うことからはじまります。
私たちは幸せであることを願います。私たちは幸せを求め続ける生き物です。
この広い、広い宇宙に比べて、私たちが生きている時間は、私たちの存在そのものも、想像を超えたどこかの誰かのまばたき程度の一瞬のちっぽけな存在でしかありません。
先祖を敬うことは、生きているのではなく、生かされているということ。
それが、神様に感謝することでもあります――
(2009年 2月 まるくんの社頭講和より)
さて、バス・ステーションに着いた。
13時45分、なんとかバスに間に合いそうだ。
行き以上に帰りはヘトヘトである。
「ジュースはよくれ」
「え?なに言よん?」
「え!?買わんかったんか?!さっき売りよったろわ。あったら買うといて言うたろわっ!」
「よーゆーわ。『買うとかんでえん?』て聞いたら、『うん』言いよったやん」
「アホか!聞こえんわ!それに、普通聞くんなら『買うとくよ』だろわ!植物園でも言うたろわ!」
「そんなん、知らんよ!」
「ほんまにもぉー!」
ほんまにもう、ときどき頭に血がドボドボ逆流するくらいおもろいわ(怒)。
つづく
みーり、8ケ月になりました。
先々週お尻をもちあげてのほふく前進からハイハイの上達がめざましいばかりか、もうつかまり立ちもします。
世界がどんどん広がって、おうちのなかを「わたしカモメよ」状態。
もっとのびやかもっ自由に、
あなたのおかげで笑顔と笑い声がたえない家庭に感謝です。
セイシェルは鳥類の宝庫の島でもある。
ソニーミュージック社からGOLD PRICE 1000 マインド・リフレッシュ・シリーズ 『セイシェル~鳥の歌』が発売されている。
帰りのセイシェル空港免税店でそれとよく似たCDを買った。
ジャケットがセイシェルの自然の写真満載ですごくお洒落な感じがして何かわからないまま勘で買い求めた。
帰国後、しばらくしてから視聴してみた。
カエルや鳥がワーワー鳴いているだけで、ただうるさいだけだった(笑)。
我が家のすぐ裏の畑や庭にはカラスもシジュウカラもイモリもイタチも野良猫もあらゆる虫もなんでもいる。
CDかけずともうち自体がセイシェルみたいなもんだ(笑)。
ところで、セイシェルにしか生存しない鳥の種類は11種にも及ぶらしい。
ヴァレ・ド・メ自然保護区内にはココ・デ・メールのほかにも多くの珍しい動植物が生息しており、鳥類では、ブラックパロット、セイシェルリバト、セイシェルキアシヒヨドリがいて、これらは世界三代珍鳥と呼ばれている。
ラ・ディーグ島にはパラダイス・フライングキャッチャーという珍しい鳥がいる。
1997年の時点、世界で22羽しかいないマグパイロビンという鳥は、フリゲート島に生息している。
フリゲート島にはほかにもフリゲート(グンカンドリ)、シロアジサシ、ブラック・ノープラというウグイスやハチドリ、カササギなども生息する鳥類天国だ。
アルダブラ諸島ではインド洋域で唯一の飛べない鳥、ノドジロクイナが見られる。
クーザン島のセイシェル・ウオブラーのように絶滅の危機にあるごく稀な種なども。
また、クーザン島にはセイシェル・タートル・ダブ、ロング・テール・トロピック・バードなど多種多様の鳥が生息しており、この島は国際鳥類保護会議が所有している。
国際的な保護政策により、これらの種が保存され、現在では近隣の島々に新しく住み着かせる試みもなされている。
アリット島には10種の海鳥が繁殖に訪れ、チャアジサシの世界最大の群れが生息している。
北極と南極ほどに離れた世界の地域を定期的に飛びかう珍しい渡り鳥たちが、一年の各時期に類いまれなスペクタクルを見せてくれる。
これらの種はモーリス、レユニオン、マダガスカルなどの多くの絶滅種とは反対に、人類の到来にも生き残り続け、文明と共に生きる術を学んだのだろう。
そして、バード島である。
三好和義氏のデビュー写真集「楽園」で脚光を浴びたバード島の空の色が今でも目に焼きついいている。
これが地球上のものかと、それぐらい強烈な印象だった。
だが、私はセイシェルには憧れたが、バード島に行きたいとは思わなかった。
この島には、膨大な数の海鳥が群をなす何百万羽のセグロアジサシが毎年巣を作りにやってくる。
島唯一の宿泊先「バード・アイランド・ロッジ」に宿泊して、それらの生態を見ることができる。
産卵時期である8~10月の3ケ月は200万羽にも及ぶセグロアジサシが乱舞し、空を覆いつくすほどであるらしい。
鳥はすずめが一羽庭で日向ぼっこ、くらいが一番可愛い。
鳥は苦手な部類。
ヒッチコックの映画「鳥」状態など、想像するだけで最悪である。
その映画「鳥」だが、バード島のセグロアジサシが舞う姿がモデルだったと後に知り、納得である。
群れはつくらないようだが、セイシェルのどこにでもよく見かけたのは色鮮やかなセイシェルルリバト。
人間が近づいても、まったく逃げようとしない。
大コウモリもいる。
セイシェルでは食用にもなる。
ほかの南国の島と同じく、セイシェルの貴重なタンバク源だ。
羽を伸ばすと1メートルはあろうかというフライング・フォックスという大コウモリもクレオール風カレーの具になる。
コウモリカレーには思い出がある。
かれこれもう15年も前の話しになる。
グアムとサイパンに挟まれた小さな島ロタへハニーとバカンスに行った。
そのときも同じように、現地チャモロ料理としてフルーツコウモリのカレーがお目見えした。
昼食をとった東屋を後にする。
大コウモリをめざし探険しよう。
夕暮れ時になると、タカマカの木から木へ渡る姿を見かけることもできるらしい。
蓮が咲く小さな池を渡ると、動物園で野鳥を飼うような大きなケージがある。
そこに大コウモリが眠っているはずなのだが、よく眼を凝らしてもわからない。
いないようだ。
ジャングルのなかではよけいその姿はわからない。
「なかなか見つけられんな、大コウモリは」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どしたん?何だまっとんよ?」
「ここ大コウモリっておるん?て聞いたらまた文句言うくせに」
「その地図にコウモリの絵が書いてあるやろがっ!あんた、ほんまに地図の意味わかっとん?」
「もう地図なんか見とないぃっ!自分じゃんこんな黙って連れてきといて!私は普通のとこがいい!」
「あのなぁ~普通のとこってなんよ?」
「ロンドンとかローマとかよ!」
「あほかっ!まだそんなこと言いよんか。ほしたら、ロンドンの大コウモリ見に行くぞ!」
「もう、なんで大コウモリ?おりそうにないよ。コウモリなんかおらんのでないん?」
「おらんのでないわ。見つけられんだけじゃ(笑)もうええわ、ほんま疲れたわ、帰ろや」
「ん?でも、そっちでないよトーチャン。そっちは柵の向こうで行けんよーになっとるよ」
「柵の向こうって何よ?今、歩いとるここ!が、その帰り道じゃ!こんな簡単な園内の地図までほんまに見間違えるな!!(大笑)」
ここに来るまで、今日一日何度怒りながら腹を抱えて笑ったことだろう。
道を間違える。
道に迷う。
土地勘が全くない。
地図も見間違える。
しかも超方向音痴。
私は、ギリシア旅行ミクロマリーノでの敵を完全にとり、エジプト旅行ギザ・ナズラット・サマーン村の仇討ちまでも果たしたのだ(笑)。
―ビバ!トーチャン―(違)。
つづく
みーり、体重、身長ともあまり伸びなく。
腕とおしりをつかってハイハイがすごいよ。
ごはんももちもち食べるし、よく寝るし、とてもしよいこです。
おでこをはじめまゆげ、目、鼻筋、唇、あごと黄金比で美人マチガイナシ
でも生まれた当初はママ似?だったのに最近巷の声は「パパそっくりね」あれ?