恋はともかくとして、世界中のあらゆるビーチ&リゾートのなかでセイシェルは、私にとっては新婚旅行の行き先に選んだミコノスに肩を並べる、いやそれ以上の最高峰のリゾートである。
ほかにも、憧憬のリゾートは――アトランティスの末裔サントリーニ、最後の楽園ゴーギャンのタヒチ、インド洋の貴婦人モーリシャス、天国に一番近い島ニューカレドニア――などがある。
しかし、これらは常に拮抗しており、抜きつつ抜かれつなのだが、いずれもセイシェルには及ばない。
地球上幾多あまたの楽園=アイランド候補地から、今回の旅先に挙がったのは自然な流れである。
そして、「世界一の夕陽」に他ならない。
ヨーロッパ人には大人気だが、日本ではまだまだなじみ薄く、年間渡航者も平均2千人足らずである。
訪れる日本人観光客は少ないものの、ここを訪れた日本人誰もが口ずさむ確立が高いといわれる「セイシェルの夕陽」。
熱狂的な憧憬ではなく、普段では自分も気づかないくらいであったが、息長く憧れ続けたセイシェル。
そのセイシェルが間近になった。
飛行機の窓から島々が見え始めたときの胸の高まりは忘れることあるまい。
セイシェル国際空港が近づき、低空飛行に入った飛行機の窓から、セント・アン海洋公園の島々のライトブルー、環礁内のエメラルドグリーン、そして外洋のインディゴブルー、色のアクセントに胸躍った。
空に架かるのではなく、海にくっきり浮かびあがる虹を見た。
飛行機はますます島に近づき、海岸線上空を行く。
セイシェルに着いたのが午後2時30分。
タラップを降りると、ピーカンの青空に迎えられた。
空港ビル横の背の高いポールには、青、黄、赤、白、緑のセイシェルの国旗がたなびいている。
青はインド洋と空、黄は太陽、赤は友愛と情熱、白は正義と調和、緑は国土を表しているらしい。
5色の国旗は、濃いグラデーションの青空によく映えていた。
それなのに、空港からホテルの送迎バスで山を越え、島の反対側のバルバロン湾に着いた午後3時にはまたたく間に暗く厚い雲が垂れ込めていた。
セイシェルは、年間を通じて24度~29度と温暖な海洋性気候である。
熱帯性ですごく暑いイメージがあるが、理科年表からある年の8月を比べてみると、首都ヴィクトリアの平均気温が26度に対し、東京は28.5度である。
平均湿度は80%で熱帯性気候にあたるが、台風や強風の暴風圏からははずれている。
南東貿易風が吹く5~10月は雨が少なく、残りの時期が雨季になる。
西北からモンスーンが吹く11月~4月は大雨になることもある。
一年を通してしばしば激しいスコールが降るが、雨が一日中降ることはないらしい。
私たちが訪れたのは8月だ。
ホテルに到着後、部屋で一休みしたあと中庭のプールで泳いでいると、すごいスコールに遭った。
世界一の夕陽は拝めるのだろうか?
太陽が沈みだす時間帯になったが、バルバロン湾から眺める水平線はいまだ厚い雲に覆われたままだ。
しかし、そのとき私はうっすら気づいたのだ。
「もしかして?」
水平線を覆う雲だけではない。
夕陽が見られそうにない、ある決定的な条件を。
私たちはマヘ島のバルバロン湾にいる。
リゾートホテルが連なるヴォー・バロン湾のホテルより、プライベートビーチ感があるここを選んだ。
しかし、この湾からは太陽が沈むのがどうやら海にではないようなのだ。
太陽の軌道からすると、湾の入り江の向こう、山に沈むようなのだ。
水平線に夕陽が沈むのがまともに見えそうなのは、島の反対側。
つまり、島の南東部ヴォー・バロン湾側などは格好のビューポイントになるのだろう。
どうりでヴォー・バロン湾にリゾートホテルが集中しているはずだ。
今から、ヴォー・バロンまで行ったのでは日没後だ。
夕陽を求めてどこかへ移動しなければ。
海岸線をひたすら歩いてみるか?
それともバスで空港側やヴィクトリア市へ向かうか?
セイシェルの夕陽。
頭のなかで連呼しだし、こだまする。
「セイシェルの夕陽が~~♪」
やはり歌詞は、そこから先に進まない。
――果たして私は、無事、「セイシェルの夕陽」を口ずさめるのであろうか?――
しかし、その前に問題がある。
「世界一の夕陽が沈む海岸線にどう行けばよいのか?」である。
――― そう、「どう行けばよいのか?」 ――――。
そもそも、セイシェルへは「どう行けばよいのか?」
セイシェルを地球儀であらためて見てみると、本当にセイシェル諸島はインド洋のど真ん中にある。
インド洋のど真ん中と表現するのはいいのだが、では具体的にそこがどこなのかを説明するのはなかなか難しい。
インド洋がインド沖の海とインプットされていると、多くのひとはモルディブあたりをさしそうである。
現に、ハニーは、ドバイからセイシェルへ向かう機内で、「セイシェルってどこにあるん?あ、ここか?」と、モルディブをさしておりましたが、なにか。
「ブッブー!はずれ!っていうか、行くとこくらい知っとけよ!」
「なにいよん!どこに行くかも教えんと情報全然流さんくせに!じいちゃんとばあちゃんに『どこ行くかもうわかったん?』いうて行く間際まで何度も聞かれたわ!」
「どこへ連れてってくれるか?いうワクワク感あろわい?まぁそれに、ワシのことじゃけん、ヨーロッパとかでないことはたしかじゃわな(笑)」
「ワシでなかったんでええけん、ヨーロッパがええわ!」
「なんじゃそりゃ?」
セイシェルはインド亜大陸よりもアフリカ大陸のほうがまだ近い。
バオバブの大木やワオキツネザルがわんさといるマダガスカル島の北の突先にあるババボンビ岬のすぐ左上。
そこは、15万頭ものゾウガメがわんさといるアルダブラ環礁がある。
アルダブラ環礁から左下に少し線を結ぶとコモロ共和国の島がある。
コモロからアフリカ大陸モザンビークはすぐそこの距離だ。
一方、ケニアの港町モンバサから東に直線で進み、ほぼ同緯度の位置にはマヘ島がある。
アフリカ大陸東部のほぼ中心ケニアから南部のマダガスカル島までセイシェルの島嶼が点在している。
これらの島々に、どこからどう行けば一番よいのかもわかりづらい。
距離ばかりか行く方法を考えると、ツアーが盛んな南極のほうがまだ近い気がする。
日本の裏側ブラジルよりもある意味セイシェルはまだ遠く、すなわち地球上で一番遠い国のひとつであるという錯覚さえ覚えてくる。
もちろん、日本からセイシェルへ直行便はない。
最短距離で身近な渡航手段は、日本からシンガポール経由で行くことである。
国営セイシェル航空が週1便水曜日、シンガポールから直行便を出している。
シンガポールからマヘまでは案外近く、約6時間30分である。
セイシェル航空はパリ、ロンドン、マドリッド、ローマなどヨーロッパ主要都市にも就航している。
ほかに、モーリシャスの首都ポートピアとマヘを週4便結んでいる。
セイシェル航空以外では、近年、石油資源によるハブ&スポークネットワークの運営戦略上、アラブ首長国連邦のエミレーツ航空が、ドバイ―マヘ間を週2便運行している。
また、カタールのナショナルフラッグ、カタール航空もドーハ―マヘ間を同じく週2便運航。
私は、迷わずドバイ経由セイシェル行きの旅程を組んだ。
近年、都市開発が著しいバブル絶頂期のドバイもついでに楽しもうという算段だ。
旅人なら誰もがわくわくするはずだ。
砂漠の摩天楼都市ドバイと地上の楽園セイシェル。
1度で2度以上おいしい旅はそんなにない。
しかし、そのおいしいはずのドバイで散々な目に遭うことになる。
なに、命に別状はないし、健康も良好で、なにか被害に遭ったわけでもない。
多くは語りたくないが、私のなかでドバイ旅行は打ち消されている。
つづく