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先週の礼拝は、申命記1:6-7「あなたがたはこの山に長くとどまっていた。向きを変えて、出発せよ」
1:10-11 あなたがたの神、【主】が、あなたがたをふやされたので、見よ、あなたがたは、きょう、空の星のように多い。──どうかあなたがたの父祖の神、【主】が、あなたがたを今の千倍にふやしてくださるように。そしてあなたがたに約束されたとおり、あなたがたを祝福してくださるように──とのメッセージを語りました。 私たちが向きを変え(悔い改め、方向転換)さえすれば、神様の限りない祝福を体験できるとは何という幸いでしょうか。 今年度、教会に与えられたみことばもそのことを教えています。 ルカ5:5 するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」 5:6 そして、そのとおりにすると、たくさんの魚が入り、網は破れそうになった。 申命記を読み、大きな祝福と幸いを与えるとの約束に感動し、イエス・キリストによってすでにその祝福を体験している幸いに感謝しています。 2章7節に、 「事実、あなたの神、【主】は、あなたのしたすべてのことを祝福し、あなたの、この広大な荒野の旅を見守ってくださったのだ。あなたの神、【主】は、この四十年の間あなたとともにおられ、あなたは、何一つ欠けたものはなかった」とありますように、40年間の荒野の旅でしたが、彼らの着物はすりきれず、足ははれませんでした。靴は破れなかったという意味です。 試練も多くありましたが、それは彼らの心のうちにあるものを神様が知るためでした。そして全能なる神の愛を彼らに分からせるためでした。それは彼らが祝福され幸せになり、神様をほめたたえるためでした。 神様は彼らの精神的支柱となる十戒を与えられました。神のみことばを守り行なう限り祝福は限りなく続くとの契約でした。 申命記28章には多くの祝福が、彼らが神のみことばに従うとき、豊かに与えられると約束なされています。 もし、あなたが、あなたの神、【主】の御声によく聞き従い、私が、きょう、あなたに命じる主のすべての命令を守り行うなら、あなたの神、【主】は、地のすべての国々の上にあなたを高くあげられよう。 あなたがあなたの神、【主】の御声に聞き従うので、次のすべての祝福があなたに臨み、あなたは祝福される。あなたは、町にあっても祝福され、野にあっても祝福される。 あなたの身から生まれる者も、地の産物も、家畜の産むもの、群れのうちの子牛も、群れのうちの雌羊も祝福される。あなたのかごも、こね鉢も祝福される。あなたは、入るときも祝福され、出て行くときにも祝福される。 【主】は、あなたに立ち向かって来る敵を、あなたの前で敗走させる。彼らは、一つの道からあなたを攻撃し、あなたの前から七つの道に逃げ去ろう。 【主】は、あなたのために、あなたの穀物倉とあなたのすべての手のわざを祝福してくださることを定めておられる。あなたの神、【主】があなたに与えようとしておられる地で、あなたを祝福される。 あなたが、あなたの神、【主】の命令を守り、主の道を歩むなら、【主】はあなたに誓われたとおり、あなたを、ご自身の聖なる民として立ててくださる。 地上のすべての国々の民は、あなたに【主】の名がつけられているのを見て、あなたを恐れよう。 【主】が、あなたに与えるとあなたの先祖たちに誓われたその地で、【主】は、あなたの身から生まれる者や家畜の産むものや地の産物を、豊かに恵んでくださる。 【主】は、その恵みの倉、天を開き、時にかなって雨をあなたの地に与え、あなたのすべての手のわざを祝福される。それであなたは多くの国々に貸すであろうが、借りることはない。 私が、きょう、あなたに命じるあなたの神、【主】の命令にあなたが聞き従い、守り行うなら、【主】はあなたをかしらとならせ、尾とはならせない。ただ上におらせ、下へは下されない。 あなたは、私が、きょう、あなたがたに命じるこのすべてのことばを離れて右や左にそれ、ほかの神々に従い、それに仕えてはならない。【1-14】 旧約聖書の律法と新約聖書の救いを正しく認識することが必要です。旧約聖書には、祝福の約束がたくさんあり、それは条件があることが分かります。 その律法を守り行なえば祝福され、守らなければ呪われるという宣言です。すごく分かりやすい宣言です。戒律を守れば救われ、守らなければ救われない。従順に従い守れば祝福されるが、不従順になり逆らえば呪われる!ハッキリしています。 クリスチャンにとってどのように理解したらよいのでしょうか。聖書には律法を守ることによっては救われないとあります。なぜなら神の戒律を完全に守ることはイスラエル民族にはできなかったからです。守れなかったイスラエル民族も全人類も呪いの元に置かれてしまいました。 律法は良いものです。しかし、だれもそれを完全に守ることはできませんでした。使徒パウロは、「私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか」とうめき、「私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します!」と喜び叫びました。 イエス・キリストがこの世界に生まれたことにより、救いに大きな転換が起こりました。 「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。 このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです」(ガラテヤ3:13-14) 「木=十字架にかけられる者はすべてのろわれたものである」(申命記21:23) 律法を行うなうことのできない呪いのいから解放のために、イエス・キリストは十字架の上にいのちを捨ててくださいました。 なぜ律法を全人類は守ることはできないのか。それは罪があるからです。その罪を取り除かない限り、全人類はのろいの下に閉じ込められているのです。イエス・キリストは十字架の上に、全人類の罪を背負われました。十字架上の「全てが完成した。すべてが終わった」は、そののろいからの解放宣言なのです。 「主イエスを信じなさい。そうすればあなたもあなたの家族も救われます」 十字架の主を見上げ信じるだけで救われるのです。アーメンと信じて、バプテスマを受けてください。そうすれば新しい人生が始まります。 全人類は救いのない状態の山に長くとどまり続けています。向きを変えて出発するときが来たのです。信じれば救われる。アーメン信じますと、イエス・キリストを心にお迎えください。 クリスチャンも救いの確信へと向きを変えてください。自分が恵まれないのは行いが悪いからだ。足りないからだと自分を責めてばかりいると、律法の呪いに縛られてしまいます。 すばらしい祝福の約束は、十字架と復活のイエス・キリストを信じることにより、聖書のみことばどおりに実現するのです。 ペテロの第一の手紙 3:8 最後に申します。あなたがたはみな、心を一つにし、同情し合い、兄弟愛を示し、あわれみ深く、謙遜でありなさい。 3:9 悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。 3:10 「いのちを愛し、 幸いな日々を過ごしたいと思う者は、 舌を押さえて悪を言わず、 くちびるを閉ざして偽りを語らず、 3:11 悪から遠ざかって善を行い、 平和を求めてこれを追い求めよ。 3:12 主の目は義人の上に注がれ、 主の耳は彼らの祈りに傾けられる。 │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |