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このサイトは今後更新の予定がありません。古出に興味がある方は、新ふるですくへどうぞ。 新ふるですくはこちら。 星の記憶 [全345件]
アルバイト考え中。 学校の時間を避けつつ、卒業後の資金を考えると、結構難しいものである。 居酒屋等で深夜まで働くか、いっそ深夜から朝方まで日数少なく働くか。この二つに絞られてきたっぽい。 朝までの大変さは無論として、深夜まで働くと睡眠時間はどうするか。睡眠時間こそが最大の問題である。 前々から思っていることだが、睡眠が不要ならどれだけいいものだろうか。 ……ま、がんばらな。
ある番組を観ていたら、また書きたくなった。 しばらく離れていたから、ひどいことになっていそうだ。しかし、目指しているものにも少なくない影響をもたらすはず。表現者、言葉を繰るものとして重要なんじゃないの? ……週一ぐらいで連載できたら、いいかも。あまり大口叩くとアレだが、こういうのは有言実行が大事だろうか……うーん、わからん。 しかし、忙しい時期のはずなのにこんなことを考えていいのか。それとも時間を上手く使う訓練か。ていうか、バイト、探さないとさ。 …………できなさそうだったら、この記事を消去して――――
好きな女性がいる。 いわゆる、恋である。二度目だ。 だが、これが始めてと思えるほど強烈に彼女の事が愛しくてたまらない。前回も、胸を鷲掴みにするほどのモノではあった。だが今回は、遥かに違う。 きっと、人の違いが全てではないのだと思う。前回は、割と普通の、ありふれた片想いだった。自分から言ったわけではなくではなく、彼女に気付かれて訊かれたという経緯はあるが。だが今回はだいぶ違う。前々から、彼女の事が好きだった。ように思う。それを、自覚し始めていた頃。友人から、彼女が違う友人と付き合っている、そう知らされた。友人としては、僕は知っているものと思っていたらしい。 衝撃だった。あらゆることに。第一の衝撃は、彼が彼女に告白し、知らないうちにそういう関係になっていたこと。彼女と彼と僕は、よく行動を共にしていた。冷静に考えれば、彼が彼女の事を好いていて不思議はない。彼のことだって、僕は好きだ。好きな人同士が付き合うなんて、良いことである。第二の衝撃は、その事実を知ったことで、僕自身の想いが急激に増大したこと。友人から聞いてからというもの、日に日に、時間ごとに、彼女に対する想いが激しく主張する。正直、驚いた。そして、とても辛かった。毎日彼女や彼を見るだけで、声を聞くだけで、胸が締め付けられた。第三の衝撃は、本当に胸が痛むと知ったこと。明らかに様子のおかしい僕の事を気遣ってくれた人達には、失恋したと、軽く言いふらした。彼女にも。 しばらく、辛い時期が続いた。僕に二人の関係を言ってしまった友人は、話を聞いてくれた。励ましてくれた。嬉しかった。とてつもなく嬉しかった。辛いとき、一人で悩まずに誰か傍で聞いていてくれることのありがたさを知った。 いつからか、二人は上手くいっていない、という話をよく聞くようになった。混乱した。どうして、そんなことになるのかと。彼に怒りさえ覚えたように思う。そんなことを知ったら、期待してしまうじゃあないかと。僕は彼女が幸せならそれで良いと思っていたのに、と。まったく、何も考えてなくて矛盾している無責任で無神経な感情だった。辛かった。 ある時、僕の欠点を知った。痛いほどに知った。知らず、好きな人達を傷つけていた。彼女さえ、傷つけていた。知らなかった。知った。辛かった。 ある日、彼女に想いを告げた。いわゆる告白。それは格好悪いものだった。いろんな話をした。彼のこと。経緯。現状。彼への感情。彼女の彼に対する感情は、そこまでのレベルではなかった。そして僕も。いろんな話をした。僕のこと。経緯。現状。彼女への感情。今にしてみると、あまり覚えていない。極度の緊張による異常な寒さと、支離滅裂で伝わらない言葉を発していたような気はする。端的に言えば、ふられた。辛いかどうかは、よくわからなかった。 困ったことに、この気持ちはおさまらなかった。むしろ、彼女に伝えたことでなにかたがが外れ、より大きくなったように思う。今までどおり好意的に接してきた、接しようとしてきた。実際どうだったかなんて、わからない。ただ、ふられたことでこの想いがなくなるなんてありえない、おかしい。そう思う。もしそうなったら、所詮その程度のものだったのでは、とすら思う。何とも女々しい自分に都合の良い考えだ、とも思う。できることなら、彼女に毎回好きだと叫びたいほどだった。混沌とした感情は、辛かった。 ある日、ちょっとしたことから、彼がみんなの前である質問をされた。恋はしているか、好きな人はいるか。彼は、どちらにも首を振った。また一つ、混沌に混ぜ込まれてしまった。嘘をついたのかもしれない。だが、嘘をつくような場面には思えなかった。状況的にも、性格的にも。彼の性格なんて把握できているわけもないのに。彼女はクリスマスまでにはけりをつけるらしいと、友人から聞いていた。その日は、クリスマス以降だ。もしれ彼も、ふられた、ならその答えが衝撃であった。僕ならどちらにもイエスと答えるだろう。もしも彼がもう彼女に対して僕のような思いを抱いていないのなら、僕としては信じられなかった。この違いが、悩みの発端だったように思う。 僕のこの想いは、大きすぎるのではないだろうか。いわゆる、重いのではないのだろうか。重すぎるのでは。彼女が引いてしまうほどに。毎日のように会いに行ったりなんてのは、典型だろう。それに気付いてからは、何をするにも苦悩がついて回った。会いに行くにしても、行って良いのか悩み。彼女を待っている間頭を抱え。家に送って一人になってからのたうちまわり。行って良いのか。どう思うだろうか。どう思っていただろうか。言えないだけで嫌がってはいないだろうか。負担になってはいないだろうか。嫌われてしまってはいないだろうかと。会えることは、確かに嬉しいのだ。一緒にいるときは幸せなのだ。だが、最近では二人でいるときの彼女の無言が怖くていやに饒舌になっている自分に気付いてしまった。 何故こんなにも辛いのか。きっと、見返りが欲しいのだ。自分が愛しているだけ愛されたいのだ。それが良いようにならないから、だだをこねているのだ。とんでもないわがままである。好きだと言いたい。愛していると言いたい、伝えたい。近づきたい。その手に触れたい。この手で抱きしめたい。いつも傍にいたい。楽しいとき共に笑いたい。悲しいとき傍にいたい。辛いとき話を聞きたい。頼られたい。なにより、愛されたいのだ。僕はきっとこんな、わがままの塊なのだ。誰よりも、何よりも愛せる気すらする。でも所詮、見返りを求めるわがままなのだろうか。 何故こんなことをこんな場に書くのか。少し考えれば答えは決まっている。きっと見て欲しいのだ。彼女に。勇気のない僕が言えないことをここに敷き詰めて、偶然に見て欲しいに決まっている。僕の想いを知って欲しいのだ。でなければ書かないか、紙の日記にでも書けというのだ。読んで、僕に望みがないのなら諦めてと言って欲しいのだ。この想いを、しぶとい期待を、砕いて欲しいのだ。 もはや、何が書きたいのかもわからない。ここまで読んでくれた方には、醜いものを読ませて悪いと思う。 恋は、人を壊す。その人がその人を保てなくなる。必ずしも悪いことではない。でも、こんなに辛いものなら、知らないほうがよかったとすら思いそうになる。絶対にそんなことは、ない。 今年の御神籤に書いてあった。恋愛、自分を抑えろ。神まで、そんなことを言う。 わずか三ヶ月足らずで、このありさまなのか。
BUMP OF CHICKENのニューアルバム「orbital period」を購入。贔屓のバンドだが、CDを買うのは初めてだったりする。 音楽CDを買うのはこれで二度目。ちなみに初CDは「ガ王」。わかる人だけわかって。 まだそれほど聴きこんでいないが、付録の藤原基央書き下ろしブックレットが、良い。胸に何かを残す物語だ。やはり非凡な人だと思う。 彼、彼等の曲は、その歌詞の意味を感じれたとき、何かが心に産まれる。僕はそう思っている。 とりあえず、「かさぶたぶたぶ」は面白い曲。
およそ全ての生き物の行動には、それなりの理由があるらしい。理由が判明していない例もあるが、動物は理由無き行動をしないらしい。 僕もだが、人間は「なんとなく」という言葉があるように、理由もなく何かしたりする。これも、実は何か理由があるのだろう。誰にも、本人にもわからないだけで。 そうなると、ある時ある場面で、何故自分がそういう行動をとったのか考えてしまう。ところがわからない。 それと同じで、自分はその行動をした結果何を望んでいるのか、何がしたいのか、どうしたいのかというのがどうにもわからない。ぼんやりと浮かんでも、その答えにも疑問を持ってしまう。 本当に確固たる理由なんてあるのだろうか。あるとしたら、何故自分でもわからないのか。それがわかったとき、一体自分はどうするのか。疑問は尽きない。 自分の心もわからずに、他人のそれがわかるのか。 極論、こんなこと書いている理由もよくわからないのかもなぁ。
超重神グラヴィオン、グラヴィオンツヴァイ。 面白かった。一期の方は今ひとつかとも思ったけど、ラスト近くは展開が熱くていいなぁ。っていうかJAM Projectですよ、JAM。テンション上がるのも否応ナシって感じ。 あと、速水奨さんが好きになった。いーぃ声だなぁ。グラヴィオンてなんか声優豪華な気がした。 技名とか、やっぱり男なら叫んでみたい。……恥ずかしいけど。 そういえば新しいガンダムはアーマードコアっぽいですね。
言うまでもなく、人って一人じゃあ生きられないっぽい。 他人に気を使うのはなくてはならない気持ちだが、結果としてあらゆるものを抱え込んで閉じ込めて澱んでしまうのは結構良くない。 優しいというか、他人に気を配る傾向が強い人に多いこと。何事も、“〜すぎる”というのはベターじゃないことが多い。 だからこそ僕は自分の中で低めのハードルを設定していたのだが、近頃ガラにもなくかなり澱んでしまっていた。 でも、その感情を、心情を、リアルタイムな想いを、傍で聴いていてくれる人のいることの、どんなにありがたいことか。どんなに嬉しいことか。それこそ涙が溢れんほどに。 自分ではどうしようもないほどの辛苦があったとしても、それに気付けるのなら礼すら言いたい。もちろん傍にいてくれた人にも。 直接何回も言ったが、文に残るし、改めて。 とても嬉しい。ありがとう。大好きだ。 |一覧| |
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