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蘇州旅情2-4 (
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蘇州旅情2-4
「蘇州旅情2-43」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
蘇州の虎丘へ行く目的は八角七層の
「雲巌寺塔」の塔を見ることにある。
だが登って行く途中に幾つもの名所がある。
写真の岩に彫られた文字は「虎丘剣池」と
彫ってあり朱色で文字をなぞらえている。
「虎丘剣池」の文字を撮影するためには
相当な勇気を持って望まなければ中国人が
次から次へ陸続と岩の横で記念撮影する。
のんびりと人波が静まるのを待っていれば
いつまで経っても撮影など出来ない。
私は大きな声で取材のための撮影なので
暫しの間待っていて下さいと言い放ったのち
30秒ほどの時間で連写した。
カメラの連写の音を聞いた中国人からは
プロのカメラマンですかと聞かれたが
場所が空きましたよと言いその場を離れた。
「蘇州旅情2-44」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
蘇州虎丘の剣池手前の東屋の下側の岩に
彫られた文字を暫く眺めていたが
撮影しただけで意味は
結局分からず仕舞いだった。
更に進み行くと秦の始皇帝や
三国時代の呉の孫権らが3000本の
埋められた剣を何度も掘り返した池に出る。
虎丘剣池が覗ける高台から池を見下ろすが
よくこのような人工的な池を掘り
3000本もの剣を埋めたものだと思った。
何代にも埋められた名剣を手に入れようと
何度も掘り返したが見つけられなかった。
よくよく話を聞いてみると
何度も掘り返したところが池になり
名剣は出て来なかったが、その池を
剣のゆかりの池として剣池とした。
「蘇州旅情2-45」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
虎丘塔の下に池があり、池の中に春秋時代の
呉の王だった闔閭こうりょの墓地がある。
闔閭(こうりょ)とは紀元前514から18年間
春秋時代の呉の第6代の王だった人物である。
闔閭(こうりょ)は越王勾践の戦に破れ
子の夫差(ふさ)に復讐を誓わせ世を去った。
夫差(ふさ)は亡き王の父のために全力を尽くし
一時は優位に戦いを進めたが越王勾践の
反撃に反撃により敗北して自決した。
写真は虎丘の剣池だが水を抜いた底に古代王の
呉王闔閭の墓の入口があるとのことだった。
今では水没してしまっているが40年ぶりに
「剣池」の水がポンプで抜かれ紀元前496年に
世を去った呉王の墓の入口を確認したと報道。
虎丘は2500年の歴史があり各時代の詩人が
景観を称え詩に詠んでいる名勝である。
剣池の岩には多くの詩人の詩が彫られている。
王の墓は開けられた事はなく謎は明かされていない。
「蘇州旅情2-46」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
虎丘の門には「入解脱門」と書かれている。
解脱の門とは一般の寺院の三門の事である。
空門・無相門・無願門の三境地を経て
仏国土に至る門との意味だが詳細は
勉強不足であるが三煩を解脱する意味である。
三煩とは人間が抱える三つの煩悩の事で
一つは貪欲の煩悩で、万物を必要以上に
求める心で最悪は戦争にも繋がる心である。
上の写真は解脱門の片隅から
今上がって来た道を撮影してみた。
二つは瞋(しん)で自分の心に反するものを
怒り恨む憎悪の感情の心で落ち着かない。
三つは癡(ち)別名を愚痴や無明という。
万の事物の理にくらき心を指して呼ぶ。
仏教で言う所の三つの煩悩の三毒から抜け
出る門を三門であり解脱門と呼ぶ。
下の写真は八角七層の「雲巌寺塔」の塔を
門越しに撮影したが前方に小さく写っている。
「蘇州旅情2-47」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
写真の斜めに傾く塔は虎丘塔と呼ばれ賑わう。
八角七層の「雲岩寺塔」の塔1050年前の
五代の周時代に着工し2年後に完成した。
だが今までに何度も火災に遭遇している。
記録では8回ほどの火災という事である。
この古い磚(レンガ)塔の高さは45m以上あり
蘇州の観光スポットとしても人気である。
現在では虎丘斜塔へは登れなくなっているが
10年ほど前までは人数を規制して2階まで
登る事ができ登る目的で長蛇の列が出来た。
雲岩寺塔は地盤沈下の為に傾いており
虎丘斜塔と呼ばれるがピザの斜塔ほどには
知られていないにしろ蘇州の名所である。
虎丘斜塔の傾斜は15度で1年に1ミリほど
傾斜が進んでいるようで補強工事がされた。
帰り道何度も振り返って雲岩寺塔を
見上げてはシャッターを切った。
「蘇州旅情2-48」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
蘇州虎丘からバスに乗り報恩寺塔へ
蘇州では北寺塔と呼ばれ親しまれている。
報恩寺塔の門を潜ると獅子像が迎えてくれ
更に中へと入って行くと弥勒菩薩像へでる。
釈迦の未来の姿を現しているとか
何とも生活習慣病でも患いそうな姿である。
弥勒菩薩像の後ろ側に見えるのが
八角九階の高さ76メートルの北寺塔である。
蘇州では最も高い塔として人気である。
蘇州城の最北端に位置する北寺塔は
虎丘と並んで蘇州のシンボル的な存在。
北寺塔の中へ入って階段を上がるが
この時代の塔としては広い階段である。
「蘇州旅情2-49」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
蘇州で最も古い報恩寺の北寺塔の中で
日中でも真っ暗闇の1階中心部に
安置してある釈迦如来像を撮影した。
フラッシュを持参していなかったので
真っ暗闇の中撮影したが手ブレが酷い。
北寺塔は三国時代に孫権が母の恩に
報いるため「通玄寺」を築造したが
唐代に通玄寺を元に寺を再建した。
北寺塔は母の恩に報いることを表して
報恩寺と名づけたが塔は梁時代の創建で
当時は十一層の宝塔であったが度々壊され
北宋年間に九層の塔に再建された。
現存する塔は、一層から六層までは
南宋時代に再建され七層以上は明代に
再建されたが屋根から迫り出した庇と
欄干は清時代に再建補修された。
「蘇州旅情2-50」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
八角七層の北寺塔の高さは76mあり
各階に回廊も作られているので回廊に出られる。
最上階からの蘇州の街並みを眺めると
日本の城下町の街並みによく似ている。
上の写真の方角は南の方角だと思ったが
この日の天候も良く蘇州の郊外も望めた。
北寺塔である報恩寺塔は「報恩寺」内にあり
現在、北塔公園として庶民に親しまれている。
北寺塔の脇から浦に回ると「観音殿」がある。
観音殿は明代に建てられたものと言う事だった。
上の写真は報恩寺の三門から弥勒菩薩までを
北寺塔の回廊から撮影した。下の写真は
蘇州の夕陽を撮影したが冬の日暮れは早い。
「蘇州旅情2-51」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
北寺塔の報恩寺の階段を下りながら
各楼の回廊に出ては四方を見渡した。
蘇州で最も古い仏寺というが
1500年ほど前に北寺塔は建てられ
幾たびか破壊されてきた。
現在の回廊なども清朝に入ってより
造られたものが多く更に最近修復され
見るものが真新しい感じがする。
76メートルある北寺塔の建物自体は
南宋時代や明代と歴史ある建物である。
少し離れた所に造られた庭園と回廊は
蘇州の感じがよくあらわせている。
回廊には写真が額に入れられ飾られており
立ち止まって鑑賞したりできるが
何故か先を急ぐ人が多い。
「蘇州旅情2-52」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
北寺塔から報恩寺の塀を潜り抜けると
観音堂へ着いたが煌びやかな色調ではなく
落ち着いた感じの色調の観音像であった。
観音堂を後にして報恩寺の外側回廊を歩いた。
中国では公園などでも回廊をよく見かける。
回廊とは宗教建築などで重要部分を
囲んでいる屋根のある廊下の事を回廊と呼ぶ。
日本では神社や寺院などで金堂や塔などの
一郭を囲んでいる屋根がついているので
雨の日でも傘ささずに歩く事ができる。
武家屋敷などでも住居と離れを中庭を通り
行く場合などで中庭に回廊を設け
渡り廊下のようにしたものも回廊と呼ぶ。
「蘇州旅情2-53」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
報恩寺の北寺塔から回廊を通り抜け
裏側の庭園まで来た池のほとりで
北寺塔をバックに撮影した。
夕陽が綺麗に北寺塔を射していたが
雲に隠れて綺麗な光景は撮れなかった。
池に映る北寺塔を撮影した。
ピントを北寺塔に合わせたため奥の
景色がピンボケ状態になってしまった。
開放で撮影すると被写界深度が浅くなり
前後の描写がピンボケしてしまう。
この場合、やはり絞ってF8位のほうが良い。
「蘇州旅情2-54」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
報恩寺境内の庭園の散策をしていたが
蘇州四大公園の特徴を上手く取り入れて
庭園や池また石橋など造られていた。
屋根の形が鳳凰が羽根を広げたように
造られており蘇州に限らず中国江南地方の
建築文化が如実に現されておりゆっくりと
歩きながらシャッターを切る指に力が入った。
「蘇州旅情2-55」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
蘇州の庭園には中国の中でも有名で北京や
広州からも多くの観光客が訪れるが
報恩寺公園では寺が主体の為
四大庭園のような優雅さはない。
だが他の庭園と同じように掃除が
行き届き清潔感を感じるが中国にあり
公道の汚さから思えば不思議である。
上の写真は弥勒菩薩を後から撮影。
下の画像は北寺塔の入口の写真である。
「蘇州旅情2-56」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
私が始めて中国を訪れたのは1986年の事。
友人からラーメンのルーツは中国だよと
言われて日本の中華そばを探した。
だが中々見つからなかったが中国の人より
日本のようなラーメンは中国ではないとの事。
2度目に中国を訪れた1993年当時になると
日本のラーメン店が中国へ出店しており
中に入ってメニューを見ると結構高い。
中国の弁当が4元(60円)ほどの時に日本の
ラーメンは60元(900円)だが中国人の
お客は満員状態だったのには驚いた。
写真は蘭州ラーメンで値段は3元(45円)
「蘇州旅情2-57(終)」
「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州」の写真を公開しています。
蘇州の夜の街をゆっくりと歩いた。
夜空には綺麗な三日月が出ていた。
肌寒い夜の蘇州は少し遅くなると
人通りが少なくなるのを感じた。
蘇州の街を歩いていると何処からともなく
水餃子やワンタンまた肉饅頭などの
匂いが漂って来て思わず肉饅頭を
買って食べながら歩いた。
店も閉店間際なのと、あと二つで
売り切れだからと一つを食べながら
もう一つを懐に入れ撮影した。
「中国の旅」
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