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たかぶんの日々つれづれ [全707件]
先日のWIN5にて、億越えの配当が出たことがニュースになった。 フレ込み自体が『100円が2億円!』というのだから、億越え配当が出ても、 さほど驚きはしない。逆にようやく出たか、という程度だろう。 指定された5レースの単勝を全て当てる、というのは常識で考えれば容易いもの ではない。本気で当てに行くならば、相当のタマ(資金)を賭けなければいけな い、昔で言う『射幸性』の強い馬券である。 かつて、重勝式馬券というのは中央競馬に存在した。 しかし、売上が上がらずすぐに消えたという過去がある。 WIN5自体も売上云々はまだ未知ではあるが、売上の起爆剤に成り得るかどうかは疑問であると、筆者は思っている。 単勝式、複勝式、枠番連勝式の3賭式しかなかった1990年までの中央競馬。 この年の夏以降に、馬番連勝複式が導入されてから、勝馬投票券の拡大が始まった。 オグリキャップというスターホースが引退したのもこの年で、競馬ブームの最高潮でもあった時期である。売上もこのころが頂点で4兆円産業ともてはやされた。 しかし、それ以降は右肩下がりが続く。 もちろん、日本の景気動向、リーマンショックによる消費停滞なども影響し、G1競走の売上が軒並み前年割れするなど、苦境にたたされている。震災前の決算発表では競馬事業の赤字決算が発表されたそうで(NIKKEI サラブネットコラムより)、安泰と思われたJRAでさえも、とうとう赤字の影がちらついてきている。 震災の影響は少なからず受けているだろうし、再開以降のG1の売上、入場人員の減り方も顕著である。 どうにか売上を伸ばそうと、配当の高い魅力的な新馬券を導入してきたが、旧態依然の射幸心を煽る結果に皮肉にも戻りつつある。このままでは、世論のバッシングも強くなりそうな予感もし、健全な娯楽、スポーツへとイメージを刷新してきた競馬というカテゴリを脅かすかもしれない。 事実、地方競馬は長年の売上不振から脱却できず、決算期になると廃止、存続の論争が各主催自治体で巻き起こる。馬産地・北海道でも例外は無く、岩手県競馬もこの震災が大打撃を与えている。中央競馬だけで支えきれるほど、馬産地の状態はカンタンではない。馬主の買い控えなども目立ち、先般、老舗のオーナーブリーダーとして一時代を築いたメジロ牧場の解散というショッキングなニュースが流れたばかりだ。 社台グループの寡占状態も一つのブーム停滞の一因とも言える。 競走馬の生産牧場は、ほとんどが零細牧場である。社台のような強固な基盤、種牡馬、繁殖牝馬を抱えるというのは極まれな環境であり、ましてや人気種牡馬となれば種付けの価格も安いものではない。いい繁殖にいい種馬、能力云々は未知数であれ、良血というのは最大のセールスポイントで、リスクを嫌う投資家としての馬主の経済判断はすこしでも走る可能性の高い馬に手を出さざるを得ない。 ひょうたんから駒的な夢はそこには存在せず、経済動物としての過酷な運命を背負わざるを得ない馬が取引されているのが現状といえよう。しかし、この経済活動が冷え込んでしまえば、北海道全体の経済を逼迫しかねないのも事実。ただでさえ景気低迷の長い道内経済の起爆剤は競走馬マーケットともいえるのだ。 だからこそ、競馬場で馬券が売れなければ、競馬自体の存続が危ぶまれ、経済の危機も大げさには聞こえるだろうが、巡りめぐってくるのである。 それには、馬券の種類を増やすばかりではなく、単価を上げるだけの魅力を付加すること、また競馬場へと人を呼び込む、インターネットや、メディアだけではないライブ感をうたっていかねば、閉塞した状況は改善されないだろう。 大金を投じ、馬券売上に貢献するのも良い。 だが、それでは、一部のブルジョアジーの限られたコミュニティに過ぎない。 大衆娯楽としての文化を築くことも、競馬に課せられた一つもの使命ではないだろうか。
お久しぶりです。 年に数回、いや更新がほとんどないブログで申し訳ない。 4月を迎えました。 今年の春の第一歩は、 いつもの年と様子の違う始まりでした。 多くの人がいろんなところで書かれているように、 3月11日に東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が起こりました。 M9.0という、世界でも例を見ない巨大地震。 東北地方を中心として広範囲にわたる被害を引き起こしました。 発生から3週間を経過し、 徐々にではありますが、人々は前に向かって歩き出しています。 力強く、前へと歩き出しています。 まだ3週間とも言えるでしょう、いや、もう3週間も経ってしまったとも思うでしょう。 時間は、月日は、いつものように刻々と過ぎていっています。 本来であれば、 桜の花咲く頃、新しい生活が始まる4月。 桜の花がぱっと咲いた頃に、新1年生たちが社会へと羽ばたいていきます。 そんな新鮮な息吹を今年は感じる間もなく、新年度が始まってしまった、そういう感じかもしれません。 でも、 スタートは切られました、どんな形でも。 僕たちは、前に進んで歩いていくことが、求められているのです。 前に進んでいくことが、復興への第一歩だと思います。 あれだけの被害に遭われた皆さんから、テレビなどを通して逞しい言葉が伝わってきています。 被災直後、家の中で閉じ込められていたおじいさんが助けられた時におっしゃったのは、 『またこれから立て直していきましょう。」 その言葉を笑顔で答えていらっしゃいました。 また、避難所生活の続く女性の方は、 「また仕事して、お金稼いであたらしい家を建てる大きな夢があるのよ!こんなとこの生活は嫌だもん。』 とおっしゃっていました。 力強く、そして希望をしっかり持った言葉です。逆に勇気づけられる言葉です。 幸い、 地震の被害を少なからず受けてはいるものの、普段お生活ができている僕ら。 自粛とか、不謹慎とか、いろんなことを考え戸惑いながらも、日々の生活は送り続けているはずです。 僕らができること。 それは、普段の生活を普段通りに過ごして、しっかり日本を作っていくことです。 そのためには、立ち止まっている場合ではありません。 一歩ずつでも、前に歩いていくことが大事なんだろうと、思っています。 巡り巡って、僕らが働き、消費し、生活をしていくことで、復興に役立っていくのです。 明けない夜はない、止まない雨はない。 そう、新しい朝が、いつものように始まる。(1/6の夢旅人 樋口了一さんの歌詞から) 前を向いて、さあ!歩き出そう! そして、みんなで笑える日本を作っていこう! そして、 この大きな地震のことを、絶対に忘れないでいこう。
タイトルが堅苦しいですが、なんてことはないんです。 ここ数年、競馬の楽しみ方について考えることがよくあるので、モヤモヤした心情をちょっと吐露したくてテーマにしました。 ![]() 競馬をやり始めて20年くらい経ちます。 その間、いろんな馬達を見て、自分なりの競馬の楽しみ方を探ってきた気がします。 もちろん馬券を当てるということもいろいろ考えたりしますが、 基本、自分のスタイルとしては、競馬場で実際にレースを見る、馬を見る、写真を撮るというのが一番の楽しみです。 ここ数年は特に、写真には力を入れているような気もします。 腕はそれほどでもないんですよ、カメラの性能に頼りっきりなので、はっきり言って下手の横好きレベルなのは間違いないです。 ![]() それでも、 会心のショットがあると、やっぱりうれしいし、偶然がもたらす産物があると写真の面白さを感じたりします。 長い間、競馬を見ていれば、好きだった馬の子どもが活躍したり、新聞の馬柱を見れば「あ、この馬のこどもが出ているんだ」と発見に感慨深く感じることもあります。 競馬は血の織り成すドラマ、とはよく言ったものです。 ただ、ここに絡んでくるスパイス、馬券の存在が悩ましいのです。 多分、競馬がギャンブルの域を飛び出せないのは、この馬券の存在にあると思います。 もちろん、日本の競馬の現状は馬券の売上が伸びないと窮地に追い込まれる、そんな状況にあります。地方競馬の衰退がそれを物語っているでしょう。 馬券があって、それを購入することで競馬が成り立っているわけです。 もちろん、慈善事業でない以上は利益追求を余儀なくされるわけですが、レースそのものに興味がなく、単なる投資分野としての『競馬』世界があるというのも、これまた『競馬』の姿でもあるのです。 ![]() 私にも多くの馬友がいます。 みんながみんな、同じ考えではないのですが、馬券偏重になり自分のスタイルを見失うような感じで、競馬を離れてしまう、そういうスタイルに疑問を感じるのです。 所詮、『競馬』はギャンブルである。 そう思えば、割り切って競馬に参加できる人もいるのでしょう。 馬券を取れる努力をしないヤツには、競馬をやる資格はない、そう暗に言っている人も少なくはありません。 でも、果たしてそれがすべてなのかな?と疑問に思うのです。 ![]() 馬券というのは、あくまでも『勝馬投票券』であり、自分が勝つと思う馬を予想して購入するものです。これに対して、自分なりに努力をして、予想スタイルを確立し、的中精度をあげることに対しては、別に他意なくすごいことだと思います。ただ、それを見て、馬券が当たらない人が『自分は競馬が下手だ』と思い込む必要はないと思うのです。そこで、面白さを失ってしまい、競馬を離れてしまうのは競馬が好きではなく、馬券で儲けることが好きだった、といわざるを得ないのかな?とも考えてしまうのです。 それぞれが、それぞれの楽しみ方を見つければそれでいい、確かにそうでしょう。 でも、競馬そのものが持つ本当の魅力は馬券を当てることにあるのではない、そう考えるのです。 馬券がすべてであれば、ウオッカのJCに涙する人はいないはずです。 馬券がすべてであれば、得意満面に昔の思い出のレースを語る人はいないはずです。 そこに、儲け話があって話のスパイスに彩を沿え、自分の生き方に重ねたりして、いろいろと思いを馳せたりする、競馬の楽しみ方のひとつは、そんなところにあるのではないのかな?と思うのです。 ![]() 現在、主催者は売上をあげるのに躍起になっています。 電話投票を伸ばしてみたり、場外売り場を増やしてみたり、いろんな営業努力をしているのですが、本来的に『競馬』という競技を浸透していくには、もっと純粋な楽しみ方を主催者が提供していくことにあるのではないでしょうか。 実際に競馬場に来て馬を見ること、レースを見ること、これは近年よくキャンペーンでも行っていることです。しかし、その反面、馬券を積極的に買ってもらうための施策も変わってきています。 馬券の種類も増え、楽しみ方も変わってきました。 しかし、懸念された射幸心をあおることも増大しているように思います。それが3連単馬券における多点買いにつながっているのかもしれません。 20歳未満の馬券購入は禁止されていますが、学生には開放しました。 しかし、今になって、この学生への開放はどうなのだろうと疑問を抱いています。競馬場内のモラルもだんだんと低下して行っている気がします。 今、本来的な『競馬』の楽しみ方を、しっかり考えることが、日本競馬を盛り上げていくことにつながっていくのではないのかなぁ、常々考えてしまうことなのです。 せっかく出会えた『競馬』という奥深い競技、世界。 より楽しんでいけるように、努力していきたいなぁと思うのです。 ![]()
![]() 他のブログの方では、予想の印が軽くつけたリーチザクラウンなのですが、 やっぱり好きな馬として思うと、勝ってほしい馬といったらリーチザクラウンなのです お父さんのスペシャルウィークが、現役時代も大好きでした。 武豊騎手がダービージョッキーなったのもこの馬だし、 天皇賞(秋)、ジャパンカップと、この馬には思いっきり泣かされた思い出もあります。 天皇賞(秋)に勝った時は、本当に心の底からうれしかったなぁ・・・ ようやく男馬で、でっかいタイトルが狙える産駒が出たなぁ、と感慨深いのもあったし、すでに牝馬ではシーザリオやブエナビスタといった大物を輩出していることからも、どうしてもスペシャルの血を残せる牡馬、いわゆる後継種牡馬が出てほしいと思うのです。 ダービー2着は、あの不良馬場を2番手で粘りきったのはすごかったですし、大きいところは必ず取れる力はあるんだ、とも思いました。 しかし、折り合いが難しい気性のため、その力を活かしきれないまま、秋シーズンを終えてしまいました。スピードは抜けてあるはずだし、型にはまれば強い競馬をしてくれる、そう思って追い続けているのです。 『馬券に義なし』 と、私の馬友は言います。 確かに、情だけで馬券は取れることは少ないでしょう。 でも、やはり好きなものを追い続けたい、そういう自分に正直な気持ちから言うと、馬券に義があってもいい、そう思うのです。 夢を追っかけて、ディープを追ってフランスまで行った自分。 そういう自分があるから、長く競馬をやって来れたのだとも思います。 同じ新馬戦でデビューした馬が、G1ウィナーとして勝ち上がっているのにリーチザクラウンだけが、G1で2着の実績があるが、タイトルは手にしていないまま。 ダートをこなすだけの馬格とパワーは十分あると思います。 自分の競馬で正攻法で逃げ切る、ダートの猛者を、そして同型の強力なライバルを相手に決して楽な競馬は出来ないかもしれませんが、彼のG1を勝つ姿を、ボクはやっぱり間近で見ていたい、そう思うのです。 『がんばれ、リーチザクラウン』
![]() 【新宿副都心】 ![]() 【中山競馬場 夕景】 最近、デジタルカメラの機能で 『ミニチュアモード』 とか、 『ジオラマモード』 というものが流行っているようです。 実際、普通のカメラでこういう写真を撮るのには、ある機材をそろえないと難しいそうですが、機能つきのカメラなら手軽に撮れるとか。 ネットのサイトにも、画像をアップロードすると、手軽にこうした写真ができるサイトもあるので、検索してみてくださいね。 ちょっとした、ミニチュア遊びです。 |一覧| |
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