第13話
『でも、想わずにはいられない』
第13話
魔物たちの甲高い喚声が、王都の空を切り裂いた。夕闇へと変わりゆくその空に、点在していた黒い翼が集束していく。王都を守護していた魔法の鎖が綻び始めた今、眼下に拡がる上等な獲物を前に、魔物たちは我先にと諍いながら王都への侵入を開始していた。
その王都から少し離れた上空で、3人の魔法使いがそれぞれの想いを胸にその光景を凝視していた。王都を守る守護の鎖を紡いだ本人、ラストア王国ただ1人の魔法使いであるライは、小さく歯軋りをして握り締めた拳を震わせた。そのライの腕の中、何かに耐えるように唇を噛み締め、シアは蒼白な額に汗を浮かべた。そしてもう1人、この状況を引き起こした張本人は、これから起こるであろう惨状を想像してか、くすりと小さく笑みを浮かべて見せていた。
「……こんなことをして、何になる? こんな……、こんな、っ」
魔物たちが集(たか)る王都の末路でも見えたのだろうか。未来を視ることが出来るという灰色の瞳を固く閉ざし、シアは言葉を詰まらせた。ライの隊服を握り締めたままの指先が小さく震える。
「――そう思われるのなら、」
ぞくりとさせる声色だった。
そのまま一旦呼吸を置いて、ヴァイラスは冷笑を浮かべたままの唇を持ち上げた。そうして、ゆっくりとシアに視線を向けた。
「私を殺す子を産みなさい、ファリアシア」
狂気というものを形にするなら、こういうものを言うのかも知れない。声を上げて哂い続けるヴァイラスの姿に、ライは戦慄を覚えた。
その狂気の瞳がシアを捉える。捉えて離さない。
「……殺す、子……を? 産む?」
そう繰り返すライの声に、シアがびくり、と身体を強張らせた。
「……っ、」
怪訝そうに細められたライの瞳の中、シアがかたかたと震え始める。只事ではないその様子に、ライはシアを抱く腕に力を込めた。
「どういうことだ?」
刺すようなライの視線を受け止め、ヴァイラスが声を上げて笑う。そうして一しきり笑った後、ヴァイラスはライに真実を突きつけた。
「あなたのファリアシアは、私の子を妊娠していますよ」
「何、だって……」
信じろという方が無理な話だろう。だが、呼吸も出来ないほどに動揺するシアの姿が、それが冗談ではないことをライに知らせた。
ライの思考が混乱する。それを知ってか、シアが小さな悲鳴を上げた。
その時だった。
「……ぐっ、」
隙があったことは認めざるを得ない。だが、完全に身構えていても避けられなかったかも知れない。
ヴァイラスが放った魔法の矢は、それほど見事でそれほど鋭かった。
ぎりぎりで心臓を外したライを誉めるべきなのかも知れない。
「ライッ!!!」
シアの絶叫が響いた。次いで、ごふっ、という鈍い音が聞こえた。ライが吐いた血液がシアの衣服を赤く染め上げる。
致命傷だ。
見開いたシアの瞳に、ライが大地へと落下していく映像が視(み)えた。
「だめだっ!」
慌てて掴もうとしたシアの手が空を切る。その直後、ぐらり、とバランスを失くしたライの身体が、重力に引き寄せられ、落下した。
「ライッ!」
落下を制止するべく呪文を唱えながら、シアが後を追い掛ける。が、ほとんど動かないうちに手首を掴まれ、シアは強い力に引き戻された。
「無駄ですよ」
難なく捕らえられたヴァイラスの腕の中、シアの悲鳴が上がる。唱えた呪文すら消され、それでも狂ったようにシアは暴れた。ありったけの魔法力で落下を止める呪文を唱え続ける。
「――それ以上は、あなたの命に障る」
ぽつり、とそう呟くと、ヴァイラスはシアの唇に触れた。短く唱えた呪文で、シアの声さえも奪う。
その直後、遥か下方から木々の折れる音と鳥たちが羽ばたく音が聞こえた。反射的に瞳を閉ざし、シアが身体を強張らせる。
「どちらにせよ、致命傷ですよ」
シアの耳元でヴァイラスが囁いた。
「これで、私を殺す気になったでしょう?」
囁く声に、限界を越えたシアの身体が崩れ落ちる。その身体を抱え上げて、ヴァイラスはくすくす、と笑った。
あなたの子を生んでやる……。
全てを終わらせる子を。
ヴァイラスの腕の中、音にならないその声でシアはそう呟いた。
腹に宿る子は、狂気に憑かれたこの男の血を受け継ぐ。
そして、呪われたリリアンの血を継ぐ子なのだ。
シアの世界が暗闇に包まれた。
それなのに、閉ざした灰色の瞳の奥が血の色に染まっていくような気がして、シアは長い睫毛を震わせた。
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