一年で一番長い日 81、82サンクチュアリ・・・まあ、いいけど。鳥や魚のサンクチュアリもあることだし、衣装倒錯者のそれがあったっていいだろう。誰に迷惑をかけるわけじゃなし。誰にでも、「居場所」ってものが必要だ、うん。おれだって、会社をリストラされた時は自分の居場所が分からなくなって辛かった。 「く、クラブ活動みたいなものだって思うことにするよ。ある意味、演劇部だよな」 俺の言葉に、芙蓉は笑った。 「彼も言ったわ、演劇部」 「そうか・・・」 俺も笑った。頭の出来は違うって思ってたけど、思考パターンは似てたのかな。センス無いぞ、お前。心の中の弟の面影にそう呟いてみる。兄さんこそ、っていう声が聞こえてきそうだ。 「夏子と話して、二度びっくりって感じだったわよ。バーテンだけは男かと思ったら女なんですものね。あたしが言うのも何だけど、夏子ったらハンサムだったのよね。背も高かったし」 夢見るように語る芙蓉の瞳には、花とか星とかハートとかが飛んでそうだ。 「・・・宝塚?」 芙蓉はまた笑ったが何も言わなかった。多分弟も同じこと言ったんだな。 「夏子が、自分がこの子の保護者だって言ってくれて。未成年だからフロアには出さないけど、この子の家はここだから、家の手伝いをしてもらってるっていう説明で、彼は納得してくれたわ。中卒で働いてる子だっていっぱいいるし、それに」 芙蓉は少し目を伏せた。 「ワケありの子供は、何もあたしだけじゃないもの。ある意味、警察官である彼にとっては珍しいものでもなかったってこと。あたしみたいに、『この子の保護者は自分だから、この子に何かあったら自分が責任を取る』って言ってもらえるような子は少ないと思うわ、夜の街では」 「芙蓉・・・」 少し苦しげな表情で葵が呟く。君が悪いわけじゃないさ、という気持ちをこめて俺はその肩を叩いた。 「でも、夜の盛り場は危ないから、子供に一人歩きはさせないようにって、それだけは彼、夏子に真剣に意見してたわ。女の子なんだからよけい危ないっていうから、まだ気づいてなかったのかって夏子と目を見合わせたのは覚えてるの」 俺はちょっと弟がかわいそうになった。無理言うなよ、芙蓉。 「いや、それは無理だと思うよ。君は今でも女にしか見えないし、当時は年齢なりにもっと華奢に見えただろうから、言われたって信じられないだろう」 「そうかしら?」 「そうだよ」 「じゃ、証拠見る?」 スカートをめくろうとするのを、俺は必死で止めた。 「いい。見なくていい。ってか、見せるな。子供の前だぞ」 「あの時は、彼も青くなって止めたわねぇ」 うふふ。 芙蓉、この小悪魔・・・先の尖った尻尾が見えそうだ。 「あのな、きれいなものはきれいなままでいいんだ!」 頼むから。自分と同じモン、ぶら下がってるのなん見たくないったら、見たくない! ああ、血圧上がりそう。誰か俺を癒してくれ・・・ **************************** 「それ以来、しょっちゅう顔を合わせるようになったのよ」 懐かしむように芙蓉は言う。 「おかしなものね、それまでは会ったこともなかったのに」 そういえば、『縁』という歌があったなぁ、と俺はぼんやり思う。確か、「縁のある人間はどれだけ離れていても引き合うけれど、縁がなければ近くにいてもすれ違うだけ」みたいな歌詞の。誰の歌だっけ・・・ ああ、中島みゆきだ。モノクロで、斜め四十五度の角度から写真を撮るとすごい美女に写るのな。もともときれいだけど。あの華奢なうなじがこう、守ってあげたくなるような。 「それが縁、てやつなんじゃないか?」 そう言いながら、ふと芙蓉の白いうなじに目をやる。アップにされた髪の、後れ毛がわりと色っぽいかも、ってだからこいつは男なんだってば。 「どうしたの?」 ぶるぶると首を振る俺に、不思議そうに芙蓉が訊ねる。 「いや、なんでもない」 あはは。と俺は少々不自然に笑った。俺、トシちゃん? しかし、中島みゆきももういい年のはずだけど、ますますいい女になった気がする。若手グループに楽曲を提供したりもしてるし、活動力も旺盛だ。そういえばそのグループのその歌はドラマの主題歌になってるんだっけか? チンピラのシンジが『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』って最高っすよ、とか言ってたような。 ♪その船を漕いでゆけ お前の手で漕いでゆけ♪ うーん、有線で聞いただけだけど、いい歌詞だ。そうだよな、自分の運命は自分で切り開かなくちゃな。俺が俺を諦めてどうするんだって話だ。ののか、パパ、がんばるからな。 「縁、ねぇ。そういうものかもしれないわ」 心の中で密かに決意表明をしている俺に気づくわけもなく、言葉を噛み締めるように芙蓉は呟く。 「今思えば、あの頃から彼はドラッグの件を追ってたのよ。当時、夏子が言ってたの。ほんの半年ばかりのあいだで急に新種のドラッグが出回るようになったって。興味本位でも絶対手を出しちゃダメだよってあたしにもきつく注意してたし、お店に来る人たちにも言ってたわ」 「・・・夏子さんは正しいよ。ドラッグはダメだ。最初はファッション感覚で手を出して、最後は立派なジャンキーさ」 そうだ。滅多に弱音を吐かない弟が、珍しく酔いつぶれて悔しそうに嘆いていたんだ。 なんのためらいもなくドラッグに手を出す子供たち。自分で自分を諦めて、刹那を生きる子供たち。 彼らの心の隙間につけ入るのが欲にまみれた薄汚い大人だ。子供の未来を奪うものを平気で売りつけ、何の罪悪感もない。・・・まだ十四の子供がドラッグで錯乱した挙句、廃ビルの屋上から飛び降りて死んだ。弟が酔いつぶれたのはその夜のことだ。気に掛けて心配していた子供だったと、その子を助けられなかったと、ずいぶん自分を責めていた。 次のページ 前のページ ジャンル別一覧
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